一章 第二話――ギルドに加入!? 頑張れおデブちゃん!―― 前編

 太陽が真上から少し傾く頃、ユキアたちは白夜の料理亭、白狼亭と呼ばれる白狼人という白髪の美人しか生まれることのない狼人が運営する料亭に来ていた。

 屋根から光るようにもれてくる陽光が照らすこの料亭は、木造建築で、所々に黒い切り傷などが見られる壁などがある、そんな料亭だ。

 古ぼけた料亭。という印象を持たせそうな場所だが、白狼人がいるせいなのか明るく見え、ほんの少し、鼓動を早ませる、そんな印象を持たせる所だ。

 既に昼下がりという時間帯のこともあり、テーブルは全て満席で、昼間から酒を浴びるものたちが叫び知らしたり、武器を持った冒険者たちが肉などを豪快に食べ散らかしなどしている。

 そんな轟音が響く店の中、隅っこの一つのテーブルにユキアとアレスはすわり、配膳されたばかりの料理に手を付けていた。


 「いやぁ、マジで助かったよ。あの時はすこしふざけすぎてたからな……」


 どうやらアレスは、先ほど、森で倒れていたことを気にしているらしく、先ほどからこの話題しか話に上がっては来ない。

 倒れる前には四日間のご飯を食べることのできない空腹状態での旅が続いたらしく、その末に倒れこんでしまい、そこでユキアに助けられたらしく、感謝もしている。


 「別にアレスが無事なら俺はそれで嬉しいよ。それよりも、早く食べようぞ」


 「お、おう。で、でもよ……」


 「ん?」


 アレスがゆっくりと降ろす視線の先には、ほとんどがつたなく食べられた食器が無造作に置かれているだけで、食べ物が残っているのはアレスの目の前にある小食器の中にある惣菜程度のものだけだ。

 空になっている殆どの食器の中に入っていた料理は、全てユキアが食べたのだ。


 「気づかなかった、ごめん。でもやっぱ誰かと一緒に食うと美味いものですな!」


 ごまかすように笑う。

 ユキアは冒険者という職についてからの人生の食や、それ以外の冒険や生活を一人という孤独で過ごしてきた。

 そんな誰にも染まらない、自分色の白に混濁としたアレスの色が生活というパレットに加わったのだ。

 普段とは違う、それこそ他人に引っ張られることもあるものなのだが、そんな色の中で送る生活に憧れて、渇望していたこともあってか、普段の押さえていたストッパーが外れ、食べることにも歯止めが利かなくなっていたのだ。


 「まあいいよ。俺も十分に食えたし。それにお前、すっごい楽しそうだったもん」


 「そ、そうかなぁ?」


 恥ずかしそうに頬を掻くユキアに、対面するアレスも恥ずかしそうにそっとコップを口に運び、水を口にむくませた。

 その瞬間だった。


 「大和革命軍全員、ご案内でーす!!」


 白狼亭の一人が声を上げたのは。


 「お、大和軍が帰ってきたぞ!!」


 「ヤマトさんのおかえりだぁ!!」


 「おいお前ら! 適当にテーブル開けろよぉ!!」


 周りの冒険者などに騒ぎを起こし始めた。

 大和革命軍。それはこの都市エルドキュアの最強ギルドを表す第7ギルド階位の、第六に位置する最強ギルドの一角だ。

 ヤマトと呼ばれるものが率いるギルドで、ギルドマスターであるヤマト自身、都市エルドキュアのランキングにて七位の実力を誇り、その他の者も、ランキング上位だったり、武器種ごとのランキングにおいて上位にランクインをしていたりとするエリート集団ギルドだ。

 そんな強豪エリート集団のギルドのこの店に来ているのだ。誰でも盛り上がって当然だろう。

 誰もが期待を寄せる中、扉を開け、人影が現れた。


 「いつもすまないな。すこし飯を食べさせてもらう」


 そう言って入ってきた、黒髪を背中の中ほどまで伸ばした腰に日本刀のような武器を佩く、ギルドの長、ヤマト・グランドールだ。

 すこし店の中を見渡すと、先ほど冒険者たちが急いで空けた中央テーブルに足を向ける。

 次に綺麗な金色の髪を中央一本のお下げで纏めた、細剣を腰に佩く副ギルドマスターであるノレン・ギーギルが入り、その後に続くように男女の魔法使い、黒人の魔法使いであるガスト・ベーガルと、妖艶な魅力を不造作に振りまく柔らかそうな金髪に、魅力溢れる巨乳を強調するような扇情的なタイトな服にコートを羽織ったハルフィラ・ノレストが入り。

 最後に弓を背中に背負い込む、黄緑と金髪の混ざった髪を短く頭の裏で纏めた弓使い、カレス・アルフェフォースが入ってきた。

 そんなただの入店ですらも、回りの冒険者たちの視線を独占させ、行動すらも制限しているように口に運ぶフォークやスプーン、ナイフの手を止めていた。

 そんな状況の中でも、動ける者が、白狼人がいた。


 「はい大和革命軍の皆さん! 合わせてご注文を聞きますのでどうぞ!」


 15歳くらいだろうか。それほどの体躯をした白髪にピクピクと可愛らしく動く白の獣耳が目立つ少女だ。

 注文を書き連ねるための紙を貼り付けた木製のボードを持っている手は震えており、怖がっているのが察せられる。


 「そんなに緊張しなくていいのよ? ただ、耳を齧ってみたいなぁって思うだけよ?」


 少女に席が一番近かったハルフィラが、胸下で腕を組み魅惑的ナポーズを取りながら言った。

 当然周りの男の冒険者たちはその光景に釘付けになり、間近で当てられた同姓の少女であっても、顔を赤面とさせ慌てる。


 「ハルフィラさん、ここは外ですよ? あまり破廉恥な行動は慎んでくださいね?」


 「はーいノレンちゃん。わかりましたー」


 一ギルド員であるハルフィラが、明らかに階級が上であることが分かる副ギルドマスターの勲章を着けたノレンを軽くあしらいながらメニューを開く。

 同じようにぞんざいな反応を取られたノレンは、すこしのため息を吐くだけでハルフィラのことを許したようにメニューを開く。

 それをきっかけにか、周りの冒険者たちの声が白狼亭の中に蘇り、ユキアも大和革命軍に固定されていた視線が戻り、自分のテーブルに戻す。


 「ん? どしたアレス?」


 「い、いや、あの人……」


 意識の抜けたような体を動かし、指を伸ばした。

 その先にいたのは、先ほど入ってきたばかりの大和革命軍の一人、遠距離の弓使い、カレスだ。

 指を指された本人は気づくことなく、同じテーブルに座るギルドのメンバーたちと話している。

 楽しそうに、とても楽しそうに。

 だがそんな顔をするカレスと魔反対に進むように、どんどんと焦るように顔を青ざめていく。


 「おいどうした。大丈夫かー?」


 「だいじょばない、な」


 震える眼でこちらを見つめてくる。

 何度か焦り先走るように小刻みに脈打つ心臓を宥めるために深呼吸をする。

 今度は落ち着いた目でユキアを見つめ、もう一度息を吐いた。

 そして――。


 「だってさ。あいつ、俺の姉貴・・なんだもん」


 乾いた笑みを浮かべながら、アレスはそっと席を離れる。


 「どこ行くのさ?」


 「姉貴のところだよ」


 酔っているせいではないかと疑ったユキアはアレスを止めようと手を伸ばすが、軽くそれを押し下げてアレスは歩く。

 満席なせいと、夜であるからというせいで、店内は人で溢れギリギリ人一人が歩けるほどのスペースしか出来ていない。そんな小さい通路を何とか人ごみを掻き分けながらそゆっくりと進んでいく。

 幾らか通路が開けたところ、大和革命軍が占領するテーブルの目の前でアレスが止まった。

 ギルドのリーダーであるヤマトの前で立ち止まり、見下ろすように首を下げ、肩を揺らしながら息をする。

 周りの者も異変に気づいたのか、先ほどまで公共を弁えようとしないほどに大声で叫び散らしていた者も、皆すべて口を揃えて閉じている。


 「あいつまじですか……」


 殺されるかもしれない。

 そうユキアは焦った。

 ギルド全員、ではなく、鍛冶士の子供一人を除いた残りの全てのメンバーでギルドとして着ていないのにも関わらず、近くに行っているのだ。機嫌を損ね刀を抜かせても文句は言えないだろう。

 白狼人や周りにいる冒険者が見守る中、リーダーであるヤマトがアレスに背を向けたまま口を開いた。


 「少年よ、何か用でもあるのか? 生憎今はギルドの活動としてではなく、休憩という名目として来ているのだ。出来るだけ早くの退出を求めたい」


 明らかに伝わるほどの不機嫌さ。先ほどの注文を聞く際に手際の悪さを披露した白狼人の少女にも向けなかった怒気を放っている。

 同じテーブルに座るメンバーたちも同じことを思っているのか、入店時に煽情的な衣装などを持って誘惑していた女魔法使いのハルフィでさえも口を開く事を忘れ不機嫌そうに手元にあったコップをくるくると手の中で回している。

 流石は王都というほかの都市よりも規定の厳しい場所でS級を名乗っていることだけはある。物怖じせずにヤマトの背後に立つ。


 「すこし、あんたのギルドで話したい奴がいるんだけど……」


 緊張からか、こんなたったの一言を口にするだけでも息が途切れ、言葉がつっ合えていた。

 それを聞いたヤマトが答えることはせずに、そっと席を立ち上がる。


 「今日は気分が良いのでな。毎回がここまでの待遇をされるとは思うなよ」


 背中越しにそう伝えると、ヤマトはアレスに席を譲り椅子に座るように促す。

 その椅子にアレスは座ると、左右から飛んでくる視線が気になるのか、落ち着かない様子で座り心地を治すように尻をぐりぐりと動かす。


 「それで? 用ってなによ。あっ、もしかして私の体?」


 「それは違います」


 冗談を言ってきたハルフィをばっさりと切ると、咳払いを何度か繰り返す。

 どこか定まらない視線を一度、宙に向け、そしてゆっくりとカレスのいるほうに向ける。


 「えっと、あね……カレス、さん」


 「……どうしたんだい?」


 声を掛けられたカレスは、テーブルに向けていた視線をゆっくりと明け、その碧色の透き通った目を向ける。

 ため息こぼしながら行われたその動作だが、アレスはそんな態度を咎めずに、向けられた双眸を見つめ返す。


 「……はぁ、なんだい? 早く用件を言ってくれたほうが楽なんだけど」


 「そうですよ。プライベートに踏み込まれるのはあまり快くは思えませんので」

 

 カレスとノレンが言った。

 無関心な声色で放たれた一言だが、その意味だけで周りを淀めかすには十分で、カレスに近い椅子に座っているものはもちろん、カレスたちの座るテーブルの近くにいる者は例外なくその場を離れていく。


 「わかった。なら簡潔に言わせて貰う」


 カチャ、という一つの金属音が立つと、二つ三つと、それぞれが手に武器を当てる音が立つ。

 先ほどまでテーブルに視線を向けていたギルドの皆も一斉にその眼光を煌かせ、殺意を集中させていく。

 そんな状況の中、アレスは一人で平然と入れるはずもなく、座ったまま口を開こうとせずに小さな自然と喉が振るてでるあえぎしか出てこない。

 ゆっくりと、狙いを定めるようにカレスが瞼を引き絞り。


 「……姉貴。ただいま」


 アレスが口を開いた。


 「……へ?」


 腑抜けた声が緊張の場で響いた。

 カレスが困惑な表情を浮かべれば、席を譲ったヤマトも、同じテーブルに座るものも、その場にいるユキア以外が同じように声を漏らした。

 困惑の中、さらに場をかき回すかのように、さらにアレスが口を開いた。


 「本当にさ。探しまくったんだからな」


 その声はほんの少し潤んでおり、聞いただけでも心情が察せられるほど弱った声だ。それを聞いたカレスたたちは先ほどのような腑抜けた顔は辞め、真剣な眼差しで見返す。

 だがカレスには心あたりがないようで、「……むむむ」と悩むような声をあげても、顔が明るくなる事はなく、言った本人も不安がるように怪訝な表情を浮かべる。


 「カレス。この男はお前のことを姉と呼んでいるようなのだが……心当たりはないのか?」


 ヤマトに言われ、すこし考える素振りを見せるが、やはり結論は出ないらしく、虚しくも首を横に揺らす。


 「心当たりがないと言ったら嘘にはなるよ? でも僕のことを姉と呼ぶ人はさ、僕の身代わりに。ヤマトなら知ってるでしょ?」


 「あぁ」


 カレスがヤマトに笑顔を向けるが、同時に昔のことを思い出していたカレスの表情はだんだんと翳んでいき、それに釣られヤマトの顔も翳んでいく。周りもその様子を察してか、声を出すような無粋な真似はせずに、じっとアレスとカレス、ヤマトを見つめる


 「あの、さ。こんな雰囲気の中悪いけどさ。俺は姉貴の変わりに奴隷商には捕まったけど、そっから逃げ出してるからね? 死んでないからね?」


 申し分けなさそうに、軽そうな笑みを浮かべながら口を開いた。

 それを聞いてか、カレスの目が先ほどよりも鋭さを増しアレスを睨みつける。


 「そんなわけないだろう。僕の弟は、カレスは確かに殺されたはず……あれ? 僕……」


 先ほどまでの怒ったような表情が嘘だったように腑抜けた表情に戻る。

 あれも違うこれも違うと、思考にふける様に頭を抱えだす。

 そんな行動を見せたカレスを不審がり声を声をかける。


 「どうかしたのか?」


 「え? ヤマト。僕カレスが死んだところ、見たことないんだけど……」


 下手に出るように言うカレスに、ヤマトが沈痛そうな面持ちで額に手を当てる。

 今まで死んだと断定していた弟が、死んでいなかったかもと希望的な観測にしろ一つの結論が出てきたのだ。これまでの弟の捜索を行わなかった期間の間、もしも死んでいなかったら。もしも今まで生きており、探せば生きていたはずの弟が、今までそれを死んだと確定をした生で殺してしまっていたらと、予測に予測が溢れ出す。


 「ったくよ、姉貴はいつまでたっても姉貴だな。紋章とかを確認すれば一発だろ」


 悔やむように焦るカレスに、呆れたような声色で言い、無造作にも自分の服を捲りあげる。


 「な、なにやっているんだい君は!」


 見せ付けるように脱ぎだしたアレスに顔を赤に染め目を隠す。

 ヤマトも驚き一瞬からだを膠着させたが、叱り付けるように頭を叩く。


 「いってぇな! なにすんだよ!」


 「なにをするもなにも突然服を脱ぎだす阿呆を正気に戻しただけだ!」


 ヤマトも女であることは間違いがなく、カレスと同じように顔を赤らめており、若干にアレスから目もそらしている。


 「俺は露出狂じゃないわ! ここだよ! ここを見ろって言ってんの!」


 指を指したのは、胸下辺りまで捲り上げた右腹部にある赤で刻まれた刻印だ。

 剣や盾、鞭といった武器のようなものに、そして何かの紋章なのか、見覚えのない複雑な絵柄が彫られていた。


 「――それはッ……」


 先ほどまで真に受けることはなかったカレスが明らかに動揺を表す。

 無意識なのか、アレスとは逆の、左の鼠径部そけいぶに当たる部位を撫でるように手で押さえつけていた。

 ヤマトや同じ性別であるノレンやハルフィも、動揺こそはしないが突き通していた無関心を捨て刻印に目を当てている。


 「ああ、そうだよ。俺らが離れる三日前、親に彫られた刻印だよ」


 苦虫を噛んだような顔で言った。同時にカレスも、同じく感じるものがあるのあ、悔しそうに顔を歪ませた。

 あたりに明らかに動揺が走る。

 急変な場の移りについていけていないのだろう。先ほどまで口を開く事は悪と断定するように口を開く事はなかったものたちがこぞって近くの者と耳を傾け合っている。


 「……本当に、本当に君はアレス、僕の弟なの、かい……?」


 怯えるように、恐れるように、だが隠しきれない期待をその声色に孕ませて。

 自然とその口から漏れる吐息はその勢いを増し、若干に肩を揺らしており、鋭さを増していた眼光は警戒心を解ききっており、薄く張ったように潤んでもいる。


 そんな顔を見たアレスは一瞬、同じように瞼を緩めたが、直ぐに立ちなおさせる。


 ――姉ちゃんが泣きそうになったらさ、俺が助けてやるから!


 子供の頃にアレスが姉貴に吐いた、彼氏面をした一言だ。姉貴に恋意を抱いて、よく兄妹にあるような好きだと言い合う、ひと時の気の迷いで言ってしまったものだ。

 それは今でも俺の心には抱いてある姉貴への憧憬や劣情、そして恋意。好きだという感情が、胸の中に眠っている。

 今、顔を見てぶり返してきた溢れんばかりの感情が。

 姉ちゃんのせいだからな。俺が好きに……抱いてはいけない感情を抱かせてくれたのは。


 「本当だよ。ただいま、姉ちゃん」


 暴れる。胸の奥で眠っていた感情が。

 押さえるだけで精一杯で、零れ落ちそうになるほど俺の器からあふれ出す『好き』が。


 ――まだ俺のことを好きでいてくれていますか?


 聞きたくてしかたのない答え。

 不安になり揺れ動く心。


 「ごめんよ……一人にして、本当に……ごめんよ」


 アレスはその全てを押さえ込み、弟を演じる。

 拭いたい涙に手を伸ばすことはせずに、頭を撫でる。

 抱き寄せたい背に手を伸ばさずに、痛む胸を自分で押さえる。

 同じように泣きたいと訴える心を隠し、笑顔を向けてやる。


 目じりに浮かんだ滴で頬に線を引くカレスをあやすように、弟として頭に手を乗せる。


 「そんな顔しなくとも。姉貴が逃げたんじゃないんだよ。俺が姉貴を逃がしたんだよ。しっかりと逃がせたんだ、そこは褒めてほしいよ」


 へへっ、と自慢をする子供のように目を細める。

 そんな笑顔を見てか、それとも頭を撫でられて安心したのか、長年別かたれていた姉弟の再開できたからなのか、涙で線を描いていたはずの頬には、とめどなく溢れる涙で歪んでいる。


 「そんなに泣くなよ……俺も抑えられなくなるだろうがよ」


 無理な笑顔なのは察することもする必要もないほどに明らだ。

 カレスを見る目はうっすらと滲み、陽気な言葉を繰り出す口は、細く震えている。


 「アレス……」


 アレス、アレスと泣きじゃくりながら長年口にしなかった言葉を、何度も何度も口にする。


 「なんだよ、姉貴」


 「寂し、かった……よっ」


 喜びに打ち果てられていると思えば、直ぐに悲しみに打ち果てられる。

 カレスがアレスを見つめる目に宿しているのは、先ほどの懐かしさや嬉しさではなく、恐怖だ。家族がまた消えてしまうかもしれないという恐怖。

 始まりが無ければ終わりはない。

 再開という邂逅を、望外な出会いを果たして嬉しいはずなのに、それ以上の、再開をしてしまったという恐怖が彼女の顔に涙を浮かばせる。

 カレスは心のそこでは、アレスに会うことを、アレスが生きているかもしれないという希望を抱くことを良しとはしていなかった。

 もしアレスが居なくなってしまったら。もしアレスに私と同じ思いをさせてしまったらどうすれば。

 そんな、望みの抑制を本能がしてしまっていたのかもしれない。

 会ってしまった。出会ってしまった。再開してしまった。

 その出会いは偶然にも見つめてもらったという過程が挟まれるが、いくらその過程を問おうとも結果は変わることはなく。

 出会いを果たしてしまった以上には、本能でき止めていた願いを拒むことは理性では不可能。

 拒絶をしたい。アレスの存在を忘れたい。

 アレスに楽をして欲しい。アレスに絶望を知って欲しくない。

 そう、願うが。

 本能は理性で生み出したものに抗う。

 本能がアレスの存在を渇望し、アレスと共にいる未来を思い描いてしまって。

 アレスと一緒にまた冒険を出来るという期待を抱いてしまって。

 会いたくないだなんて……。


 「会いたかったよ、アレス……」


 そんなことを言えるほど、カレスは自分を殺せてはいなかった。


 カレスも涙塗れの頬を引きつりながらも緩め、笑顔を向けた。


 「なんだ。俺が焦る必要もなかったじゃん」


 傍で見ていたユキアも、カレスの抱いた敵意が霧散したことで気を緩め、未だに皿に残る肉にフォークを刺す。

 ユキアが安心するのも、カレスだけが気を解いていたのならばとく事は無いが、他のギルドのメンバー、例えば明らかな敵対心を表していたノレンやハルフィなどがむっとした表情のままでいたのならば当たり前だが解くことはなかった。

 だが今はどうだろうか。大和革命軍が着いているテーブルにいる者は皆、表情を崩し涙を流し、笑顔になっているカレスや、その弟を名乗ったアレスを和やかな顔で見つめているのだ。

 そんな顔で敵対心を孕んでいるのならば、それは危険人物と成り得るものだろう。

 だがここには、この店の中にはそんなことを企んでいそうな者は一切とおらず、ここにいる者は皆その二人を見るものは奇怪な目を向ける以外は、状況を把握していない者、二人の再会ということを何とか知りなごやかな視線を送る者ばかりで埋め尽くされている。


 そんな優しい雰囲気に包まれた白狼亭の中でユキアが見つめる中、アレスは頭を撫でていた手をそっと背中に落とし、もう片方の手も背中に差し出す。

 カレスは不思議そうな顔をするが、直ぐに顔を緩ませる。


 「俺も、本当に会いたかったよ、カレス」


 そして背に回した手に力を込め、するとカレスもゆっくりと、アレスも胸元に顔を近づける。

 頬が着く。その瞬間に。


 「はーいちょっと待ったぁー! 公衆の面前でそんなに、しかも異性とイチャつかないでくださーい!」


 触れ合いそうな二人の間に分け入ったのは、その注意する言葉の全てを日常のように行っているハルフィだ。

 その行動に、抱き寄せようとしていたアレスも、抱き寄せられようとしていたカレスも言い顔はせずに、すこし恨めしそうな顔を向ける。


 「ちょ、ちょっとなによ! 私はただカレスちゃんが公衆の面前でそんなにいちゃつくのはどうなのかなって思っただけで」


 「それだったらハルフィ、君も、じゃないのかい? 道端で声を掛けられれば扇情的な格好をする君には言われたくないのだけれども」


 「あははー。ダヨネー」


 明らかに沈心ぶりを見せたハルフィは、トボトボと席に戻る。

 ハルフィは自らの意思でその酔うな卑猥なポーズをとることは少なく、自然としたままでもその体躯でそう見えてしまうだけなのだが。最近すこし気にしていたハルフィには改心の一撃となっている。


 「はぁ、カレスさん。すこし頭を冷やして考えてください。自分が今どこで、何をしているのか」


 「僕はいつも冷静だよ。何年も会ってなかった弟と会えたんだよ? すこしくらい浮かれててもいいと思うんだけどさ。どうなの?」


 「もう面倒くさいったらありゃしねぇな。ノレンは男との接点をまるで持たないお前が男と抱きしめ合っているのは、それはお前の評判とかに関係するんじゃないかって言ってんだよ!」


 「なんだい、ガスト……ごめん違ったね。カスト」


 「あぁ?」


 「そんなに睨まないでくれないか? 君の言う評判が下がっちゃうよ」


 ガストの言葉を始まりとして二人の間にはいつもの様に見慣れ険悪な雰囲気がただよりはじめる。

 誠実、といっても違いはないともいえるカレスに、野蛮やばんばんこうなむさ苦しい黒肌の目出す筋肉ダルマのガスト。そこで真反対のように違うのに、なぜか馬が合わないのか二人が揃ったときには絶対といってもいいほどに口喧嘩が起こる。

 二人とも実力は都市で上位に入り込むほどの実力者という事で無鉄砲に力を振りまかないだけマシなのだが、戦場に立つ以上意思疎通が必要になり、戦闘中はどうしても音が立つため、自然と声がでかくなってしまうために、ただの口喧嘩でさえも、周りに害を及ぼすほどにはうるさくなってしまう。


 「君の価値観を僕に押し付けないでくれるかな? 僕は評判とかどうでもいいんだよ」


 「別に俺もお前一人の評判が落ちるんだったらなうでもいいんだよ。でもお前のせいでギルドの、ノレンの評判を落ちたらどうすんだよ!」


 「僕のせいで評判が下がるんだったらとっくに君のせいで落ちていると思うけどなー。でも、評判で最初にノレンが出てくるのってちょっと笑えないと思うけどな」


 「っんなこと関係ないだろ! 俺らの副ギルドマスターだってだけだろうがよ!」


 カレスがノレンのことでガストをおちょくると、分かりやすく顔を赤らめ声を荒げた。

 いつもの光景なのだが、それゆえに対処には困らないし、それゆえに誰も焦り対処をしようとはしない。

 それが彼女らの行動をエスカレートさせていく。


 「なんですか筋肉ダルマ!」


 「んだよ中途半端乳野郎!」


 「野郎ってなんだい! それに僕の胸は関係ないだろう!」


 「ならハルフィラやノレンたちを見てみろよ!」


 「あっちは別次元なんです! 僕が平均なだけなんだよ!」


 ワーワーガヤガヤと騒ぎ立てる二人をよろしく思う者が居るはずがなく、ギルドの仲間は皆迷惑そうに、そして周りの冒険者や村人などは皆怯え、飛び火がないことを祈っている。そして白狼亭の従業員は全員というわけではないが、入りたてのギルドの接客をした新人の若い子以外は皆呆れたように皿荒いや料理などを続けている。


 その問題の新人はというと……。


 「それはガスト! 君には関係ないことだろう!」


 「キャ、キャッ!? ……あ、あぁ、ごごご、ごめんなさい!」


 カレスが声を荒げれば配膳していたトレーを客にぶちまけ。


 「カレスの胸が小さいのは明らかだろうが!」


 「キャア!? ごごご、ッ本当にすみません!」


 ガストが叫べば配膳し終わったトレーを片手に足を滑らせ、冒険者をそのトレーで頭を叩き、気絶をさせたり。


 「新入りちゃん! しっかりしてよ? こういうことはいっぱいあるから」


 「は、はぃぃ」


 厨房付近で料理を作っていた先輩にしかられる始末である。

 白狼亭で働いているのだが、未だ新入りで一般人と相似無いほどだ。そんな新人に今この場を押し付けるのは忍びない。


 「……そろそろか」


 頃合いか、とそう踏んだヤマトが席を立つ。

 それに人目も気にせずに騒ぎ散らしているカレスとガストが気づくはずも無く、その他の団員を含めた白狼亭の新人以外の人は皆、畏怖を覚えた。

 ヤマトのいつも通りに変わらない細目、という以前に瞑っている目。そこから何かを感じ取れということが無理難題なのだが、極決まったときには冒険に身を投げ出さない村人でも分かるほどの変化を示す。

 怒りだ。

 静かに呼吸するその吐息にはかすかな怒気が含まれていることを察しさせるように荒々しく、前髪が不穏に揺らいでいる。


 「カレス、ガスト。お前たちはいつもなぜそう声を荒げる。お前たちはなぜ人前だというのにそれを気にせずに口喧嘩を始める」


 一言一言から伝わるその孕んだ怒気に皆畏怖の念を抱きながらそっと一挙手頭足に、自分に攻撃が飛んでは来ないかと警戒をする。

 それには長年連れ添っているノレンもそうだが、ギルドの面々も飛び火するのではと警戒している。

 大和がそっと、腰に佩いている刀を抜く。

 金色の雷のように左右上下で分かれた柄から下に生えていたのは、アダマンタイトというこの世界でもっとも硬い鉱石だ。

 鞘から姿を見せたのは、鉱石同様に黒い刀身に所々に赤く細い線で描かれた幾つもにもある六角形の電気伝導帯と、魔力属性重鎮及び促進の刻印だ。

 この黒の刀は二つの意味で広く知られわたっている。

 一つは、この黒の刀に切れないものはない、ということ。

 そしてもう一つ。

 その切れ味は磨いでいない、初心者用としてギルドが支給する粗末な短剣に並ぶものだ。


 二つはまったく矛盾しているではないか。そう思うだろう。

 確かに刀単体では見るにも耐えないほどのお粗末そまつに思う程切れ味の悪い刀に成り下がるだろう。

 だがそれは刀単体では、の話だ。

 ヤマトの主属性は雷、そして副属性も雷。両方の属性が同じもので、二倍、ではなく、その雷の質が三倍ほどの跳ね上がるのだ。

 そんなヤマトは属性に恵まれ、そして魔力量にも恵まれている。

 どこの魔法使いですかと聞きたくなるほどに多い魔力量があるヤマト。何か活かせることはないかと考えた末に行き着いたものがヤマトの戦闘スタイルだ。

 常時魔力垂れ流しで、雷の使用による高速移動に高速戦闘の可能。そして刀身に雷を纏わせて切れ味を上げ、雷ほどの速度で刀を振るうことでの絶対的な切れ味の保持だ。

 どんなに切れ味が悪くても、ヤマトには関係はない。ただ刀身が硬ければ、それだけで戦える。


 そして。ヤマトの持つ刀にはあまり知られてはいないが、もう一つ、曰くがあるのだ。


 それは。


 そっと、二人の頭上に刀を差し出すと、それにも気づかない二人にため息を吐いた。


 「すこしはギルドの事を考えるんだ」


 とても重いことで有名なのだ。

 振り下ろせば二人の頭に落ち、怪我をしないようにと刀の腹を下にしており、痛みが逸れることなく直接脳天に直撃する。

 鈍い音を立てて静かになった二人を見ると、すこしは気分が良くなったのか満足げな顔で刀を二人の頭上から取り、鞘に収める。


 「いっ……たい」


 「っかぁー!」


 痛い、という感覚が失っていたように、刀が退けられた途端に、頭を掻きむしるように悶え始めた。

 あくまでもカレスは女の子らしく、目じりに涙をため苦痛に顔を顰めるだけだが、ガストは違った。大暴れをするように左右の手で頭を掻いていた。


 「すこし静かにしろ。ここはホームではないのだ。恥じらいを知れ!」


 大和撫子が似合う仕草で刀を鞘に戻す。

 全くと愚痴をもらすように席に着く。

 それを境目にしてか、周りの冒険者を始めとして声を出し始めた。


 「ははっ、ガスト! どうやらその石頭でも団長さんの刀の重さには耐えきれねぇようだな!」


 毛深く、筋肉旺盛なおじさんが大声で笑う。

 そのパーティーには大和革命軍と同じようにおじさんの大剣を初めとしたガンドレットを持つモンクの頬から唇に掛けての傷を負った大柄の熟年の女性、そして魔法使いの小柄な少女。

 おじさんが笑うのをおばさんが叱るが、特に意味がないかのように、それを酒の陽気さで跳ね返す。


 「んだよ! ならノヴェルト、お前が受けてみるか!」


 「……ガァスト、まだ静かにならないようだなな?」


 「えっ、いや! 俺じゃない! 俺じゃなくてあいつってくそ、ノヴェルト! どこ行きやがった!」


 ヤマトに睨まれるガストが逃げの策を模索をし、煽ってきてノヴェルトを出すが、それを予想できていたノヴェルトは既に酒の席にはおらず、パーティーメンバーを残して姿を消していた。


 「さぁな、私にはその姿が見えんのだがな」


 わざと見回すように首を動かすと、再度、目に睨みを利かせた。


 「い、いや、それは……その……」


 同じギルドで、ほぼ互角ほどの実力を持つガストは、ヤマトに合わせていた視線をちらりと動かし、先ほどまで言い合っていたはずのカレスに向け、助けを求めようとする。

 だが答えが決まっているように、ガストよりも序列の低いカレスが立ち向かう意思を示すはずもなく、頬に冷や汗を浮き上がらせながらそっぽを向き、無関係を主張する。


 「……なんでもないです」


 「そうだ」


 満足したのか、妙なやり切った感を出して椅子に腰を沈めるヤマト。

 アレスは、それがこのギルド、大和革命軍の日常なのか苦笑を浮かべながら何とか平然を装いながらおだてる。


 「やはりギルドの長とはこういうものでないとな。ところで、アレスといったか?」


 「はい。王都の冒険者ギルドから派遣されたアレス・アルフェフォースです」


 名を呼ばれたアレスがすばやく椅子から腰を外すと、礼儀正しく頭を下げる。

 ユキアは今までそんな丁寧な仕草を見せなかったアレスの変化に笑いを零すと、チラっと下げた頭をこちらに向けて睨んできた。

 すぐその顔を辞めると、先ほど通りの好青年のイメージを持たせるような涼やかな笑顔に戻す。


 「そうか。ではアレス、君に提案がある」


 「……提案、ですか?」


 訝し気に顔を変化させるアレスに、ヤマトは小さく笑い荒く肉刺まめの擦り潰された手の平に、三本の指を立てた。


 「そんな怪しげなものじゃないさ。私が君に提案、もとい聞くのは三つだけだ。まず始めの一つは、家の団員、カレスと共にいたくはないか?」


 「……ヤマト、それは前から言っていた僕の戦力不足の件での、解雇かい?」


 「まさか。すこしは落ち着けを持て。今日のお前はすこし気が散漫していないか?」


 ヤマトに言われると、気づいたようにすこし苦そうな顔を浮かべた。

 普段のカレスは冷静沈着、惹かれるような鋭く冷たい眼差しなど、挙がるものはカレスの何事にも無頓着で興味を示さないような人形のような正確で、今日のように常に感情の突起が表面に現れるのは珍しいことだ。


 「二つ目、だ。我々のギルドに入ってみないか?」


 「俺が? えっとヤマト、さんのですか?」


 「ああ。もし来ればカレスと同じギルドで、カレスと共に生活をすることが出来る」


 「ヤ、ヤマト、それは本当かい!?」


 先ほどの翳んだ顔はどこに言ったのか、叱られたことを覚えていないように大声を上げながらテーブルに身を乗り出す。

 その反応に呆れが差したのか、無視の一点張りを発動をしている。

 見ていたアレスも家族とは言え、度が過ぎていることを察しているのか、姉ではなく、何か可愛そうなものを見る目を向けている。


 「そして三つ目、これが本題だ。家のギルドの試験を受け、合格して私たちと共に冒険をしないか?」


 「すすす、するよね? いいや、するんだ!」


 先ほどから「するんだ、するんだ!」と煩く喚くカレスを押さえるノレンに一礼すると、考え込むように口を塞ぐ。

 アレスはユキアをチラっチラとヤマトに気づかれないように小刻みに窺う。


 「いや、だから俺に頼るなって」


 無意識にも呆れたユキアはそう口走ってしまった。

 笑いが鼻に掛かったよな見下した言い方で声量も低かったはずのユキアの声が届いたのだ。


 「なんだ? アレスはあやつとも知り合いなのか? ならば一緒に来るがいい」


 「本当ですか!? おーいユキア! 早く来いよ!」


 顔を存分に嗜虐しぎゃくに染めたアレスは手を大きく振ってきた。

 ユキアは思わず余裕の笑みを崩し、顔を引き摺る。

 二度、同じようにユキアを見てきたのは、ただ逃げ先を作るためのものではなかったのだ。

 ユキアをヤマトのところに、大和革命軍の円の中に入れようとしているんだ。


 「……せっかくの打ち上げなのに。自分が邪魔したら悪いですから」


 「なに言ってんだ! せっかくの打ち上げだぁ? それに呼ばれてんだぞ! 常人だったらがっつくイベントだぞ!」


 「い、いや。でも……」


 悪いですよ。

 そう言おうと思った瞬間。

 アレスの最悪の一言が姿を現した。


 「姉貴! あいつも一緒だったら試験受けるよ!」


 「はぁ? アレスお前なに言って」


 否定しようと、拒否の言葉を並べよとするが。

 その間に合う間に合わないどころではなく、一瞬にしてカレスは先ほどの比ではないほどの速度で席をたち、今度はアレスの肩首を掴んだ。


 「本当か!? 分かった。なら今すぐあそこにいるユキアという者にお姉ちゃんが話しをつけてきてやるからな!」


 春やかな青春ともいうべきか、桜の微笑みとでも言うべきか。何か愛おしいものを見てくるような優しそうな目尻の下った目で、そんな眼差しを向けてこちらへと近づいてくる。

 人一人が通るのにも詰まり動きに制限を掛けるものだったのだが、今はそんな見る影もなく、ゆったりと丁寧な足どりをするカレスに恐怖を覚え、道をあけている。

 オークほどのガタイがある大男ですらも、腰を抜かしたように後ろにいる冒険者を下敷きにして崩れている。

 そんな開けた道では彼女の動きを、彼女の顔を、彼女が向ける視線を燻らせることができるはずもなく、一刻一刻と過ぎゆる時計の秒針の倍ほどの間隔でなるか細くなる足音を止めることなどはできるはずもない。


 僕ができるのことはきっと他人を装うように食を進める事しかないと、できる限り異彩を放たないようにカレスを気にしないように口に残り僅かの食べ物を入れる。

 それが逆に異彩を生む事ともしらずに。


 「君が、弟、アレスが言っていたユキアだよね?」


 「……コレ、オイシイナァー」


 視線がユキアを射止め、行動を抑制する。

 口を開こうと、食べ物を食べようとする口を開く事を了承しまいと、威嚇をするように視線をぶつけてくる。


 「君が、ユキアだよね?」


 「……そう、だよぉ?」


 ユキアはそういうしかなかった。

 ただの一度も攻撃された事も、殺気を向けられた事もない。

 だがユキアはそう言うしかないのだ。


 「よかったー。なら早くこっちにきてくれないかな?」


 「……はい」


 悪戯のように振り撒かれるその笑顔に惚れるわけもなく、ユキアは恐怖を選んだ。

 なぜか「着いてこないとどうなるかわからないよ?」と茶目ちゃめた一面の如く脅迫をされている気がするのだ。


 「フフフーン。これでアレスと一緒にいられるよ」


 ご機嫌なカレスに、僕はただ手を引かれ、大和革命軍が座するテーブルに連れて行かれる。

 避けた道をカレスの後ろから子供の様に着いて行く僕に、皆先ほどまでの怯えは一切と見せずに、ユキアで遊ぶように次々とバカにするような言葉が飛んでくる。


 「よかったじゃないか! あの大和革命軍だぜ? 寿命が縮んだな!」


 「よくないよ! きっと俺なんかがギルドに入ってみろ! どうなるかわかるだろ!」


 「ガーハッハッハッハッ!」


 涙目で反論を寄越すユキアを見て、周りの冒険者は高らかに笑い声を上げる。

 さすがに弱いものをいじめるように笑う行為をしない、という道徳はなっているのか貶してはこないが、人の輪に入ることがまるで無かったユキアからしてみれば、どれも同じのものに見え、恥ずかしくなる。


 (笑われてる。なんで俺がこんな恥ずかしい思いにならなきゃいけないんだよッ)


 段々と慣れる頃には、恥ずかしさが怒りに変わってしまう。

 俺を辱める原因を作った彼女を、カレスに怒りを覚えてしまう。

 きっとその成果も、いや、そのせいなのだろう。

 彼女の握る手を無意識に強くしてしまっていたのは。


 「大丈夫だよ」


 ふわり。

 なぜかその声にはかすかな浮遊感があった。

 先ほどまでの苛立ちがその声によってかき消されて。

 何か胸に湧き上がるものがあった。


 「……ごめん」


 言いようの無い胸に競りあがる感情の言い訳か、自然と出た言葉が謝罪だった。


 「君が心配することはないよ。僕って風のダブルだからさ、君の不安って感情が読めちゃうんだ」


 風のダブル、それは主属性と副属性に分かれる属性の両方がどちらとも風属性ということだろう。

 主属性とは全ての人に与えられる火、水、風、土、電の五つの属性であり、副属性とは才能のあるものにしか目覚めることのできない属性であり、これも主属性と同じ五つの属性だが、これの違う所は、二つ同時に属性を使うことができるという点と、今のカレスのような主属性と副属性が同じな場合のみ、スキルが発現したり、火と火ばらば焔、水と水ならば氷、風と風ならば嵐、電と電ならば雷といった具合に、その属性の上位互換が使えるようになるものだ。

 カレスが先ほど言った感情が読める、というものは、きっとその人物が纏っている風の変化を感じ取っているのだろう。


 「なら、今はどんな感情なんだ?」


 俺は困惑している。なぜこんな質問をしたのか。

 よく分からない。

 そんな質問をされたカレスはおかしく思ったのか、小さく笑うと、今度はこちらを覗き込んで可愛らしくうなり声を上げる。


 「そうだね……例えば安心と安らぎと。あと、興味、かな?」


 「興味?」


 言葉を確かめるように口に出す。だがあまり当てはまらない。

 今、俺が興味を抱いているのは何か。

 考えてみるが、やはりなにも浮かばない。


 生まれ変わるかもしれない日常への期待か?

 ギルドに入れるかもという興奮による興味か?

 それとも他になにかあるのだろうか。


 バカらしいという思いしか浮かばない。

 先ほどまで快い感情を抱いてなどいなかった相手にそういわれただけで、俺は何を思ったのだのだろうか。

 普段ならばそんなわけはないと切り捨てるはずの無駄な情報。

 だがなぜかそれがとても大事なものではないかという憶測が脳裏を過り、想像をやめられない。


 そして俺は無意識にカレスの手を強く、それでいて優しく包んでいた。

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