一章・2、 艦隊強奪作戦

 長閑な春の日差しが窓から流れ込んでいた。僕は窓枠に後ろ頭を寄り掛からせ、空を見上げていた。この惑星、ケレストロの空は青い。白い雲がやや速いスピードで左の方に流れて行った。僕は思わず、呟いた。


「春だな」


「当たり前のことを言わないでよ」


 驚いて僕は姿勢を戻した。


 黒髪を首のところで一つに纏めた女性。眼鏡を掛けている。彼女リンダ・エーセルジュはデスクの上に書類の束を置いたところだった。


「なんだ君は。ノックもしないで」


「ドア、開いてるでしょ」


「それでも普通、入室していいかどうか確認くらいは取るもんだ」


「いやよ。面倒くさい」


 一言で常識を蹴っ飛ばすとリンダは書類をバンバンと叩いた。


「さ、代表閣下。のんびりしている暇があるならこれを片付けてしまってくださいな。ケレストロの一日は短いんですからね」


 惑星ケレストロは自転周期が二十三時間で標準時間よりも一時間少ない。


「またそれか」


 僕はげんなりした。リンダは鼻を鳴らす。


「暇を持て余しているよりはいいでしょ」


「別に持て余してはいない」


 そもそもそれほど暇では無いしな。


 彼女が持ってきた書類というのは、要するに我が組織、革命組織タリスマンを支援してくれている人々からの、活動状況等を尋ねる手紙などである。尋ねるというか、内容はほとんど詰問状であった。


 つまり、タリスマンは何をしているのか?せっかく支援してやっているのに一向に活動している様子が無いのはどういうことなのか?早く革命を成功させて支援してやった恩を返せ。革命を成功させられる見込みが無いなら支援を打ち切るぞ。等々。


 ありがたい支援者からの叱咤激励に対し、僕はいちいちお礼と、言い訳と、これからの活動予定(予定は未定だ)と抱負を語り、タリスマンの理念に対する理解を求め、更なる支援をお願いしなければならない。これはなかなかに骨が折れる仕事なのであった。なにしろ、今現在タリスマンは大規模な活動が不可能な状況にあったからである。


 宇宙社会主義連盟が壊滅した例の事件以降、僕はタリスマン本部をこのケレストロに移し、活動を再開した。当面の目標は、艦隊を全滅させられた挙句秘密警察や憲兵隊によって根こそぎにされてしまった、宇宙社会主義連盟の地盤を受け継ぐことであった。幹部連中が全て逮捕されてしまったとはいえ、宇宙社会主義連盟を支えていた公称五十万人の構成人員や支援者たちは健在であったからである。これをそっくり受け継ぐことが出来れば、タリスマンは一気に大きくなることが出来はずだった。


 しかし、これが言うほど簡単な話ではなかったのである。当たり前だが。


 まず、帝国が行った宇宙社会主義連盟への弾圧があきれるほど徹底していたことが、理由として挙げられる。幹部連中の逮捕はともかく、本部、重要支部の徹底捜査。大規模支援者の摘発、逮捕。構成員のネットワークの洗い出しと弾圧。宇宙社会主義連盟の影響下にあった星系への監視の強化。そして、宇宙社会主義連盟がひそかに手を結んでいた惑星自治政府の否を鳴らし、自治権を停止する措置まで講じていた。


 帝国の強硬な姿勢に震え上がった宇宙社会主義連盟の元構成員、元支援者たちは思想を転向。我々の誘いを拒否したわけである。


 そもそも、タリスマン自体も呑気に大っぴらに活動できる状況には無かった。何しろ、宇宙社会主義連盟の下部組織と見られていた組織である。本部の捜索と差し押さえ。その後の秘密警察による監視程度で済んだのはむしろ軽く済んだ方だったろう。これはおそらく例の事件の時に、タリスマン艦隊が帝国軍と共闘する形となったこと。皇妹であるアニス・フラミニアを「保護」していたこと。僕が皇帝シオスと会った時に、皇帝が僕のことを不問に付したことが影響したのだと思われる。それにしても、秘密警察の監視付きであるこの状態で、大規模な活動をすることは避けた方が無難だった。


 しかしながら、そんなことに頓着してくれないのが支援者たちの勝手なところであり、それどころか仲間たちからさえ僕たち幹部の弱腰をののしる陰口が聞こえてくる始末だった。タリスマンのような反政府組織というのは、目に見える活動をどんどん続けてこそ組織に活力が生まれるのだ。活動の休止は即、停滞に繋がる。タリスマン程度の規模では、停滞は衰退、自然消滅に容易に繋がるであろう。だから、支援者や仲間たちの不満に故が無い訳ではなかったのだが、それにしたって、こっちの苦労というものも少しは察してくれても良さそうなものではないか。


 そしてここにも僕の苦労を察しようともしない奴が居る。


「なに?ぼんやりしてる暇があるなら、次々やることもって来るわよ?」


 リンダは腰に手を当てた姿勢で僕のことを睥睨した。


 僕は軽く首を振って書類の山に向かい合った。




 僕、ラルフ・アイナムが反政府活動に手を染めることになったのは、大学一年の夏の出来事がきっかけだった。


 ホーエンハイム大学というのは、この周辺星系では一応、最も大きな大学の一つである。僕は平凡な中流家庭に生まれ、恙無く学校生活を過ごし、特にこれといった希望も目標も持たずに大学へ入学した。四年間のモラトリアム生活を過ごした後、恐らくはどこかの企業に就職して特徴の無い人生をおくる筈だった。当時の僕は、そんなのは当たり前でありふれた人生であると思ってはいたが、特に疑問は感じていなかったのである。


 大学には様々なサークル活動があった。仲間を集めて騒ぐことが目的であるというようなどうでもいいサークルも多かったが、その中で目立ったのが政治的なサークル、つまり学生運動のサークルであった。


 当時、学生たちは帝国に対して様々な不満を持っていた。政治体制の矛盾、政策の不均衡、経済の停滞、社会福祉体制の不備等々。これはまぁ、どんな国であろうとも学生が不満を抱かない国などあろう筈も無いのだが、学生たち自身は本気で国の将来を憂い、熱い議論を交わしていたのだった。


 僕がその頃、帝国に対してどんな不満を持っていたのか、正直覚えていない。しかし、気がつけば僕はそういう政治的なサークルに出入するようになっていた。ただし、それほど熱心に通っていたわけではない。僕はその頃同時に、テニスのサークルにも顔を出しており、どちらかといえばそちらの方に軸足があったような気がする。政治的なサークルには月に数回、集会に顔を出す程度。そんな状態が夏まで続いた。


 そして、その夏。僕はサークルが参加した反帝国デモに参加した。


 軽いノリだった。友人が参加を決めたので、付き合いでというのが参加した最大の理由だったし、デモの内容も街の大通りを隊列を組んで進み、シュプレヒコールを叫ぶという程度の平和なものだった。このデモで何事も起こらなければ、僕はそのまま普通の学生のまま呑気に暮らしていけたのかもしれない。


 ところがこのデモが帝国の弾圧を受けてしまうのである。理由は今でも良く分からない。帝国当局というのは気まぐれだから、そもそも理由など無いのかもしれない。


 僕は、のんびりしていたら突然慌しく動き出した人波に呑まれ、押しつぶされ、なんだか良く分からないうちに踏みつけられて失神し、気がついたら病院のベッドにいた。足の骨を折る、なかなかの重傷。しかも寝ながら警察からの事情徴収を受ける嵌めにもなった。学校からは厳重注意処分。僕のデモ初参加は散々な結末に終わったわけである。


 しかし、この出来事が僕の反帝国心に火をつけたのであった。考えてみればおかしな話である。あんなにひどい目に合わされたら、普通は帝国に逆らうと碌な事が無いと学習してしかるべきだろう。事実、僕を誘った友人は二度とサークルに顔を見せなかった。


 要するに僕は、押しつぶされると反発する性格なのだろう。損な性格かもしれない。兎に角、僕はデモを潰されて空中分解寸前だったそのサークルの維持と再興に奮闘し、いつの間にかその中心人物に押されるようになっていた。サークルに「お守り」という意味の「タリスマン」という名を付けたのもこの頃の僕だった。理由は単に語呂が良かったからであるのだが。


 僕はホーエンハイム大学内にある政治的サークルの統合を計った。大学の政治的サークルなど、一見違う主義主張を唱えているように見えても、内実は単に現状に対する漠然とした不満を持っている連中の集まりに過ぎない。つまり、良く話し合い、妥協点さえ見つけられれば意外に簡単に合流できるのだ。大人たちのように利害関係が絡めばそうは行かないのだ。学生たちの純粋さに幸あれ。


 ほんの半年ほどでタリスマンは、ホーエンハイム大学はおろか、その星系で最大の勢力を誇る政治結社へと成長していた。特に政治運動というのは、勢力が大きくなればなるほど更なる拡大が容易となるという性質を持っている。ほとんど雪だるま式にタリスマンは膨張した。宇宙社会主義連盟が接触してきたのはこの頃で、宇宙社会主義連盟の資金援助と指導によりタリスマンはそれから数年で、複数の星系を股に掛ける程の成長を遂げたのであった。


 僕は正直、天狗になっていた。自分の優れた指導力がタリスマンの急成長を生んだのだと、自分の能力を過信してしまったのである。無理も無いだろう。僕はまだ若かったのだ。


それがとんでもない誤りだと気が付いたのは、先の事件の時である。僕は皇帝シオス・フラミニアを目の当たりにし、そしてグレゴリー・オルレアンと出会って、自分が指導者として如何に不足であるかを、思い知ったのだった。


 あの二人こそが、真の指導者たる人間だ。そのことが痛いほど判った。皇帝シオスの、あの普通にいるだけで人々を自然に従わせてしまうような雰囲気。そしてグレッグの、あの有無を言わせぬ迫力。どちらも僕には無いものだった。あれをいわゆるカリスマというのだろう。あれが無ければ、いよいよという時に人々を強力に掌握し、指導力を発揮することはできないのだ。


 あれは、いわば生まれ持った資質であると僕は思った。そして自分には、無いと。


 つまりあの事件以来僕は、激しく自信を喪失していたのである。




 リンダ・エーセルジュは僕の大学時代(ちなみに僕は三年次に退学となっていた)の同期生であった。まだ政治活動などにうつつを抜かさず真面目に勉学にも励んでいた頃に机を並べた間柄だ。その頃はそれなりに親しかったが、僕がタリスマンの活動に掛かりきりになり始めてからは疎遠となっていた。彼女は政治活動にはとんと興味がなさそうであったし、僕の方も忙しく過ごす中ですっかり彼女のことは忘れていたのだが、タリスマンがケレストロに移転することを余儀なくされた先日、突然僕に面会を要求してきたのだった。


「雇って」


 という訳であった。僕は当惑した。


「雇うって、タリスマンは企業じゃないぞ」


「給料は出るんでしょ?」


「いや・・・、確かに活動資金から幹部の生活費は出ているが・・・」


 反政府組織の幹部がまともに会社勤めなど出来よう筈も無い。


「あたしにも出してよ」


 聞けば、どうも彼女は大学を出て故郷であるケレストロに帰っていたのだが、思うような就職口が見つからずに困っていた、ということらしい。僕は呆れた。


「つまり、タリスマンを就職口代わりにしようというのか」


「そうよ」


 リンダは至極当然といった感じで頷いた。彼女は政治的信条など何も持ってはいなかった。ただ単に食うに困っているから、旧知の僕を頼って転がり込んで来たに過ぎなかったのだ。


 僕は呆れ果て、腹を立てた。腐ってもタリスマンは政治結社である。それに加わりたいという理由が単に食い詰めたからだというのは、あまりにもタリスマンを馬鹿にしている。


「何言ってるのよ」


 リンダはせせら笑った。


「あんたの仲間たちの何人が、その政治的理念とやらに共鳴しているのかしら?単に、損得勘定や利害関係、付き合いや惰性でいる連中が大半なんじゃないの?」


 む・・・。僕は沈黙を余儀なくされた。確かにその通りではある。当初の学生運動の当時は兎も角、本格的な反政府組織として活動を始めたタリスマンには、様々な思惑を持った人間たちが集うようになっていた。一番多いのは、タリスマンに味方していれば何かいいことがある、利益になるのではないか、と期待している連中であろう。彼らにも強い政治的動機があるとは言い難い。


「そもそも、民主主義というのは多種多様な考え方を持つ人間たちの意見を集約するものでしょう?考え方が気に入らないから排除するというのは、理念に反するのではなくて?」


・・・また痛いところを突かれたものである。確かにそれはその通りだが、だからと言って彼女を仲間に入れて養ってやらなければならない理由にはならないだろう。しかし、次の彼女の言葉が決め手となった。


「なによケチくさい。指導者ならこういう時ドンと器量の大きいところを見せて見なさいよ!」


 丁度、指導者としての自分に自信を失っていた僕は、まんまとその言葉にプライドを揺さぶられてしまったわけである。リンダは僕の秘書としてタリスマンに加わることとなった。


 リンダ・エーセルジュは黒髪を後に縛り、眼鏡を掛けている。これは偶然にも、僕の格好と良く似ていた。僕の眼鏡が黒縁であるのに対して、エーセルジュのものが銀縁であるという違いがあるが。僕はこれが気に入らず、彼女に服装を変えるように命じた。しかしリンダはこれを拒否した。曰く、


「あんたが変えなさい。誰がどう見ても、あんたの格好の方がダサいわよ」


 余計なお世話だ、と言い返そうとして、僕はそれが出来なかった。確かに、僕はあまり服装に構わない方であるので、自分のセンスに自信が無かったのだ。結局僕は彼女の服装を変えさせることを諦めざるを得なかった。


 リンダは秘書としてはそれなりに優秀であった。しかし、一つ彼女には困ったところがあった。彼女は僕に対してまるで敬意を持っていなかったし、遠慮しようという気も皆無であるらしかったのだ。つまり、学生の時とまるで変わらないノリで僕と接してくる訳で、これはそれなりに大きな組織の指導者としては、他の部下への示しという点でいささかまずいのである。僕は彼女にその事を伝えた。しかしこれも彼女一流の理屈にかかっては、


「部下におべっかを使われるような指導者は長いこと無いわね」


 ということになる。僕はこれも諦めざるを得なかった。


 彼女の態度が学生の頃と一緒であったのだから、自然と僕の彼女への接し方も学生の頃に戻ってしまうことになる。そうすれば自然な帰結として、彼女との関係も学生の頃へと戻ることになった。つまりは、それなりに親しい間柄となったわけで、結局僕は彼女のことを「リンダ」と呼び始めてしまうことになる。リンダの態度はまるで変化なしだったのだが。




 とある情報が齎されたのは、その年の冬のことであった。


「帝国軍の艦船が?」


 僕の執務室に勇んで報告にやってきたのは、オロゴン・バステンという男であった。背丈も身体の厚みもある大柄な男性で、黒い髪をほとんど丸坊主にしている。そのためすごく迫力のある風貌になっているが、こう見えてもまだ十九歳であった。タリスマン軍事部に所属している。


「そうであります!」


 声も大きいのだ。


「帝国軍が老朽化した艦隊を廃棄するとの事であります。その数三千隻。コドル星系の太陽に投棄するそうです!」


 バステンはこの廃却艦隊を手に入れようと提案してきたのである。


「どうせ捨てようとしている物ですから、さして執着はございますまい。担当者に横流しを持ちかければ、意外にあっさり手に入れられると考えます」


 なるほど。一考に価する提案だと言えた。


 帝国軍は定期的に装備の更新を行っていた。その際に生じる廃却装備は当然廃棄されるわけなのだが、それらが横流しされて民間市場に出てくることはよくあることであった。それは民間の警備会社で使われたり、場合によっては海賊や、反政府組織で使われることもあるのである。タリスマンが現在保有している艦隊も、そうして市場に出てきたものを買い求めたものであった。


交渉次第でその艦隊を手に入れられる可能性は十分にあった。帝国軍の、ことに輜重関係の軍事官僚は腐り切っており、装備の横流しは恒常的に行われていることでもあったのだ。三千隻の艦隊を手に入れることが出来れば、タリスマンの軍事力は先の事件で失った分を取り戻して更に大幅に増強されることになる。


「うん、いいな。バステン。その話、もう少し煮詰めてくれ。幹部会議に掛けてみよう」


「分かりました!」


 バステンは目を輝かせた。


「待って!」


 そこで突然大きな声が掛かった。見るとリンダが腕を組んでなにやら考え込むような表情を見せていた。


「なんだよリンダ」


「その話待って」


「どうしてだ?」


 リンダの眼鏡の下の瞳がきらりと輝いた。


「それ、奪いましょう」


 何を言っているのか良く分からなかった。


「だから、それ、買うんじゃなくて奪いましょう」


「なんだって?」


「その艦隊よ。買い取るんじゃなくて、その廃棄の現場に行って強奪しましょう」


 とんでもないことを言い始めた。


「何を言い出すんだ!」


「どういうことなのですか?」


 バステンも目を白黒させている。


 リンダは狼狽する男二人を見ながら、なぜだか自信たっぷりに胸を反らせた。ちなみに彼女はそれほど胸が豊かな方ではない。


「強奪よ!その方が安上がりじゃない」


「そりゃそうだが」


 僕は当惑した。リンダが何を考えているのか良く分からなかったのだ。強奪するなどと簡単に言うが、相手は帝国軍なのである。先の事件で宇宙社会主義連盟の艦隊を、いとも簡単に壊滅させた姿が思い浮かぶ。とんでもない。今のタリスマンがあんなのに楯突いたら、それこそ命取りだ。


「理由はそれだけじゃ無いわ」


 リンダは言った。


「タリスマンはこのままじゃジリ貧よ。何か華々しいことをやって全宇宙にその存在をアピールしなければ自然消滅してしまうわ!」


 彼女の言い分はこうだった。


 現在タリスマンは非常にまずい状態にある。先の事件で勢力が弱体化した上に、この周辺宙域の反帝国熱が、事件後の弾圧によって冷水を浴びせられた格好になっているからだ。このような状況ではタリスマンのような弱小組織がいくら地道に運動をしても勢力を拡大することは難しい。一発逆転するには何かでかいことをやらなければならないだろう。


 帝国軍から三千隻もの艦隊を強奪する。これはかなり華々しい戦果である。純粋に軍事力増強に繋がるだけではなく「あの帝国軍から」艦隊を奪ったという、反帝国組織としてはこの上ない宣伝材料となるだろう。


「それはそうだろうが・・・」


 それにしたって、勝ち目が無ければどうしようもないだろう。


「勝ち目はあるわよ。考えても見なさい。帝国はその艦隊を廃却しようとしているのよ?その三千隻を相手にする訳じゃないのよ?」


 つまり、廃却を担当する部隊を相手にすればいいということになる。なるほど、確かに艦隊廃却を担当するのはいわゆる後方支援部隊であり、バリバリの実戦部隊ではないはずだ。守備艦隊はいるだろうが、それだって任務の性格上それほど精鋭部隊が配備されるとは思えないし、数も多いはずが無い。


 リンダの言いたいことは理解した。確かに一理ある考えであると言えた。バステンにいたっては大いに納得したらしく先ほどから目を輝かせつつ何度も大きく頷いている。しかしながら僕の方は納得するまでは行かなかった。


 タリスマン保有の艦隊は先の事件の時に大きく損害を蒙っており、総数二百隻ほどになっていたのである。これで、少なく精鋭ではないとはいえ、帝国の正規部隊を果たして撃ち破ることが出来るのだろうか?


 それに、これはこの間の事件で露呈したことなのであるが、タリスマンにはいわゆる軍事についての専門家がいないということがある。簡単に言えば、艦隊を指揮運用することが出来る人材がいないのだ。これでは話にならないだろう。


 しかしリンダは引かなかった。


「じゃぁ、このままでいてタリスマンが消滅してもいいわけ?人生、時には賭けに出ることも必要なんじゃない?」


 人生ならいいが、賭けるのはタリスマンという組織そのものである。


「艦隊指揮くらい私がやってあげるわ!」


 とまで言った。


「やったことはないけどね」




 僕はリンダ提案の帝国(廃却)艦隊強奪作戦を、タリスマン幹部会議に諮った。


 案の定、会議出席の面々は口をOの字にした。絶句、である。


 僕は仕方なくリンダに説明させた。彼女は僕の秘書であってタリスマン幹部ではなかったので、会議での発言権は無かったのだが。リンダは理路整然とこの作戦の有効性と勝算を論じ立てた。


 リンダの説明によって会議の空気は変わった。彼女、意外にアジテーターの才能があるみたいである。幹部達の表情は、半分納得、いやしかし・・・。といった感じである。要するに僕が抱いているものとほぼ同じ感想だ。


 タリスマン最高幹部会議に出席しているタリスマン幹部は現在十二名である。学生時代からの同志がほとんどだが、幾人か僕よりも年上の者もあった。その中の一人ランバート・オスカーが手を上げて発言を求めた。三十三歳。かつて別の大学で運動の指導者だった男である。銀髪、謹厳な顔と如何にも禁欲的な革命家といった雰囲気を持っている。


「ご意見は伺ったが、難点が幾つかあると思う。質問してもよろしいか?」


 しゃべり方も慇懃だ。リンダは頷いた。


「どうぞ」


「まず第一に、単純戦力比の問題がある。我がタリスマンで現在稼動可能な艦船は三百隻未満。これに対して帝国軍、廃却を担当する艦隊は、この資料によれば推定五百隻だ。単に数を比べるだけでも負けている」


 オスカーは指を一つ立てた。もう一つの指を立てつつ言う。


「二つ目に、錬度の差がある。先の戦いで思い知っただろう。我がタリスマンの軍事的実力は帝国軍に遠く及ばない」


 オスカーはそして三つ目の指を立てつつ言った。


「最後に、いくら廃却する予定の艦隊とはいえ、強奪などすれば帝国軍のプライドに傷をつけてしまうことになる。宇宙社会主義連盟の末路を見ただろう?帝国が本気になったら、タリスマンなど一溜まりもなく潰されてしまう」


 オスカーは静かな目でリンダを見据えた。


「その点についてはどのように考えているのか?」


 全員の視線がリンダに集中した。それは、全員がオスカーと同じ疑問を持っていることを意味している。僕は心配した。リンダはどう考えても軍事についての専門家ではない。このような戦略的な疑問に答えられるのだろうか?


 しかしリンダは落ち着き払っていた。ふんふんと軽く頷き言った。


「一つ一つ答えましょう。まず一つ目」


 と、右手の人差し指を立てる。どこか女教師じみた仕草である。実に良く似合う。


「戦力比はこの際考慮から外しましょう。敵艦隊の数はあくまでも推定に過ぎないわ。もちろん、敵が予想上回り過ぎるほどの護衛艦隊を繰り出してきた場合は、作戦を中止せざるを得ないでしょうけど」


 もう一本の指を立てる。


「錬度の差についてだけど、タリスマン艦隊は先の戦いで実戦を経験したでしょう?あれは艦隊の貴重な経験になっているはずよ?艦隊の演習も以前よりは身のあるものになっている。違う?」


 確かにこれはその通りであった。先の戦いはそれなりに激戦であり、生死の境を潜り抜けたという経験は、艦隊要員たちにとって自負と自覚を促していたのだった。それからというものの、軍事演習は僕の目から見ても以前とは質量共に一変していたのである。


「それに対して、艦隊廃却を護衛する艦隊なんていうのは、後方待機のまま退役を迎えるような連中か、予備役寸前の連中でしょう?これなら、私たちにも勝負できるのではなくて?」


 そしてリンダは指を三本立てるとそれをそのままオスカーに突きつけた。


「三点目に至っては論外だわ!私たちは帝国打倒を目指す組織じゃないの?帝国の顔色を伺うような真似をしていたら何も出来やしないじゃない!よって、そんな懸念は却下!以上!」


 全員が沈黙した。もちろん僕も何も言えなくなってしまう。オスカーも頷いて考え込むようなそぶりを見せた。


 リンダはそんな男たちを(この時、タリスマンの幹部は全員男だった)眺めながら大げさに溜息を吐いて見せた。


「どいつもこいつも!どうしてこうも度胸が無い上に腰抜けなのかしら!ラルフ!あんたリーダーなんだからこういう時に、ビシッと指導力を発揮しないでどうするの!」


 あまりといえばあまりの言葉に、流石に何人かが気分を害したような目でリンダを睨んだ。彼女はその視線を臆すことなく受け止めると、逆に睨み返す。


「そうよ!その目よ!その気合を帝国に向かって見せ付けてやんなさいよ!」


 ・・・リンダは完全にみんなを煽りに掛かっているようだ。僕は未だ迷っていた。


 帝国軍と戦う。ついこの間に帝国軍の実力を見せ付けられた僕らにとって、それはほとんど論外であるといえるほどの暴挙だと感じられた。おそらく、あの戦いの時にはまだタリスマンの一員ではなかったリンダでなければ、このような提案は出来なかったに違いない。しかし、それが逆に先入観を払って物事を見定められることに繋がっている可能性も十分にあった。


 そして、帝国軍から艦隊を強奪するというこの作戦が、いかにも華々しく、僕の心を動かしたこともまた事実であった。閉塞状況にあるとさえ言える現状を打破するには、リンダの言う通りそれなりに思い切ったことをやる必要があるのではないか?


 僕が迷っている間に、リンダは何人かと激論を戦わせていた。幹部の一人モロモ・エルバステインはまだ二十一歳の小太りの男性だが、彼は反対を唱えた。


「帝国軍と戦うなどとんでもない。我がタリスマンはあの事件以来現在でも帝国軍の監視下にある。帝国の機嫌を損ねたら、すぐにも秘密警察が飛んでくるに決まってるじゃないか」


 リンダは年下のエルバステインの慎重論を一蹴した。


「帝国の機嫌を損ねようが損ねまいが、タリスマンが反帝国組織である以上、その内秘密警察のお世話になることは避けられないでしょうよ。連中は気まぐれだから、今にもそこの戸口の向こうに待機しているかもしれないわよ?逮捕が怖いんなら革命などやめてしまいなさい!」


 ジュリアン・エスコラーノは作戦計画について懸念を示した。彼は特徴的な赤い長髪をかき回しながら言った。


「この資料によると、帝国軍が艦隊を廃却するのはコドル星系の太陽であるとのことですね?」


「そうよ?」


「コドル星系は、帝国軍の基地があるヒットニー星系にごく近い。ということは、作戦に手間取ればヒットニーから増援がすぐさま駆けつけてくるということになりましょう?ヒットニーには帝国艦隊が約三万隻は駐留しているはず。これを相手にすることになれば、万に一つも勝ち目はありませんよ?」


 リンダはテーブルをバンバンと叩いた。


「そんなことを言い出したら切がないじゃない!虎穴に入らなければ虎子は得られない!少しのリスクを恐れていては大きな報酬は手に入れられないのよ!」


「全滅が少ないリスクですか?少なくとも帝国軍の増援がヒットニーからコドルに駆けつけてくるまでに、廃却艦隊を強奪して遁走することが出来るという作戦計画が示されない限り、私としては賛成するわけには参りませんね」


 正論である。しかしこの程度の常識論に怯みをみせるリンダではなかった。


「そんなもんあるわけないじゃないの!人生常に出たとこ勝負よ!」


 なんとも頼もしいお言葉である。


「ただ、これだけは言えるわ。帝国艦隊はヒットニーからすぐに駆けつけて来たりはしないわ!」


 これには僕も驚いた。


「どういうことなんだ?」


「簡単よ。艦隊廃却を担当する部隊とヒットニーの艦隊は、管区が違うもの」


 あ、これには意表をつかれた。


 この百年ばかり間に、帝国軍は軍閥化が進んでいたのである。各管区の司令官たちが軍を私物化して互いに勢力を競うようになっていたのだった。これは帝国の拡大とそれによって中央政府の統治が行き届かなくなったことによる地方自治の拡大、そして同時に辺境の治安が悪化したことなどに原因がある。軍閥の指導者たちは、一応は帝国軍の元にはいたものの実質的には半ば独立し、独自に星系と契約して治安維持活動を行っていたのである。


 今回、艦隊廃却を担当する部隊とヒットニー基地にいる艦隊とでは軍閥が異なるのであった。しかも、それほど仲も良くないはずだ。つまり、艦隊廃却部隊がタリスマンの攻撃を受けヒットニーに救援を要請しても、ヒットニーが即座に応じる可能性は薄いのである。


 なるほど。僕は思わず大きく頷いてしまった。見ると全員、納得の表情を浮かべている。これは、敵艦隊の救援という一懸念が払拭されたというだけではなく、リンダの戦略的センスを全員が認めたという意味合いが感じられた。僕は、決断した。


「・・・よし。やってみようじゃないか。タリスマンは革命組織だ。失うことを恐れては、新しいことなど始められないからな」




 正直に言えば、僕はこの作戦に余り乗り気ではなかった。


あまりにもリスクが高い割には、見返りが少ないと思えたからだ。というのは、廃却される艦隊はなにも強奪しなくとも、前述した通り交渉によって獲得する事が可能だと思えたからだ。強奪することによってタリスマンの反帝国組織としての名声は高まるだろうが、この時の僕には、それがタリスマンの存亡と秤に掛ける程重要な事だと思えなかったのだ。


その事が誤りであった事が僕に分かったのは、全てが終わった後だった。つまり、僕には見えなかった事がリンダには見えていたということになる。


リンダは事実上、この計画の実行を全て任される事となった。というのも、誰も責任者になりたがらなかったからだ。そして、リンダがあまりにも自信満々であったので、ならお前がやれ、という事になったのである。これがある意味大失敗であった事が分かったのも作戦が終わった後の事であった。


リンダはテキパキと準備を進めた。彼女は、軍事的知識など何一つ持ってはおらず、また興味も無かったらしい。しかしながら、幸いなのか不幸なのか分からないが、軍事的なセンスはあったのである。


彼女はタリスマン艦隊二百隻を再編成し、二つに分けた。一つは軽艦隊とも言うべき艦隊で、駆逐艦や軽巡洋艦で編成されていた。僕は首を傾げた。タリスマンの戦力はただでさえ貧弱なものである。その戦力の中の、更に弱い艦種であるものを集めて何をしようというのか?


残った艦隊も再編成すると、リンダは艦隊の訓練を始めた。まず軽艦隊は徹底的に艦隊運用を鍛え直した。命令に従って迅速な行動がとれるような訓練を繰り返したのである。特に指示通りの速度で艦隊を移動させる事には拘っていた。


数少ない戦艦を含む残りの艦隊、旗艦を含むので本隊という事になるが、こちらの方は兎に角砲撃訓練に徹した。艦隊を展開した状態から、精密射撃を行う。砲撃の精度と連射による砲撃密度を高める訓練を繰り返し行った。


僕にはリンダが何を考えているのかがよく分からなかった。わざわざ艦隊を二分して、別々の訓練をする意味が分からなかったのだ。僕がそう言うとリンダは目を円くした。


「決まってるじゃない!わざわざ艦隊を二つに分けたのよ?同じ訓練をしてもしょうがないじゃないの!」


「そうなのか?」


「それぐらい分かりなさいよ。サッカーだって、オフェンスとディフェンスでは練習内容を変えるでしょう?」


 僕は情けなくなった。リンダは軍事的な知識など何も持っていない筈である。その彼女に分かることが僕に分からない。つくづく僕には軍事的才能は無い様だった。


 凹む僕のことを見ながらリンダはため息を吐いた。


「まぁ、いいわ。あんたは他のところで役に立ちなさい」


「・・・僕が役立てるところなんてあるのかな」


「何を言ってるのよ!」


 リンダが大きな声を出し、僕は驚いた。


「あんたはタリスマンのリーダーでしょう?そのあんたがそんなに自信無さ気でどうするの!しっかりしなさい、しっかり!」


 リンダは僕に人差し指を突きつけた。


「あんたは何でも出来るって顔をしてどっしり座ってなさい!そうしないと部下たちが安心して仕事出来ないでしょうが!」


「座ってるだけでいいのか?」


「もちろん駄目に決まってるでしょうが!」


 いったいどうしろというのか。


「も~!私は忙しいんだからね!それぐらい自分で考えなさい!」




 いよいよ、リンダ考案の帝国艦隊強奪作戦を実行に移す日が来た。


 コドル星系はごく平均的な星系である。ただし、有人惑星は無い。まだ若い太陽。ここに帝国は三千隻の老朽化した艦船を投棄しようというのである。


 タリスマン艦隊二百隻は密かにコドル星系に進出した。星系ごとを繋ぐ航路というのは、基本的に帝国航路省の管理下にある。帝国の正式ワープエリアは帝国の許可が無ければ使うことが出来ない。もちろん、今回のように帝国に戦いを挑もうというような作戦で帝国航路を使うような真似をすれば、行動が帝国に筒抜けになってしまう訳である。故に今回我々は、帝国航路よりもかなり不便ではあるが、帝国の管理下に無い裏航路を使った。この手の裏航路は主に密貿易に使用するために、密かに開拓され使われているのである。


 リンダはずいぶん前からコドル星系や帝国基地のあるヒットニー星系周辺に偵察隊を派遣して、帝国軍の動向を探らせていた。それによって我々は帝国軍の動向をかなり正確に把握することが出来ていたのだった。帝国の廃却艦艇及びその守備隊は予想通り、ヒットニーではなくコドル星系からはかなり離れたルヘイオール星系の基地から出発し、ヒットニー駐留の部隊にはそれに呼応するような動きはまったく無い様であった。


 帝国の廃却予定艦艇は三千隻。そしてその守備艦隊は五百隻であった。守備艦隊の数は我が艦隊の倍以上であった。しかしながら、偵察によって一つの事実が判明する。


 守備艦隊の編成内訳である。偵察の結果、五百隻の内三百隻が、廃却作業の為の作業艇や工作艇であることが分かったのだ。つまり、戦闘艦艇は二百隻に過ぎないのだった。そして、その戦闘艦艇もほとんどが駆逐艦や掃海艇であって、戦艦は一隻もいなかった。


 つまり、戦力比は互角か、互角以上であると言って良いのであった。これを知って我々は色めきだった。一人騒がないのはリンダだけである。彼女は更に情報の収集を進めた。


 帝国艦隊はコドル星系に進出すると、第二惑星周辺に集結し、作業を行う為に廃却艦艇を幾つかに分け、作業用艦艇を展開させ始めた。それを確認すると、ようやくリンダは


タリスマン艦隊に前進を命じた。


 タリスマン艦隊はコドル星系の第七惑星付近まで進出したが、帝国艦隊がこちらに気がついた様子は無かった。まったく油断し切っているようだ。タリスマン艦隊はここで二つに分かれた。軽艦隊百隻と、本隊百隻である。ここでリンダは旗艦「タリスマン」をから軽艦隊の臨時旗艦「ソロンブル」へと移乗した。軽艦隊の指揮を直接執る為である。




その後姿に何か感じるところがあって、僕はリンダを追いかけた。艦橋を出た先の、エレベーターの前で彼女に追いつく。


「なに?」


「いや・・・」


 振り返ったリンダの顔色は明らかに青かった。それを見て、僕はようやく思い出す。彼女は別に軍事を専門に学んだわけでもない、まったくの素人であるということを。


 ここまでの自信満々な態度は明らかに無理をした演技であったのである。それはそうであろう。今までやったこともない軍事作戦の立案、指揮に自信など持てる筈も無い。しかしながら、彼女はあたかもベテランの指揮官であるかのように振る舞い、僕らに弱気な面を見せなかった。なぜか?作戦の立案者である彼女が自信なさげな様子など見せれば、僕らはたちまち自信を無くし、疑いを抱き、作戦自体を中止してしまったであろう。故に彼女は空元気を張ってでも弱気を見せなかったのだ。


 僕は、理解した。指揮官たるもの、時には自分を偽ってでも他に弱気を見せてはいけないのだと。思えばあの時のグレッグや皇帝シオスもそうではなかったか。彼らとて自分に万全の自信がある訳ではないだろう。ある筈が無い。


 ようやく霧が晴れた思いだった。


「ありがとう、リンダ」


 リンダは最初怪訝な顔をしたが、僕の顔を見詰め、そこに何かを見出したのであろう。にこっと笑った。


「いい顔になったじゃない」


 リンダは僕の手を取ると、到着したエレベーターに引っ張り込んだ。扉が閉まる。


「そう、あんたはそうやって呑気な顔をしてればいいのよ。それはあんたにしか出来ないことなんだから」


 リンダは言いながら僕の胸に顔を埋めた。震えているのが分かった。


「大丈夫か?」


「どうかな・・・。分からない。失敗したら、笑ってもいいよ」


 僕は彼女の肩に手を回した。


「笑わないよ。大丈夫。リンダなら」


 リンダは僕の背中に手を回し、一度強く抱きついた。震えは止まったようだった。


 エレベーターの扉が開くと、リンダは勢い良く振り返り、床を蹴って飛び出して行った。僕はそのまま彼女を見送った。リンダは振り返らなかった。




 リンダが軽艦隊を率いて離れると、僕は本艦隊を前進させ第三惑星の影側へと進出した。そしてそこで陣形を組んで待ち構えた。


 リンダ率いる軽艦隊は逆に、日向側をゆっくり進んだ。この動きは当然帝国軍に察知された。帝国守備艦隊は慌てて迎撃態勢を取る。しかしながら、この時リンダが率いた軽艦隊は百隻に満たない数であった。帝国艦隊の戦闘艦艇は二百隻。この数の差を見て帝国艦隊に余裕が生まれた。帝国艦隊は通信を送り、リンダの艦隊に退去を命じ、応じなければ攻撃すると脅した。


 もちろん、リンダは応じない。相変わらずゆっくりとだが前進を続ける。明らかな挑戦である。これを見て帝国艦隊も戦闘艦艇を分離させ、軽艦隊前面に布陣した。


 帝国艦隊の布陣が終わり、十分に準備が終わるまで待って、リンダは艦隊を射程圏内にまで進出させた。あたかも、自らの望みが正々堂々とした戦いであるかのように。


 リンダと帝国艦隊の指揮官がほとんど同時に同じ言葉を叫んだはずである。


「撃て!」


 両艦隊から一斉に長距離ビーム砲が放たれた。宇宙空間を貫く光。それが闇に消え、一呼吸おいて、新たな光が生まれる。宇宙空間での戦闘の始まりは、いつも美しい光の競演で始まる。


 両艦隊は当初、ほぼ互角に戦っていた。しかし、両艦隊の距離が接近するにつれ、すぐに優劣が明らかになった。当然数で劣る我が方が劣勢となる。


 リンダの艦隊はジリジリと後退し始めた。それを見て帝国艦隊の攻撃は勢いを増す。


 敵の攻撃が激しくなるに従い、リンダの艦隊の後退速度も次第に上がった。するとますます帝国艦隊は攻勢を強めた。遂には、リンダの艦隊は雪崩を打って後退し始めた。


 しかしながらこの時、リンダの艦隊の動きを良く見れば、それが壊走するにしてはあまりにも整然とした動きであることに気がついたであろう。艦隊は実に手際良く収斂し、被害を最小限に止めながら後方へと退き始めたのである。


 帝国艦隊はそれに気がつかなかった。我が艦隊の脆さを笑いながら軽艦隊の退路を塞ぐべく、勢い込んで追撃した。


 リンダの指揮は巧妙であった。彼女は帝国艦隊から付かず離れずの距離を保ちながら逃げ、帝国艦隊をまんまと予定地点に誘い出すことに成功したのであった。


 リンダはここで艦隊の逃走スピードを緩めさせた。これを見て帝国艦隊はリンダの艦隊を包囲しようと、艦隊の半数を分けてリンダの艦隊の前方に回りこませた。


 完璧に狙い通りであった。


 帝国艦隊の半数が飛び込んだ場所は、僕が率いる本艦隊の当に真正面だったのである


「撃て!」


 僕が叫ぶが早いか、戦艦「タリスマン」の主砲が火を噴いた。同時にタリスマン保有の艦隊の中では重武装の艦種で構成された本艦隊の全艦艇が一斉に砲撃を開始した。そしてリンダ率いる軽艦隊も、復讐の牙を剥いて帝国艦隊へと襲い掛かる。


 帝国艦隊はほとんどが駆逐艦や掃海艇で構成されていた。これらは満足に装甲も持っていない。


 文字通り、一撃で帝国艦隊の半数は壊滅し、もう一正射で全滅した。リンダが課した、砲撃訓練の成果である。


 残った帝国艦隊の半数は仰天したであろう。しかし、既に何もかも遅すぎるのである。リンダは軽艦隊を急進させると、帝国艦隊の背後に回りこんだ。同時に僕は本艦隊を前進させる。


 包囲網に立ち竦む帝国艦隊を全滅させるのに、一時間と要しなかった。


 リンダが考案した作戦は完全に成功したのである。




 完勝であった。


 我がタリスマン艦隊の損害は、軽艦隊、本艦隊あわせても僅か十隻に過ぎなかった。それに対し、帝国艦隊は二百隻の戦闘艦艇が全滅したのである。これを完勝と言わずして何と言おうか。


 戦艦「タリスマン」艦橋に戻ってきたリンダに向けて艦橋の全員が拍手を送った。タリスマンにとって、これが初めての軍事的成功であったのだ。ジュリアン・エスコラーノは芝居掛かった仕草で一礼した。


「いや、お見事!エーセルジュ殿こそ真の戦の女神」


「いや、勝利を齎す天使ですな!」


 オロゴン・バステンも大きな身体を震わせて感嘆する。リンダは顔を赤く染めて照れながらも言った。


「大げさよ!それより、戦いはまだ終わっていないわ!早く敵の廃却艦隊を強奪してこの宙域から逃げなくちゃ。ヒットニーの帝国艦隊に気が付かれたら面倒なことになる」


 ランバート・オスカーが眉をひそめた。


「ヒットニーの敵は動かない、というのがあなたの主張ではなかったか?」


 リンダはケロッとして言った。


「嘘よそんなの。帝国艦隊がどこの誰とも分からない艦隊にやっつけられたら、いくら派閥が違うとはいえ黙っていられないでしょうね。帝国軍ってのは身内で争っている時でも、外に敵が現れれば即座に団結するものなのよ」


 これを聞いて全員の顔色が変わった。僕は苦笑した。


 我が艦隊は廃却艦隊を射程内に収めると、帝国守備艦隊に通信を繋いだ。そして廃却艦隊を引き渡せば、他の艦艇は見逃すと伝えた。帝国守備艦隊は即座にこれを受諾。廃却艦隊を遠隔操作できる機材を引き渡すと、それこそ後ろも見ないで退却していった。


 我々はそのままこの宙域で引き渡された廃却艦隊のチェックを行い、艦隊を再編した後、逃走した。ヒットニーの帝国基地から出撃してきた討伐艦隊がコドル星系に殺到してきたのはそれから僅か数時間後のことだったという。




 タリスマンはまたアジトを失った。コドルの戦いから一月後、帝国秘密警察と憲兵隊がケレストロにタッグを組んでやってきたのだった。もっとも、これは当然予測されたことであったので、アジトはとっくにもぬけの殻になっていたのだったが。コドルの戦いに赴く時に、何もかもを戦艦「タリスマン」に移しておいたのだ。


 タリスマン艦隊は奪った艦隊を引き連れて、事前に準備しておいた新アジトへ潜んだ。そこはモリスマという星系にある小惑星であった。小惑星帯の中にあり、潜むのに非常に都合が良かった。元は星系開拓時に作られた中継基地であるために、旧式ではあるが港湾施設や万単位の人間が生活して行くのに必要十分な居住空間も備えている。人工重力が無いことや、娯楽設備、緑林設備などが不足しているため長期居住には向かないという欠点もあったが、とりあえず当面、帝国の追及から逃れるのには持って来いの場所だと言えた。


 我々はここで、奪ってきた艦艇の点検修理と艦隊の再編を行うことにした。


 ここで、僕らタリスマン幹部を驚かせるに足る出来事が起きた。


 なんと、タリスマンを支援したいという人や企業が次々と現れたのである。それだけではない。タリスマンに加わりたいと希望する若者が、各地のタリスマンの秘密事務所へ続々と訪れ始めたのであった。それはタリスマン創設以来、見たことも聞いたことも無いような数であった。


 なぜこのような事態が起こったのか。リンダに言わせれば実に理由は単純なのであった。


「実力で、あの帝国艦隊を打ち破ったのよ?反帝国組織として、これほど華々しい実績は無いと思わない?」


 まったくその通りなのである。この数百年、よりにもよって帝国軍に喧嘩を売り、そしてそれを見事打ち破った反帝国組織など無かったのである。今回タリスマンが得た勝利は、ある意味歴史的な大勝利であったわけだ。僕がそのことに気が付いたのは迂闊な事にリンダにそう言われてからのことである。


 しかしながらそういわれてみれば、今回の勝利で得たものが、三千隻の老朽艦隊だけではなかったのだということにも気が付く訳である。


 この勝利で、タリスマンは一躍「帝国に勝った事がある反帝国組織」という金看板を背負うことになる。これは、全宇宙にいくつも存在する反帝国組織の中でも、タリスマンしか持っていない看板になるのであった。これに絶大な威力があることは、現に我先にやってくる新たな支援者たちが証明している。タリスマンはこれまでのありふれた学生運動上がりの反政府運動組織から、帝国打倒を本気で志向する革命組織へと生まれ変わることになったのである。




 リンダはタリスマン艦隊作戦参謀首席に押された。これは事実上、艦隊の最高指揮官である。彼女は眉を顰めた。


「なんで私がそんなことやらなきゃいけないのよ」


 しかし、しばらくして考え直したらしい。


「まぁ、給料は上がるんでしょう?いいわ、やっても」


 帝国の廃却は総数三千隻。なんとそのほとんどが旧式とはいえ戦艦であった。戦艦は最大の攻撃力を誇る宇宙の王者である。それを三千隻も保有している反政府組織などほとんどあるまい。その意味でもタリスマンは一気に強力化したのだった。もちろん、戦艦はそれだけでは動かない。人員は必要だし、補給物資を揃えるのにも膨大な金が掛かる。しかし、新たな支援者たちがこれだけ現われてくれれば、それも大した問題にはならなかった。


 ならば、残された問題は唯一つということになる。


 帝国への対応だ。


 威信を傷つけられた帝国がこのまま我々を放置するとは到底思えなかった。更に言えば我々は今回の件によって侮れない実力を有している組織として帝国にも認知されたであろう。そして、三千隻の艦隊は物理的に帝国にとって脅威となるはずだ。


 帝国が本気を出せば、隠れ家はすぐに洗い出され、数万隻の帝国艦隊が殺到してくることになるだろう。それはなんとしても防がねばならなかった。


 僕は思案し、一つの方策を思いついた。そして赤毛のエスコラーノを使者として派遣した。ルヘイオール星系へ、である。


 ルヘイオール星系には帝国軍の鎮守府がある。我々が強奪した廃却艦隊はこの鎮守府から出たものである。つまり、艦隊を奪った相手に対して使者を送り込んだわけで、ジュリアン・エスコラーノは僕から命を受けた瞬間呆然と立ち竦んだ。彼は、いつもは顔に化粧などする伊達男なのであるが、この時は血相変えて僕に詰め寄った。


「私に死ねとおっしゃるのか?」


「そうじゃない」


 僕は椅子に深く腰掛けたまま彼を宥めた。


「そもそも、なんでこの命令が死ねと言う意味にとれるのかね?」


「なぜって・・・!我々を憎んでいるはずの敵の本部に乗り込めと言われれば、そう命ぜられたと考えてもおかしくありますまい!」


「いやいやいやいや」


 僕はクスクス笑って見せた。


「ジュリアン。それは誤解というものだ。逆に僕は君に大きな功績を立てるチャンスを与えようとしているのだ」


 エスコラーノの顔に不審気な表情が浮かんだ。


「ジュリアン。我々の立場は今、危険な状況にある。それは分かるかね?」


「危険?」


「このままでは遠からず帝国軍はここを探り当て、我々を根こそぎにするためにここへ大軍を送り込んでくるだろう。そうなれば我々は破滅だ」


 エスコラーノの顔色が目に見えて青くなった。そう。エスコラーノに限らないが、ほとんどのタリスマン幹部はこの時、勝った事と新たな支援者が大勢現われたことを喜び、浮かれ騒ぐだけであったのだ。エスコラーノも僕に言われて初めて現状の危険性に気がついたのであろう。


「これを防ぐには、帝国と交渉してこれを懐柔せねばならない」


「・・・それは分かりますが、ではなぜ、わざわざこの間艦隊を奪ったルヘイオールへ?」


「ルヘイオールの司令官、名前はヴィキル・オムネア中将というらしいが、彼は今恐れていることがある。なんだと思うね?言っておくが我々など恐れてはいないよ」


 エスコラーノは端正な顔を歪めて思案していたが、首を横に振った。


「彼はねジュリアン。廃却艦隊を奪われた責任を取らされることを恐れているんだ」


 そう。オムネア中将にとって今回の事件は大失態だと言えた。なにしろ、反政府組織に敗れ、艦隊を奪われるなど、帝国軍始まって以来の事であったのだ。当然、艦隊廃却の最高責任者であったオムネア中将は責任を問われるわけだ。


 彼は帝国の貴族ではあるが、先祖伝来広大な領地を私有しているような大貴族ではないはずだ。なぜなら、軍人としてルヘイオール鎮守府に派遣されてから、そこを拠点に軍閥化を進め、周辺星系を私有化している。つまり、成り上がりなのである。軍閥の多くはこのタイプだ。


 彼の勢力基盤は弱く、しかも強引な方策で軍を私物化したものであるから帝国中央から目を付けられてもいる。その彼にとって今回の失態は命取りになる可能性が十分にあった。周辺で勢力を競っている他の軍閥や地方領主がこれを機会に勢力を奪おうとしてくるかもしれないし、もっと最悪なのは帝国中央によって司令官の職を奪われ、更迭される可能性すらあるのである。オムネア中将は今必死に打開策を考えていることであろう。


 だからこそ交渉の余地がある。


「そこで、君に行って中将にこう言って欲しいのだ。我々には芝居をする用意がある、とね」


 また呆然とするエスコラーノ。僕は説明した。


 オムネア中将が責任を回避するには、彼が奪われた艦隊を取り戻す、もしくは破壊する必要がある。これに下手人であるタリスマンを壊滅させたと言うおまけがつけば更に良い。故に彼は必死に我々を探しているのであるが、我々の隠れ家は彼の管区には無く、見つけ出すまでにはまだまだ時間が掛かるであろう。その間に彼が帝国中央に召還されてしまえば万事が窮してしまう。


 そこで、彼に交渉を持ち掛ける。


 タリスマン艦隊はオムネア中将に投降するふりをする。その代わりオムネア中将はこれ以上我々を追及しない。こういう密約を結ぶのである。もちろん、投降は擬態だ。実際には我々に傷一つ付けさせない。


 オムネア中将にとって、これにはかなりのメリットがあるはずだ。これによって彼は名誉を挽回出来、少なくとも中央召還、罷免の最悪コースを逃れることが出来る。もちろん我々もこれ以上彼から追及されなくて済むことになり、秘密警察などに対しても死んだふりができる。


 エスコラーノは大きく口を開いたまま絶句した。


「分かっていると思うがね、ジュリアン。もちろんこの交渉の成否は君の交渉技術に掛かっている。僕は君のそれを信じてこの役目を君に託すのだ」


 エスコラーノは、簡単に言えばかなりの女たらしであった。当然だが、口が上手い。今回のように、相手を口先三寸で丸め込まなければならないような交渉ではなによりも相手を懐柔できる口の上手さが必要である。


 エスコラーノはプライドをくすぐられたような顔をした。


「どうかね?やってはくれまいか?」


「・・・分かりました。是非私にお任せください!」


 僕は立ち上がってエスコラーノの手を握った。




 結果を先に言えば、エスコラーノは交渉に成功した。帝国軍司令官オムネア中将は我々と密約を結ぶことに応じたのである。


僕の分析通り、オムネア中将は追い詰められていたのだ。彼には時間が無かった。それで我々の提案に飛びついたのである。もちろんエスコラーノの口先が期待通りの働きをなしたことも間違いない。エスコラーノはこの件で自信を付け、この後もっぱら対外交渉の専門家として活躍することとなる。


 タリスマン艦隊はオルドール星系で補足され、オムネア中将の艦隊によって包囲撃滅された、ということになった。実際に戦いは行われ、ビームやミサイルが宇宙空間を無駄に熱した。しかし、これはまったくのいんちきである。タリスマン艦隊だということにされたのはほとんど全て小惑星であった。そしてただ一隻戦艦「タリスマン」だけが鹵獲され、幹部は逮捕された。しかしこれもまったくのでっち上げで、我々タリスマン幹部とされたのはまったくの別人である死刑囚たちである。彼らは即日公開銃殺された。これによってタリスマンは完全に壊滅したと発表された。


 当に猿芝居である。本物だったのは戦艦「タリスマン」くらいのもので、これでさえ後に代わりの新型戦艦がタリスマンに引き渡されている。タリスマンはこの件によって逆にオムネア中将と太いパイプを繋ぐことに成功した。これによってタリスマンは帝国純正の補給物資を簡単に手に入れられるようになったのである。帝国軍や秘密警察からの追及も無くなり、タリスマンは大っぴらに政治的活動を再開することが出来る様にもなった。壊滅したはずのタリスマンがそこらじゅうで政治活動を行っているというのは明らかにおかしなことであったのだが、そんな矛盾はいくらでも世の中にありふれている。


 コドル星系での勝利と、このオムネア中将との密約は、タリスマンにとって非常に重要な転換点となった。タリスマンはこれ以降、勢力を飛躍的に伸張させるのである。




 タリスマンはルミエという星系に拠点を移した。ごく小さな惑星。結局この後、タリスマンは最後までここに本部を置き続けることとなる。僕は本部ビルの近くの集合住宅に自宅を構えた。


 一人暮らし、ではなかった。


 リンダ・エーセルジュと本格的に同棲を始めたのはこのルミエにやってきてからのことである。実は二人で住む事になったその部屋も、リンダ自身が捜してきたものであった。彼女は好き勝手にインテリアをコーディネートし、部屋に入った僕に向って嬉しそうに言ったものだ。


「いい部屋になったでしょう?これなら一生だってここに住めるわよ!」


 実際、僕と彼女は最後までここに住み続けた。僕も実家を出て以来、初めて自分の家が持てた気がして嬉しかった。僕にとって「家」と言えば即ちこの部屋を表すようになる。そして、リンダは家族になった。


 様々なことが起こり、様々なことが始まった。僕もリンダも、タリスマンのみんなも未来に明るい展望を持っていた。しかし思えばこの時が、全ての終わりの始まりだったのかもしれない。


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