第8話「光輝神官」

 暫く後、彼らは大きな門の前に辿り着いていた。

「先触れ通り、シモラーシャ・デイビスが参上仕った。どうか魔法老師オード様にお取次ぎ願いたい!」

 シモラーシャは門の前に仁王立ちになって大声を張り上げた。ややあっていらえが返ってきた。

「かつての仲間、シモラーシャ・デイビスを歓迎する。入られよ」

 ギギギギィィィ……

 軋みとともに門は開かれた。三人は扉が開くと中に入っていった。

 中は広場になっていた。とても広い。ずっと向こうの正面には、山の麓から見えていた石造りの建物が重々しく立っていた。その建物は殿堂形式で立派なものだった。全体から威厳にも似た雰囲気が醸しだされている。

 足もとに目をやると石畳で、五百メートルほど離れた建物から彼らのいる門の辺りまでずっと敷きつめられていた。整然と並べられた石が完璧なまでの幾何学的模様を見せている。

「さあ。行くわよ」

 知らず彼らは立ち止まって、重々しい眺めを見つめていたらしい。最初にシモラーシャが我に返り、後の二人に声をかけると、彼らも彼女に続いて足を進めた。

 シモラーシャはズンズン足を進める。そのため、マリーとジュークは駆け足で彼女を追った。


 そして───

 彼らは並んでソファに座っていた。見るからに執務室といった感じの部屋である。そこはさほど広くはなかった。入って正面に大きな机が置かれてあり、その後ろの壁一面はガラス張りの窓になっていた。立派な窓である。外の明るい陽射しが部屋いっぱいに差し込んでいた。しかし、薄いレースのカーテンが引かれていて強い陽射しは感じられない。

「まだかかるのかなぁ?」

 マリーがイライラしたような声を上げた。

「老師さまに謁見する時はこれっくらいは当たり前よ」

「そーゆーもんですかねぇ」

「…………」

 ぶつぶつ呟くマリーとは対照的に、ジュークはというと黙ったまま静かにソファに座っていた。その横に座り込み、ポーッとした表情でジュークを見つめるシモラーシャ。それを眇めた目で見やるマリー。

「しもらーちゃん」

 突然マリーが喋った。

「えっ、何?」

 ボァーッとしていたシモラーシャが慌ててマリーに顔を向けた。

 相変わらずジュークはどこを見ているのか判らない澄ました顔をしている。

 それを見てマリーは片眉を不快そうに上げた。

 しかし直ぐにおどけた表情に戻すと愛する女性に満面の笑みを向けた。

「僕、お腹空きました」

「へ?」

 シモラーシャは眉間に皺を寄せた。

「今なんてった?」

「やだなあ、しもらーちゃん。耳まで遠くなったんですかあ」

 憐れみの眼差しを向けるマリー。

 見る見る首から上に向かって赤く染まっていくシモラーシャ。

「あたしにどおしろってぇーのよ!」

 そしてさらに叫ぶ。

「だいたい何なのよ、そのしもらーちゃんっつーのはっ!!」

「おや、かわいらしくていいじゃないですかぁ?」

 マリーがクスクス笑いながら言った。すると───

「私も何だか口寂しいですね」

 横でポツリとジュークが呟いた。

「待っててください! 今何か持ってきますから」

 途端に彼女はそう言い残すと物凄い勢いで出ていった。なんとも現金なヤツである。

 暫くマリーとジュークはお互い見つめ合ったまま動かなかった。

 静かに時が流れていく。

 この部屋に招かれた時に、従者の者が少し開けておいた窓から風がサァーと吹き込んできて、カーテンを揺らした。

 そんなゆったりと落ちついた部屋なのに何故かこの空間だけピンと糸が張ったように空気が張り詰めていた。

 マリーを見つめるジュークの瞳には感情が見られない。

 その反対にジュークを見つめるマリーにはさかまく嫉妬の炎が見え隠れしていた。

 そしてその沈黙を破ったのは意外にもジュークだった。

「マリーさん」

 マリーはビクッと肩を震わせた。

「どうして貴方はそんな目で私を見つめるのですか」

 ジュークの声は憎らしいほどに落ち着いていた。

「何か私に言いたいことがあるのではないですか」

「あなたは人を愛したことなどないのでしょうね」

 いきなりマリーはそう切り出した。

 ジュークは黙っている。

「僕はシモラーシャを愛しています。彼女を誰にも渡したくない」

 普段のマリーとは全く別人のような男がそこに座っていた。

 恐ろしいまでに真剣な眼差しをジュークに向けている。

「私が…目障りですか」

 するとジュークは静かに言った。まるで何でもないことのように。

「!」

 マリーが驚いてジュークを見つめた。

 彼は微笑んでいた。本当に面白そうに。

「貴方ほどのお方が女性の本心に気づかぬとは、まったく、恋は盲目とはよく言ったものですね」

「何?」

 マリーはますます目を見張った。

「それとも今の状況をただ楽しんでいるとでも言うのでしょうか」

「お、お前一体どこまで知って……!」

 すっかりうろたえてよろりと立ち上がるマリーであった。

 そんな彼に不気味な微笑みを向けるジューク。

「私は何も。ただ貴方がどなたであるかくらいなら察しがつきますよ」

 マリーは観念したようにドッカとソファに座った。

「参ったな。いったい君は……」

 しかしジュークを見る目は少しも変わってはいなかった。

「だがね、ジューク。僕はやっぱり君は好きにはなれないよ」

 そして思い出したように付け加えた。

「このことを彼女に言うかい?」

 ジュークは首を振った。

「いいえ。貴方を敵に回したくありませんのでね」

「味方になるとでも思っているの?」

 ジュークは頷いた。

「ますますムカつくね」

 涼しく微笑むジューク。

「人間なのかそうでないのかハッキリしない存在……か」

 そう呟くマリーにジュークが口を開いた。

「一つ言っておきますが……」

 何でもないようにニッコリ笑う。

「私も人を愛したことはありますよ」

 マリーが何か言おうと口を開けたその時。

「たっだいま───!」

 元気良くシモラーシャが帰ってきた。

「見て見て見てぇ。おいしそーでしょお」

 彼女はお盆を携えて入ってきた。

 向き合う二人の前にドンッとそれを置く。

 皿とカップをそれぞれの前にセッティングすると、どうだとばかりに胸を張った。

「これねー、ほんとおいしーんだよ」

 見ると小麦粉の皮にくるまった肉と野菜がスパイスのきいた香りを撒いている。

 カップには琥珀色のお茶が満たされておりよく冷えているらしく、ガラスのカップに涼しげに水滴がついていた。

「本当においしそうです」

 ジュークがニッコリ笑ってそれに手を伸ばした。

「アクア特産のスパイスの入ったモモっていう食べ物なの」

 ジュークは上品に一口食べた。

 彼の表情が少し動いた。片眉がピッと上がる。

「これはかなりきますね」

 ジュークは慌ててお茶に手を伸ばした。

 すると途端にマリーがお腹を抱えて笑いだした。

「さすがのジューク様も辛いのには弱かったですかあ」

「もう! マリーったら」

 シモラーシャは笑い続けるマリーを睨みつけると、ジュークに向き直ってしおらしい態度を見せた。

「御免なさい。私はこれ大好きだからあなたにも食べてもらいたかったの」

「いえいえ、いいんですよ。ちょっと心構えが出来てなかったものですからびっくりしただけです」

 そしてもう一度パクつくと言った。

「おいしいです」

 シモラーシャはホッとするとマリーを振り返った。

「ほら。あんたにも持ってきたげたから、食べたら」

「有り難うございますぅ」

 マリーはまだクックと笑っていたが自分もモモに手を伸ばした。

 とその手が止まった。

 ギ、ギィィィィ……

 重々しい音とともに扉が開かれた。そして一人の老人が入ってきた。

「老師様!」

 シモラーシャが慌てて立ち上がった。老人は、そんな彼女に向けて小刻みに頷いて見せた。机に歩み寄る。そして椅子に座った。

 シモラーシャは急いで机に向かった。両腕を前に差し出す。その左手で拳を作り右手でその拳を覆った。それを顔の前に持っていき頭を下げる。どうやらここでの挨拶らしい。

「老師オード様におきましては、ご健在で何よりでございます」

「うむ……」

 魔法老師オードは、確かに大変な高齢らしかった。

 髪は銀色がかった白髪で長く伸びている。顔の半分はそれと同じ髭が覆っていた。そのため、鷲鼻と目しか窺うことが出来ない。ただ、机の上に置かれた手が皺だらけだったので、そうと知れたのである。しかし老人の目は意外に若々しく、鋭い眼光の輝きが見て取れた。

「シモラーシャ・デイビスよ」

 髭に隠れた口もとが微笑んでいるような喋り方で、彼はシモラーシャの名を呼んだ。

「元気そうだのう。お前の事はいろいろとワシの耳に入っておるぞ」

 声も案外しっかりとして若々しい。

「老師様のお耳を汚しているようで申し訳ありません」

 シモラーシャは老師の言葉にバツの悪そうな表情を見せた。

「でも、あたしもここで学んだことは決して忘れていないつもりです」

 シモラーシャにしては礼儀正しい。まるで別人のようである。

「それで今日は一体どうしたというのだ」

 老師が問いかけ、シモラーシャが口を開きかけた。その時───

「大変でございます。老師様!」

 扉の向こうで慌てふためく声が上がった。

「よろしいでしょうかっ」

 オードの瞳が鋭く光った。

「何事じゃ」

「失礼いたします!」

 扉が乱暴に開かれ、従者の者らしき男が息せき切って飛び込んできた。

「お話し中申し訳ございません。大変な事が起こりました」

 従者は肩で息をしていた。一息ついて続ける。

「カランの村が何者かに襲撃されました」

「何じゃと!」

 従者は恐ろしいことを告げるかのように、声を落とした。

「……皆殺しだったそうです」

「なんと!」

 オードは色めき立った。ガタンと立ち上がる。

「老師様……」

 オードは彼女に顔を向けた。

「邪剣士がやったのです」

 シモラーシャの声は抑揚がなかった。

「邪剣士だと?」

 彼は無意識のうちに足を一歩前に出した。

「はい」

 シモラーシャは続ける。

「あたしは対戦しませんでしたが、ドーラが見てます」

「ドーラ……ドラディオン・ガロスのことじゃな」

 彼は元気のいい好青年の顔を思い出した。

「はい。そうです。彼はその……」

 シモラーシャは言葉を詰まらせた。

「何とか助かったのですが、村の人たちは殺されてしまったそうです」

 そして思い出したくもない感じで、ぎゅっと目をつむった。

「あたしたちが駆けつけた時にはもう、みんなはコープスどもの餌食に……」

 老師は目を閉じた。眉間に皺をよせる。

「むごいことよのう」

 彼の声は辛そうだった。

「お前の両親どころか、生まれ育った村までそのようなことに……」

 シモラーシャは頭を振った。

「あたしはいいんです。もう親戚だっているわけじゃないし……ただ……」

 彼女の声は震えていた。

「ドーラを見てるのが辛かった」

 彼女はドーラの悲痛な表情を思い出したようである。

「あいつ、コープスどもにメチャメチャにされた両親を見ちゃったんだもん……見てて胸が張り裂けそうだった」

 重たい空気が流れた。誰も何も喋ることが出来なくなってしまった。

「しかし……」

 沈黙を破ったのはオードだった。

「邪剣士がそのような暴挙に出るとは今までないことじゃったが……」

 オードの口調は訝しそうだった。彼は長い髭をしきりにしごいた。

 すると、今まで黙って控えていたジュークが静かに口を開いた。

「邪神の完全復活のためです」


「!」

 驚く老師オード。

「お前さんは……」

 彼は、たった今ジュークの存在を認識したらしい。はっとしてジュークに目を向ける。

 その彼の目が大きく見開かれた。そこはかとなく好奇の色が浮かんでいる。そして、ほうっと溜め息のような声を上げた。どうやら、彼のまわりに漂う何とも言いがたい神々しさに感銘したらしい。

「私はジュークと申します」

 ジュークは、そんな老師の反応もまったく気に留めるふうでもなく淡々と続ける。

「シモラーシャさんにお願いして、老師様にお逢いしたく、ここまで参上しました」

「このワシに……?」

 ジュークは少々大げさに頷いた。オードはジュークを見つめた。

(この青年は───)

 彼は、まだ十八くらいにしか見えぬジュークに、何か不思議な雰囲気を感じた。

(この神々しいまでの威厳は、どこから生まれているのだ?)

 オードはすっかり戸惑ってしまっていた。少々取り乱してしまったかもしれないと、彼は自分自身の威厳を取り戻そうと咳払いなどしてみる。すると、先程ジュークの言った言葉を思い出した。

「邪神の復活のためと、言われましたな」

「はい」

 ジュークは頷いた。

「風神が完全復活を遂げるため、血の儀式を執り行ったのです」

「風神じゃとっ」

 驚愕する老師に、再びジュークは頷いて見せた。

「ジュークとやら……」

 喘ぐように彼の声は途切れそうだ。

「お前さんは一体何者なのじゃ」

 その時、マリーの目が輝いた。まるで、その言葉を待ってましたといわんばかりにだ。

(さあ。聞かせてもらいますよ)

 だがジュークは、オードの質問をそれとなくはぐらかせた。

「老師様。実は私は、ある御方を捜してここまで来たのです」

 いったん言葉を切ると、彼は大切なことを告げるかのように重々しく続けた。

「この魔法の塔を創設された女性です」

「なんとっ!」

 オードは目を見張った。あまりの驚きのため、卒倒でも起こしかねない様子だ。

「ジューク!」

 シモラーシャが叫んだ。

「何言ってんのよ。シモン・ドルチェ様は一千年も前に亡くなった御方なのよ」

 呆気に取られた顔で、彼女はジュークを見つめた。

(なんだと!)

 マリーは真っ青な顔をしていた。一番驚いているのは彼かもしれない。

(この男は『彼女』を捜しに……?)

 マリーの心は千々に乱れた。

(それでは、やはり善神……なのか?)

 ───バサッ

 次の瞬間、老師オードはジュークの足もとに跪いていた。

「老師様っ?」

 シモラーシャが驚いて叫んだ。

 驚いたのは彼女だけではなかった。ジュークも目を見開いてこの老人を見つめている。

「老師様。どうぞお顔を上げてください」

 優しく手を差し伸べる。

「いったい私を、どなたと勘違いされたのでしょうか?」

 オードは顔を上げた。困ったような表情の麗しい顔がそこにはあった。ジュークは、かがむとオードの肩に手を添えた。

「老師様にそんな風にされる身分ではありません。私はただの使者ですから」

「と、申しますと……?」

 オードは訝しそうに首を傾げた。

「私はオムニポウテンス様のご命令によりここまで来ました」

「何ですと!」

 オードは魂消た声を上げた。

「おお……」

 彼は再び顔を下へ向けた。

「おお……それでは……」

 彼の顔を見ることができたなら、まるで何かに取りつかれたような表情が見ることができたかもしれない。

 そして彼は跪いた恰好のまま、ブツブツと何事か呟き始めた。


 いつの日か

 この地に降り立つであろう

 その者

 その身に黄金の光を纏い

 黒き瞳と

 隠されたる神の瞳を持ちて

 我を訪ね来るだろう

 その時

 まさに邪神の復活が始まる

 地上は

 再び恐怖に包まれる

 我は目覚めん

 我は甦らん

 我の力と記憶を携えて

 彼に

 まみえんために


 老師オードは目を閉じ、呟きを呪文の如く繰り出していた。

(シモン・ドルチェ様)

 彼の閉じられた瞳に映し出されたその姿は輝きに満ちていた。肖像画でしか相対したことのないその人物は、魔法の塔の創設者であるシモン・ドルチェその人であった。

 そして、彼の口から繰り出された呪文のような言葉は、シモン・ドルチェが身罷(みまか)る時に残したと言われる予言の言葉であったのだ。それは彼女の肖像画の隅に書き込まれたものである。

 オードはうっすらと目を開け頭を擡(もた)げた。恭しく両手をジュークに差し伸べる。

「老師様……?」

 そんな彼をジュークは心配そうに見つめ、呼びかけた。

 その声に、オードははっと我に返った。目をぱちぱちさせる。陶酔状態から目覚めたようである。コホンと一つ咳払いをする。

 何事もなかったかのように、彼は喋り始めた。

「それでは貴方は神官様ということでございますな」

「ええ、まあ、そうとも言いますが……」

 ジュークは困った顔をした。

「私としては不本意です」

 そして、オードを訝しそうな目で見つめたが、さきほどのことに関して何も問いかけることはしなかった。

 さて、マリーはというと、何もかも納得したような目をジュークに向けていた。思わず言葉がもれる。

「光輝神官……ですか」

「え……?」

 シモラーシャがマリーを振り返った。

 彼は、彼女に見られているのも気がつかずに続けた。

「そうか……そうだったんだ。君はオムニポウテンスに選ばれた、あの噂の男だったのですねえ」

 何が可笑しいのか、くすりと笑う。

「マリー……?」

「あっ、いや……」

 ひどくびっくりしてマリーはシモラーシャに視線を向けた。慌てて取り繕う。

「な、何でもないですよお。やだなあ。僕何か言いましたあ?」

 マリーはアハアハと焦りながら笑う。

 シモラーシャは、そんなマリーを疑わしそうに見つめていたが、何も言わずに視線をそらした。その視線はジュークに向けられる。

 マリーはホッと胸をなで下ろす。

 そのやり取りをどう思ったか、ジュークは何事もなかったかのように喋った。

「ただのジュークとお呼びください」

「そうはおっしゃいますが」

 オードは納得いかない様子だ。

「神官様は直接神のお言葉を賜る御方。それなりの礼儀というものが……」

「そういう事は一切無用です。いいですね。老師様」

「……相判り申した。そこまでおっしゃるのなら、ワシも改めましょう」

 オードは頷きながら立ち上がる。

「ジューク。神官様だったの?」

 ジュークに近づきながらシモラーシャは聞いた。ようやく事の次第が飲み込めてきたらしい。

「ですからシモラーシャさん」

 ジュークは、困惑気味の表情を見せた。

「神官様はやめてください。私はただお使いに来ただけの人間ですから……」

「え?」

 彼のその言葉にシモラーシャは心外といった顔を見せた。

「なら……お使い終わったら、ジューク帰っちゃうの?」

 ジュークの表情が悲しそうに曇る。

「すみません。シモラーシャさん。私は帰らなくてはならないのです。ですから……」

 辛そうだが、それでも言い切る。

「あなたのパートナーにはなれそうにありません」

「そんな……」

 シモラーシャは、やりきれないといった表情を浮かべた。

「………」

 それを嫌な気持ちで見つめるマリー。

 ジュークは、しばらく思いやるように彼女を見ていたが、再びオードに顔を向けた。

「魔法の塔の創設者はシモン・ドルチェ様というお名前なのですね」

「そうですじゃ」

 オードは大きく頷いた。それに答えるようにジュークも軽く頷く。

「それではお顔を拝見させてください」

 オードが彼の求めに応えようと口を開きかけた。

「何言ってんのよ!」

 シモラーシャが叫んだ。とんでもないことだといわんばかりに続ける。

「シモン・ドルチェ様の御尊顔は厳秘に付されている魔法の塔の絶対タブー。代々、老師様だけしか拝顔すること能わずと言われてるのよっ」

 鼻息も荒く息巻くシモラーシャ。

「良いのじゃよ。シモラーシャ」

「老師さまっ」

 色めき立つ彼女にオードはとても優しそうな目を向けた。

「ワシはこの時を待っとったのじゃ」

「え……?」

 訝しそうに眉をひそめるシモラーシャに、うんうんと頷いてみせる。彼女を見つめる老師の目は娘を見つめるそれのようだ。

「老師様。お願いします」

 ジュークにしては珍しく、オードをせき立てている。とても急いでいるようだ。

 オードは頷くと歩きだした。

「ワシについて来てくだされ───シモラーシャたちはここで待っておるのじゃ」

 シモラーシャがついてこようとするのを、彼は押しとどめた。そして出ていった。

「すぐに戻ってきますから……」

 ジュークはシモラーシャに微笑みかけると急いで後を追った。

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