第2話 お持ち帰り

中目黒某所、とあるマンションの前にタクシーが止まる。優希はすっかり寝息を立て、どんなに揺すっても起きやしない。

幸樹は仕方なく優希を負ぶい、タクシーを降りた。


自室に戻り、ベッドルームに直行した。背中の「荷物」をベッドに降ろし、幸樹はベッドの淵に腰をかけた。


(毎回、こんなだったな)


と、物思いに耽る。


優希は一度「淫乱」スイッチが入るとガンとして帰らない。幸樹は毎回、自分のアパートに優希を連れて帰った。当時は幸樹も若かったから、何度か優希の誘惑に負けそうになることもあったが、なんとか堪えてやり過ごした。どうにも収まりがつかなくなり、優希が寝たのを見計らって自己処理したなんてこともあった。


そんなことを思い出しながら、スヤスヤと眠る優希を見つめる。


ん?店の女の子と関係を持つのはダメだけど、社員とならいいのか?


ふと邪な考えが幸樹の脳裏をかすめる。しかし幸樹は、寝込みを襲うような性分ではない。湧き上がる衝動を抑え、リビングのソファーに移動し横になる。


あぁ〜〜、優希さんと一度でいいからプレイしてみたかったなぁ〜〜。

元が風俗好きの幸樹はそんなことを考えながら眠りについた。


〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜


翌朝、幸樹が目を覚ますと、優希がキッチンに立っていた。


「あ、起こしちゃった?冷蔵庫、適当に漁ってたよ。もう少しでご飯炊けるから、シャワーでも浴びてきたら?」


そう言いながら優希は手際よく料理を進める。


言われるがまま、幸樹はバスルームへと移動した。バスルームがほんのり温かい。どうやら幸樹が起きる前に優希もシャワーを浴びたらしい。脱衣場で服を脱ぎ、カゴに入れようとすると、カゴの中に赤い布切れが入っていた。幸樹がその布切れを取り上げた瞬間、


「あっ!ちょっと待って!!」


脱衣場に優希が飛び込んできた。


「やだっ!変態!」


「えっ?なに?」


「それ、私の。。。」


幸樹は手にした布切れを改めて見返す。


真っ赤なレースのTバック。。。


「あ、いや、違うんだ。何かな?って持っただけで。。。」


幸樹が言い訳している最中、顔を真っ赤にした優希がサッとそれを奪い取り、脱衣場を出て行った。


シャワーを浴びてリビングに戻ると、テーブルの上には我が家の冷蔵庫にこんなに食材あったか?と思うほどの豪華な朝食が準備されていた。


「うわっ!うまそー!」


「独身男子の割には食材、充実してるわね。」


「外食ばかりとはいかないからね。でも、作るのはいつも一品。酒のつまみ程度だよ。」


「こういう朝食作ってくれる人いないの?」


「残念ながら。。。」


「早く見つけなさいよ。いつまでも若くないんだから!」


まるで弟を心配する姉のような会話である。


「しかし、優希さん、意外と派手な下着着けてるんだね?」


「ばかっ!なによ食事中に。」


「でも。。。あそこに下着が有ったってことは。。。今は。。。」


「ノーパンじゃないわよ!ちゃんと替えを持ち歩いてるの!」


とても元デリ嬢とは思えない恥じらい様である。


「ところで今日はちゃんと休めるの?」


「どうしても今日っていう面接が一件入ってるのと、香澄さんが出勤だからパソコン指導くらいであとは休めるよ。」


幸樹の会社の店舗では待機中の女の子たちがパソコンでデータ入力の仕事をする。これこそ優希が発案し、彼女が部長までのし上がることができた要因である。

一般的なデリヘルの女の子たちは待機中、ただ待機所でダラダラと過ごし、次の仕事が入るのを待つ。店側としてもその間は収入が無く、待機所の光熱費やら家賃やら経費だけが嵩む。

それであれば、待機している間に他の仕事をさせれば良いというのが優希の発想だった。


そこで目をつけたのがパソコンでの簡単なデータ入力だ。契約した企業から仕事を請け負い、それを女の子たちに入力させる。そちらの報酬は出来高払いとする事で、不確定な待機時間を利用した仕事をすることができる。


こうする事で、あまり客付きの良くない女の子でも、多少なりとも収入を得ることが出来、出勤しても収入ゼロということは無い。店側も今まで経費だけが掛かっていた待機時間が収入に変わった。

また、このパソコン入力というのが副産物をもたらした。デリヘルで働く女の子たちの多くは一般的な職に就いたことがない。パソコンすら触ったことのない子も珍しくない。それが、こうして待機中にデータ入力の仕事をする中でパソコンのスキルを身につけることができる。そうすると、デリヘル卒業後の仕事への自信が湧く。しかも、このデリヘルは人材派遣の会社が運営しているのだから、就職先も見つけやすい。こうして女の子たちが人生を再構築する手助けになった。


現在では、このデータ入力の仕事が拡大して、一般の主婦たち向けの事業所まで立ち上がっている。


「それ、休んでるって言わなくない?」


「そうかな?充分休めてるけど。」


「明日は?」


「明日は面接はないから香澄さんのパソコン指導だけ。」


「じゃ、明日は香澄さんは自習!これは上司命令!」


「いいよ、どうせ暇だし」


「駄目、駄目、駄目!そんな働き方、今の時代、流行らないの!あっ、そうだ!じゃあ明日は一日、私に付き合いなさい!」


「それは上司命令?」


「いえ。一個人からの命令。デートよ!デート!」


強引にデートの予定を入れられ、困惑する幸樹であった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君はエンジェル時々悪魔 はっしゅ @hash839

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る