第5話 転機
突然の出来事だった。ある日、鼻水太と昌之助が乗り込んできた。
「朱ノ助! 起きろ!」
鼻水太と昌之助は太鼓をどんどんと叩き始める。
「うるさい……」
消え入りそうな声で朱ノ助はつぶやく。その間にもどんどこどんどこと太鼓の音は続く。
「嫌じゃったら起きろ」
朱ノ助は耳を両手でふさぐと胎児のように丸まった。そして布団の中にもぐる。
どんどこ どんどこ どんどこどん どんどこ どんどこ どんどこどん
今度は太鼓を叩きながらその場で力強く足踏みを始めた。
そーりゃ そーりゃ
スイカの夏がやってきた キュウリの季節がやってきた
情熱の夏がやってきた 恋の季節がやってきた
うさぎの肉はおいしかろ ニワトリの肉はおいしかろ
いのししの肉はおいしかろ ヤマメの肉はおいしかろ
夏まつりに行きや 屋台のおやつに 盆踊り
川に行きゃ 魚が泳いでる 思い切り川で遊ぼうや
山に行きゃ いのしし うさぎ 山菜
てっぺんにノボリャ
どこまでも続く 入道雲に
灼熱の太陽
青い空
ときどきなびく 青い風
幾万両の景色が待っている
寺子屋に行けないくらいで
そんな小さなことで悩んでいるのかい
世界はもっと大きいぜ
世間はもっと大きいぜ
この世界の大きさを、
鼻で匂いをかいで、手で触って、口で食べて、耳で聞いて、目で見て、心で感じて
一杯感じて
青春しようぜ
また太鼓をどんどこやりながら唄う
世間は冷たいだって?
すべてはお金だって?
どんな生き方が正解なのか 兄貴にはわかるかい?
つうか正解ってあるのかい?
おいらにはどんな生き方が正解なのか分からないよ
すべては分からないでいいのかもしれないのかも?
すべてはあいまいなのかもしれない?
ただ生きて来た人生が道となるのさ
鼻水太が叫ぶ
「兄貴! 兄貴はバカだよ! 単細胞だぜ! 学校にいけない? それがなんだ! そんなもんのために人生一生無駄にしちまうのか! 一生ひねくれて暮らすのか! かっこ悪いぜ!」
「兄貴、もう一回立ち上がろうぜ!」
それでも朱ノ助は布団の中で丸まっていた。と急に叩かれる
鼻水太が、
「兄貴のバカヤロー! 本当は女々しく、クズで、弱虫で、バカで、ろくでなしだったんだな。そのまま死んじまえばいいんだよ」
やっちまえ! ぽかぽか叩かれた。
「兄貴、めちゃくちゃかっこわりい!」
その言葉を聞いて怒りが沸騰した。
「なんだと! もう一回言って見ろ!」
「ああ、何度でも言ってやるよ。兄貴は女々しくて、クズで、弱虫で、バカで、ろくでなしで、人間の恥さらしで、かっこ悪くて」
朱ノ助は布団から跳ね起きると、鼻水太の横っ面を思い切り殴った。
「なんだと、このやろう」
鼻水太の顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃだった。朱ノ助は吠える
「俺はクズでもろくでなしでもねえ」
鼻水太の前で仁王立ちになった。鼻水太は叫ぶ。
「兄貴はそうでなきゃ! 兄貴はバカで、単細胞で、単純だよ。でもな、俺たちのあこがれなんだよ。無理でも無謀でもねじまげてかなえちまうのが兄貴なんだよ」
朱ノ助は叫ぶ
「俺はバカだ。単純なんだ。細かい事は気にしねえ。運命なんてくそくらえ。こんなところで止まってたまるか」
「いいぞ、兄貴」
朱ノ助は服を着替える。そして小刀で伸びた髪の毛を切り落とす。また茶筅である。
それから三人でイノシシ鍋を食べた。
それから修行の日々が始まる。
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