第五話――歓迎会!? 恋を見つけろおデブちゃん!―― 前編

この場には先ほどとは打って変わり、真剣な雰囲気が肌を刺すほどに感じる。


 「さて。今ここには先の試験を通り抜けた者共がいるというわけだが……はぁ」


 ヤマトが重くため息をついた。

 誰に、というものは、はヤマトの向ける視線の先にある、互いの足を蹴り合っているカレスとガストに向けたものだ。


 「お前らはこんなときくらい静かにできないのか」


 「だってあいつが」 「だってこいつが」


 被る声に、更に突っつ合いが加速する。

 募るため息を一つ二つと増えて行き、そして刀を抜いた。


 「すこし静かにしてろっ」


 刀の背で二人の頭を叩く。

 中々に深い音が響くと、二人は同じように頭を抱え、そして同じように互いで睨め合う。

 だが、昨日の白狼亭と同じようにこのまま突っつき合いを再開させるわけではなく、二人に刃をちらつかせる。


 「よし。静かになったか。ならば話しを続けるか」


 辺りを一瞥してから、ゆっくりと刀を納めた。

 おふざけを行っていた二人が黙った事で、場には先ほど以上の緊張が走り出す。


 「ユキア、並びにアレスのギルド入団に意見があるものはいるか」


 『……』


 沈黙だ。

 唾を飲む音さえ鳴る事のないこの空間には、誰もが口を開くことをせず、気まずそうに近くのものと一度、二度と視線を交わす。

 そして。

 ヤマトが深く頷くと、口を開いた。


 「ユキア、そしてアレス。二人には少しばかり聞きたい事がある」


 名を呼ばれた俺らは互いに見つめあうと、小さく頷いた。


 「まず先に、アレス」


 「っはい」


 「君は姉であるカレスがいるからここに入るといっていたが、ここは君にとってどのような場所に見えるか。思ったままを教えてくれ」


 「思った、まま……」


 すこし考え込むようにすると、突然とカレスの方を見つめだす。

 見つめられたカレスは初めこそは理解が出来なさそうに不思議そうな顔をしていたが、ぱっと、直ぐに晴れたように、その顔は自愛に、そして親愛に満ちたものに変わった。


 ――ここは私にとって、一番暖かい場所だよ。


 その面貌に込められた思いはアレスにはしっかりと伝わっていた。

 賭けの要らない関係。

 対価の要らない仲間。

 ならば。


 「姉貴が安心して暮らせる場所。家族よりも、自分よりも守らないといけない場所……って感じです」


 「分かった。最後の質問だ」


 「……はい」


 最後。

 その言葉を発した刹那に溢れ出した戦慄。

 アレスは身捩りこそするが、視線を逸らすことも、声を上げることもしない。


 「お前は、アレスはここに入団する気はあるか!」


 怒号に歯を食い閉められる。

 口を開けなければいけないのに、声を上げなければいけないのに。

 きっとこれも試練なのだろう。

 そうアレスは理解をした。

 守る者として迎え入れる事はできるのか。背を預ける者として充分か。

 ただ『はい』と、そう返せば終わりのやり取り。

 そうわかっても、理解が追いついても口が開かないのだ。


 きっと今返事をしなければ、入団の機会を逃してしまうだろう。


 声を出さなければ見捨てられるだろう。


 なのに……なのにっ。

 なんで声が出ないんだよ!


 姉貴を探しに着たのに。


 姉貴を守りに着たのに。


 姉貴の近くで、一番でいなくちゃいけないのに!


 なんで俺はこんなところで足踏みなんかしてんだよっ!


 怖い?

 何がだ! そんなの姉貴を守るためにと覚悟はした!


 なぜ留まっている?

 このままではまた姉貴を見失うだけだだぞ?



 そんなの。



 ――嫌だ。


 嫌、なんだよ……だから。

 だから動いてくれ。

 だから勇気をくれ。

 だから……。



 ――無。



 ただそれだった。

 アレスが見たものは、ただ一端に自分の力があるだけの他には何もない、ただ質素な箱庭だった。

 有を知らない子どものように彷徨うアレスの姿が見えた。

 それはあまりにも幼気いたいけで、在るはずも無い記憶を求めるように、両手で何かに触れようと力の無い足取りで歩いていた自分の姿を、アレスは視認したのだ。


 「見えたか」


 突然の言葉に、きっとアレスは困惑をするだろう。

 だが現実は違った。

 現実は心当たりがあるように、アレスは真剣にヤマトを見つめる。

 数秒だったか数分だったか。

 理解が出来ないほどに長いと感じ、そして短いと感じた時間。


 「自分が……果ての無き白に居た自分が見えました」


 今までの記憶はまるで無く、ただあるのは姉貴を探すためだけに消費に浪費を重ねてきたこの人生だけだ。

 その全てが無駄だなんて思うことがなければ、思えるはずも無いだろう。

 ただ、それはあくまでも、ソレなだけだ。

 俺はそれを見て、光思ってしまったのだ。


 「……寂しかった」


 自分の中には誰もおらず、他人の中にも誰もいないのだ。

 これほど寂しく、寒くて、怖いことがあるだろうか。

 人が死ぬとき、それは人に忘れられたときだけだ。

 これは本当に死という本懐を突いている言葉だと思う。

 それなら、と思ってしまうのだ。

 それなら、誰にも、誰の記憶にも染まることのない俺は、一体生きているといえるのだろうかと。

 たったの自分ですら埋め尽くすことの出来ない俺は、一体誰の記憶に生きることが許されるのか。

 でも、きっとこの人は違うのだろう。


 「なら、わたしたちが助けてやろう」


 ――だから刻んで見せろ。


 極自然と、ヤマトはアレスの頭に手を置いた。

 見た目から湧き出る母性の無さ通りに撫でることも不慣れなように覚束おぼつかない手つきだ。

 それを嫌そうな様子で受け入れる事はなく、ただ今にも泣きそう表貌で受け入れる。


 「安心しろ。友の名を忘れるようなことない」


 「は、い……」


 「それに、ここでなら思い出なら幾らでも作れる」


 一度、一際強く撫でると頭から手を下し、顎に手をやり、俯く顔を見上げさせる。

 その顔には二筋の涙痕が残っており、泣いていた事が分かる。

 だが、それをヤマトは馬鹿にすることもなく、指摘する事もせず、添えた親指で目じりに溜まる涙を拭き取る。


 「だから。我々は、君の入団を歓迎しよう」


 「はい……ッ」


 嬉しさ半分悲しさ半分、いや、このときの場合は悔しさだろうか。

 誰か一点に執着し、周りどころか自分すら省みることを忘れていた自分がいたことに。

 だが、もう踏み出せる。


 「ヤマトさんにギルドの仲間の皆さんッ。これからお世話になります!」


 その声に滲む重いには、先ほどから調子のいいことを言おうとしているガストの口すらも閉ざせ、そして目じりに溜まった涙を落とした。

 勢いよくさげた頭は、身にまとわせる薄汚れた鎧の金属音がなり、静かに嗚咽を声を響かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る