末期
ナナシイ
第1話
末期
ナナシイ
「指輪だの耳飾りだのはここに詰めてあるから、全部売り払って子供らに分けてやって頂戴。」
「ああ。」
「それと、この辺に置いてある服は古い物しかないから子供らが欲しい物以外処分して。」
「分かった。」
「それと、この辺の日記類。私が死んだら全部燃やして頂戴。」
「お前が死んだら私が読むよ。」
「嫌よ恥ずかしい。そういうんだったら今から燃やすわ。」
「分かった分かった。」
「棺桶に入れてほしいのはこの箱に詰めておいたから、よろしく。」
「段ボール一つかい?少ないんじゃないか。」
「天国に持っていったって、どうにもならないじゃない?向こうに行けば必要な物はあるでしょ。」
「それはそうかもしれないが。思い出の品とかもっとあるだろ。」
「思い出なんて、もう十分だわ。物がなくたって、頭の中はそれでいっぱいよ。だって百四十年も生きたのよ。必要なものは未来に残したし、これだけでいいわ。」
「そうか。」
「そうよ。」
「……しかし、天国に着くまでも長いだろう。この時期は寒いんだし、毛布の一枚くらい入れておけよ。」
「くどいわね。わかったわ。」
「あとは本を一冊くらい。」
「それはもう入れてあるわ。」
「そうか。他には……」
「もういいってば。」
「分かったよ。」
「ええと、物の処分はもういいとして、手続きはもう大丈夫かしら。」
「遺産相続の手続きは済ませたし、死亡予定の届けも出したから、もう問題ないだろう。」
「葬式も大丈夫よね。」
「ああ、一緒に手配しただろう。大丈夫だ。」
「本当にもうないかしら。」
「大丈夫だって。後で気づいても、まあ何とかするよ。」
「ほんとに終わり?」
「ああ、終わりだ。」
「……あと、八十四時間と三十二分。」
「大分時間が出来ちゃったね。どこか見に行くかい?」
「いいえ、もういいわ。行きたいとこは全部行ったし、もうこの家でゆっくりするわ。また、誰か会いに来るかもしれないし。」
「もう目ぼしい人は皆来たんじゃなかったか?」
「まあ、覚えてる人は皆来たけれど。もしかしたら誰か忘れてる人が、ふらふらっと来るかもしれないじゃない。」
「まあ、そうかもしれないね。」
「そういえばあなたは後どれくらいだっけ。」
「二年とちょっとの筈。」
「浮気しちゃだめよ。」
「何を今さら。」
「そう言いながら、二十年前位にしそうになったじゃない。」
「もう二十年も前じゃないか。」
「たった二十年よ。幾ら体を若くできるからって張りきっちゃだめよ。私、天国で後妻と一緒にあなたがやって来るのなんか嫌ですからね。」
「全く、敵わないな。……ああそうだ。あの首飾り着けて行ってくれないか。」
「どの首飾りよ。」
「百歳だかの退職記念で渡したダイヤの奴があったろ。」
「あああれ、またどうして?」
「いや天国に行ったとき、お前の妹と見間違えたくないからね。あれ、形が変わってただろう。」
「あー……。あ、そうか。あなたより妹の方が死ぬのは早いのか。そこまで考えてなかったわ。」
「彼女の方が私より一つ年上だろう。私より君達姉妹が先に天国に行くことになるわけだ。二人とも若い頃はよく似ていただろう。天国で若返ってしまうと、困ってしまうね。」
「あらまあ。百年以上連れ添った妻を見間違えるのかい。」
「もうお前の若い頃なんて忘れてしまったんだよ。老けてからの方が長いからね。」
「ちぇっ。それもそうだね。しょうがない、着けて行ってあげるよ。」
「ありがとう。」
「そろそろ時間か……。」
「結局あれから誰も来なかったわね。」
「ああ。」
「どれ、そろそろ棺桶に納まろうかいね。」
「棺桶の具合はどうだい。」
「……硬いね案外。それにくしゃみが出そうよ。」
「首飾りは、確かにしてあるね。」
「心配性だね。」
「そりゃ最後だからね。」
「なんだか、名残惜しいわねえ。」
「まあ、また後で会えるよ。」
「やり残したことはもうないし、この世にも飽きたけれど。まあ、いい人生だったわ。」
「そう。ならよかった。」
「まあ、最後まであなたの顔を見ながら逝くことになるのね。」
「まあ、仕方ないよ。皆忙しいのさ。それにもう十分話しただろう。」
「何言ってるの。私、幸せよ。」
「……ああ、そうかい。」
「何泣いてるの。また会えるわ。」
「ああ……。あと三分だな。何か言い残したことはあるかい。」
「いえ。何もないわ。またね。」
そう言って彼女は目をつむった。
末期 ナナシイ @nanashii
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