二章・1、 対策隊誕生

 何がいけなかったのだろうか、と思う。


 俺の人生は、どうもその自問と縁が切れない運命にあるようだ。学校を卒業して路頭に迷いかけた時もそうだった。戦場で何度と無く死に掛けた時もその度に考えた。もちろん刑務所で殺風景な灰色の天井を眺めながら飽きるまで自問したものだ。


 まぁ、答えが出ることはなかったが。というより、結局なんだか自分の手の届かないところで掻き混ぜられた何かが、俺を押し流しているということは何となく分かっており、なら考えても無駄だという結論にいつも達するのだった。いつも結論は同じなのに、ならばなんでその自問を繰り返すのか。・・・それが分かれば初めからそんなことは考えない訳だ。


 いつの間にか、俺はシンの組織「ホーマー移民救済協会」とやらに協力することを余儀なくされていた。言っとくが、シンの思想に共感したとか、移民労働者の過酷な労働状況に対して義憤を覚えたとか、そういう能動的な理由があったわけではない。


 理由は、アニスだった。何が気に入ったのか、アニスが勝手に移民救済協会に出入りし始めたのだ。正確に言えば、俺が仕事に出かけた隙にシンがやってきてアニスを勧誘し、あいつがのこのこと奴の誘いに乗ったのである。それを聞いて俺はアニスを叱ったのだが、あいつはケロッとした顔で言いやがった。


「面白そうじゃない」


 俺は慨嘆した。面倒事というのは大概面白そうな顔をしているものなのだ。アニスを好き放題に出掛けさせるわけにはいかず、かといって閉じ込めておくわけにもいかないわけで、俺は仕方なく妥協案としてアニスに、移民救済協会に行く時は俺も同行するから、俺が行かない時に勝手に行かないようにと言い含めるしかなかった。つまり、必然的に俺も移民救済協会に出入りするようになってしまった訳で、出入りしていれば俺も何かしらこの組織に関わらずにはいられなかったのである。


 移民救済協会は、シンが組織を掌握してからというもの、至って穏当な組織になっていた。そもそもは政府への陳情、抗議、デモなどを行う組織だったのだが、シンはそれを移民同士の互助組織へと変化させたのである。求職情報の共有、生活資金の貸し出し、無保険で利用出来る医療機関の紹介、裁判時の弁護士の手配などを行ったのだ。移民が生活基盤を作って行く上で必要なものの提供を行うことによって、移民同士の結びつきを強めることを狙ったのである。


 シンは、惑星政府に表立った対立行動を行うのは時期尚早であると考えていた。その前に、組織を大きくして移民救済協会がホーマーの全移民の意思を代弁出来るようになる必要があると考えていたのだ。組織を大きくするには、移民救済協会が移民にとって即物的な意味で役に立つ組織になるのが近道だ。移民たちが組織に依存する状況になれば、いざ組織が立ち上がった時には移民たちは組織に協力せざるを得なくなる。


 シンという男は、理想は理想、現実は現実とはっきり分けて考えることが出来た。誰しも理想を語る前に目前の生活を成り立たせなければならない。移民の人々が望むのは、政治的権利よりもまず先に、不安定な生活基盤を固めることなのだ。


 同時に奴は移民救済協会の暴力的な側面を完全に捨て去ることもしなかった。むしろ表には出さないようにしながら密かに武装組織を編成し始めたのである。いざという時には「敵」に対して武力行使が出来る実力を備えるのが目的であった。この場合の「敵」とは、移民排斥団体や意見を異にする移民団体、そして場合によってはホーマー政府をも含んでいた。


 「対策隊」と名付けられたこの武装組織、俺はこの部隊に関わる羽目となった。元軍人であるという単純な理由からであった。


 武装組織といえば聞こえはいいのだが、内容は極めてお粗末だった。なぜならば、ホーマーで市民が銃を所持することは、表向きは禁止されており(なぜ表向きかというと完全に禁止するのは既に銃が出回り過ぎていて難しいからである)「我々は武装しています」とあからさまに宣言することが出来なかったからである。つまり、あまり大々的に武器を仕入れたり、派手な訓練をするわけにはいかなかったのだ。そもそも、対策隊に入隊してきた連中にしてからがろくに銃を扱ったことも無い素人ばかりであった。チンピラに毛の生えたような若者たち。何となく武装組織に漠然とした憧れを持っているような連中。そんな連中の集まりだった。


 悪いことに、軍隊というものを肌で知っている元軍人は俺一人であった。となれば必然的に俺がこの対策隊をまともな武装組織に仕立て上げる役目を任されることになってしまったのである。俺はうんざりしたが、移民救済協会がその他に行っている活動、いわゆる慈善事業において俺が役に立てそうも無いことも事実であったので、結局その役目を引き受けることにした。


 対策隊はこの創設時には三十名しかいなかった。シンの構想では当然規模は暫時拡張することになっていたから、この三十名はいわば幹部候補生というわけだった。ならばもう少し人材を吟味すべきだと思うのだが、まぁ、そういう贅沢を言えるほど移民救済協会は立派な組織ではないのだ。


 俺は最初にこの連中を観察して、こいつらはまったく軍隊としては役に立たん、と判断した。鍛え直すしかない。俺は対策隊を連れてある連休中、とある山中に出掛けた。ちなみに俺はこの時まだ工場勤めを続けており、連休をとるのはなかなか大変だった。移民救済協会から給料など出ないのだ。


 まずは基礎訓練を行う、と俺が告げると、対策隊の面々からブーイングが起こった。


「銃が撃ちたい。俺は銃が思い切り撃ちたくてわざわざこんなところまで来たんだ!」


 という訳である。俺は首を横に振った。


「駄目だ。銃を使う前におまえらは自分自身の使い方を学ぶ必要がある。そうでなければ銃は本当の性能を発揮し得ない」


 ブーイングは止まなかった。連中にはまったく理解出来ない理屈であるようだった。俺はさらに説明しようとし、面倒くさくなって止めた。言うよりやって見せた方が早い。


「じゃぁ、お前」


 俺は一番うるさかった奴を指名した。


「お前が銃有り、俺が素手で勝負しよう。そうすれば俺の言っていることが少しは理解できるだろうよ」


 そいつはアーネスト・エドワルドといったが、唖然としていた。


「なんだって?気でも狂ったのか?」


「やってみれば分かる」


 俺はエドワルドに拳銃を持たせた。そして、俺が雑木林の中に入ってから五分後に自分も入ってくるようにと告げて林の中に入った。


 広葉樹と針葉樹がごちゃ混ぜになったような林である。俺は特に隠れもせずに立っていた。やってきて俺を見つけたエドワルドは肝を潰したようだった。奴は俺が当然どこかに潜んでいると思ったのだろう。


「ほら、撃ってこいよ」


 俺が言うと、エドワルドは戸惑いながらも銃を上げた。


 しかし、奴が発砲しようとした瞬間、俺は木の陰に身体を隠した。エドワルドは困惑して手を止めてしまう。その隙に俺は素早く移動して、違う木の陰へと潜り込んだ。


 素早く移動しつつエドワルドに接近する。流石のエドワルドも俺が五メートル位にまで接近すると俺の意図を読み取ったらしい。焦り出す。しかし、俺は不規則に移動してエドワルドに発砲のきっかけを掴ませない。


 そして最後の二メートルは一気に走った。エドワルドは驚愕して銃を向けようとしたがその動きはあまりにも緩慢だった。俺は手刀で拳銃を叩き落とすとそのまま突っ込んでエドワルドの襟首を掴み、背負い投げで投げ飛ばした。


 俺は結局納得しなかった数名と同じ事をした。無抵抗の相手にではなく、明確に敵対する相手に対して銃を使うには、やはりそれなりに覚悟がいる。その覚悟を身に着けるにはやはり訓練するしかないのだ。


 ようやく反対する者がいなくなると、俺は言った。


「分かったか?これからは俺の言うことには絶対服従しろ。でなければ、今度は俺も銃を使う」


 というわけで、俺は「鬼軍曹」と陰口を叩かれることとなった。実は俺も、新兵訓練所時代は仲間たちと教官に向かって散々同じ陰口を叩いたものであったのだ。その当時は教官の心中を察することは出来なかったが、今なら分かる。軍人と一般市民との間には想像以上の乖離がある。それを埋めるには厳しい訓練と指導がどうしても必要なのだ。


 上官が「死ね」と命じたら兵士は死ななければならない。それが異常だと感じるのであれば、その感性は一般市民のそれである。軍隊は、勝利のために兵士の命を消費することを厭わない組織だ。勝利のためであれば兵士に死を命じ、兵士は無条件でそれに従う。それは普通の行動であり、そこに躊躇が生まれるような軍隊は勝利を手にすることは出来ない。更に言えば、軍隊が「敵」を殺すのは当たり前の行為であり、それが例え女子供であろうとも躊躇無く撃ち殺し蹂躙することが出来なければならない。軍隊というものは基本的な部分で非人道的な組織なのだ。


 たったの数日で一般市民を軍人に鍛え上げることなどできる筈も無い。俺は事あるごとに対策隊の連中を郊外に連れ出し、厳しく訓練することとなった。連中も不平不満を漏らしつつも、脱落することなく訓練を続けた。




 ホーマーは他惑星から資源を輸入し、それを加工製造して他惑星に輸出する典型的な工業惑星である。ホーマー自体は資源をほとんど産出せず、食糧生産力も低い。星の大きさの割りに人口が多く、人口密度も高い。必然的に企業の栄枯盛衰も激しく、景気にも波があった。


 天象暦八〇一五年、ホーマーに鉱山資源を輸出していた惑星で労働紛争が起こり、生産量の減少により輸出可能量が激減した。それはホーマーの経済を直撃したのである。中小企業は続々潰れ、失業者が大量発生した。幸いなことに俺の勤めていた樹脂加工工場は潰れなかったが、給料は減った。まぁ、俺もアニスも金を使う方法を知らないタイプだったので困らなかったが。


 失業者というのは統治力を計るバロメーターの役目をする。失業者の発生は社会不安を生み、しばしば治安の悪化に繋がるからである。だから心ある統治者であれば失業率の悪化には神経を尖らせるものだ。今回の場合、景気悪化の理由はホーマーには無く、ホーマー政府としては対策のしようがなかったのだろうが。


 社会不安が高まり市民の不平不満が高まると、しばしばそれは形を成して噴出する。デモであったり、時には暴動であったり。しかしながら一番多いのはもっと陰湿な方向での噴出であろう。この時ホーマーでは、移民に対する迫害が起こったのである。


 小さくは就職時の差別である。まだ市民権を持たない移民に対して就職を拒否したり、既に就職していてもクビにされたりする。その他にも、買い物時に市民カードの提示を求め、移民と市民との間に値段の差をつける店が現れたり、路地を封鎖し、移民の通行を禁止する者が現れたりした。これは、近年急増した移民たちが市民たちの仕事を奪っている、という不満が呼んだ行動である。実際にはこの不景気は移民のせいなどでは無い。しかし民衆は常に分かり易い所に敵を置きたがるものなのである。


 移民の権利の保護を目標に掲げている移民救済協会がこの事態を放置することは許されなかった。救済組合は直ちにホーマー政府に抗議を行うと共に不当解雇に対する撤回を求める訴訟などの行動を起こしたのである。しかしながら不景気は救済協会自体にも大打撃を与えており、大々的な行動は難しかった。そしてシンが特に苦慮したのは、移民たちが不満を募らせ、暴発し、市民達との致命的な対立状態に陥らないことであった。そんなことになれば移民たちは孤立してしまうし、迫害の口実を与えることにもなってしまう。


 しかし、移民たちが救済協会へ失望感を抱くことも避けなければならなかった。困難な時に頼りになる組織であればこそ組織は求心力を持ち得るのだ。移民たちの募る不満を上手く掬い上げる事さえ出来れば、この困難な状況も逆に支持の拡大のチャンスだと言えるのである。


 移民救済協会代表、カール・シンという男は腰が軽い男であった。二枚目半の顔に軽薄な笑顔を浮かべながら、どこにでも現れるのである。神出鬼没と表現してもよいだろう。対策隊の訓練をしている山の中に現れたかと思うと、その日のうちに市内の事務所に戻り、夜には繁華街で酒を飲んでいたりする。そのくせ一向に疲れた様子も見せず、かといってギラギラ脂ぎるような精力的な感じはしない。


 まぁ、どこに現れようと奴の勝手だが、困るのは俺とアニスが暮らすアパートに頻繁に現れることである。そういえば奴がこの頃どこに住んでいたのか、俺は知らなかった。


 その日も奴は部屋に上がりこみ、コタツにあたってミカンを剥いていた。長身の奴が腰を屈めてコタツに縮こまっている姿はどこか滑稽だった。


「どうしたらいいと思いますか?グレッグ」


「知らん」


 俺もコタツに足を突っ込み、手の爪を切っていた。ちなみに昼間だが、早夜勤の日なのでそろそろ出勤なのだ。出勤の時はこいつも部屋から追い出さなければならない。アニスと二人切りにするわけにはいかないからだ。こんな脳みそ春な二人をセットで放置したら何が起こるかわからん。


「冷たいではありませんか。あなたにも関係があることなのですよ?」


「俺は、自分の身は自分で守れる。問題無い」


「なんということを言うのですか。このまま移民に対する理不尽な迫害を傍観しようというのですか?」


「じゃぁ、どうしろというんだ?」


「どうしましょうかねぇ」


 シンが言っているのは最近増えている、暴力的な移民迫害事件のことであった。移民が過激な移民排斥集団に襲われる事件が頻発していたのだ。特にホームレス化していた失業移民の被害は深刻で、死者も既に数人出ていた。


 移民救済協会としては放置することは許されない、とシンは言うのだった。しかし、どうしろというのか。ホームレス化した移民はホーマー市にだけでもいたるところにいる。それを全て救済組合で保護するなど不可能だ。予算も人員も足りない。


「そこで提案です」


 シンの言葉に俺は身構えた。恐ろしく嫌な予感がしたからだ。シンは文字通りふざけた、軽薄な男であるが、単にそれだけの男が数千人を束ねる組織の長になれる筈も無い。意見が合わない救済協会の旧幹部を策略に嵌めて追放、殺害する位の冷酷さも持ち合わせているのだ。奴は人当たりの良さそうな微笑を浮かべたままこう切り出した。


「不定住移民を襲っている連中を焚きつけているのは『ホーマー労働者社会党』という連中です。まぁ、いわゆる市民団体ですね」


「それがどうかしたのか?」


「こいつらを、対策隊でどうにかしていただきたいのですよ」


「・・・」


 俺は頭が重くなったような気分になった。


「どうしました?」


「いや、別に」


 忌々しいことに、俺にはこいつが何を言っているのかが分かってしまった。だが、ちょっと待て。


「それが、可能だと思うか?」


 それは重要なことであろう。しかしシンは首を竦めてこう言った。


「分かりません」


「・・・それでいいのか?」


「私には他に頼れるものが無いのですよ。ですから仕方がありませんね」


 シンはミカンを一切れ口に含み、人事のように呟いた。


「私は移民を保護する組織の長として、現状に対して何らかの対応をしなければなりません。そして、対応としてもっとも効果的な方策を考えました。ですから・・・」


 シンはそこで俺のほうを見た。どこか爬虫類めいた目つきだった。


「あとはあなた次第です」


「・・・」


 俺は切り終えた爪のくずをゴミ箱に入れ、それから自分でもミカンを一つ手に取った。流しでお茶を入れていた(この頃にはさすがにこれくらいのことは出来るようになっていた)アニスが覚束ない足取りで三つの茶碗を乗せた盆を運んできた。そしてそれからもしばらく、俺は沈黙していた。シンも特に何も言わない。白々しい沈黙が部屋の中を巡る。


 俺は何気なくアニスのことを見た。アニスは興味津々と言った風情で真っ赤な瞳をまん丸にして俺の事を見ている。シンの奴はアニスのこの姿を見ても何も言わない。奴ほどの情報通ならばアニスの正体に気が付かなかった筈は無いのに。


 仕方が無い。俺は溜息を付いた。関わる気が無いのなら、やる気が無いのなら、初めから一切関わるべきではなかったのだ。アニスがどうしようと、シンに弱みを握られた形になろうと、我関せずと移民救済協会なんぞに目もくれなければ良かったのだ。それを関わってしまった。対策隊の事実上の指揮官を引き受けてしまった以上、組織の長であるシンの依頼(命令)を断るわけにはいかないのである。しかも、俺はシンの考えに反対では無かった。公平にみて合理的な考えだと思ったし、他に方策が無いことも明らかであった。


 後は。対策隊にこの作戦を実行できる実力があるのかどうか。そして、俺にやる気があるのかどうか、ということである。


「・・・わかった」


「お願いします。あなたになら出来ますよ。グレッグ」


 シンは微笑した。




 要するに、移民襲撃を焚きつけているホーマー労働者社会党とやらを、移民救済協会対策隊でもって逆に襲撃する。シンが依頼してきたのはそういうことであった。これには三つの意味があった。


 一つに、労働者社会党に物理的な打撃を与えることによって、移民に対する暴力的排斥を出来なくさせることである。労働者社会党は数人の党員を当該地域に送り込んで市民を扇動して移民を襲撃させているのだ。つまり、扇動する党員を送り込めなくさせれば、移民襲撃は確実に減らすことが出来るわけだ。


 もう一つは、労働者社会党を初めとする移民排斥団体に対し、移民救済協会の武力的な実力を誇示するという目的である。移民救済協会がただ打たれて耐えるだけの組織ではないと思い知らせることによって、移民に対する好き勝手な排斥を抑止することが出来るであろう。


 最後に、移民たちに向かって移民救済協会の実力をアピールすることによって、移民からの支持拡大を狙うという意味合いがある。人々が頼りにするのはやはり強い組織なのだ。


 俺はその三つの観点から、労働者社会党襲撃計画の有効性を理解した。だからシンの提案に反対しなかったのである。


 しかしながら計画の有効性は往々にして、実現性と反比例するものだ。今回の場合、問題となるのは敵となる労働者社会党の戦力と、我が対策隊の実力である。労働者社会党は、ホーマーに数ある政治団体の中では、さして規模の大きなものではない。しかしながら、荒っぽいことで知られ、意見の違う団体を襲撃することなど朝飯前というような連中なのであった。当然、かなり武装していると考えられる。これに対して我が対策隊は、自動小銃が最大火力という貧弱な武装しか持っていなかった。


 しかしながら、俺はシンの依頼に応じた。つまり、勝算があるとは考えていたのである。


 俺は対策隊の全員を集めた。


 対策隊の員数は三十人。この時の移民救済協会事務所はこの全員を収めると溢れてしまう程度の広さしかなかったので、俺は連中を事務所近くの公園に集めた。機密保持が必要な事案を話すのに適当な場所だとは俺も思わなかったが、まぁ、止むを得まい。そこらで遊んでいるガキどもには聞いても何の話か分かるまいから大丈夫であろう。


 俺はベンチの上に立ち、対策隊の面々は小隊毎に整列して地面に座っている。まるで小学校だが、一人も異を唱えることなくこのようにしいている。今までの訓練の成果だと言えるだろう。


 俺は襲撃計画の大筋を話した。対策隊の面々は目に見えて緊張した。なにしろ対策隊にとっては初陣になるのである。しかも、敵は移民救済協会よりも大きな組織であるホーマー労働者社会党だ。


 俺は連中の緊張を和らげるために言った。


「大丈夫だ。お前らが俺の作戦を忠実に実行すれば勝てる。保障する」


「いかなる勝算がおありなのか、お教え願えますか?」


 そう問いかけてきたのは、三人の小隊長の一人、アルカ・オファスだった。元バスケットボール選手という大柄な男である。黒髪を頭皮が見えるくらい短く刈り込んでおり、浅黒い肌もあって異様な迫力があった。高い運動能力と、その威圧的な風貌を買って小隊長に抜擢したのだが、多少優柔不断な面がある。


 指揮官の作戦説明に対して勝算があるのか尋ねるなど、軍隊的常識で言えばとんでもない非礼である。まだまだ市民気分が抜けていないな。俺は密かに失望しながらも、寛大にもオファスの質問に答えてやることにした。


「勝算は一つ。お前らはまだまだひよっことはいえ、一応訓練をこなした軍隊だ。それに対して、敵は素人の集まりだ」


 オファスは目を瞬かせた。


「それだけですか」


「そうだ」


 対策隊の連中はざわめいた。俺は咳払いをした。それだけでざわめきは収まる。


「お前らにはまだ分からないだろうな。しかし、軍人と市民の違いはそれほどまでに大きいのだ。お前らは、少しは強くなった。それはこの俺が保障する」


 俺がそういうと、連中の表情が少し引き締まったように見えた。俺は密かに満足した。


「では、具体的な襲撃計画を伝える」




「本当の所はどうなの?」


 夕食の席でアニスが尋ねてきた。ハンバーガーを頬張りながら、俺の事を見つめている。


「何が?」


「本当に勝算があるの?あんなに自信たっぷりに言い放ってたけど」


 俺は指に付いたマスタードを舐めた。辛さに眉を顰める。


「あるよ」


「本当に?」


 俺は苦笑した。


「なんだ?心配なのか?」


「うん。そりゃぁ、ね」


 アニスは少しはにかんだような表様を見せた。一応、心配してくれているらしい。それにしても、自称予知能力者の癖にこういう時にはまるで役に立たないアニスであった。別に俺も当てにしてはいないが。


「そうだな。俺たちが勝利することだけはまず間違いない」


「どうしてそこまで断言出来るの?」


 アニスは不思議がった。


「まるであなたの方が予知能力者みたいよ?」


「戦闘の勝ち負けは、それが偶発的な始まりで無い限り、ほとんど始まる前に決まっているんだよ。これは軍事的な常識だ」


 戦闘とは、極めてシンプルな事象である。つまり、強いほうが勝つ。そう決まっているのだ。


 戦力が強大な方。戦力が拮抗していれば、準備が整っている方が必ず勝つ。これを覆すことは出来ないのだ。


「おかしくない?」


 アニスは首を傾げた。白い長髪がそれに連れて流れた。


「あなたは以前、タリスマンの艦隊で、何倍もある宇宙なんとかの艦隊に勝ったじゃない?」


「あれは、ただ包囲網を突破しただけだ。勝ったわけじゃない。完全には負けなかっただけだ。弱いほうに出来るのはせいぜいそのくらいだよ」


 いかなる名将が指揮しても、弱者をして強者に勝たしめることは出来ないのである。出来ることは、せいぜい負けの度合いを弱めることぐらい。故に名将は戦う前に勝つことに務め、勝てない戦は初めからしない。


「今回の場合、我が対策隊は十分とは言えないが訓練をつみ、なんとか一つの軍隊として機能出来る状態にある。それに対して敵は、軍隊とはとても言えない」


「軍隊であるってそんなに重要なことなの?」


「重要だな。歴史上、同数の非軍人の集まりが、軍隊に勝った事は無い。今の対策隊三十人なら三百人の市民と戦ってもまず負けないよ」


 歴史上、市民のみによるクーデターが成功した例はほぼ皆無である。なぜならば、市民の集まりでは軍隊に勝てないからだ。軍隊が流血を辞さずに徹底した鎮圧を行えば、クーデターは絶対に成功しない。成功した市民クーデターというのは、必ず国軍を味方に引き込むか外国の軍隊の協力を得ている。


 戦闘の職人、流血のプロというのはそういうものなのである。


「しかも今回は、敵は対策隊の存在を知らず、自分たちが逆に襲撃されるとは思ってもいない。主導権は常にこちらが握り、相手には備えも無い。なら、勝つよ」


「・・・」


 それでもアニスの表情からは不安の色が消えなかった。俺はいぶかしんだ。


「なんだ?これでも俺たちが負ける要素があるっていうのか?」


「ううん。あなたの自信の理由は分かったわ。でも・・・」


「でも?」


「あなたに危険が無いわけではないんでしょう?」


 ああ、俺は迂闊にもアニスの言いたいことに初めて気が付いた。アニスは対策隊の勝ち負けではなく、俺の一身を心配しているのだ。


 俺は苦笑した。俺は習性として、自分の身命を部隊の一部だと考えがちだった。特に対策隊の最高指揮官は俺であり、俺イコール対策隊という思いはこの時既にかなり強かったのである。


 俺は手を伸ばしてアニスの頭を乱暴に撫でた。


「わかったよ。なるべく無事に帰ってくるようにはするよ」


 アニスは嫌そうに眉を顰めながらも微笑した。




 その日は肌寒い日であった。ホーマー労働者社会党の本部は、繁華街に程近い場所にある小さなビルである。夕刻、俺は数人を偵察として出し、残りの者は路地裏に待機させた。


 対策隊三十人。一人も欠けることなく集合していた。これも訓練の成果であろう。もっとも、もともと対策隊に志願してきた連中は元々血の気が多い連中であるということはある。


 服装は思い思いの格好。対策隊の制服はこの時まだ無い。もしもあったとしても、繁華街で目立たないように私服を着用するよう命じた可能性はある。ただ、戦闘中敵味方の区別が瞬時に出来なければ困るので、全員が右腕に青い布を巻いていた。


 偵察の連中が帰ってきた。興奮に上ずった声で報告する。


「ビルの前には、見張りらしき男が二名いました」


「人通りはまだ多いです」


「ビルには全階に明かりがともっています」


 ふむ。俺は報告を聞き、頷いた。


「やはり夜が深まるのを待ったほうが良さそうだな」


 繁華街の真ん中で、まだまだ人通りの多い中で戦闘を行い、無関係の市民を巻き込むことは避けたかった。あまり遅くなっても敵が本部から引き上げてしまうかもしれないと思ったのだが、この分ならその心配は無さそうである。


 ビルの前に見張りがいるということは、それなりに襲撃に備えているのかも知れない。これは多少、懸念要素ではあった。


 対策隊の武装は貧弱であった。最大火力は自動小銃。これも全員には行き渡らず、残りは拳銃で我慢するしかなかった。後は十個ほどの手榴弾。何人かはナイフを所持している。それが武装の全てであった。これでは軍隊を名乗るのもおこがましいかもしれない。


 貧弱な武装、まだまだひよっこの部下たち。俺は部下やアニスに豪語した通り、勝利の確信をもってはいたが、まったく事態を楽観してはいなかった。そのため俺は襲撃の何日も前から慎重に情報を集めることに努めた。これにはシンが大いに動いてくれ、労働者社会党本部の見取り図から予想される戦闘員数まで調べてくれた。奴の情報収集能力は驚くべきものがある。


 俺は三人の小隊長を呼び寄せて、最後の打ち合わせをすることにした。


 アルカ・オファス、エルミア・ソボア、チャコル・メリアンの三人である。


 エルミア・ソボアは女性である。こげ茶色の髪と鳶色の瞳を持った小柄な女だが、恐ろしく俊敏であり、頭の回転もいい。性格は強気一辺倒で可愛げに欠けるが、俺は部下にそんなものは求めていないからどうでもいい。


 チャコル・メリアンは眼鏡を掛けたインテリ風の男で、実際ちゃんと大学を修了したインテリであるという。どこで道を踏み外したのかは知らないが、現在では無職のホームレス。抜けているところはあるが、頭はそこそこ切れるので小隊長に抜擢した。


 俺はしゃがみこんで、落ちていた小石でアスファルトにガリガリと図を描いた。


「オファスの小隊をA小隊、ソボアの小隊をB小隊、メリアンの小隊をC小隊とするぞ。まず、ビルの前にいる見張りを俺が片付ける」


 俺と同じにしゃがみこんだ三人が緊張をあらわにした顔で頷く。


「突入はAと俺。この正面入り口から一気に突入し、派手に弾をバラ撒いて一気に最上階まで駆け上がる。Bは後詰としてAの後ろから侵入して一階ずつ確実に制圧しろ。味方への誤射に注意。Cはビルの後ろ、非常階段に待機して逃げようとする敵を殲滅。概ねこのような計画で行く。質問は?」


「ビルに火を掛けませんか」


 ソボアが提案する。


「慌てて逃げてきたところを待ち構えて一網打尽。いい作戦でしょう?」


 やや釣り上がった瞳が得意げに輝いている。この女は派手な作戦を好む傾向があるようだな。俺はかぶりを振った。


「だめだ。第一に、火事になったら官憲が吹っ飛んでくる。俺たちがやろうとしていることは法律上十分に犯罪行為だ。逮捕されたら目も当てられん。第二に、敵が一気に逃げ出してきたら撃ちもらすかもしれない」


「では、この作戦は敵の殲滅を目的とするのですか?」


 オファスが不安そうに目を動かした。俺は頷いた。


「そうだ。基本的には、一人も逃がさないことを目指せ」


「なぜですか?」


「後で復讐されないためだ」


 憎悪というのは応酬するものである。攻撃は復讐を呼び、復讐はさらなる憎悪を呼び起こす。それを断ち切るには、一方を完全に殲滅するしかない。ことに先制攻撃を行う場合は、一攻勢で敵を完全に覆滅することを心がけるべきなのである。


「この作戦では三つのことを意識しろ。一つ、迅速に。二つ、徹底的に。三つ、容赦無く」


 眼鏡に指を当てて考え込んでいたメリアンが声を上げた。


「もしも敵の抵抗が予想外に強く、制圧に手間取り、撤収が迅速に行えなかった場合はいかがいたします?」


「その場合は」 


 俺はメリアンだけではなく他の二人にも強い視線を飛ばした。


「俺がしんがりになって食い止めるから、お前らは撤収しろ。俺のことは、見捨てていい」


 三人は息を呑んだ。俺は笑った。


「大丈夫だ。そんなことにはならん。俺はお前らを信じている」


 三人は心持ち姿勢を正して見せた。




 後に名声と悪名を欲しい侭にする対策隊の初陣。ここで作戦に失敗していれば確実に歴史は変わっていただろう。もしかしたらその方が良かったのかもしれないが。


 夜も深まり、人通りが少なくなった事を見計らい、俺たちは敵本部近くへ前進した。途中でC小隊は予定の配置に着くために分かれる。


 敵本部入り口が目に入る位置で待機。しばらく待っていると、携帯電話にC小隊が予定位置に着いたという連絡が入った。全ての準備が出来た訳だ。


 俺は自動小銃。帝国軍ご用達のメディスン社KO-67を手に取った。軽く深呼吸をする。軍人時代に命を預けたものと同じ機種で、整備調整も済んでいる。つまり、信頼性は十分だ。ここでいきなりミスれば計算が大きく狂う。失敗が許されないだけに、武器を信頼できるのは有難い。


 振り返って部下たちを見渡す。緊張と興奮が混然とした表情が俺を見返す。


 考えてみれば、彼らは俺が持った初めての部下たちであった。そして、俺は彼らにあえて言わなかったが、この作戦ではこちらにも被害が出る可能性は十分にあるのだった。つまり、もしかしたらこの中の何人かの顔は、戦いが終わった後にはもう見ることが出来ない可能性もあるのである。


 俺は迂闊にもこの時初めて、部下を死地に踏み込ませる上官の責任という奴に思い至った。軽く身震いする。俺に、そんな資格があるだろうか。その責任を背負う資格が。器量が。そして、この作戦に彼らの命を掛ける価値があるのだろうか。


 俺は小さく、しかし強く頭を振った。


 俺は表情を引き締め、部下たちに頷いて見せると、KO-67の銃床を肩に当てた。今は、考える時ではない。


 敵本部の前には、入り口を警戒しているらしい男が二人立っていた。しかしながら、如何にも義務的に、暇そうに立っているだけである。歩哨のそのやる気のなさで、敵の錬度と士気の程度が知れる。


 俺は口笛を吹くように息を切ると、素早く銃口を上げ、続けて二発。撃った。


 視線の先で敵の歩哨が崩れ落ちた。俺は小さな声で命じた。


「行くぞ!」


 同時に姿勢を低くして駆け出す。血だまりの中に倒れる歩哨に警戒を払いながらその横を通り過ぎ、そのまま一気に敵本部に突入する。入り口のガラス戸は開いたままだったのだ。


 一階は受付と事務室になっており、二人の若い男がいた。何の警戒もしておらず、ポーカーなどをやっていた。俺はそいつらに向けて五発だけ発砲すると、予定通りそのまま階段へと駆け込んだ。


 敵本部ビルは四階建て。今見たとおり一階は受付。二階三階は会議室兼集会場。四階は倉庫。階段は中階段と外非常階段がある。推定される員数は最大五十人。員数が多いのは、この日が連中の定期集会日だったからだ。つまり、おそらく二階三階にはかなりの人数がいると予想される訳である。


 俺は無言で階段を駆け上がった。折り返しに一人いた。そいつの口が「なんだおまえは」と言ったように動く。もちろん俺は聞いちゃいない。三発の銃弾がそいつを赤と黒の物体へと変える。


 階段を上がり切ると狭い踊り場があり、扉があった。扉は開いており、入り切らない連中が溢れるように踊り場にはみ出していた。驚愕の表情。誰何の声。俺は無言でKO-67の火力を開放した。


 悲鳴と銃声が聴覚神経を麻痺させた。俺の後ろからオファス、そして他数名も銃弾を部屋の中にばら撒く。跳弾が照明を砕き、部屋の中を闇に変える。


 時間すれば僅かに数十秒。俺は手で合図して発砲を止めさせ、完全制圧をB小隊に任せると、続けて階段を駆け上がった。折り返しを回ろうとしたところで殺気を肌で感じる。身を翻してコンクリート製の手摺壁に身体を隠した瞬間、銃弾が無茶苦茶に壁を撃ち砕いた。跳弾が肩を掠めて肝を冷やす。俺は手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いて数秒、そして階上へと放り投げた。


 腹に響く音がした。煙が俺が伏せている所まで吹き寄せてくる。俺は爆煙が晴れない内に突撃した。ドアが吹き飛んだ部屋の入り口に身を隠すと、部屋の中から火線が沸く。俺たちは壁を遮蔽物にしながら応戦した。応戦しつつA小隊に四階の制圧を命ずる。四階は倉庫で、人はいない筈であったが念のためだ。


 時計を見る。ここまで十五分。意外に手間取る。俺は舌打ちを禁じえなかった。俺はこの作戦に必要な所要時間を三十分と見積もっていた。周囲の市民が異変に気が付いて通報し、官憲がやって来るまでには一時間くらい掛かるだろう。それまでに全てを終わらせて撤収したかったのだ。しかし、焦りは禁物だ。俺が焦れば部下に伝染する。


 二階からソボアが駆け上がってきた。


「一階、二階制圧!」


「了解」


 俺は短く答えた。部屋の中からの反撃はほとんど無くなっていた。俺はソボアから手榴弾を受けとり、部屋の中に投げ込んだ。炸裂音と煙。俺が合図するとソボアは小さな身体を更に低くして部屋の中に突入した。銃声はすぐに止んだ。


「三階、制圧!」


 ソボアの報告に頷くと、俺は四階へと上がった。四階には敵が一人いたらしいが、既に制圧は終わっていた。俺は携帯電話を手に取るとC小隊のメリアンにかけた。


「状況、報告!」


「逃げてきた敵は五名。全て殺しました」


「周辺状況は」


「まだパトカーのサイレンは聞こえません」


「よし。撤収する。お前らは先に引き上げろ。官憲に注意しろ」


「了解」


 俺は電話を切ると、オファスとソボアに命じた。


「よし。撤収する。忘れ物をするなよ」




 こうして、対策隊の初陣は大成功で終わった。


 敵は恐らく全滅。それに対して対策隊の被害は軽傷者が五名。完勝である。


 撤収も無事に済み、作戦としても完全に成功。俺としてもここまでの成功は予想してはいなかった。正直に言って対策隊の現状を鑑みれば出来すぎだと言って良い。これは対策隊が俺の予想よりも強かったと言うよりは、敵が思いの外弱かったと言うことなのであろう。


 ともあれ、初陣としては理想的に近い大勝利である。対策隊の面々は初の流血沙汰の成功に自信をつけ、興奮した。そのある程度の高揚は軍隊にとっては有益なことではあるのだが、行き過ぎれば暴走に繋がる。俺は連中を戒めるためにより一層厳しく訓練を課さなければならなくなった。


 俺が気に掛けたのは、この作戦が生む結果の事だった。


 今回の作戦は、はっきり言えばテロリズムである。移民に対するテロを防止するためといえば聞こえはいいが、要するに報復テロであって、いわば憎しみの連鎖、その一回目というところだ。当然、相手からの報復も覚悟すべきだし、テロであるから世間からの批判も予想される。これが予想以上に大きなものであった場合、移民救済協会にとって逆に致命的な事態を招きかねなかった。


 軍隊にとって戦闘の勝利は、それ自体にそれほど大きな価値は無い。戦闘の勝利が軍を統括する組織にとっての政治的勝利に繋がるのでなければならないのである。一兵士であればそこまで考えることは無いかもしれないが、ささやかとは言え一軍の長である俺としてはその事に思いを致さない訳にはいかなかった。


 俺は、シンという男を信用していた。認めたくは無いが、どうも信用していたらしい。軍の勝利を組織の勝利に変換する役目は政治家に掛かっている。史上、優れた軍隊を持ちながら政治家が馬鹿ぞろいであったがために滅んでしまった国家は数知れない。逆に、弱小でありながら、政治的運用が優れていたために勝利を重ねた軍隊はある。軍は軍単体では存在し得ない。どこまで行っても所属する組織、ひいてはその組織を運用する人間次第なのだ。


 シンは人間的にはふざけた、軽薄な男であるが、政治家としては、いや、陰謀家としては非常に優れていた。蜘蛛みたいな奴だ。俺は当時何度か面と向かって奴に毒づいたことがある。奴はヘラヘラと笑っていたが。


 奴は、労働者社会党襲撃について公式に犯行声明を発表するような真似はしなかった。そんな真似をすれば、市民の間からヒステリックな反応を呼び起こしかねない。しかしながら宣伝をしなければ示威行為としては効果が無い。そこでシンは移民救済協会の名は伏せたまま、移民を保護する義軍として対策隊を宣伝したのだ。公的機関を使うのではなく、壁新聞やネット空間に流言として流すという形で。


 これでは意味が無いと思われるかも知れないがそうではない。移民に対して危害を加える者に対して報復する武力団体があるというという事実が知れ渡れば、移民迫害を抑止するという目的には十分だし、移民たちの間ではそのようなことが出来る移民組織は救済協会しか無いということは既に常識だったからである。


 終わってから俺も気が付いたのだが、襲撃相手に労働者社会党を指定したシンの選択も絶妙であったと言わざるを得ない。労働者社会党は移民に対する過激な排斥活動で市民の間にも「やり過ぎではないか」との声が上がるような連中であり、そしてそれなりに武装していることでも有名な組織でもあったのだ。襲撃して殲滅しても市民達に衝撃を与え過ぎず、同時に他の移民排斥団体に対策隊の実力を思い知らせるにはうってつけの相手であったのだった。


 この時、俺たちが襲撃して半ば一方的に虐殺した(あの時集まっていた労働者社会党の党員の殆どは非武装の一般党員だった)人数は合計四十一名に上る。労働者社会党は完全に壊滅し、二度と復活することは無かった。




 武力を用いる際には、絶対に守らなければならない原則がある。


 それは、武力行使は最小限に留めなければならないということだ。


 例えば、一度の武力行使に成功したとする。それに気を良くして、第二第三の似たような形での武力行使を続けて計画する。これは最悪といって良い。戦線の拡大は戦力の逐次投入を招き、戦線の泥沼化を招く。


 戦線を絞り、理想的なタイミングで戦力を集中して投入する。この原則が守れない限り武力行使を行うべきではないのだ。


 シンはそのことをわきまえていた。ここで次々と同じ様な反移民組織に対して襲撃を行うような事があれば、最初の成功の効果は逆に薄れ、市民達の警戒心は反発心までに増大し、移民救済協会、ひいては移民達への大々的な弾圧に繋がったであろう。


 シンは対策隊の存在をブラフに使った。対策隊の武力をある程度まで喧伝し、他の政治的団体との交渉では武力行使の可能性をちらつかせて交渉を有利に進めた。武力を用いるに最も効率的な方法は脅しに使うことだ。剣を鞘から抜かずに見せ付けるだけで済むのであれば、それに越したことは無い。


 シンが対策隊を編成し、労働者社会党襲撃を実行したのはこのためだったのである。武力行使自体のみが目的であるならば、わざわざ時間を掛けて対策隊を編成して訓練することは無い。敵であった労働者社会党のように無頼の連中を集るだけで良いのだ。しかし組織のパワーとして誇示するためには、いつでも命令一つで凶器と化す部隊でなければならないのである。


 移民救済協会は勢力の拡大に成功した。移民排斥組織をはじめ、その他の政治団体と対等の対話ルートの確保に成功。政治的発言権は飛躍的に増大し、ホーマー中央政府も移民救済協会を無視できないまでになった。その結果、求心力も増大。移民救済協会は文字通り、ホーマー移民たちの代表組織に成り上がったのだった。




 移民救済協会の地位が向上することによって俺の生活が急激に変わることは無かった。組織の拡大に伴って、対策隊の規模も拡大。三十人は次第に増えて、襲撃事件から七ヵ月後には二百名に達した。ここまで人数が増加すれば、最早立派な軍隊であり、組織編制と規律の徹底、装備の充実と部隊ごとの訓練が欠かせない。なので俺の仕事はかなり増えたが、だからと言って移民救済協会から給料が出るわけでも無かったので、俺は普通の日は相変わらず工場で働いていた。


 しかしながら、対策隊の存在は規模の拡大に従って隠し切れるものでは無くなっていた。一般市民の間にも、移民たちを守護する軍隊として噂を呼んで広まっていたのである。そして遂に俺の働いていた工場にもその噂が達したらしかった。俺はある日、社長に呼ばれて解雇を告げられた。理由は告げられなかったが、察することは難しくなかった。


 とういうわけで俺は無職になった。それもこれも、シンに移民救済協会に引っ張り込まれ、対策隊に関わりあったからである。流石に俺は憤慨し、移民救済協会本部事務所のシンに文句を言いに行った。


 するとシンは、デスクに両肘を突いた姿勢でのままケロッとした顔で言った。


「分かりました。うちで雇いますよ」


「なんだって?」


「あなたを正式に移民救済協会、対策隊の隊長として雇用しますよ。給料も出します。今まであなたは非正規職員の扱いでしたが、正職員になれば規定で給料が出せます」


「そんな規定があったのか?」


「ちょっと前に出来ました。移民救済協会の資金もおかげさまで大分潤ってきましてね。ようやく職員に給料が出せるまでになったのです。多くは無理ですがね」


「・・・」


「もちろん」


 シンは上目遣いで俺のことを見上げた。


「あなたにその気があればですが」


 俺は舌打ちをしそうになるのを辛うじて堪えた。


 確かに、移民救済協会が雇ってくれるというのは魅力的な話だった。世の中は相変わらず不景気だったから、移民の俺が新たな職を求めるのはかなり困難だったのだ。それに今の俺はいわば札付きだ。


 しかしながら、正規職員になれば、それこそ移民救済協会と一蓮托生になってしまうわけである。それもゾッとしない話ではないか。


 他に選択肢が無いわけではなかった。ホーマーを出て他の星に流れて行ってしまえばいいのである。そもそも軍を辞めてからこっち、俺はそうやって生きてきたのである。違う、景気が良さそうな星にアニス一人を連れて移住してしまえばよい。


 だが、俺は考え込んだ。正直に言えば、俺は移民救済協会に、そして対策隊にやはり愛着のようなものを抱き始めていたのである。特に対策隊の俺の部下たち。既に一年近く訓練を共にし死線をくぐった連中を放り捨てて他の星に移住してしまうことは、既に俺の心情的に出来ない相談となっていたのである。


 結局、選択肢は無かった。いや、あったのかも知れないが、俺には見えなかった。俺は言った。


「分かった。俺とアニスが食って行けるくらいの給料は保証してくれるんだろうな」


「善処しますよ」




 こうして、俺は移民救済協会対策隊長という意味不明の役職を冠されて、移民救済協会の正職員となった。対策隊という、移民救済協会唯一の武装組織の隊長という役職である。つまりは移民救済協会の中心メンバー、それどころか実質的なNO.2の座に着く事になったのだった。


 ホーマー最大の移民系政治団体のNO.2。俺自身はまったく望んではいなかった訳だが、そうなってしまった以上は様々なことを引き受けなければならなかった。対策隊関係の仕事だけではなく、移民救済協会全体の運営にも関わるようになったのだ。移民救済協会はいまや構成員五十万人以上に急成長しており、それに伴って問題も頻出していた。


 これまで俺は意図的に「移民」と一括りに呼称していたが、もちろん、移民にもいろいろあるわけである。本当の流れ者というような「移民」から、単に条件を満たさないがために「移民」扱いされている者まで。移民救済協会を支持し、支援している主要な層はもちろん後者であったのだが、前者を無視するわけにもいかなかった。不景気に直撃され、本当に困窮しているのはそちらの方であったからである。


 だがしかし、ここで問題が生ずる。ほぼ市民と変わらない「移民」たちは、流れ者の移民たちのことを厭う傾向があったからのである。つまり移民間での差別があったのだ。この差別感情を放置することは、移民同士の結束を理念とし、基盤とする移民救済協会としては許されないことであった。


 シンと計って俺は、対策隊の新たな隊員に流れ者の移民を積極的に加えることにした。流れ者の移民というのは一部の例外を除いて、本当は定住することを望んでいるのである。単に生活基盤が無いために一つのところで留まれないだけだ。彼らを対策隊に加えることで、彼らとホーマーとの結びつきを強めると共に、彼らが他の移民たちを守るという形を作ることによって、移民同士の感情的結びつきを強めようと考えたのだった。


 この結果、対策隊の規模は拡大し、数千人規模に達した。このためその存在は隠しきれるようなレベルでは無くなった。これを放置しておけば、違法武装組織としてホーマー自治政府の弾圧を招く危険性があった。


 そこで移民救済協会は対策隊を公式には「私設災害救助隊」とした。災害時に人命救助を行ったり、設備復興を行うための人員確保だと説明したのである。実は、ホーマー自治政府にはこの手の組織が無く、洪水や地震、大規模火災などの際に被害を拡大させる原因になっていた。


 実際俺は、対策隊を積極的に災害現場に派遣することにした。惑星ホーマーの主市、ホーマー市はしばしば高潮被害が発生していたが、この際に出動した対策隊の規律ある行動と精力的な働きには、移民たちからだけではなく、市民からも高い評価があった。この頃から、特に対策隊は移民たちからだけではなく、ホーマーの全市民から支持されるようになって行く。


 もちろん、対策隊の本分は軍隊である。表向きは市民のための災害救助という形で愛想を振りまきつつ、軍隊としての厳しい訓練は常に続けた。移民排斥団体への直接的な襲撃こそ行わなかったが、武装をちらつかせつつのデモによる示威行為、破壊工作などによって、移民救済協会の暴力的側面としての役割もきっちり果たしていた。


 カール・シンがこの当時、移民救済協会をどのような組織に育て上げようと考えていたのかはいまいち不明である。まぁ、奴が考えていることが理解出来た事のほうが少ないのではあるが。移民の権利を保護する組織、という意味では既に当時の移民救済協会で十分であった。シンは移民からの広範な支持を背景にホーマー自治政府と対等の折衝を重ね、市民権所得条件の緩和、差別的条例の撤廃などを既に勝ち取っていたからだ。


 しかし、シンは移民救済協会の組織拡大を止めなかった。幾多の政治団体を吸収し、移民たちだけではなく、市民の間へも影響力を拡大しようと図ったのだ。


「移民の権利を保護するには、結局、移民の市民化が不可欠です。それには市民の方々からも移民救済協会を支持してもらう必要があります」


 というのがシンの言い分であった。


 当時の不景気はもちろん市民をも直撃しており、移民以上に困窮している市民も珍しい例ではなかった。ホーマー自治政府の社会福祉政策は非常に立ち遅れており、特に貧困層に対しては冷淡であった。ホーマーで食って行けないのであれば他の惑星へ行け、というスタンスだったのである。シンはそこに目をつけた。市民貧困層へ支援を行い、彼らからの支持を得ることに成功したのだった。


 移民救済協会はこの頃から単なる移民同士の互助組織から、市民層をも取り込んだ有力政治団体へと脱皮し始めるのである。




 とある、朝のことであった。


 このところ俺は多忙な日々を送っていた。移民救済協会は隠れもしない大政治団体となっており、設立二年目を向かえた対策隊は隊員一万五千人にまで拡大。それに伴って隊長の俺に掛かる負担も増大していたのである。


 相変わらず、俺はアニスとあの部屋に暮らしていた。もっとも、多忙だった俺はしばしば外泊するようになっており、帰ることが出来た日にも単に寝るだけ。アニスとゆっくり会話を交わすことも出来ないような状態だった。


 移住当初はほとんど生活的無能者だったアニスも、この頃になれば一通りの家事はこなせる様になっており、収入が上がったことによって皮下色素定着薬も不足無くなっていたので、一人放置しておくことに不安は無くなっていた。


 アニスは特に何の不満も漏らさなかった。もともと彼女は不平不満を表に出さないタイプであった。表に出さないだけではなく、そもそも世俗的な欲求に欠ける所があったようだ。俺が外泊しようが、夜中に突然帰ってこようが、特に何も言わなかった。俺もたまには気を使い、彼女に「何かしたいことは無いのか?」とたずねることもあった。しかし、アニスは「別に無いよ」と言うのが常だった。ほとんど部屋に閉じこもり切りであるにも関わらず、退屈を訴えることも無い。


 いつも楽しげに笑っていた。愛想笑いするタイプではなかったから、多分本当に楽しかったのだろう。


「グレッグ」


 アニスに呼ばれて目が覚めた。布団に包まったまま半目を開く。


 そこに、厚手の外套に身を纏い、大きな鞄を手に持ったアニスの姿があった。明らかに、旅支度だった。


 俺はその様子をしげしげと見、瞼を擦った。


「・・・行くのか?」


「何よ、もう少し驚くとかすると思ったのに」


 俺は半身を起こし、頭を軽く振った。


「おまえのやることには、驚かないよ」


 いろいろな意味で。


「おまえが、ずっと俺の傍にいる気は無いことぐらい知っていたさ」


「そう」


 アニスは、少し寂しげに微笑んだ。金髪と瞳は水色。外出時の薬を飲んだ時の姿だった。


「私がいなくても平気なの?グレッグ」


「・・・ああ」


 俺は頷いた。


「平気だ」


「そう・・・」


 俺はアニスを見上げた。立ち上がる気は無かった。


「元気でな」


「うん」


「道中、気をつけろよ」


「うん」


 アニスはなかなか動かなかった。何かを待つように、俺のことを見下ろしていた。表情は相変わらず常に無いような寂寥感を漂わせ、その姿を見続けていることは、それなりに俺にも辛かった。だから、俺は言った。


「これで永遠にお別れという訳ではないんだろう?」


 アニスの表情が晴れるように明るくなった。


「うん!」


「じゃぁ、行ってこい」


「うん、グレッグも、頑張って!」


 アニスは鞄を持ち直し、勢い良く踵を返した。ドアが開き、まぶしい日差しが溢れ、それが再び遮られた時には、アニスはもういなかった。


 部屋が広くなったな。俺は何となくそう思い、再び横になって布団を被った。




 グレッグに別れを告げた私は、そのままホーマー宇宙港へと向かいました。宇宙港に来るのは三年前にグレッグと降り立って以来です。


さんざん迷い、ようやく出星手続きを終え、私は重い荷物を抱えて連絡船に乗り込みました。


窓の外、正面に惑星ホーマーの青く輝く姿が見えました。三年間、グレッグと共に暮した場所。少し、感慨のようなものが湧き上がってきます。


 もしかしたら、別れない方がいいのかも知れない。


 今更そういうことも思います。グレッグとの生活に、別に不満はありませんでした。一人で炊事洗濯も出来るようになっていましたし、それなりに近所に知り合いも出来ていました。移民救済協会の手伝いなどもし、結構楽しかったのです。それに、グレッグは優しかったですから。


 でも、結局私は行くことにしました。見るために。


 グレッグの周りで時代が動き始め、未来が組み上がる様を見ていて、私は更に見たいという欲求を抑えられなくなったのでした。


 後で考えれば、そのために捨てたものの大きさにその欲求は見合うものだったのか、と自問しないわけではありません。でも、その時には、それは絶ちがたい誘惑となって私を突き動かしたのです。


 連絡船は動き出し、見る間にホーマーは青い丸へ、そして輝く点へと変わって行きます。


 私は後に、グレッグと再会します。しかし、私が再び惑星ホーマーの土を踏むことは、あの部屋に戻ることは、遂にありませんでした。

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