第2話 流れ者のお侍さんと寺子屋と

 いつものように村のみんなに働けと怒鳴られて、しかられてそれでもわんぱくをくり返す朱ノ助、鼻水太、昌之助。この日もいつものように罠をしかけて野ウサギを捕まえてシシシとしていた頃、村では一騒動があった。村のお寺に流れ者のお侍様がやってきて住み着いてしまったのである。そして騒動というのは外でもない流れ者のお侍様が寺子屋と呼ばれる今で言うところの塾を開いたのだった。村では噂話で持ちきりだった。


「聞いたか、聞いたか? あの流れ者のお侍様が寺子屋を開いたというぞ」

「なんじゃ、寺子屋というのは?」

「そろばん術や文字を教えてくれるとのことみたいじゃぞ?」

「それだけじゃないぞ。子狐一刀流という剣術の使い手でそれも教えてくれるとのことみたいじゃ」

「わしの子どもには寺子屋というものには通わせんぞ。せがれには先祖代々の田畑を守ってもらわなければならん」

「お侍様がいうには、これからの世の中はそろばん術や文字も書けると世の中がきらきらと輝いて見えるそうじゃ。またお侍様がいうには、これからの世の中農業も学問じゃとおっしゃっておる。そろばんを習っておれば効率よく作物を収穫できるようになるとのことじゃて」

「なーに、を言っているんじゃ。あの青二才侍が。そんなうまい話があるわけなかろうが。ともかくわしの息子はそんなところに通わせんぞ」

「うちもじゃ。刀でばさりとやられちゃおっかねえしな」

「そうじゃ。そうじゃ」

 村でさまざまなうわさが飛び交う。


 朱ノ助はそのうわさを聞いて居ても立ってもいられなくなった。夕飯時で大根汁を胃にかっこむと、木刀をひっつかんで家を飛び出していった。

「おもしれえ、くそ侍。俺様がお前のそのへなちょこ剣術とどっちが上か勝負してやんよ。待ってやがれ」


 お侍の住む庵に着く。明かりがこうこうと庵の中から漏れている。そして、ぐおー、ぐおー、とどでかいいびきも聞こえてくる。朱ノ助は、ドアの前に立つ。そして深呼吸をする。そして一気にドアを開け放った。

「たのもー!」

 中にいたのは酒のひょうたんを抱えて、ぐーすか、だらしなく眠っている一人の半裸の男であった。髪がぼさぼさ。しかも酒臭い。思ったことはただ一つ。

(将来こんなだらしない大人にはなりたくない)

であった。でも油断ならない。なにせ子狐一刀流の使い手だからである。子狐一刀流ってどれほどの剣術かは分からないが。

「たのもー!」

 もう一回声を張り上げる。相変わらず侍はだらしなくよだれを垂らして寝ている。しかもときどき気持ち悪いにやけ顔までする。うへえ気持ち悪い。わらじを脱いで家の中に上がる。そろりそろりと近づいて酒のひょうたんを奪い取る。その時侍が叫ぶ。

「いいじゃんか。お花ちゃん、いいじゃんか~」

 朱ノ助はぎくりとする。思わずその場で立ちすくむ。しかし、侍は、むにゃむにゃ、と眠っている。

 いい加減、こそこそするのが面倒くさくなってきた。侍の耳元に口を近づけると、

「起きろー! 変態侍!」

 と叫んだ。侍はぎゃーと叫ぶとばたっと飛び起きる。

「なんじゃなんじゃ」

「やっと起きたな」

侍は目を何回もぱちぱちとする。そうして朱ノ助を認めると、

「何じゃ、おぬしは」

「いざ、尋常に勝負せえ。わしは道場破りじゃ」

 その時、侍は何かもちとかつまらせて目をぱちくりさせるように目を見開いた。そして

「ばからしい。まだ子どもじゃねえか。ガキ、月に4文払えば剣術でも何でも教えてやる。ついでに読み書きも教えてやるし、そろばんも教えてやる」

「うるせえ、金なんてないや」

 侍、その言葉を聞いて、はん、と笑う。

「文無し、か。さっさと失せろ」

 朱ノ助は木刀を掲げる。

「いざ尋常に勝負。勝負」

「だからいやじゃ。いやじゃ」

「はやく剣を構えよ」

 侍は近くにあったひょうたんを手に取ると、あぐらをかいてそして言った。

「ガキ調子に乗るなよ」

 朱ノ助は木刀を掲げて飛びかかる。そして侍の額に向けて振り下ろす。その瞬間だった。


 ずどん。


 体が一回転して床にたたきつけられた。全身が痛くて息が出来ない。侍はひょうたんの中の酒をあおっている。朱ノ助は這って家の外へと出て行こうとする。声が後ろから追ってきた。

「もう来んなよ」

 朱ノ助は「覚えていろよ」の捨て台詞ともに家まで逃げ帰ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る