第十話「もえVSしずく……の裏側! 秘密の作戦会議!」

 十二月――吐く息が白く大気を染め、街を歩く人々の服装も自然とコートにマフラーへと様変わりする季節。


 学校ももうすぐ冬休みを迎えるというタイミングでしずくから連絡を受けて放課後、待ち合わせ場所となるショップへとやってきたひでり。


 暖房の効いた店内で寒さに縮こまっていたが体が解けていくような感覚を感じつつ、ひでりはショップ内のプレイスペースにて腰掛けるしずくの方へ歩み寄っていく。


「今日はまたどうしたのよ。急用って何かあったの?」


 しずくと向き合うようにテーブルを挟んで座りつつ、ひでりは問いかけた。


 地区予選の一件から随分しずくと友達としての交流を重ねてきたひでり。こうしてスマホで連絡を取り合って待ち合わせることも今では珍しくないのだが、今日はしずくから「どうしても時間を空けて欲しい」と言われたのだ。


 正直、しずくからそのような誘いを受けては家が火事でも来たであろうひでり。


「呼び出して悪かったね。ちょっと大事な戦いがあるものだから、デッキ調整に付き合ってほしいなって思ったんだよ」

「大事な戦い? 団体戦ってまだのはずでしょう?」


 ひでりは思い当たる大きな大会もなく首を傾げる。


「その団体戦に出場する枠を争ってもえと対決することになったから、デッキ調整をしたいんだよね」

「赤澤もえと!? なんでよ? あれは青山しずくが手に入れた権利でしょう?」


 ご存知のとおり、カード同好会が出場する地区予選への権利はしずくが手に入れたもの……それはひでりも知っていることのため心底驚いたように疑問を口にする。


「まぁ、そうなんだけどね。ただ、私としてはアレってカード同好会に寄付した気持ちでいてね。だから、権利を取得した私が無条件で出場できるっていうのは個人的に無しなんだよね」

「イマイチ、ピンとこないんだけど……実は大して出たいわけじゃないの?」

「いや、出たいよ。もの凄く出たい……でもさ、同じように出たい人がいるならその可能性を潰したくもないかなって」


 しずくの言いたいことを何となく理解してきたひでり。


(まぁ、確かに青山しずくが権利を取ったのだから残り二枠で普通は考えるわよね。でも、カード同好会にはプレイヤーが全部で四人いるから必然的に誰かが余る。……なら、自分の優位性を捨ててでもフェアな条件を作ってチームを組みたいってことなのかしら?)


 しずくの誠実な部分に触れた気がして、素直に「いいな」と思うひでり。


 思わず表情も緩むのだが――しかし、引っかかることもある。


「でも、だったらどうして赤澤もえと戦うのよ? 事情がよく分からないけど……もしかして緑川葉月と白鷺ヒカリさんはもう出場確定ってこと?」


 先日、大会で葉月が準優勝したことからとうとうカード同好会のメンバー全員の名前をひでりは覚えていた。


「寧ろ、今回は卒業する葉月さんとヒカリさん……この二人が出場確定ってところからチームメンバーを組み立ててるんだよね。だから、残り一枠をもえと争うんだ」

「卒業だから花を持たせるって感じなのね……しかし、だとすると赤澤もえはなかなか根性があるわね。よりにもよってあんたと最後の枠を争う気だなんて」

「まぁ、最初は私に譲る気でいたみたいだよ。でも、最終的には自分から枠を賭けて勝負して欲しいって言ってきて……それがすごく嬉しかった」


 少しだけ口角を上げ、嬉しそうにするしずくを見てひでりも同じ表情を浮かべる。


 しずく自身は何とも思っていないが、彼女はショップにおいてちょっと特殊な状況に置かれている境遇がある。それを知っているひでりは嬉しそうな彼女の内心を深く理解していたのだ。


(どこのショップにも似た空気があると思うけど、強いプレイヤーって尊敬されると同時に畏怖される。誰だって負けることが怖いから、だんだんと勝負を挑まれなくなってくるのよね)


 ちなみにこういった事情があるため、懲りずに宣戦布告してくるひでりをしずくは「ちゃんと見ていた」のである。


 まぁ、それはともかくとして――、


「なら、礼儀として全力で叩き潰してあげなきゃいけないわね……と言いたい所だけど、あんたと赤澤もえの戦績を考えるに対策なんて必要なのかしら?」


 それはひでりでなくとも、ショップに通っている誰もがこの一件を話せば返すであろう言葉だった。


 もえがしずくに勝って大会で優勝したことは一度もない。


 普段、何度も繰り返し練習試合をする中で勝つことはあっても、大会という場においてそういった偶然を引き寄せたことは現状、皆無なのである。


 だが、しずくは「必要だよ」ときっぱり口にする。


「これは大会じゃないからね。対戦相手が分かりきっていれば対策ができるし、私を倒すための尖ったデッキ構築すら可能だよ」

「……なるほど。普通、大会ならあらゆるデッキに勝てるようにしなきゃいけないけど、今回はあんたと戦うことだけに集中できるものね」

「そういうこと。つまり、勝つためにあっちがやってくるであろう対策を読んだ上でのデッキ構築が必要になるかなって」


 しずくの懸念を理解し、自分が何のために呼び出されたかを把握したひでり。腕組みをして思案顔を浮かべる。


「とはいえ、赤澤もえはどんな風に対策をしてくるのかしらね」

「多分、葉月さんやヒカリさん、それに幽子と相談してデッキを組んでくるんだと思う。私の使ってるデッキは現状、葉月さんと内容が同じだから……」

「なら、こっちの手の内に明るい人間が赤澤もえに助言する形になってるわけね」


 先日の大会にてひでりは葉月に敗れているため、彼女の実力が疑いようもないのは分かっている。


(緑川葉月は青山しずくと同等とは言わないまでも、かなりの技量だった。なら、青山しずくが今のまま普通にデッキを使っても勝てないようにはしてくる。しかし、どうやって……? 私や青山しずくが使うデッキって対策がしづらいと思うけど)


 とはいえ、しずくがしっかりと準備をしたいというのだから「何かしら仕掛けてくる」という予測があるのだろうと思い、ひでりは自分がもえの立場だったらどうするかを考えてみることに。


(まぁ、弱点が突けないデッキを相手が使うというのだから、こっちも弱点のないものを用いるしかないわよね。そうしたら、より欠点のない方が勝つのかしら……? でも完全無欠って、そんなデッキ存在しないわよね。あるわけないし、もし存在するならそれは理論上の話でしかないはず……)


 結果から言えばこのひでりの推測、大正解である。


 理論上最強を実際にやってのけるのがもえ、そして彼女を支える三人の発想なのだが――そこまでぶっとんだ相手だと思っていないのか、割と常識の範囲内で二人は対策の検討を進めていくのだった。


       ○


「カード同好会で24日かな……クリスマス会やるって話になってるんだけど、ひでりもよかったら来ない?」


 デッキ調整を終えカードショップを出た二人、自転車を引いて歩くしずくは息を白く染めながら隣を歩くひでりに問いかけた。


「カード同好会のクリスマス会って言ってるのに、私なんか誘っていいのかしら?」

「別にいいんじゃない? 姉さんも誘ったからカード同好会オンリーってわけじゃないし。プレゼント交換なんかもするから、姉さんのサイン入りの何かが回ってくるかもね」

「あ、青山みなみさんも来るの!? ……行きたい、死ぬほど行きたいわ」


 驚いた表情を浮かべたかと思いきや、今度は悶絶した顔をするひでり。


 ちなみにひでりは文化祭の時に結局、みなみからサインを貰うことはできなかった。まぁ、それは大会でみなみ特有のメンタルブレイク戦術で精神を削られたからなのだが……。


 しかし、それほどにサインを欲しがっていたひでりだが、願ってもない誘いに大きく溜め息を吐いて肩を落とす。


「せっかくのお誘いだけど、24日は予定があってね。クリスマスイブは家で過ごすことが決まっているの。正直、断ってでも行きたいけど……普段好き勝手させてもらってる分、そういう日はきちんと付き合わないとね」


 家が火事だったとしてもしずくの誘いは断らないと思われたひでりだが、苦渋の決断で表情を暗くしてお断りを口にする。


 ひでりの家は金持ちである。ゆえにクリスマスパーティーは普段、お世話になっている人間を集めて盛大に行われ、娘であるひでりにも両親は顔を出して欲しいのだろう。


 しずくも心なしか残念そうな表情で「そっか」と言いながらも、顎に手を触れさせて思案顔――そして、何かを思いついたのか「じゃあさ」と提案する。


「25日は空いてたりしない?」

「えーっと……そうね、次の日なら大丈夫なはずよ」

「じゃあクリスマス会は25日に変更ってことで。夜中まで起きててサンタクロース捕獲作戦はみんなでできないけど、まぁ別にいいよね」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私のために日付を変更することはないわ! ……いや、っていうかあんたは毎年クリスマスにそんなことしてるの……?」


 慌ててしずくの言葉に遠慮を見せたかと思えば、サンタクロース捕獲作戦について呆れた表情を見せたり忙しいひでり。


 対するしずくは不思議そうな表情。


「メンツが揃わないならいっそ日付を変えるってのは名案だと思ったんだけど……」

「変えなくていいから、みんなで楽しんで頂戴よ。それに、もしもそんなワガママを通したら赤澤もえあたりが面倒くさそうな顔をするわよ」

「……ん、そう? もえってそんな子かな」


 もえはそんな子である。


 普段からショップ大会で会う度、ちょっとした発言の揚げ足などを取られていじり倒されるため、ひでりはもえという人間を割と理解していた。


 さて、それでもひでりと遊ぶことを諦めようとはしないしずく。


「じゃあ25日にどこかへ遊びに出かけようよ。それならいいでしょ?」

「まぁ、それなら私としても問題はないけど……ただ、無理して私に構わなくていいのよ?」


 眉を落とし遠慮がちに語るひでりであったが内心、その誘いが飛び跳ねたくなるほど嬉しかったりする。


「無理に構ったりしてないよ。私がひでりと遊びたいだけだし」

「そ、そう……? なら、25日は遊びに出掛けることにする?」

「うん。じゃあ25日はひでりとデートってことで」

「で、で、デート!?」


 しずくは表情をピクリとも変えず「遊びに行くこと」の変化球的表現としてデートと言ったが、ひでりには膨大な情報量を含んだ言葉として鼓膜を震わせたために目をぐるぐると回してしまう。


(あ、あ、あ、青山しずくとデート!? 友達の間でもそういう表現ってするのかしらっ! いや、もしかしたら青山しずくは私のことを友達以上に思っていて……ちょ、ちょっと、困るわ! いや、困らないけど……でも! でも! でも!)


 顔を真っ赤にして心ここにあらずといった感じで、しかし幸福に満ちただらしない表情で小さく「へへ……えへへ」と笑い声を漏らす。


 そんな彼女を心配して「ひでり?」としずくが呼んだため瞬間、我に返って首をぶんぶんと横に振り、ひでりは咳払いをする。


「と、とりあえずクリスマスの約束はそれでいいとして……明日は勝ちなさいよ!」

「うん、もちろん勝つよ。せっかくひでりに調整を手伝ってもらったんだからね」


 話題を変えたかったのか唐突に明日のもえ戦を引っ張り出したひでりに対し、しずくは少し表情を勇ましいものに変えて首肯した。


 ……さて、もえとの戦いという言葉を聞いて今日一日、ひでりの中では違うことがずっと頭の片隅にあった。


(クリスマスに青山しずくとデート……楽しみ過ぎて当日まで一睡もできない可能性があるわ。……まぁ、それはともかく。そろそろ実力をつけてきたあの二人が赤澤もえと決着をつけると言ってたし、その件も見届けなきゃね)

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私たちカード同好会ですっ! あさままさA @asamamasa

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