9章 修行 掃除編

 最近、雨が続き気持がもやもやと落ちこんでいる。落ちこんでいるだけならいいが、かっかとイライラと心の炎が燃え上がっている。カッカしているのがわかるのか、昌之助と鼻水太も近寄ってこない。鼻水太が言う。

「朱ノ助、最近イライラしているでしょ」

 図星の言葉を言われ少し気持がカッとなるが、まあそうだなと思い、

「そうだね」

 と答える。朱ノ助が言葉を続ける。

「最近、暑くなったり寒くなったりして体力がどんどんなくなっている感じがするんだ」 鼻水太が目をまん丸くさせて口をぱくぱくとさせる。

「それ分かる。早く気温が落ち着いて欲しいよね」

 純粋な鼻水太と話して、いよいよこれじゃまずいと思い、判十郎に相談する。判十郎は家の井戸で水浴びをしていた。

「おーい、判十郎!」

 判十郎は桶を手に取るとそのまま水を浴び続ける。

「判十郎じゃない! 判十郎さんだろ」

「ごめん」

「判十郎さん!」

「なんだ?」

 判十郎は井戸の中をのぞきこみながら答える。

「相談があるんだけど・・・・・・?」

「なんだ? 言ってみなさい」

「最近、天気が安定しないのか疲れきってしまってイライラするんだ」

 判十郎は、ふーん、とうなずくと、

「確かに最近天気が悪くて体調がおっつかないよな」

「うん」

「いいこと教えようか。そんな時は、カワヤ掃除なんだよ」

 朱ノ助は、ぶーぶー、言う。

「なんでカワヤ掃除がイライラを取るのに向いているんだよ!」

「まあ、待て。カワヤは、一人きりになれるだろ。一人きりで無心に便所の汚れを落としているとイライラが取れるかも知れないよ。少なくとも俺はそうしているよ」

 朱ノ助はうんとつぶやくと、ふら〜っ、とその場を離れた。

 気がつくと、家のカワヤの前にいた。とりあえずやってみよう。井戸に行き水を桶にくみ出す。そして常備している布きれを取り出すと、水にひたす。そして板の間を磨き上げる。辺りが、しーん、と静まり返っている。きゅっ、きゅっ、きゅっ、っと。辺りに布きれで板の間を磨き上げる音のみが響きわたる。

 そういえばこんなことも判十郎に教えてもらった。気持が折れかけているときは明るい歌や応援歌を唄えばいいと。朱ノ助は唄い出した。


 野を歩き 山を歩き 空を眺める

 気持が折れかけているって?

 そんなときは唄えばいいのさ

 しゃん しゃん しゃん しゃんと

 それ!

 しゃん しゃん しゃん しゃんと

 するとどうだろう。

 見てごらん。

 鳩たちが目を丸くし うさぎたちが踊りあかし

 猪たちが眠りこける。


 朱ノ助はめちゃくちゃに音程も取らず大声で歌いながらカワヤを掃除し続けた。唄が最後まで来るともう一回最初から唄うというふうに何度も何度も唄った。


 気がつくと辺りは暗くなりかけていた。カワヤはかなり、ぴかぴか、になっていた。


 家にはすでに明かりが灯っていた。

「ただいま」

 すると、じっちゃんが、

「きょうはサツマイモ汁作っといたから、一緒に食べよう」

 朱ノ助は喜んで、わーい、と叫ぶと、

「どうしたんだ? 急に?」

 じっちゃんが、

「カワヤを掃除してくれただろ。うれしくて。じいちゃんも頑張った」

「わーい」

 その夜はサツマイモ汁をたらふく食べた。 うまかった。


 つぎの日、判十郎に報告する。

「カワヤを掃除したら、じっちゃんが、サツマイモ汁を作ってくれた」

 判十郎はにこにこ笑いながら、

「気持は晴れたか?」

 朱ノ助はうんとうなずくと、

「カワヤ掃除は一人で無心に仕事できていいな」

 判十郎は、がはは、と笑うと、

「そうだろ。そうだろ」

 その日から竹刀を持たせてくれるようになった。剣の修行が始まったのだった。

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