10章 始の太刀「野狐」 前編

 村の外周を走り込み、足さばきの稽古、実際に竹刀を持って打ちこみなどを行った。

 そして試合なども行う。その合間に畑仕事など行い金銭を得た。

そんなある日、妙なうわさを聞いたのだった。

「最近、近隣の村を襲う二本足で歩く熊のヌシがいるらしい。その熊は郎党10匹を率いているそうな。また熊は刀を持って襲いかかってきたといううわさもあるらしい」

「まさか、熊が二本足で歩き、さらには刀も使いこなすなんて。そんなのただのデマよ。デマ」

 近隣の城下町まで大根の漬物を売りに行ったときにそんな話を聞いた。

 お城の入口の立て札にはこんなことが書かれていた。


 熊のバケモノを倒したもの、金十両。


 朱ノ助は常々一旗あげたいなと思っていたので、判十郎さんに話をしてみる。

「師匠!」

「なんだ?」

「熊のバケモノ狩り、うちらでやらないか?」

 いつの間にか朱ノ助は判十郎のことを師匠と呼ぶようになっていた。それはともかく、判十郎は耳を右手の人差し指でほじる。そして、

「あー、お前らじゃ、無理、無理。やっぱり地道にコツコツと鍛錬するのがいいんだよ」

「でもっ! でもっ!」

「でもじゃない。大根の漬物売ったんだし、さっさと買い物をして帰るぞ」


 ところが、ことは起こった。帰り道荷台を引きながら村へと歩き続ける。空には真っ黒い雲が、ひしめいている。当然太陽は見えない。今にも雨が降ってきそうである。

「雨が降ってきそうだから早く帰ろう」

 その時、ぽつっ、と天から水が落ちてきた。ぽつんぽつんと雨が降ってきたのかと思うと、ざーっ、と滝のような雨がなだれ落ちてきた。

「こりゃ参ったな。どこか雨宿りできる場所を探そう」

 四人は道を急ぐ。

 すると、目の前にゆらりと人影? が見えた。人影は両手に刀を携えている。朱ノ助は目をこらす。それは全長三メートルをも超す誠に大きい熊だった。


 ぎゃー。と朱ノ助は飛び上がった。

「本当にいるー! 本当に熊が刀持っているよ!」

 判十郎は鞘から刀を抜く。

「お前ら三人とも俺の後ろに下がっていろ」

判十郎が剣を構える。朱ノ助、昌之助、鼻水太も木刀を構える。朱ノ助と判十郎、昌之助、鼻水太。それぞれ背中を合わせる。熊が吠えた。


 うお~ん。


 すると、周りの山々からまた、


 うお~ん。

 うお~ん。

 うお~ん。


 と獣の声が幾重にも響きわたった。だんだん声が近くなってくる。師匠が叫ぶ。

「後ろからだ。朱ノ助、昌之助、鼻水太頼む」

「昌之助、少し持ちこたえて」

 鼻水太は地面にはいつくばって何かを探している。

「何をしているんだ。鼻水太!」

 昌之助が叫ぶ。

「ちょっと待って! 石を探しているんだよ。パチンコで熊の眉間にあてるんだよ」

 後方から熊が2匹襲いかかってくる。鼻水太が叫ぶ。

「いくよー!」

 しばらくして、ぎゃあ、と悲鳴が聞こえた。熊が一匹頭を抑えてうずくまっている。額から血が流れている。

「やったー!」

 思わず、

「よくやった!」

 昌之助がもう一匹の熊と対峙した。低く腰を落として突きの姿勢を取っている。一気にのど元を狙う気なんだろう。熊と昌之助が一定の距離を保つ。

 朱ノ助が今度は後ろをふり向き判十郎師匠を見る。判十郎師匠と熊の大将もお互いに一定の距離を保ってにらみあっていた。雨がひたすらに降っている。体力がどんどんと無くなっていく。昌之助が肩ひざを地面につく。すると、熊が襲いかかってきた。

「危ない! 昌之助!」

 朱ノ助が熊に飛びかかる。熊の手が朱ノ助の左手をなぎ払う。

「ぎゃあああああ!」

 激痛が走り思わず地面に転がる。左腕からどくどくと赤い血が流れては地面に貯まっていく。

 熊が朱ノ助にかみつく。

 朱ノ助は右足を動かそうとしたが動かせなかった。がたがたと身体が震えてしまい身動きをとれなかった。

 その時、何かが熊に襲いかかった。その者は、熊を一撃のもとに倒れ伏す。

 判十郎師匠だった。

「大丈夫か? 朱ノ助!」

 朱ノ助が左手を押さえながら立ちあがる。ずきん、ずきん、と痛みが走る。

「逃げろ。三人とも。俺がおとりになる」

 まだ、何匹何匹も熊がいる。

「でも・・・・・・でも・・・・・・」

「早く!」

 キツネ精霊の黄太が熊に向かってうなり声をあげている。

「早く!」

 判十郎師匠が今度は怒るようにして叫ぶ。思わず三人は走り出した。

 遠目に判十郎師匠が熊の群れに襲いかかっていく姿が映った。

「ごめん」

 朱ノ助はただただ走り続けた。逃げたのだった。

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