デブ騎士英雄譚――デブでも成れる英雄譚!――

朝田アーサー

零章 第一話――おデブの始まり――


 戦闘とは命の奪いあいである。

 武器とは使うものだが、同時に命を奪えるものだ。


 「…···狩りとは。それは生命を奪う倫理観の逸れた行為である……。でもやっぱし馴れないものですなー」


 そのデブ、ユキア・ブロードは手に収まる片手剣を握りながら草の生い茂る森に生えた大樹の上で呟いた。

 ゆっくりと音を立てぬように慎重に歩き進んだ先には、一体の小型の牛のような魔獣、モーモーがいた。

 モーモーは今から殺されることを知らぬに、気楽に地面に生い茂る草を食べている。


 「和むなぁ……本当に殺されるって分かってるのなら抵抗とかしないでほしいですな」


 そんな世迷言よまいごとを告げ、モーモーに手に持つ片手剣とは違う腰に仕舞ってあるナイフを投げつけ、モーモーの命を絶った。

 泣き声など一切上げず、ただ驚くように体を震わすだけで涙の一つも流さずに死んでいく。

 毎回が今のように抵抗しないでくれたら嬉しいのにと、胸の奥でひっそりと考える。

 この仕事、冒険者という魔獣の命を奪う仕事を続けては八年は経つのだが、未だに慣れることの無い、死ぬ瞬間に見せる、悲しそうにうつろになった魔獣の瞳。

 ユキアはそっと木から地面に降りる。一際大きく、静かな森に響く地震のような重い音がなる。

 それは体重からくる速度の上昇によって引き起こされた衝撃だ。

 この結果はユキア自身の体重を考えれば当たり前と思うだろう。

 何せユキアは太って・・・いるのだから。


 「あー、痩せたいでございます」


 絶対に叶うことの無い願いを口に出すと、モーモーの死体の回収を始めた。

 手始めに腰に巻きつけある革の帯に備えられている小型のナイフを取り出し腹を切り裂き、表出した内臓を取り出して残った本体とは別に区別し肩から下げている背中ほどまでの長さの麻袋あさぶくろ無限収納マジックボックスの中に放り込む。

 無限収納マジックボックスは全て同じ収納要領ではなく、他にも小箱型のものや、馬車の荷台ほどあるものなどが存在し、それぞれがランク分けされており収納要領は大きさではなく重さで判断され、とてつもなくでかいものでさえも、それが軽いものであるのならば簡単に小箱型の中に入ってしまう。

 そんな規格外の無限収納マジックボックスの中に収納をすると、また元あったように方にかける。


 「……今度は魔女の薬草採取だっけか? なんで俺は二つも受けているのでしょうか」


 未だ地面に刺さったままのナイフを抜き手の上で回すと、カッコよさを決めるようにスタイリッシュに腰に仕舞う。

 慣れた動きの最後には、納刀が完了した合図のようにカチンと甲高い鉄同士がぶつかる音が響く。


 「腹減ってるけど、行きますか……」


 バチバチと、辺りに散らばる落ち葉や折れ木を踏み潰しながら歩き出した。


     *


 ほんの十数分の散策だったはずなのに、広大な森の中というだけでとても苦痛な時間と感じてしまう。

 

 「お、でかいのが出てきたぞい」


 草を掻き分けるという動作を何度か繰り返し、ようやく魔女の薬草という、紫がかったドクダミのような大きいものが現れた。

 地面近くに生え、葉が大きく、血管のような脈打った筋が浮かんでいるのが特徴な薬草だ。

 そっと地面から根を取るように慎重に引き抜くと、小箱型の無限収納マジックボックスの中にしまう。

 今回の依頼は、モーモーの五匹の討伐と、魔女の薬草一枚を収集というものだ。

 つまり、これで依頼は完了ということだ。

 任務という名の仕事を終えた俺は、そっとため息を漏らし帰路に着く。

 日常場馴れした戦闘。それは俺の日常に対する不満解消、憧れの昇華、退屈をしのがせるなど、とても大事なロジックとして成り立ってきていた。

 毎日を楽しく生きるためには、デイリー任務のように、気を晴らすように冒険をしなければならない

 冒険を始める前は、今日起こることを想像しながら楽しみ、冒険をしているときは、その楽しさをかみ締め、冒険が終わったときは、薬が切れたような虚無感を味わいながら毎日を過ごす。

 元々こんな体の俺には楽しい日常なんて送れるはずもないし、送れないことは自分でも重々承知をしている。

 きっとどこかのギルドに入ることが出来たのならば、それからの日常は楽しいものへと豹変ひょうへんを果たすだろう。

 だがその後、そう、その後が問題なのだ。必要とされずに捨てこまとして使われるような扱いは想像に難くない。


 「はぁ。厄介ごとでもいいから何か楽しめそうなことがないものかね」


 すこしでもこの退屈を紛らわせようと、ユキアは呟いた。

 何度も、何度もやった、帰り道の習慣だ。

 それは祖父が教えてくれたフラグ、というものだ。望んでいない事が、ふと呟いてみたことが、唐突に何らかの因果が働いているように怒ってしまう、そんな夢のようなイベントだ。


 「そんな御伽染おとぎじみたこと、信じないほうがいいのですかなぁ……」


 実際の高ランクの水準を維持するユキアの都市エルドキュア――ユキア自身も高ランクで序列100位には入っている――の都市に住む民衆は、夢物語を語りはすれど、それに縋ることはしない。

 怒りの振るい所に地面を落ちた小枝に向けるように、バキバキと踏みながら歩き始めた……。


 その時だった。


 「誰かっ……いる、のか?」


 掠れた力の篭っていない声が聞こえたのは。

 カサカサと横にある草むらが、何かが蠢く様に音を鳴らせ始めた。

 そんな現象に、先ほどまでのふざけたような態度をしていたユキアの体が一瞬で膠着する。

 今までの日常ではありえないような現象。

 望んでいて仕方が無かったものなのだが、人間の本能はそれを否定するように振動の鼓動が早まる。

 緊張を走らせるように吹く風は、体の表面をジワリと濡らす汗と合わさり、焦燥をさらに煽らせ、小便を漏らさせようとしてくる。

 そんな緊張状態の中、研ぎ澄まされた感覚が草々が鳴らす音に敏感になり。


 「く……も……れ」


 小さな呻き声のような音が聞こえた。

 その音を聞いたユキアが顔を蒼白とさせ、先ほどまで怯えていた筈の草むらに、急いで飛び込んでいく。


 「どこですかっ!」


 地面から生える木々が太ったお腹を邪魔するが、ユキアは持ち前の脚力でそれらをへし折り、奥へ奥へと進んでいく。


 「くい、もの、を……」


 「ッ!?」


 先ほどよりも鮮明に聞こえてきた声にユキアは顔色を明るくする。

 それは声が近くなったからではない。聞こえた内容の問題だ。

 食い物を。

 幸いなことに、ユキアは今日も帰り道の途中に休憩ついでに食べようと持ってきていた干し肉があるからだ。

 近づいてくる草ゆれの場所に手を伸ばすように、そっと体を傾ける。


 「えっと、大丈夫、か?」


 草を除けた合間から覗かせたのは、頬の皮が衰えるように垂れ生気を失いそうな瞳。さらに生活魔法とまで呼ばれている初級の洗浄魔法であるシャワーを使っていないことが分かるほどに黒くくすんだ肌をした青年が映る。


 「キノコしか食ってなくて......腹が、空いて……っなんか食わせてくれ」


 「あっ、ああ。これでいいなら」


 青年の不潔にかなり目が行き、食料と呟いていた事を忘れていたユキアが慌てて魔法収納マジックボックスから適当な数の干し肉を取り出す。


 「これ、食べてていいからさ。取り敢えずは場所、動かしても良い?」


 青年に背を向け、ゆっくりと腰を下ろし、尻が地面に付きそうなところで止める。

 おんぶと言われるものだ。


 「頼んでもいいか? 俺今結構汚れてるけど」


 「こんなデブが汚れを気にすると思う?」


 青年の遠慮を押しのけるように冗談めかして言う。

 口を細め、優しい表情を意識するが、嫌でも微妙に引きつってしまう。

 成りたくてデブになったわけじゃないのに。

 痩せたいから運動しているのに。

 どんなに頑張っても痩せられないのに。

 そんな苦痛を忘れた事にするのを自分の内側が言っているのだろう。


 「気遣いしたいからってよ、自分に嘘つくまでねぇのに」


 「嘘なんて……いや、それでも弱ってる人は助けたいって思っちゃう性分なんだよ」


 もしも俺が冒険者ではなく、そんな志を持っていなかったとしても、俺はきっとこの青年を助けただろう。

 今まで自分を認めてくれなかった人が全てで、そんな自分を自分ですら否定していたのに。

 そんな自分を気遣ってくれるのだ。無性にお礼がしたくて仕方がなくなるだろう。

 ユキアは催促の意味も込め、「ほらほら」と腰を上下に揺らす。

 それを見た青年はため息をつき。


 「んじゃよろしく頼むわ。あーっと……」


 「俺はユキア。ユキア・ブロードだよ」


 「俺はアレス・アルフェフォースだ! んじゃ頼むぜ、ユキア号!」


 アレスは乗り圧し掛かると、先ほどまでの気遣いがまるで嘘のようにユキアのことを馬の様に扱い始めた。


     *


 ユキアが馬になり歩くこと数分。すでに深い、それこそ空を眺める事のできないほどの深さの森からは脱し、草原といえる黄緑の若い葉が密集する開けた場所まで来ていた。


 「ここでいいですかな」


 未だに所々に背丈の二倍ほどの樹木はあるが、ここだけはそれがなく、太陽がしっかりと見えるほどにぽっかりと明いている。

 適当な座れそうな石にそっとアレスを降ろすと、ユキアもその近くの石に座る。


 「もう昼か」


 開けた空からは、真上から降り注ぐように陽光がまぶしく見える。

 まぶしさから目をそらすために顔を横に向けると、夢中にユキアの魔法収納マジックボックスの中に手を突っ込んで干し肉を食べ尽くそうとしているアレスがいた。


 「おいー! なにしてますのん!?」


 「え? なにって腹ごしらえ」


 「腹ごしらえって……」


 さぞかし当たり前のように返してくるアレスにユキアは頭を押さえることしか出来ない。

 既に昼ということもあり、腹の空き具合は丁度よく、あと少しで腹がなりそうなぐらいには減っている。急いで魔法収納マジックボックスからアレスの手を取り出し、干し肉の在庫を確認する。

 麻袋をすこし見つめれば、スッと白の半透明なウィンドウが現れる。そのウィンドウに記されている文字をスクロールしていき、干し肉の項目を探す。


 「あれ? 干し肉なくね? 今朝あんだけ入れたはずなのに」


 今日の朝、毎週のように行っている荷物整理をし、干し肉の数が少ない事が気になり100個ほど足したのだが、その項目がまるで無いのだ。

 ユキアは足元に麻袋を置き、そっと横を向く。

 そこには。


 「ひひっ。美味かったぜ!」


 誇るように干し肉を喰らったアレスがいた。

 瞬時に悟れた。既に『無い』と。


 「俺の、俺のおやつが……ッ」


 今にも鳴りそうな腹を撫で、俯く。

 先ほどからはずっと俺の横で笑いこけているアレスに恨めしい気持ちが沸くが、それ以上に空腹が押し寄せ、気力を削いでいく。


 「おいアレス、もう体は平気だろ? ならば俺をエルドキュアまで連れて行け。連れて行ってくれたのなら俺の金で飯を食わせてやるから」


 「おういいぞ! まだ足りてなかったしなっ! そうと決まればさっさと行くぞ。道案内よろしくな!」


 急いで俺を抱え、地面に這うようにして弱っていたものがまるで嘘のように、地面に小規模なクレーターを作り加速をした。

 しかもその加速は止まらずに、さらに二歩、三歩としていくうちに上がっていき、馬の三倍ほどの速さまであがっている。


 「はっ、はやいはやいはやいぃ!?」


 柔らかいぐらいに抱きついていただけのユキアはアレスに抱えられている足だけが離れず、胴体は体から離れ、限界まで反らさせている。


 「おいおい、しっかりと捕まっとけよ」


 「ゆっくりな? ゆっくりと止まってくれよな」


 「え? なんか言ったか?」


 聞こえない振りを擦るかのようにアレスの口元は小さく歪ませ、動かす足をピンと張らせ、地面に足を埋もらせる。

 当然そんなことをすれば反っていた体は元に戻り、そしてさらに前へのめり込む形とになり。


 「っざけんなぁ!!」


 アレスの体から離れ、吹っ飛んでいった。

 尻の穴が一瞬にして締まり、手足を無様にも宙を掻き、地面に落ちていく。


 「死ぬよ! マジで死ぬよ!」


 体が着いていかないほどの速さから投げ出された体は、それ以上に速度を増し、きっとこのまま地面にぶつかれば体は破裂するだろう。

 ユキアの目から涙が溢れた途端。

 一条の光。黄緑色の軌跡が迸った。


 「ははっ。怖かったか?」


 「めっちゃ怖かった」


 鳥のような機械的の足場に乗ったアレスに首根っこを掴まれていた。

 細長い三角形の下には、排気口のような筒が二本付いてあり、その二本ともから黄緑色の魔力が排気されていた。

 それは見覚えのある、よく道具屋のカタログに最高金額として載っている機械だ。


 「もしかしてこれ、タービバイク?」


 タービバイクとは、自身の魔力を利用することによって、基本属性によって変わるが、宙に浮いて、飛べる事のできる機械だ。速度などは供給する魔力量によって変わるが、大体が馬よりすこし早い程度なものだが、今乗っているものは先ほどの走りと同等のような速さを持っている。


 「そうだぜ。でも、こいつは店に売ってる弱っちいものじゃなく、ダンジョンのボス討伐報酬の、限りなくオリジナルに近づけたスーパー仕様なんだぜ?」


 自慢げにいうと、「すごいだろ?」とすこし子供染みた反応を見せてくる。

 だが自慢したいのは分かる。ダンジョンは各地に散らばるその難易度が普通の魔獣のとは格が違う、殆どの雑魚魔獣が普通の魔獣から一脱した存在、NM ネームドモンスター級のもので、難易度がありえないほど高いところのボスを倒した報酬なのだ。自慢したくなるのも当然だろう。

 魔力の消費がすごいのか、タービバイクがすごいのか、それは分からないが、回りの景色は木々の並ぶ場所は既に抜け、都市の外壁が見えてきた。


 「あ、そこの外壁の前で検問あるからね。さっきみたいにふっとばしでもしたら……分かってるよな?」


 「ま、飯が掛かってるんだったらさすがの俺でも悪戯は出来ないな」


 そう言うと、企んでいたのか残念そうに頭を掻き、視線を下に向ける。


 「てかさお前でかくね? 普通なら三人は乗れるけどよ、今は俺とお前でぎゅうぎゅうだぞ」


 ユキアが下を見てみれば、確かに、というよりも、既にアレスの体は半分ほどタービバイクから外に押し出されている。

 慌てて抱き寄せるが、己の体がある限り、中に進む事はなく、先ほどから変わらない体勢のままだ。


 「別にいいよ。あと少しなんだろ? てかもう見えてるし」


 そう言いきると、アレスはサっと足を回す。すると先ほどよりも速度が上昇し、一瞬にして外壁が目の前に迫る。


 「――ッ!?」

 

 「登場はかっこよく、だぜ? んじゃ飛び降りるぞ!!」


 後退りした俺の体を握ると、アレスは地面に向って体を落とした。

 斜めに落ちていき、検問のいる場所に向って落ちていく。


 『な、なんだあれ!?』

 

 『人が! 人が落ちてくるぞ!!』


 地上から視認できる頃には、門番には警戒する声が上がり、たまたま通りかかった通行人などには、魔獣だと怯える声や、甲高い悲鳴が上がる。


 「――風魔法、シルフィスボードっ!」


 隣からそんな声が聞こえた途端、地面をスレスレを滑り、検問の門にの方に滑っていく。


 「王都スフィアから移転してきたS級冒険者、アレス・アルフェフォースだ!」


 いつの間にか取り出していた槍を見せながら、叫んだ。


 「は、恥ずいっ……」


 周りの者たちが引く中、一人胸を張っていることに恥ずかしさを覚えた。

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