第11話「覚醒」

 一方、激痛の中シモラーシャは誰かが自分を呼んでいるのを感じていた。

 彼女は必死に意識を痛みから引き剥がそうとする。そして、その呼び声に集中させようとした。

「シモラーシャ……」

 それは心のどこか奥深いところから聞こえてくるようだった。

「シモラーシャ、私を受け入れて」

 それは強く心を捉えようとしている。

「お願い、私を解放して!」

 それは魂を揺さぶられるほどに強烈な熱願だった。

「いやよ」

 シモラーシャは抵抗する。彼女は、今この声に従ったら自分は自分自身でいられなくなるような気がした。

「私は私よ。あんたなんか知らない!」

「違うわ。私を信じて。お願い」

 その声は必死だった。

「このままではここが危ない。あの二人の力がぶつかればあなた自身も危なくなる」

「え……?」

 彼女の抵抗がその一瞬弱まった。

 その刹那───

「ああぁぁぁぁ────っ!!」

 シモラーシャは自分の意識が魂のどんどん深いところに引きずり込まれるのを感じた。

 彼女の意識が途絶える時、再び声がした。

「あなたの魂はあなたの物……」

 その声は限りなく優しかった。

「心配しないで……」

 次の瞬間、シモラーシャの意識は深い混沌の中に沈み込んでいった。


 シモラーシャの身体は、ジュークのお陰ですっかり治っていた。傷もまったく残っていない。彼女は横たわり目を閉じていた。ジュークはそれを心配そうに見つめる。

「?」

 何かの気配を感じたのか、彼の目が訝しそうに細められた。

 その瞬間───

「!」

 ───バァァァァ───

 シモラーシャの身体が輝きはじめたのだ。黄金色だ。どんどん、どんどん輝きは増していき、尋常ならざるほどの輝きに満ち満ちていく───

「こ、これは……」

 ジュークは眩しさに目を瞬かせた。立ち上がって、ヨロリと後退った。

「シモラーシャさん……」

 互いに対峙して睨み合っていたカスタムとマリーも、何事かと目を向ける。

 心配そうに愛するカスタムを見つめていたリリスとリリンも、そのただならぬ雰囲気を感じた。

 そして───

 マリーはシモラーシャを振り返った。

 彼は今やマリーとしての姿をすっかり様変わりさせていた。

 伸び続けていたその髪が琥珀色から輝ける銀色に変色し、柔らかく流されていたそれは針金のように真っ直ぐとくるぶしまで届いている。

 驚きのため見開かれたその瞳も、髪と同じ銀色に光っていた。ジュークと同じ色だが、彼の柔らかい色合いと比べて、マリーの銀色は性格を現しているように自己主張の強い輝きの色だった。しかし、顔立ちはそのままマリーの顔立ちをとどめている。

 いつの間にか背中に背負われていたフィドルも銀色に変わっていた。今は彼の左手に持たれている。右手には同じ色の弓が握られていた。その彼が叫ぶ。

「シモラァ───シャァァァァァ────!!」

 シモラーシャの身体はこれ以上ないほどに強い光に包まれてしまい、直視できないくらいになっていた。

 そして───

 唐突にその光が途絶えた。

「!」

 そこにはシモラーシャが立っていた。背筋を伸ばし、凜として立っている。既に身体は強く輝いてはいなかったが、まだ仄かに黄金の輝きをその身に纏っていた。

「シモラーシャ?」

 マリーは愛する彼女の名を呼んだ。しかしそれは聞こえないほどに小さな囁きだった。

 シモラーシャはどこか変だった。普段の彼女とどこか違っているようだ。よく注意して見ると、彼女のアイス・ブルーの瞳に思慮と理知の光が輝いている。

 そして彼女は落ち着いていた。その落ち着きは冷厳であり、そして神々しかった。

 そしてその威厳に満ちたシモラーシャはおもむろに口を開いた。

「私の名はシモン・ドルチェ」

 声はシモラーシャだが、まったく違う人物の声にも聞こえる。

「千年の時を越え、シモラーシャ・デイビスに転生を果たした」

 彼女は歌うように語りかける。まるで吟遊詩人のようだが、どこか神々しい。

「私は光の神の力を操りし者なり」

「光の神だと!」

 カスタムが驚倒して叫んだ。

「それではお前は光輝神官か?」

 シモラーシャはカスタムを見つめた。

「光の神に選ばれた人間だというのかっ」

 彼女は悲しそうな目をした。

「貴方は忘れてしまったのね。私のことなど……」

「……?」

 カスタムは心の奥底で何かが警鐘を鳴らしているのを感じた。彼女のその悲しく曇ったブルーの瞳に、彼の内の何かが反応している。

 それが何なのかわからないために、彼の心はもどかしさで渦巻いていた。その何かに、手が届きそうで届かない。そんな、なんともやる瀬ない気持ちに彼は陥った。まるで、霧のかかったような心の奥底の記憶に、手を伸ばしているかのようだ。

「シモン・ドルチェよ!」

 硬直したかのように固まってしまったカスタムなどおかまいなしに、マリーは叫んだ。

「シモラーシャは…シモラーシャはどうしたんです?」

 彼は髪を振り乱し、彼女ににじり寄った。シモラーシャは、いや、シモラーシャの姿をしたシモン・ドルチェは、静かに口を開いた。

「お久しぶりね。音神マリス」

 彼女の微笑みは、限りなく優しかった。

「千年前の貴方はもっと冷たい人かと思っていたけれど……」

 優しい微笑みが、ほんの少しだけ皮肉めいた感じに変わる。

「随分変わられたんですね」

「………」

 マリーは悪戯を見つかった少年のようなバツの悪い表情を見せた。

「あの時……」

 遠い目をして視線を泳がす、シモラーシャの姿をしたシモン・ドルチェ。

「なんのためらいもなく、貴方は私をその手にかけた……」

 視線を戻してマリーを見つめる。マリーはプイッと横を向いた。

「愛してくださったんですね」

「貴女じゃない」

 マリーは横柄に言い放った。

「わかっています」

 彼女は頷いた。

「でも、彼女が生まれて来ることは私の願いでもあったのです」

 マリーは顔を彼女に向けた。彼女の言葉に何かを感じ取ったようである。

「私は誰にも気兼ねなく生きていける人生を、誰にも束縛されず自由に生きる人生を願っていました」

 その言葉には熱が込められていた。

「その渇望が彼女を生み出したのです」

「………」

 マリーは神妙な表情で黙ってしまった。そんな彼を彼女は慈愛に満ちた目で見つめた。

「安心して。貴方のシモラーシャは必ずお返しします」

 マリーの顔がパッと輝く。

「それでは……」

 彼女は頷いた。それから彼女は、再びカスタムに向き直った。

「風神カスタムよ」

 再び、神々しいまでの声音が響きわたる。カスタムはその声に、やっと我に返った。

「まだ傍若無人な振る舞いをやめないつもりですか」

 彼は、彼女の威圧的な態度にカッとした。

「僕がっ…僕がこの地の支配者になるんだ」

 彼は両手を天に翳した。今まで以上の颶風を生じさせようとしているらしい。

「邪魔する者は死あるのみ!」

 ───ゴゴゴォォォ……

 彼の上空に真っ黒な黒雲が立ち込めはじめた。彼女は悲しげな目を上空に向けると、その目をカスタムにも向けた。

「もう何を言っても無駄なようね……」

 彼女はそっと目を閉じた。ゆっくりとゴールデン・ソードを構える。それはすでに輝き始めていた。


 偉大なる光の王よ

 我が身に宿りし

 汝の力を解放せよ

 光よ

 聖なる光よ

 汝の名と

 我の失われし名とともに

 再生の旅立ちを

 この者に与えんことを


 彼女は唱えていた。それは光の神の聖句だった。人間である彼女の身に秘められた、神族であるオムニポウテンスの光の力を解放するための聖句だ。いわゆる呪文と対を成すものである。

 その力は彼女の構えたゴールデン・ソードに込められ、ますます美しくそして神々しく輝いていく。

 カスタムは、彼女より先に攻撃に出た。

「食らえっ!」

 強大な風を彼女目がけて叩きつける。

 彼女は目を閉じたままだった。だが、構えた大剣を片手で横へ振り、強烈な太刀風を起こした。

 ───ブワァッ!

 カスタムの風は難なく振り払われた。

「なにぃぃぃ───っ?」

 驚愕も露に目を見開くカスタム。

 彼女はそのまま右手に握ったままのゴールデン・ソードを、天に届けよとばかりに突き出した。相変わらず瞳は閉じられたままだ。

 カスタムは少しの間、呆然としていたようである。ハッと我に返ると再び風を起こし始める。巻き起こる颶風。彼は掛け声とともにそれを力の限り投げつけた。

「イャァァァァ───っ!」

 彼女の瞳が開かれた。ふいっと横へ移動する。難なくかわされるカスタムの風。

 ───ダッ!

 移動すると同時に彼女は地を蹴っていた。鮮やかなフットワークだ。彼女は疾風のようにカスタムの傍まで駆け寄った。

「ヒッ……」

 目玉が飛び出るくらいに恐怖で開かれる彼のまなこ。その彼の瞳を、凍りつきそうに冷たくジッと見つめるブルー・アイ。

 カスタムは慌てて風の障壁を作った。そこへ振り降ろされるゴールデン・ソード。

 ───バシュッ!

 だがそれは、障壁を作ると同時にその場を飛びすさったカスタムを、両断することはできなかった。

「ギャッ!」

 それでも彼の脇腹に太刀傷が走る。パッと散る鮮血。

「カスタム様っ!」

 リリスの悲鳴が上がった。

 少し離れた地点で脇腹を抑え、カスタムはよろめく。彼の変色を繰り返す瞳に恐慌の色が浮かび上がっていた。明らかに怯えている。

「お…お前は一体何者なんだ。やはり光輝神官なのか……?」

 彼女はゆっくりとかぶりを振った。

「私は……」

 呼吸を整えるかのように、一息ついてから彼女は口を開いた。

「かつて『光の乙女』と呼ばれていた」

「光の乙女……」

 カスタムは訝しげにその名前を呟いた。目はじっと彼女の顔を見つめている。

「そして…『闇の乙女』と呼ばれていた時もあった……」

 それを聞いた時、心の奥底のピンと張った弦がはじくのを彼は感じた。魂の奥の奥が再び震え始める。

 そして───

「あ…ああ、あああ……」

 突然カスタムはガタガタと震えだした。瞳に、かつてないほどの狂気染みたおののきが浮かんでいる。

 知らず知らず彼は後ずさりをしていた。必死に彼女から逃れようとして。

 そんなカスタムにゆっくりと近づく彼女。今や戦いの場に不似合いな、不気味な微笑みを浮かべて。その妖艶な、そして慈悲のかけらもない冷たい微笑み───

(あの御方がもっとも愛した存在……)

 少し離れた所から、マリーはそれをゾッとして見ていた。

「愛と憎しみ。美と醜。二つの顔を持つ恐ろしくも美しい人」

 恐怖からなのか、それとも憎しみからなのか、マリーの声は複雑だった。


「これが……」

 ジュークは辛くて見ていられないといった風に、目を背けて呟いていた。

「これが、彼女の宿命……」

 そしてリリスは動けないでいた。

「カスタム……さま……」

 彼女は絞り出すように呟く。

 愛する人が危ないというのに、まるで呪縛の魔法でもかけられたかのように一歩も動けないのだ。それもそうだろう。これはもはや人知を越えた戦いであったから。

 更に歩み寄る光の乙女。

「く、くるな……」

 カスタムは首を振りながら後退る。

「や、やめろ……」

 彼はバッと身を翻した。そして、その場から消えようとした。空間移動である。

「わ…わあっ!」

 ───ドシャッ!

 カスタムの身体が撥ね飛ばされた。まるで何かにぶつかったかのようにだ。彼はその場にころがってしりもちをついた。

「無駄よ」

 冷たい声がする。

「逃げようとしても」

 ガバッと振り返るカスタム。

「ヒイッ!」

 彼は悲鳴を上げた。なぜなら彼女の顔が、すぐそこにあったからだ。彼女は片膝をついて大剣を地面に突き刺し、カスタムの顔を覗き込んでいた。

 カスタムは震えあがった。そこへさらに凍りつきそうな彼女のひとこと───

「カスタム。覚悟なさい」

 彼女はザッと立ち上がった。剣を構え、両手で振り上げる。そして、それを勢いよく振りおろした───

「うわぁぁぁぁぁ───っ!!」

 カスタムは必死だった。逃げようとして身体をひねらせた。

 ───ドシュッ!

 無残にも切り落とされる彼の左腕。

「ギャァァァァァ────っ!!」

 左肩を抑えて転げ回るカスタム。

「いたいぃぃぃ───! 痛いよぉぉぉぉ───!!」

 彼は泣き叫んでいた。恐らく肉体的な痛みなど今まで感じたこともなかったのだろう。

 だが、そんな彼を見つめる瞳は冷たかった。

「殺されていった人間たちの痛みを感じるがいいわ。そのおごれる心を悔いるのよ。神としての役割を忘れ、己の我欲のため世界の秩序を乱すお前たち……」

 血だらけの上に、土だらけにもなって汚らしい塊に変わり果てるカスタム。彼の美しい髪も泥だらけだ。

「ひ、ひどい……」

 リリスが涙を流しながら呟いた。

「ひどすぎる……」

 カスタムは既に転がってはいなかった。

「う…ううう……」

 ダラダラと血は流れ続けて真っ青な顔をしていたが、それでも口を開いた。

「お、お前などに……言われたくない」

 それは囁くように小さかった。

「お前だっ…て、我等と……」

 下から恨めしそうに見つめるカスタム。

「我等と……おな、じ……」

 その時、シモン・ドルチェの瞳に悲しみの色が一瞬かすめた。

「これが私の宿命……」

 目を閉じる。

「これが私に与えられた罰」

 囁く彼女。

「カスタム」

 彼女の瞳が開く。

「常磐の彼方で待ってなさい」

「!」

 次の瞬間───ゴルデン・ソードが振り下ろされた。

 ───ドシュッ!!

「カスタムさまぁぁぁぁ───っ!!」

 リリスの悲痛な叫びが響き渡る。カスタムはズルズルと崩れ落ちていく。

「僕は、僕はただ……」

 微かな囁きのように声がもれる。

「あの御方のたった一言が……」

 しかし、それはすでに言葉としての役割を果たしていなかった。

(認めて……愛して……)

 果たして彼の最期の願いは届くのか───

(僕を……僕を……)

 静かに彼は目を閉じる。そのまなじりから一粒の涙がこぼれ落ちた。それは真珠のように転がっていく。

 ───ファサァァァ……

 カスタムの身体が、まるで霧が霧散するように空中へ散っていった。キラキラとそれは輝いて、まるでスターダストのようだ。それを悲しみの表情で見つめる彼女。

「ゆっくりお眠りなさい」

 茫漠さを漂わせ呟く彼女。

「愛しい人の夢を見ながら……」

 彼女は、自分が手をかけたカスタムに追悼を捧げた。

「あわわわわ…」

 その様子を建物の陰からドドスが見つめていた。彼は最後の最後まで卑怯者だった。カスタムの最期を見てコソコソとその場を逃げだしたのである。

 一方、リリスとリリンは呆然としてその場に立ち尽くし、そして座り込んでいた。死刑執行人の金の髪の乙女はそんな二人には目もくれず、ゆっくりと振り返る。そしてマリーとジュークに対峙した。

 彼女の視線が、ジュークを捉えた。彼は敬愛の眼差しで彼女を見つめていたのだ。

 ゆっくりと彼女は近づいていく。身体を未だ仄かに輝かせながら。

「光輝神官ジューク」

 彼女は威厳に満ちた微笑みを浮かべて、彼の前に立った。

「良く来てくださいました」

 ジュークは彼女の足もとに跪いた。

「光の乙女よ」

 彼の声は敬意に満ちていた。

「お教え下さい」

 彼は跪いたままで面を上げた。

「私はどうすればよいのですか」

 彼女は軽く頷くとかがんだ。そしてジュークの肩に手を添えた。

「どうか立ってください。ジューク」

 ジュークは彼女の言う通り立ち上がった。

 マリーはそんな二人を、神妙な面持ちで見つめていた。彼はマリーの姿に戻っていた。琥珀色の髪と瞳のおどけた青年の姿がそこにはあったが、表情は心なしか硬かった。

「私は私の魂のまま転生するはずだったのです。人間でありながら神の力をこの身に宿した私は、いずれ復活するだろう邪神と戦うために」

 彼女は静かに語りはじめた。

「しかし、私の中からシモラーシャという独立した一個の心が生まれてきてしまった」

 彼女は微笑んだ。

「それは私の究極の願いでもあったのですが、彼女だけでは邪神に対抗できない…」

 彼女は言葉を切った。

「?」

 ジュークは訝しそうに彼女を見つめる。

「でも……」

 そこで彼女はより一層深い微笑みを浮かべた。

「……彼女の心はどうやら私より強いみたいです。私の魂はほとんど彼女の心に吸収されかかっています」

「それでは貴女は消えてしまうのですか」

 ジュークが珍しく感情的に叫んだ。

「存在自体が無くなってしまうのですか」

 口惜しそうに呟く。

「我が君が悲しみます……」

「そうではありません。ジュークよ」

 彼女は首を振った。

「私は彼女と一体になるのです。彼女の強く逞しい魂の中で永遠に彼女とともに生きていく───」

 彼女は顔を上げ空を見つめた。

 だが、その瞳はそこにある空ではなく、どこか遠くを見ているようだった。そのままで彼女は喋り続ける。

「私は強がっていたけれど本当は弱い存在だった」

 彼女の瞳が潤んだ。

「多くの災厄を生み出した我が身を呪ったこともある……ジューク」

「はい……?」

 彼女はジュークに視線を移した。

「シモラーシャをお願いしますね。貴方も忙しいでしょうけれど、今しばらく彼女の力になってあげてください」

「それはもとより……」

 彼は片手を胸に持っていき、お辞儀をした。

「マリス」

 それから彼女はマリーに顔を向けた。

「いえ、今はマリーと言うのですよね」

 マリーは決まり悪そうに、おずおずと彼女の視線を受け止めた。

「マリー。私を殺めたことはもう気にしないでください」

「べっ…別に気になんかしてませんよ。もともと僕は貴女なんか嫌いでしたから」

 彼は横を向きながらブツブツと呟いた。そんな彼を見て彼女は面白そうに笑った。

「昔から貴方はそうでしたよね。完全無欠の存在が何故か好きになれなかった。だからあの可哀想なカスタムとかに肩入れをしてきたのでしょう。その辺からシモラーシャに惹かれていったのですね」

「それって、さり気なく自分の自慢してないですかあ?」

 マリーが憤然として言い放った。

 突然、彼女はコロコロと笑い出した。マリーは目をまんまるくさせ彼女を見つめる。彼女はひとしきり笑ってから、急に真顔になった。

「さあ。そろそろシモラーシャにこの身体を返さなくてはね」

 その言葉とともに彼女の身体が再び輝き始めた。

「もう出てくることはないと思います」

 ますます強く輝く。

「マリー……?」

 マリーはムッとした表情のまま返事をしない。彼女は悲しそうに微笑んで見せた。

「マリー。シモラーシャとお幸せにね」

 それから彼女はジュークに向き直った。

「そしてジューク……」

「はい。光の乙女よ」

 彼の言葉に、彼女は輝くばかりの微笑みを見せた。

「守ってやってください。彼女を」

 ジュークは安心させるように力強く頷いてみせた。彼女は大いに満足して頷き、目を閉じた。さらに輝きが増していく。今や彼女の姿は黄金の輝きに埋もれて見えなくなってしまった。

 そして───

 それは唐突に途切れた。見ると、彼女の立っていたその場所にシモラーシャが横たわっていた。

「ん……んんん……」

 彼女の身体をマリーが支える。彼らは彼女の目覚めかけている瞼を見つめた。パチッと彼女の瞼が開かれた。

「どわぁぁぁぁ───っ!」

 ザザザ───っとばかりに二,三メートルも彼女はマリーから遠のいた。呆気に取られるマリーとジューク。

「なっ、なっ、何してたのよっ!」

「なあにを勘違いしてるんですかあ」

 マリーは、やれやれといった表情で立ち上がった。

「僕たちはあなたのことを介抱してあげてたんですよお」

「そうですよ。シモラーシャさん」

 頷きながらジュークも立ち上がる。

「傷は私が治して差し上げました」

「ほんとに……?」

 まだ疑り深そうに見つめるシモラーシャ。

「本当ですってば」

「本当ですよ」

 一糸乱れず頷く二人。

「……」

 横に立つジュークを不服そうに睨むマリーだったが、反対にジュークは涼しそうに微笑んでいる。そして、意味ありげにマリーを見つめた。次の瞬間その目を優しく変化させ、ジュークはシモラーシャに顔を向けた。

「マリーさんはあなたのために、あの風神を倒して下さったんですよ。それは大変な戦いでした」

「な、何をっ……」

 マリーは慌てて叫ぼうとする。

「うそぉぉぉぉ───っ!」

 そこへ透かさずシモラーシャが、大声を上げた。

「ほんとぉぉぉぉ───っ?」

 彼女はダダ───っとマリーに駆け寄ると、ガバァ───っと抱きついた。

「わわ……!」

 慌てふためくマリー。シモラーシャは抱きついたままマリーの顔を覗き込んだ。

「やっぱりあんたってば頼りになるね!」

 マリーは照れたように笑った。

「いやあ。そーですかあ?」

 シモラーシャをぶら下げたままポリポリと頭をかく。ジュークはそんな二人を微笑んで眺めていた。まるで保護者気取りである。

「なぁぁ───に、やってんだよっ!!」

 すると、壊れた建物の陰から聞き覚えのある声がした。

「全く、公衆の面前で恥ずかしげもなく」

「ドーラ!」

「なんてー有り様でいっ、こりゃ。老師様はどこにいるんだ?」

 ドーラが足の踏み場もないほどに荒れ果てた場所を、ドシドシと気にせず歩み寄ってきた。

「そうだ!」

 彼の言葉でオードのことを思い出したシモラーシャはジュークを見つめた。

「老師様はどうしたの。ね、ジューク」

 ジュークは辛そうに顔を曇らせていた。

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