第三話――ギルドに加入!? 頑張れおデブちゃん!―― 中編

 「こ、こは?」


 目を覚ますと一番に目に入ってきたのは、ほんの少し木目が目立つような木で組まれた天井だった。

 続けて左右を確認してみれば、布団にベッドがあり俺は寝ていたことが分かる。

 だが。


 「問題は俺が寝ていたこの場所はどこか、ですなぁ」


 当たりに何かないか手探りでシーツを撫でるが、武器や何かしまっているような突起などは一切となく、平坦で触っていて気持ちいだけだ。

 その手を腰に、胸元に、身を乗り出しベッドの枠組みの下にと様々な場所を確認するが、これといったものは何もない。

 せめて武器があればと思うが、無いもの強請りは直ぐに打ち切る。


 「……大和革命軍のギルドハウスか、どこかで酔いつぶれて拾われたか、攫われたか、だなぁ」


 憶測の可能性を上げて見れば、どれもありえそうなものばかりだ。

 だがとりあえずはその可能性を絞ることから始めなくてはいけないだろう。

 まず第一に大和革命軍。それはきっとアレスがなにか言って俺をギルドホームに連れてきたのだろう。

 そして第二の拾われた。これは無しと考えてもいいだろう。僕は序列こそ高いが、難易度の高い依頼やクエストをこなしていないことで助けてもメリットはなく、むしろ飯代などのデメリットが多いだろう。もしも助けた人がシスターや神父といった教会や神に仕える者ならばそんなデメリットを帰りみずに助けるだろうが、きっと酔いつぶれたデブよりも病気などで食べるものもまともに無い者に手を差し伸ばすだろう。

 そして三つ目。これも二番に同じく無しと考えてもいいだろう。こんな落ちぶれを攫うのならばどこかの矮小な貴族を攫ったりなどする方が合理的だろう。


 「なら、ここは本当に……」


 確証を得ようとベッドから立ち上がろうとした刹那、突然とドアが開き、ユキアの警戒心を高めさせた。

 だがそれは徒労にも終わり、入ってきたのは背の中ほどまで伸ばした茶色の明るい色の髪を靡かすノレンだった。


 「あら、目を覚ましたようね」


 大人っぽく妖艶な笑みで語りかけて見せてくるのは、湯気の立った中くらいの土鍋を持ったノレンだ。

手に着けている三トン型の耐熱手袋は、副ギルドマスターとしての役職や言葉遣い、そして端麗な容姿からは想像ができないような可愛らしい苺と兎の刺繍が入ったものを使っていた。


 「どうしました……あぁ。これ、可愛いでしょう」


 「え……ま、まぁ。はい」


 「ふふっ。褒めてもお粥くらいしか出てきませんよ」


 豊頬から浮かび上がってくる優しげな微笑みに、安心させられるような優しくも深みのある声。どこか安らぎを感じること、それは当然のことなのだろう。

 ベットから立ち上がろうとしていた腰を、元の位置よりも深く座り込ませた。


 「いやいや、手作りの料理なんて身に余るほどですよ」


 「どうやら今回の試験の挑戦者さんは中々にお世辞が上手ですね」


 「……ん? 挑戦って」


 「覚えていないんですか?」


 「……はい。多分」


 思い出すように額に手を置いてみるが、思い付くものは、ただ腕を邪魔するように肥える腹があるだけで、特には何も思い出すものはない。

 呻っていると、横ではノレンが小テーブルにお粥を置き、引き出しからスプーンやフォークなどを取り出し、鍋に併せ差し込む。


 「はい。あーん」


 近くにあった椅子に腰掛けたノレンが、ユキアの口の近くにお粥の入ったスプーンを近づけた。


 「あっ、失礼します」


 差し出されたスプーンに対し、ユキアは上半身だけを動かして口に含ませた。


 「私たち大和革命軍の入団試験の」


 「ぶふぅー!?」


 「あぁ! こらっ、せっかく作ったのに」


 「そんなことよりも! 俺が試験を受けるってどういうことですか!」


 慌てて口元に残る米粒を拭き取ると、改めてノレンと向き合い、昨日何があったかを思い出そうとする。


 昨日、何があったか。

 思い出せるものはただアレスとご飯を食べに行き、そして大和革命軍の大部分がその店に顔を出し飯を食い、そしてその席にアレスとともに誘われて。

 そして。


 「何があったんだっけ?」


 「あれ? まさかユキア君、何も覚えてないの?」


 先ほどからの優しげな顔を、せわしく慌てたものに早変わりさせ、宙に残された腕を自らの膝の上に引き戻す。

 その動作に、ふと気が付いたものがあったユキアが口を開いた。


 「そういえば今は甲冑をつけていないんですね」


 「それはまあ鎧の中は快適ですけど、身を守る必要がないこのホームでぐらいなら、副ギルドマスターの役職をもらってもさすがに気ぐらいは抜きたいんですよ」


 朗らかな表情でいうと、「それはそれで」と、咳払いですぐさまに顔を戻した。


 「一応、試験を受ける発端になったのは、アレス君とカレスさんの両方の推薦という形になっているのですが、簡単に言えば巻き添えって感じですね」


 あいつ、と呻ってみるが、「こらこら」と簡単にもノレンにあやされ、そんな気はすぐさま消え失せた。

 その際に頭を撫でられたからなのか、頭を触られた途端に心臓の鼓動が動悸を起こしたかのように、苦しく、そしてはち切れんばかりに張り上がった。


 「ん? どうしたの?」


 「あぁ、いいえ、特には何もない……はず」


 心配して俯きかけた顔を確認するように覗き込み、前屈みになればすこし緩めでラフな生地である服は簡単にも胸元が緩み、鎖骨は容易にその姿を表出させる。


 「顔が赤いようだけど。熱でもありますか?」


 手をこちらに伸ばしたと思えば、それを両側にずらしユキアの髪を掻き揚げ、そして自らの手をユキアの額に触れさせる。


 「うーん、熱はないみたいですけど……具合が悪かったりなどしますか?」


 必然と顔は近くなり、目を見つめ合うことになる。

 そんな至近距離での接触は、中々に女性との接触の少ないユキアからはとても慣れないことだ。

 

 真近でみた女性の綺麗な肌。

 こちらを一身に見つめる澄んだ瞳。

 初めて知った女性の匂い。


 それら全てはユキアにとっては初体験なもので、反射で顔を赤らめた。


 「ととと、特にはッ!」


 「あら、そうですか。なら今日の試験は受けれますね」


 「……はい?」


 腑抜けた声が出た。

 きっとそれは寝起きで判断力が鈍っていたからなのかもしれない。

 ユキアはノレンと見合って自らの愚かさを内心で正そうとした。

 だがそれはたった一つの予感に遮られる。


 「策士、ですかな……」


 「いいえ、ただ女は余裕を持つということだけですよ」


 嵌められた。見透かされたと。

 罠に掛かってしまったのだと。


 ノレンは初めからユキアが試験の参加を快諾しないと睨み、あらかじめ策を練っていたのだ。

 そこで出たのが、自らで誘惑し、はいと、YES と答えざる状況にしてきたのだ。


 「……わかりましたよ。でも剣は自分のを使わせてくださいね」


 「もちろん!」


 渋々の承諾を伝えると、ノレンは満足したようで、もう一度スプーンを手に取る。


 「食べますよね?」


 「寝ていたせいでお腹が減っちゃったんで」


 お腹をさすってみれば、ノレンはその光景にすこし戸惑い、そして可笑しく笑う。

 鼻歌交じりに鍋を鍋敷ごと移動させると、手をかざし熱さの確認をする。


 「まだ覚めてないですね。はい、あーん」


 「あーん」


 差し出されたスプーンを口に含む。

 すると先ほどでは感じなかった程よい辛さに、噛み締めれば感じる深い甘み。

 さっきはすこし熱かったくらいだが、少し時間がたった今では、それが丁度いいほどの熱さになっており、食が進むというものだ。


 「ふふっ。そんなに急いで。美味しいですか?」


 「もちろんですとも!」


 はんぐっというような汚らしい音を立てて食べているのだが、ノレンはそれを気にするどころか、どこか嬉しそうな顔でそれを諌めることをせずにいるのだ。

 ユキアはそれに気分が高揚したのか、今まで以上に食べる速さを増し、そして激しさを増した。


 「おーいノレン、入るぞー」


 「あっガスト。もうユキアくんは起きたから勝手にどうぞー」


 ユキアの世話をしながらも、ノレンはドアの向かい側から聞こえてきた野太い声に対応する。


 「おう。どうだ豚野郎、元気になった……か?」


 ドアを開けて入ってきたのは、肌が黒く髪は白く、その眼光は鋭い、筋肉旺盛な男だ。

 ノレンの言葉から察するに、きっとこの男はガストである人物なのだろう。

 昨日も見たし、その前も何度か目にかける機会はあり、詳しくその特徴を言い表せれうことはできるかと言われれば、それは不可能だが、見誤ることはないと言えるだろう。

 そんなユキアが、どこか違うという違和感に食べるペースをすこし落とすほどに顔が崩れていたのだ。


 「お前ら、何してんだよ……」


 呆れたような、それでいて確かに恐れのある声が聞こえた。

 そんな声を聞いたノレンが可愛らしく首を傾げ目が合うと、ビクリと体を震わせた。


 「ん? ガスト、どうしたの?」


 「い、いやいや、お前らのほうこそ何してんだよ! 戦ってんのか? 戦ってるんだよなぁ!」


 そう言われて気づいたように二人は食べる食べさせるということを止めることはせずに、見下ろし見る。

 だがいまいちガストの叫びように納得が行かずに見返す。


 「ガスト。今は起きて元気だとしても、さっきまで病人だったんだから。うるさくしないの」


 優しく宥める言葉の動作は、腕をいつも腰帯に下げている細剣を扱うかのようにユキアの口にお粥の入ったスプーンを的確に突き出し、ユキアはユキアで目で追うこともままならないほどの速度のスプーンに対し、微調整をしながらも、瞬時に引き返るスプーンを間に合わないことはないようにしっかりと口に含んでいるのだ。

 それを当然のように行っている二人の内心では、ただすこし速いだけではないかと、驚く正常なガストを邪魔な扱いをするまでだ。


 「まあノレンがそう言うんなら俺は何もいわねぇよ。それで? そこの豚野郎は試験はどうするって?」


 「うん、受けてくれるって」


 するとここであっという間の最後の一口まで食べ終わった鍋を、ノレンはため息交じりに机に置き、膝丈よりすこし短めのスカートを撫で直しながら椅子から腰を上げた。

 その隙を伺い垣間見えたのは、耳下で不可思議に光を宿すイヤリングだ。

 碧色の宝石からはエメラルド色の光沢が滲み、一瞬、ユキアの存在を取り込もうとした。


 「……ノレンさん。せめて邪気払いの宝石に俺を登録してから来てくださいよ」


 「え?」


 現在ノレンの耳元で光らせている宝石は、邪気払いの石。その能力も名前の通りに邪気を払うものだ。それも一番効果があるものは、性欲の意思をこめた視線や行動、そして言動だ。

 これらを登録していない者が向けると、末路には精神を石に飲み込まれ、一切の性欲の禁欲とされる。

 解呪の方法も使用者が解除する以外にはないが、要は掛からなければいいということだ。

 ユキアは邪気払い、もとい性欲封じを喰らう前に、石から発せられる魔力強度を測り、それにギリギリ耐えることのできる自らの残像をその放射状に飛ばすだけで身代わりができるのだ。

 独断での依頼遂行があたりまえのユキアに与えられた努力の結晶とも言えるだろう。


 「あぁ? おいお前、なにノレンに下卑た目で見てんだよ」


 「っえ!? あ、ホントだ。対象に入れるの忘れてた。ごめんなさい」


 「お、おいノレン! こいつになんて謝ってんじゃねぇよ!」


 イヤリングに手を触れさせた途端に宙に浮かび上がってきたウィンドウを操作し申し訳なさそうな顔をユキアに向けるが、ガストがおかしなものを見るような目で怒鳴る。


 「ガスト。あなたに室外待機を命じさせていただきます」


 「んな! なんでだよ! 俺はお前に何かことが起きたら不味いだろってことをいうためにっ」


 「それなら、ガストも……いいえ、あなたも随分と私をそのようなふしだらな目で見ているのですが。それに比べたらユキアさんといえば全くといっても良いほどに誠実で淫らな視線を一切を向けてこなかったのですよ?」


 「ッチ……わかったよ」


 命令だからか、ノレンに言われたことに傷ついたのかガストは落ち込んだように初めは張りに張っていた背を猫背のように丸め、寂れた様子で外に出る。

 それを確認したノレンは、深く、それも長いため息をついた。


 「本当に困りますよ。私のことを守ってくれるというのは大変嬉しいのですが、何かとこういった荒事に巻き込まれやすいというべきか、巻き込みやすいというべきなのか、とにかく穏便という言葉を知らないような荒くれっぷりなので。本当に嬉しいんですけどね……」


 「あ、あはは。大変そう、ですね」


 「本当にそうですよ。この苦労を分かってくれる人はカレスさんくらいしかいないもので」


 苦笑いを浮かべる様子しか映し出せないユキアは、突然と思い出したように試験のことを口にだした。


 大和革命軍の試験は、大和革命軍の有名さから当たり前のように知られており、その内容はシンプルであり、ギルドマスターのヤマトの攻めを制限時間内戦い、そして審判の判断で合格ラインを超えられているか、というものであり、決定合格はヤマトを倒せば合格できるという簡単なものだ。


 「……でいいんですよね?」


 「はい。基本的には。ただ罠の設置など、試合開始前からの武器や身体以外のものに細工を施すことは禁止。どちらかが重傷、または試合続行不可能自体に陥った場合は強制終了になりますね」


 「ならそれ以外ならなんでもいいと? 例えば不意打ちや手先からの針飛ばしなどの手は」


 最低限のルール確認だ。

 もしものことがあって違反判定を喰らってしまっては残念だからな。

 それにもったいない。


 「……何がもったいないんだろ」


 「はい? よく聞こえませんでした。一応はそのようなものは実際に使えるものなので、そう言ったものはとことん来い、です!」


 何が。

 せっかくのギルドに入ることのできる機会だからか?

 いや、入る機会ならいくらでもあっただろう。ただ入るのが嫌なだけだ。

 ならなぜもったいないなんて思ってしまったのだろう。

 なぜ……なぜ。

 ――なぜだろうか。


 「あの、ユキアさん?」


 「っは、はい?」


 「特にないんだけど。ちゃんと聞いてた?」


 あ、あははとごまかすように笑うユキアだが、見透かすノレンの目を見つめられていると、さすがのユキアでも謝りざるを得ない。

 申し訳なさそうな顔で謝るユキアに、ノレンは「もうっ」と小さく怒るだけで、直ぐに笑顔を浮かべる。


 「もう時間も無いですし。説明しながら向いましょう」


 「はい……」


 ユキアはただその優しさに申し訳なさそうに声を潜めることしかできなかった。

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