二章・2、コラーナムにて

 タリスマンの勢力が急拡大したこの時期、様々な事が同時に起こった。僕はそれこそ休む暇も無く奔走することを余儀なくされた。思えばこの頃がもっとも充実した時間を過ごせた時代だったのだろう。


 天象暦八〇一五年のいわゆる艦隊強奪とその後のオムネア中将との手打ちによって、タリスマンの名は全銀河に鳴り響いた。僕らはその名声を最大限に利用して、タリスマンの勢力の拡大を図った。


 組織を拡大する際、最も手っ取り早いのは、他の組織を吸収することである。地道に、自前の組織の実力を付けるのではなく、主義主張や利害が一致する組織を抱きこんで拡大する。この方が遥かに効率が良いし、なにより周辺との軋轢を生みにくい。


 欠点としては、他の組織と合体することによって、組織そのものが変質して行くことが避けられないということだろう。しかしながらそれは民主主義組織としては逆に健全なことだとも言える。


 僕らタリスマンが単なる学生組織から僅かな期間で急拡大出来たのは、組織の変質を恐れずに他の組織との合体を繰り返したからである。僕は結局のところ組織は数であり、組織が大きくなって発言力を持つことが出来なければ、どんな立派な理想も主張も単なるお題目に過ぎないと考えていた。


 先の戦い以降、タリスマンと同盟や協力関係を結ぼうと申し出てくる組織は後を絶たなかった。今やタリスマンの軍事力は強力であり、それに頼ろう、あるいは利用しようという考えが透けて見えるような連中だ。幹部の中には憤慨を隠さない者もあったが、僕はそれらの申し出を全て受け、援助の要請にも鷹揚に応じた。むしろ積極的に働きかけ、同盟ではなく合併を勧める。


 タリスマンは急拡大した。艦隊強奪時には三千人にしか過ぎなかった構成員は、一週毎に倍になる勢いで増え、半年後には二百五十万人に達した。周辺宙域どころか全帝国無いにも類を見ない規模にまで拡大したのである。


 本来、ここまでの規模になれば反作用を覚悟しないわけには行かない。つまり、帝国からの本格的な弾圧である。艦隊総数一万隻を豪語するタリスマンだが、それでも帝国軍の指の先ほどの戦力に過ぎない。帝国軍が動けば、宇宙社会主義連盟同様、鎧袖一触に滅ぼされてしまうだろう。


 しかし、その心配は無かった。艦隊強奪時に結んだオムネア中将との密約がまだ生きていたからである。オムネア中将はある意味律儀な同盟者だった。このまだ四十代の太った男は、自分の既得権益と財産を殊のほか愛していた。そしてそれを犯すものに対しては極めて攻撃的であったが、逆に言えばそれ以外の相手には非常に寛大であったのである。


 僕らはオムネア中将に対して様々な便宜を図った。これに対して彼は自分の影響下にある星系への、タリスマンの勢力伸張を許した。


 僕は、帝国軍と一括りに捉えていた連中が、実はまったく分裂している現状を学んだ。彼らが団結するのは皇帝の命が届いた時だけであって、それ以外は好き勝手にやっていたのである。軍閥同士がいがみあい、実際に戦火を交わすことも珍しくは無かった。


 軍閥連中の帝国への忠誠心は低いと言わざるを得なかった。そういう連中であるから、反帝国組織へのアレルギーもまったくと言って良いほど無い。つまり交渉の余地があったのである。


 タリスマンはどんどん軍閥連中へ交渉を持ち掛け、利益供与の見返りに勢力伸張の黙認を認めさせるという密約を結んだ。断られることは滅多に無く、断られても条件に色を付ければ直ぐに態度は翻った。


 つまりタリスマンは帝国軍黙認の元、堂々と活動を行っていた訳だ。これでは帝国からの弾圧を恐れて細々と活動している、他の反帝国組織が次々とタリスマンの旗下に走ったのも無理からぬ話であった。


 もちろん、帝国軍と癒着している、とタリスマンのことを見る者もあるわけで、それを潔しとしない硬派な反帝国組織も中にはあった。そういう連中は我々を非難し、敵対すらした。


 僕らは、そういう連中は容赦無く叩き潰した。タリスマンには既にそれが可能になっていたからだ。軍事的にも、政治的にも、そして経済的にも。


 タリスマンに敵対する組織は他にもあった。それはタリスマンの勢力伸張によって既得権益の危うくなった政治団体である。反帝国ではないのだがどちらかと言えば民衆寄りの主張をするような政治団体。そういう連中にとってはより過激な主張をして民衆からの受けが良いタリスマンは脅威であった。


 中でも帝国全土に支部を有するレベルの政治団体「市民連合党」は惑星自治政府レベルのみならず、帝国議会にも議員(貴族)を送りこんだことがあるほどの実力団体だった。ここがタリスマンに対して強硬な態度を見せ、いかなる交渉にも懐柔にも応じなかったのである。


 タリスマンは止むを得ずこいつらと全面対決することとなった。この時点では、タリスマンと市民連合党の勢力は拮抗しており、かなり苦しい戦いを余儀なくされた。しかし、勢いはタリスマン側にあった。


 民衆からの広範な支持を背景に、経済界からの支持をも市民連合党から奪い取ったのである。これによって市民連合党は急速に勢力を縮小させた。


 追い詰められた奴らは戦力を掻き集め、タリスマンが本部を置くルミエへと攻め込んできた。タリスマンは主力艦隊を繰り出してこれに応じた。両軍はコイチという星系で対峙した。




「全艦隊、前進!」


 ずいぶんと様になってきた。僕は戦艦「新タリスマン」艦橋で号令を掛けるリンダ・エーセルジュを見ながら密かに微笑んだ。学生の頃には、彼女が軍服を着て声を張り上げることなど想像もしなかったのだが。


 タリスマン艦隊総数五千隻、対する市民連合党は二千五百隻である。倍差である。これは当たり前で、市民連合党のような政治団体がそう大きな軍を備えている筈が無い。同じく反帝国組織で相当軍備に力を入れていた宇宙社会主義連盟でさえ総数五千隻であったのだ。ところが、この時点でタリスマン保有の艦隊は三万隻を超えていた。僕はタリスマンの軍備の充実には特に力を入れていたのだ。


 僕はこの頃から、帝国との本格的な対決を視野に入れていたのである。それは反帝国組織としては究極の目標と言って良かった。僕がそのことをリンダに言うと彼女は鼻で笑って「そんなことは他人に口外しない方がいいわよ。気が狂ってると思われるから」と応えたものだった。


 しかしながら、タリスマンがこのまま大きくなって行けば、流石に帝国中央の目を誤魔化し切れなくなるだろう。その時に、討伐にやってきた帝国軍を正面から撃ち破ることが出来なければタリスマンはそこで終わってしまう。逆にそこで勝利する事が出来さえすれば、帝国の打倒は夢物語では無くなってくるのである。


 僕が幹部連中の懸念の声を押し切ってまで軍備拡張を推し進めたのはこのためであった。タリスマンの年間予算の、実に四割を軍備に投入していたのだ。これは戦時にある国家のそれに匹敵する。


 その甲斐あって、タリスマン艦隊の装備は非常に充実していた。帝国艦隊からの横流しのみならず、軍需産業と直通ルートを開拓することによって、最新鋭の艦船の購入にも成功。様々な小競り合いを経て錬度も上昇。ついでにリンダも実戦経験を積み、いっぱしの軍事指揮官になっていた。


「敵艦隊が突入してきたら、右翼艦隊は前進して敵の横腹を突け。中央艦隊と左翼艦隊は後退。距離を保ったまま砲戦継続」


「了解!」


 左翼艦隊を指揮するのはライアット・バンテルー。この時期、タリスマン艦隊(まだ陸戦部隊は無かったので、艦隊=タリスマン軍と考えて良い)には階級は無かったが、リンダ直属の艦隊指揮官だった。鼻が妙に大きな寡黙な男である。


 市民連合党の艦隊は突撃してきた。まったく、単に突撃してきたと言うしかなかった。無秩序な、錬度の低さを露呈するような艦隊の動き。それが分かったということは、僕も多少は軍事的な「目」が養われたということなのだろう。


 それに対してタリスマン艦隊はバンテルーの左翼艦隊が前進して横撃する一方、中央艦隊と右翼艦隊は敵の勢いを受け流すように下がる。


 敵艦隊は戦意とエネルギーを受け止めてくれる相手がいない状態で遮二無二前進したが、バンテルーの横撃もあって直ぐに息切れを起こした。前進速度が鈍る。


「今!」


 リンダは左手を上げて叫んだ。


 タリスマン艦隊はリンダの号令と同時に動いた。バンテルーの左翼艦隊は敵の後方へ回りこみ、正面艦隊と右翼艦隊はバンテルーが攻撃していた敵側面に向けて一気に火力を解放した。つまり、敵艦隊を後側面から反包囲したわけである。


 鮮やかな艦隊行動であった。敵には何が起きたのか分からなかったであろう。艦の性能も良く、砲撃錬度も高いタリスマン艦隊は一正射で市民連合党艦隊をほとんど粉砕した。敵は総崩れになる。


 僕は溜息を吐いた。


「なによ、縁起の悪い」


 リンダが目ざとく見咎めた。表情にどこと無く戦闘の帰趨がほぼ決まったことに対する安堵の色が見える。だからこそ僕に声を掛けてきたのだろうが。


「いや、ずいぶんあっけなくケリをつけてくれたものだな、と思ってね」


「なにそれ」


 市民連合党との争いは、この二年ばかり相当激しく行われたものだったのである。古くからあった政治団体である市民連合党の支持基盤はいわゆる半保守の市民達で、帝国に逆らうなど考えもしないが、市民の権利はもう少し拡充されるべきではないか、と考えるような連中である。つまり、市民達の大勢を占める人々だったのだ。このため、市民連合党の勢力はかなり強固で、これを切り崩すのは相当な難事だった。


 タリスマン側は保守的な市民には「反帝国」を大々的に宣伝せず、市民連合党よりも更に市民寄りであることをアピールする戦略で支持を拡大、更に若い世代の無党派層に対しては反帝国を前面に出した過激なアピールをして熱狂的な支持を呼び起こし、遂に市民連合党を追い詰めることに成功したのだった。


 僕は東西奔走し、この二年胃の痛い日々を送ったのだった。それ程までに苦しめられた市民連合党との最後の決戦にしてはずいぶんとあっさり勝敗が決したものではないか。僕の溜息はそういう意味だった。


「ラルフの苦労は無駄じゃないわよ」


 リンダが正面のスクリーンを見据えたまま言った。


「市民連合党の勢いがもっと強いままだったら、もっと多くの艦艇をかき集めて来ただろうし、もしかしたら帝国軍を呼び込むことに成功したかもしれない。そうなれば勝敗は分からなかったわ」


「そうか」


 僕は短く答えた。リンダが一瞬僕の方を見て、不満そうに眉を顰めた。




 タリスマンは組織拡大の過程で多くの組織を吸収していったことは既に述べた。この時、吸収される組織の幹部は当然身分保障を求めてくる訳である。つまり、タリスマンでのそれなりの扱いだ。相当な弱小組織の連中であればいい様にあしらえばいいのだが、大きな組織であった場合はやはりタリスマン幹部として迎えない訳にはいかない。


 その結果、タリスマンの幹部会員はどんどん増えてしまった。全員を集めると三百名にもなった。これは明らかに組織の規模に対しては過剰な数であったろう。


 三百名の意見を調整し、集約して同調させるのは殆ど不可能とも思える難事であった。民主主義というのは多数の意見を集め、調整して独善的な結論を避けることにその真髄があるとは思うのだが、それはしばしば結論の先送りと玉虫色の決着を呼んだ。


 三百名の中には当然ながら派閥が生じ、正しさではなく派閥の大小が議論の趨勢を決めるようにもなっていた。もちろん、民主主義は数の論理であり、派閥を組み、自らの意見を数で証明する事は間違っているとは言えない。しかしながらタリスマンのように成長途上で、基盤が安定し切っていない組織で派閥争いが起こることは、組織の分裂に繋がりかねない危険なことだと言うべきだった。


 そこで僕は幹部会から執行部を独立させ、緊急時には全ての決定権を執行部に委ねるという決まりを作った。要するに戦時体制の確立であり、タリスマンは現状、常に戦時状態であった。


 もちろん、執行部は幹部会の最大派閥を始め有力派閥の長を集める形になった。だが、三百名が十五名となった訳であるから意見の集約は遥かに容易になったのである。そして、僕は様々な工作を行って、執行部役員の中に五名、旧来からのタリスマン幹部を加えることに成功した。執行部役員の三分の一を子飼いの幹部で占めることに成功したわけだ。これは事実上、僕が執行部会を掌握したことを意味した。


 タリスマンにおける独裁体制の樹立。執行部会を掌握し、軍最高指揮官であるリンダとの結び付きも強固である僕はこの時点で名実共にタリスマンを意のままにすることが出来るようになっていたのである。権力、実績共に僕に比肩出来る幹部は既にいなかった。


 「執行部会主席」というのが僕、ラルフ・アイナムの肩書きであり、それは要するにタリスマン勢力範囲における「王」の座を意味したのである。百を超える有人惑星を支配下に置く「王」だ。気が付けばそこらの軍閥を遥かに超える規模の勢力範囲を手にしていた訳であり、後で調べたところによれば、この時僕を上回る権力を有していたのは、帝国の皇帝、シオス・フラミニア唯一人であったのだ。


 僕がこの状況に、少しも浮かれなかったといえば嘘になる。しかしながら、実際には浮かれるよりも先にやらなければならないことが多過ぎた。むしろ苦労ばかりが多く、割に合わないと感じたことの方が多かった。まぁ、それが最高権力者というものの本当の姿なのであろうが。


 タリスマンの拡大はあまりにも急であった。そのため組織の規則などの整備がまったく追いつかず、何かトラブルが起こる度にその判断が幹部会、執行部、いよいよとなれば僕のところにまで持ち込まれたのである。それはもう、それこそ近所の争いから惑星単位の争いまでだ。しかしながらこれを疎かにするようでは、帝国よりも民衆により近い組織であることが売りであるタリスマンの存在意義が怪しくなろうというものだ。もっとも、リンダあたりに言わせれば「単に余裕が無いだけ」ということになるらしいが。


 自分が貧乏性で余裕が無いことは、リンダなんかに言われなくても重々自覚していた。だが、僕にはいわゆるカリスマ性が無かった。これは否定してみようが無いことだった。そんな僕が人々から忠誠心を繋ぎとめるには、やはり人三倍働いて見せるしかなかったのである。


 ちなみに、リンダも軍事部の参謀本部長として事実上の最高司令官の立場にあったのだが、普段は部下たちがあきれるほど仕事をしなくても、戦闘となれば必ず勝ったので、誰にも文句を言われる懸念は無かった。


 この日の執行部会の議題も、半分は各地で起こったトラブルへの対処法を話し合うことに費やされた。


「やれやれ、タリスマンを何でも屋と勘違いしている奴等がいるようですね」


 ジュリアン・エスコラーノがぼやいた。彼は外交部門の責任者を任されるまでになっていた。相変わらず女性関係が派手なので、機密保持に多少の不安は無いではなかったが、外交交渉の巧みさには文句の付けようが無かった。


「そういうなジュリアン。人々がタリスマンを頼ってくるということは、帝国の行政、司法機関が機能していないということを意味する。つまり我々にとって望ましい状況の証明なのだ」


 オルマルージュ・デユームが重々しく言った。この五十代半ばの男性は、数年前にタリスマンに吸収された革命組織の長だった。革命の闘士としてかなり名が売れている人物で、タリスマンに加わってからも彼を支持する一派は一大勢力となっていた。がっしりとした体格で髪は縮れた白髪。黒人の血を引いており、肌の色は浅黒い。彼はいわゆる「政治力」のある人物であった。自己宣伝の巧みな人物なのだ。そのため、タリスマンに加わってからも事ある毎に自己を主張して譲らず、タリスマンに古くからいる幹部たちからは疎まれていた。この時もエスコラーノが露骨に嫌そうな顔をした。


「次の議題に移りましょうか」


 議事進行は銀髪のランバート・オスカーが務めていた。彼は謹厳実直な人柄で多くの信用を得ている。


「次の議題は」


 オスカーはちらっと、僕の方を見た。


「主席からの提案です」


 僕は頷き、立ち上がった。執行部の面々が注目するのが分かる。


「今後の活動計画の重要事項となるだろうことだ。皆にも考えてもらいたい」


 僕は秘書に操作させて会議テーブルの中央に3Dホログラムスクリーンを展開させた。


「コラーナム星系と周辺宙域への進出を考えている。この辺りではこのところ労働紛争が多発し、反帝国熱が高まっている。しかしまだそれを集約する組織が出来上がっていない。チャンスだと思う」


 デユームが真っ先に言った。


「確かに好機であると思えますな。工作員の数十名も送り込めば、特に問題無く勢力圏に組み込めるでしょう」


 僕は首を横に振った。


「しかし、事はそう簡単には運ばないのだデユーム」


 デユームは不審気に眉を顰めた。


「何故ですか?」


「コラーナム星系の一帯は、近々帝国皇帝の直轄地となるらしい。皇帝のお膝元になる訳だ」


「むう・・・」


 デユームは納得の意を唸り声で表現した。


 帝国皇帝直轄地というのは、文字通り皇帝自身の領地のことである。帝国各地、要地だと考えられる場所に点在しており、皇帝府直属の代官が送り込まれ、統治されている。


 当然だが統治機構も強力で、優秀な官僚機構及び強大な警察が組織され、更には帝国軍の精鋭、帝国近衛隊が配備されている。つまり、反帝国組織にとってはこの上無く活動し難いエリアだと言えるのだ。


 実際、これまでタリスマンは勢力拡大の際に、皇帝直轄地は慎重に避けてきた。あえて虎の尾を踏むことも無いだろうという判断からだった。


「それをなぜ今になって・・・」


 エルミン・ファイカゼが疑問を呈した。三十代の女性である。執行部会には彼女を含めて女性が三人いる。


 その残りの一人は他ならぬリンダ・エーセルジュである。常には積極派の彼女でさえ首を傾げている。僕は説明の要を認めた。


「まず、コラーナム星系はまだ帝国直轄地に編入された訳ではないということがある。もはや直轄地編入は決定事項であるらしいが、それだけに現有している企業はその前に出来るだけ儲けを出そうと焦っているのだろう。労働者からの搾取が激しくなっている。それに伴う反発も大きい」


 ということはタリスマンが勢力を拡大するにはもってこいの状況だということである。


「そして、直轄地編入前のこの星系に勢力を割り込ませておくことが出来れば、ここが皇帝直轄地になった後も、我々の勢力が残せるということになる」


「なるほど」


 デユームが頷く。が、オスカーが疑問を呈した。


「しかし、直轄地編入時に徹底した弾圧が行われる可能性もありましょう?」


「たしかに。その際に我々の存在が帝国中央に問題視される可能性もあります。そうなれば、タリスマンそのものへの弾圧に繋がる可能性が・・・」


 確かにそれはもっともな懸念だとは言えた。タリスマンの勢力は帝国中央からの大弾圧に耐えられるほどまだ強くない。まだまだ帝国中央の目を逸らしながら、地道に勢力を拡大してゆく必要があったのである。


「だが、コラーナムの状況は好機だと思う。我々が本気で帝国打倒を目指す気であれば、直轄地の問題は避けて通れない」


 ムラノ・パビミャンは執行部会では主に経理を担当している。眼鏡を掛けた痩せた男だ。いつもは慎重派に属することが多い男だが、この時は僕の意見に賛成の意を表した。


「いい考えだと思われますな。コラーナムが帝国直轄になった時、最低そこに諜報機関でも残せれば、今後の活動には役立ちます」


「しかし、時期尚早ではないか?」


「いやいや、この機会を逃せば、むしろタリスマンは大きくなり過ぎ、帝国中央からのマークもきつくなります。直轄地に工作員を送り込むのも困難になるでしょう。逆に良いタイミングであると考えます」


 僕はみんなの議論を聞きながら考えていた。


 皇帝。つまり、あのシオス・フラミニアが、コラーナム星系を皇帝直轄地に編入しようと考えた、その意図をだ。


 これはつまり辺境への宣戦布告であろう。


 もちろん、辺境といえど、元より帝国領であることには間違いない。しかし、現状では、辺境宙域に帝国中央政府の実行支配力は殆ど及んでいないのである。あの若い皇帝はそれを是正しようというのだろう。


 コラーナム星系付近は確か帝国航路大臣ケネル・イムベ公爵の開拓宙域だったはずだ。そのような大貴族から領地を召し上げてまで辺境へと帝国中央の支配力を広げようとしているのである。それほどまでに強い決意を持っている皇帝が、果たしてタリスマンをこのままにしておくだろうか。


 背筋が寒くなった。たまたま辺境巡幸時に耳に入った情報に、皇帝が敏速に対応したために、宇宙社会主義連盟は滅ぼされたのである。あの果断な皇帝が本腰を入れて辺境経営に乗り出してくる以上、今までのように半ば公然と反帝国組織が暗躍出来る状況は終わることになるだろう。


 では、どうするのか?帝国に諸手を上げて降参するという選択肢が無い以上、対決するしかない。これまでのように相手の側面に回り、裏に手を回してごまかすという事が出来ず、正面から対決するにはあまりにも強大すぎる相手に対抗するには、これはもう、懐に飛び込むしかないだろう。コラーナムへの進出は確かに危険ではあるが、帝国中央への橋頭堡としては手ごろではないか。それが僕がコラーナム進出を提案した理由だった。


 ここで、リンダが発言した。長い髪を適当に後ろで縛った、化粧気の無い女性。ただし、この時は軍服なのでむしろその方が似合う。


「あたしは賛成ね。ここは結構重要な場所じゃない?ここを押さえておけば、ここの鉱物資源が輸出されているホーマー星系への足掛かりにもなるし」


 ホーマー星系は宇宙航路が集中する要衝で、辺境宙域の中では帝国中央寄りにある。帝国中央への進出を狙うならば、将来的には押さえたい星系であった。


 軍事部門総司令官であるリンダが賛成したことで議論は一気にコラーナム進出賛成の方向へと動いた。主席である僕と軍事司令官であるリンダの意見が揃えば、他の幹部たちが如何に反対しても覆すことは難しいのだ。


 こうしてコラーナムへの工作員派遣が正式に決定された。




 コラーナムへ自ら乗り込んでみようと考えたのは、ほんの気まぐれである。


 確かにコラーナム進出はタリスマンにとって賭けに近い重要な行動だったが、それほど大規模な準備や装備、員数が必要なわけではなく、僕自らが交渉を行わなければならないような重要な組織もいなかった。工作員三十人を送り込み、零細しかいない抵抗組織に提携を持ち掛け、資金と武器を援助し、頃合を見てタリスマンに取り込む。必要なのは優秀な交渉力を持った工作員であり、外交部のエスコラーノが育て上げた工作員は他の星系で何度も同じ事をしているだけに実績も十分だ。つまり、僕が出る幕は無いのだった。


 だから僕がコラーナムに行くと決めた時には多少の反対意見が聞かれた。


「あんたねぇ、腰が落ち着かないのは悪い癖よ?何でも自分でやろうとしないの!」


 とリンダあたりはあからさまに反対した。自宅に帰った時なので言い方が更に容赦無くなっている。


「単に、コラーナムの状況が見てみたいだけだよ。すぐに戻る」


「外交部の邪魔をするとエスコラーノがまたヘソを曲げるわよ」


「じゃまなんてしないし、エスコラーノには相談済みだよ」


「ふん」


 リンダは表情から不満の色を消さないまま僕から視線を外した。そのままキッチンへと行ってしまう。なんで機嫌が悪いのか。僕には何となく分かっていた。


「直ぐ帰ってくるよ。何か土産でも買ってこようか?」


「そんなの、いらないわよ!」


 キッチンからリンダの声だけが聞こえた。


「それより、ちゃんと無事に帰ってくるのよ!」




 惑星コラーナムはほんの二百年ほど前にテラフォーミングが終わり、入植が始まった鉱山惑星である。惑星自体に鉄やチタンを初めとした一般鉱物資源が豊富である上、星系内の他衛星、小惑星も希少金属を多く含有している。


 人口は二千万人に少し足りないくらい。惑星には水気が少なく、やや荒涼とした印象を受ける星であった。


 偽の身分証明書と偽造旅券で入星する。こういう開拓途上の星というのは、基本的に入植者大歓迎であり、入星審査も無いも同然。僕らにしてみれば非常に助かるのだった。皇帝直轄地編入を間近に控えているので、多少は思想調査などを行っているかと対策も考えていたのだが杞憂に終わった。


 のんびりホテルに旅装を解く様な旅ではない。同時に入星した三人(警戒を受けないように数人単位に分かれて入星していた)と共に、鉱山労働者が多く住むダウンタウンへと向かった。


 低層の集合住宅が密集する町並み。典型的な開拓惑星である。道路の舗装が成されていないところに、労働者迫害度合いの一端が垣間見えた。


 こういう土地で反政府活動者を探し出す際、もっとも簡単なのはホームレス労働者を探すことである。反政府活動家は活動する時、社会の最下層の人間を取り込もうと考えるものだ。実際には、本気で困窮している最下層階層というのは、日々の生活に精一杯で政治活動に協力する余力など無いのだが。


 手頃なホームレスと接触して情報を収集。持っていた宣伝ビラから何件かの反政府活動者を確認した。情報通り、ごく零細の組織ばかりであるようだった。


 それから数日。あちこち動き回ってそれらの反政府活動家と接触した。どれも事務所などなく個人宅ばかりだ。こちらの素性を慎重に明かし、協力を要請し、更に情報を収集する。運良く、一人の活動家の協力を得ることに成功。そこを拠点とすることにした。


 タリスマンの活動拡大には幾つかのセオリーがあった。中でも僕たちが最も得意としたのが仲介である。つまり、中小零細の反政府活動組織の間に立って主義主張、利害を調整し、同盟を結ばせるのだ。そうやって信用を勝ち取り、最終的にはその同盟ごとタリスマンに取り込んでしまうのである。


 今回も我々は同じ事を考えていた。それにはなるべく数多くの反政府組織と接触する必要があるのだった。僕らは毎日のように星中を密かに動き回って、反政府活動家と接触した。こうして二ヶ月が過ぎた。


 はっきり言って僕がここまで付き合う必要は無かったのである。しかし、タリスマン創成期に行っていたような活動が面白く、つい長居をしてしまったのだった。実際、タリスマン主席という、反帝国活動家の大立者である僕の存在は、交渉時に大いに役立ったのである。


 さしたる苦労も無く、コラーナム星中の反政府組織、活動家を把握することに成功した。タリスマンに対する強い反発も無く。逆に組織力が無い弱小組織の中にはタリスマンの指導を望む者も多かった。無事にコラーナム反帝国同盟の結成にも成功。そして惑星の数箇所にタリスマンの秘密事務所も確保した。一年も活動を続ければ、同盟の連中は問題なくタリスマンに併合出来るだろう。


 コラーナム進出の第一段階は大成功に終わった。もちろん、コラーナム進出の目的は、この後、コラーナムが皇帝直轄地に編入された後にタリスマンの勢力を残すことにある訳で、真の正念場はもっと先の話になる。が、この段階で出来ることは終わったと言って良い。二ヶ月も本部を空けると執行部会のことも心配になってくる。リンダも怒っているだろう。僕はようやく帰る気になった。コラーナムに残る工作員と今後の打ち合わせをし、僕は一人宇宙港へ向かった。


 そこで逮捕された。実に間抜けな話だった。


 あまりにも事が順調に進んだので油断していたのである。旅券の偽造が見抜かれたのだが、これはコラーナムのような開拓惑星レベルの通関では滅多に無い事だった。たまたま目の良い通関員に当たってしまったのだろう。運も悪かった。僕は宇宙港の留置所に入れられた。


 しかし、困った事になった。今は単なる旅券偽造だが、身分証明書偽造まで発覚すると大変面倒なことになる。身分証明書偽造は、単純に旅券偽造よりも遥かに重い罪であるということだけではなく、偽造の証明のために僕の素性を調査されるのもまずい。僕がタリスマン主席であることはもちろん公表されてはいないが、ちょっと調べれば分かることでもある。当たり前だが、ばれたら簡単には釈放してはもらえまい。


 僕は困り果てたわけだが、留置所に叩き込まれてしまっては手も足も出ない。とりあえずは大人しくしている他なさそうだった。旅券偽造だけで話が済むことを祈るしかなかった。


 宇宙港の留置所はホテルのツインルーム程度の広さしかなかった。調度品が古臭いのに妙にきれいなのは、ここを使用した人間がほとんどいないからであろう。こんな辺境の惑星の宇宙港で、留置所を使わなければならない事態など殆ど起きないのに違いない。僕はやることも無いのでベッドに横になっていた。


 と、扉の外が騒がしくなった。


「だから!帝都に照会すれば分かるってば!」


「分かった分かった!とりあえずここに入ってろ!」


 何事かいぶかる僕の前で扉が開き、騒ぎの原因が入ってきた。一人は宇宙港の係員の制服を着た男。もう一人は旅装の女性であった。


「おい、他に部屋が無いんだ。悪いが二人で入っていてくれ」


「何よ!男女を同室にするって正気なの!」


「直ぐに他に部屋を準備する!とりあえずここで大人しくしてろ!」


 係員は辟易した顔で女性を押しやると、そそくさと部屋の外へ出た。鍵の閉まる音がする。


「まったく!もう!」


 女性が扉を蹴り上げる。騒ぎの間、僕は呆然としていた。


 薄い金髪が腰まで達していた。茶色の外套と紺色の大きな肩掛け鞄。やや病的にさえ映る細い肩。彼女はようやく諦めたのか、憤然と僕の方へと振り返った。不機嫌そうに顰められた水色の瞳が、僕の姿を映した瞬間意外そうに広がった。


「あら」


 彼女の顔を確認した僕の驚きは、恐らく彼女のそれ以上だったであろう。僕は思わず眼鏡を一度外し、レンズを拭いてもう一度掛け直した程だ。


「・・・まさか」


「あらあら。意外な所で会うものね。これも精霊のお導きというやつかしら?」


 彼女はニコッと笑顔をつくって見せた。


「お久しぶり。ラルフ・アイナム」


「・・・アニス・フラミニア・・・」


 帝国皇室内親王にして、帝国の筆頭巫女。三年前、かつてのタリスマン本部のあった惑星で出会った少女。ただ、あの時の幽鬼のような、魔女めいた姿とは違って、どこにでもいるような、ただの女性に見えたが。


「・・・こんなところで何をしているんだ?」


「それはこっちの科白でもあるわね」


 アニスは溜息を吐いた。


「私は、ここから帝都オルロフに帰るつもりだったのよ。ここが皇帝直轄地になったって話を聞いてたから。そしたら、まだなっていないって知って、それで宇宙港の通関に身分を明かして、帝都に連絡して迎えに来てもらおうと思ったのそうしたら・・・」


「身分証を偽造して皇妹を騙ったと疑われて逮捕された」


「そう!」


 アニスは忌々しそうに扉の方を睨みつけた。


「皇帝の妹の顔を知らないなんて!いったいどういう教育をしてるのかしら!ここの自治政府は!」


「そりゃ、髪の色と目の色がそんなに違えば無理も無いんじゃないか?」


「まったく!」


 普通の女性のようにぷんすか怒る彼女を見て僕の方には余裕が出てきた。


「一体、どこに行っていたんだ?お忍びで旅行か?」


 皇妹が単身お忍びで旅行するなど非常識にも程があるが。


「違うわ。前に会った時からこの間まで、ホーマー星でグレッグと暮していたの」


 僕はぎょっとした。


「なんだって?」


「それでね、今年の秋に、五年に一度の大祭が帝都であるでしょ?それに合わせて帰ろうと思って」


「暮してたって、その、グレゴリー・オルレアンとか?」


「そうよ」


 なんだか良く分からない話である。


「別れたのか?」


「そうね、とりあえず、今は」


「ふうん・・・」


 アニスは苦笑した。


「それより、あなたはどうしてたの?なんでこんなところにいるのよ」


 僕はこの三年間に行ってきた活動と、現在囚われている事情を説明した。話し終えるとアニスは爆笑した。


「それは災難だったわね。ここの係員は鋭いんだか抜けてるんだか。いいわ、きっと程なく私の身分証が本物だと証明されるでしょうから、そうしたら私が身分保障人になってあなたも出してあげる」


「いいのか?」


「なにが?」


「僕は今話した通り、反帝国活動家だぞ?故無く囚われている訳じゃないんだ」


「いいのよ、あなたが逮捕されたままだと私も困るから」


「?」


 アニスはクククと喉に何かが引っ掛かった様な笑い声を出した。


「言ったでしょう?」


 その時、唐突にアニスの外観が変化を始めた。音も無く溶けるように髪の色が薄くなり、水にさらされた絹糸のような白へと変わる。肌はそもそも薄かった色が更に薄く。そして瞳の色は紅玉の赤へ。


「あなたは、鍵。扉を開くための鍵。あなたがいなければ、扉は開かない」


 ぞっとした。外観が変わると同時に、アニスの纏った気配が激変した。妖しく、不気味な、どこか隔絶した雰囲気。言葉もなんだかいかがわしさを増している。


「ああ、そう。そうよ。もうすぐね。扉は開き、進むのだわ。出会いなさい。それが遠く。手に入れて、掴み取れるかどうかはあなた次第・・・」


 何を言っているのかは分からなかったが、どこか不吉なものを感じて僕は思わず身を引いた。「この」アニス・フラミニアは危ない。その姿はまるで現世と夢幻の狭間に漂っているような、そんな風に見えた。僕は神から託宣を受ける神官のような気分で彼女の声を聞くしかなかった。


「そして、風に揺れて、たどり着く場所へ導きなさい・・・」


「たどり着く場所?」


「死者の築く塔の先に。栄光と虚像と温かさが届かぬ場所へ」


 血の色をした瞳が僕のことを見て笑った。


 僕は反射的に立ち上がってアニスの元に駆け寄り、彼女の首に手を掛けた。それでもアニスの微笑は変わらなかった。


「どうしたの?」


「もう、たくさんだ!」


「そう?それならそれでもいいんじゃない?」


 アニスの紅唇が薄く開いて、白い歯が覗く。僕の背中に悪寒が走り、思わず手に力が入った。指が柔らかい首に食い込む感触が伝わってくる。


 それは、恐怖だったろう。僕は恐ろしかったのだ。僕は全力でアニスの首を絞めた。


 そのままもう一分も力を入れ続ければアニスは完全に絶命していただろう。しかしそうはならなかった。


 突然ドアが開いて、宇宙港の係員が入ってきたのだ。それで僕は我に返った。


「何をしている!」


 驚愕した係員が俺のことを張り飛ばす。虚脱していた僕は無防備にこれを受けてしまった。僕は吹っ飛んでベッドに仰向けにひっくり返った。アニスが咳き込むのが聞こえた。


「大丈夫ですか!」


 声まで青くして係員がアニスに言う。別の係員も駆け込んできて、僕に向かって飛び掛ってきた。


「この狼藉者が!」


「止めなさい!」


 アニスが言ってくれたので僕は袋叩きの危機を脱することが出来た。アニスは入ってきた時とは一転、係員に丁重に助け起こされ、部屋から出て行った。


 僕は、呆然とそれをただ、見送った。




 僕も続けて直ぐに留置所を出された。約束通りアニスが口を利いてくれたものらしい。コラーナム宇宙港の係員たちは、自分たちがしでかしたこと。つまり皇帝の妹を捕らえて、あろうことか留置所に叩き込んでしまったことに恐れおののいており、アニスが言えばどんな無理難題でも通る状況にあった。


 果たして、自分を殺しかけた男との約束をアニスが守ってくれるものかと疑ったのであるが、彼女はまったく何事も無かったかのように振舞った。僕は丁重に扱われ、誤認逮捕のお詫びということで連絡船の正規の切符を無料で進呈された。


 アニスは、僕がタリスマン本部ルミエに帰る船に乗るのをわざわざ宇宙港の待合室まで来て見送ってくれた。


「・・・これから、帝都に戻るのか?」


「そうよ」


 アニスは白髪紅眼の姿だった。宇宙港にはコラーナムの太陽の光が降り注いでいたが、宇宙港の外視窓は元々完全UVカットである。巫女服でこそないが、袖の太いゆったりした服を着たアニスの姿は、これまで見たどの時よりも皇女らしく見えた。


「あなたも、帰るのでしょう」


「ああ」


「そんなに、警戒しなくても大丈夫よ。兄にはあなたとあなたの活動のことは何も言わないわ」


 アニスは僕が考えていた事と微妙にずれた事を言った。


「それより、気を付けるのよ?あなたの行く道は平坦ではないと、思うわ」


「また予言か?」


「一般論よ」


 僕はだが素直に頷いた。


「気をつけるよ」


 アニスは紅い目を細めた。しかし、先に感じたような、魔女めいた恐ろしさは感じない。


「じゃぁね、ラルフ。グレッグによろしく」


 僕が聞き返す前に、アニスは身を翻していた。そのまま、振り向かずに彼女は歩み去った。




 ルミエに戻った僕に嫌な仕事が待っていた。


 僕の留守にオルマルージュ・デユームが暗躍していたという報告を受けたのである。つまり、僕がいない隙に自分の支持者を増やそうと様々な活動を行っていたのだ。それ自体はなんら問題のある行為ではないが、その内容が問題であった。


 彼は幹部会、そして執行部会のメンバーに「自分こそタリスマン主席に相応しい」と吹聴して回ったのである。その際に、自分の功績を過大に宣伝し、逆に主席、つまり僕を貶めるような弁説を弄したのだ。


 三百名もいる幹部会のメンバーの中にはタリスマンに加わってから間もないメンバーも多く、そういう連中は常にタリスマン内部の勢力に注意を払い、強い者の下に付こうと考えている。デユームは特にそういう連中に強く働き掛け、勢力を拡大することに成功したらしい。


 もともと革命の闘士として高名であり、僕よりも三十歳も年長。タリスマンに加わった時から大派閥の長だったデユームである。彼こそタリスマン主席に相応しいという声は以前からあったのだ。彼が本気でタリスマン乗っ取りを考え始めたとしたら、これは由々しき事態である。


 タリスマンは成長の過程で多くの組織を吸収してきた。それは言い方を変えれば様々な考えを持った組織の集合体であるということであり、悪く言えば寄せ集め所帯だということである。そういう組織は常に分裂の危険を孕む。デユームの行動は、タリスマン分裂を呼び込む危険な行為だというべきであった。


 デユームには、いわゆる政治力はあるのだが、大局を見る目が無い。自らの勢力拡大のために組織崩壊の危機を招くなど、組織に属する者として許されないことであろう。


 仕方が無い。僕はデユームを除くことに決めた。


 だが、デユームはタリスマンに大派閥を持っている。これを強制排除すれば当然この勢力からの反発を招くことになるだろう。下手をすると逆に組織の分裂を促進する結果となってしまうかもしれない。


 であれば、陥れるしかないのだった。


 僕は常に、幹部会、執行部会のメンバーを監視させていた。タリスマン情報管理部、特別諜報隊。ようするに秘密警察にである。ここはタリスマン主席、つまり僕直属の組織であった。


 本来は、幹部会の中にスパイなどが混じらないようにするための調査であり、タリスマン幹部は全員自分が調査対象にあることを知っていた。しかし僕はこれにプラスして密かに幹部たちの素行調査も行わせていたのである。平たく言えば、幹部たちの弱みを探っていたのだった。


 デユームは、不用意な男であった。彼は若い頃から革命家として名を売る一方、実は密貿易で多額の財産を築いていたのである。


 その手法は革命を志す者としてはいささか問題があると言わざるを得なかった。帝国航路局の役人に賄賂を贈り、便宜を図ってもらう一方で、ライバル会社を自分の政治結社を動かして攻撃するのである。「帝国と癒着した政商!」「帝国と結託して民衆から搾取している!」などという野次は、本来はデユームの会社にこそ相応しいにも関わらずだ。実際彼の会社は数箇所の惑星で大農場を経営し、そこでの労働者の扱いは過酷なことで有名であった。


 革命家などという妖しげな連中は、僕も含めて叩けばもうもうと埃が舞い上がる連中ばかりではある。しかしながらデユームの埃はいささか多すぎた。今回のことが無くとも、タリスマンの反帝国組織としての評判を考えれば、近い将来デユームは何とかしなければならない対象となったであろう。




 まず、僕は密かに工作員を派遣して、デユームの会社(形式的には彼の親族会社)の従業員と接触。そしてその従業員に裁判を起こさせた。労働条件の過酷さを訴えさせたのである。


 この裁判自体はありふれたもので大した意味は無い。しかし僕は原告人に、デユームと帝国航路局との癒着の証拠をリークしたのだ。原告人はそれを裁判の場で暴露したのである。


 帝国裁判所は腐ってもやはり公式の裁判所である。しかもこの時、僕は裏から手を回して裁判がきちんと行われるように、デユームや帝国航路局の役人からの圧力から保護した。同時にマスコミに情報を流してこの裁判を大きく報道させることに成功した。


 裁判は単なる労働紛争から企業と役人の癒着の告発へと発展。単なるよくある裁判と軽視していたデユームが、事態の急変に驚いた頃にはもう遅かった。


 マスコミは連日この裁判の経過を報道し、被告である会社の実質経営者は「なんとあの革命家として高名なデユーム氏」であると書きたてた。僕は更に、デユームの会社所有の農場にも工作員を送り込み、経営者に対する恨みつらみが溜まり切っていた農務者たちに暴動を起こさせた。これはそもそもタリスマンの、特にデユームが得意とする活動であったのだから皮肉である。


 幹部会からはデユームに対する非難の声が沸き起こった。もちろん、この時には僕の切り崩し工作で幹部会のデユーム派は多数、僕の側に寝返っていた。こういう多数派工作が得意なのはデユームだけではない。民主政治というのは数の論理なのである。


 タリスマンの理念に対する裏切りと、帝国航路局へのスパイ容疑。幹部会はデユームの告発を決議し、執行部会はデユームの罷免を決定した。


 この頃には先の裁判は帝国航路局内部の勢力争いを巻き込んだ大問題となり、デユームと癒着した役人たちの失脚へと発展していた。これによって帝国との繋がりを失ったデユームの会社は帝国検察局からの家宅捜索を受けることとなり、大きな打撃を受け、結局倒産の憂き目を見ることとなる。財力を失ったデユームの影響力は激減し、彼の派閥は消滅。デユーム自身も後に脱税等の罪で逮捕、起訴されることとなった。




 汚い、と言われるかもしれない。


 自覚はあった。もしもデユームの不正を告発するのであれば、正々堂々と幹部会なり執行部会なりで告発すれば良いのであった。それでも恐らく、デユームの罷免くらいは勝ち取ることが出来たであろう。デユームの不正は事実であったからだ。


 しかしながら、それではデユームの再起を許すことになったであろう。彼の名声、財力、派閥。それら彼の全てを根こそぎ奪わなければ、再起した彼に足元を掬われてしまう。


 僕は、タリスマンを愛していた。タリスマンにおける自分の権力も愛していた。それを守るためであれば如何なることでもするつもりであったのだ。


 デユームを排除したことによって僕の立場は更に強化された。この頃からタリスマンは民主組織の色彩を薄れさせ、次第に僕の独裁体制が確立されてゆく。ただ、僕自身にはあまりその自覚が無かったのだが。




 惑星ホーマー。


 ホーマー星系唯一の有人惑星であり、コンビナート惑星として有名である。人口も非常に多く、周辺宙域の中心惑星であった。ホーマー星系は辺境と帝国中央宙域を繋ぐ交通の要衝でもある。


 ホーマー星系は、タリスマン勢力圏から僅かに外れた位置にあった。そもそもタリスマンは辺境の中でも外れの方から、帝国中央宙域に向かって徐々に拡大して行くという戦略をとっていた。ホーマー星系はその意味で、タリスマンにとってこれまで戦略目標から外れていたのである。


 しかしながら、コラーナム進出を果たした以上、遂にタリスマンもホーマー、そしてその先の帝国中央宙域への進出が視野に入って来た訳である。ホーマー進出は、その重要度から言って、先のコラーナム進出に匹敵するかそれ以上の重大事項であった。僕は手始めに、諜報部にホーマーの調査を命じた。


 すると、意外なことが判明した。


 ホーマーの情勢が非常に安定している事が分かったのである。なぜそれが意外なのかというと、こういう大都市惑星は、移民の流入が非常に多いのが普通で、そういう惑星では往々にして移民と市民との間に対立が起こるものなのである。コンビナート惑星は労働問題も起こり易い。つまり、ホーマーは紛争の火種を多数抱えていると見られていたのであった。


 タリスマンが新しい場所に勢力を拡大する場合、そこが混乱していればいるほど都合が良い。それが、今回のホーマーのように、自治政府と市民、移民の関係が上手くいっているとなると、対立関係の隙間にもぐりこむといった、タリスマンのいつもの手法は使えないわけである。僕は更なる調査を命じた。


 「救済」という政治団体の存在が程なく明らかとなった。なんでも、ホーマーにおいて、市民、移民を問わずに広範な支持を集め、自治政府も口出しできないほどの勢力を誇っているのだという。


 ホーマーは皇帝直轄地でこそないが、大貴族が開拓し、現在も所有している保守的な星系の筈である。この様な場所で、自治政府を圧倒するほどの勢力を市民政治団体が持つというのは、考え難い事であった。


 ホーマーは、辺境星系としては非常に多い、十億人の人口を抱える大都市惑星である。そこで公称五千万人の支持者を抱えているとなると、これは単なる一惑星の政治団体に過ぎないと馬鹿にするわけにはいかなかった。なにしろ、この時点でのタリスマンの構成員は十億人にまだ届かなかったのである。


 ホーマーの地政学的重要度を鑑みれば、この「救済」という政治団体とは慎重に接触する必要があると思われた。


 そして僕はここで、意外な名前と再会することとなった。


 グレゴリー・オルレアン。


 「救済」のNO.2であり、「救済」の軍事組織「対策隊」の長。


 入手した「救済」の名簿に記されたその名を見て、僕はコラーナムで会ったアニス・フラミニアの言葉を思い出していた。


「・・・ホーマー星でグレッグと・・・」


「グレッグによろしく」


 あの赤い瞳が幻視されて、僕は思わず強く頭を振った。


 あの、グレゴリー・オルレアンが、如何なる経緯で「救済」のNO.2にまで上り詰めたものか。僕は「あの時」の事を思い出していた。あの時、かすかな予感があったのではなかったか。彼が再び僕の前に現れると、自分前に、立ち塞がる格好で現れると。


 僕はもう一度否定するように頭を振った。僕は運命など信じないし、それにまだグレッグが僕の前に立ち塞がると決まった訳でもないではないか。


 僕は引き続きホーマーについての調査を命じ、とりあえずグレッグの存在をファイルの中に閉じこんだ。先走りすぎることは無い。ホーマー進出はまだ先の話だったし、それまでに状況がどう変化するかなど分かった物ではない。


「そういえば・・・」


 あの時アニスは「大祭のために帝都に帰る」と言っていた。大祭とは五年に一度の帝国精霊殿例大祭の事だろう。帝国の筆頭巫女であるアニスにとっては外せない神事だということなのだろうか。


「それが終わったら、またグレッグの元へ帰るのだろうか・・・」


 僕はなんとなくそう考え、その思いを抱いたことに思わず苦笑した。

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