第九話「文化祭! ひでりとしずくとプロプレイヤー!」

「せ、せっかく青山みなみプロからサインを貰えるチャンスだったのに……」


 肩を落として嘆息し、力なく語ったひでり。


 ――時は流れ、カード同好会の面々が通う学校が文化祭を開催する日。


 しずくから誘いを受けたひでりは「仕方ないわねぇ」と呟きながら文化祭にやってくるも、表情と足取りは上機嫌そのものだった。


 何かのお誘いを受けることもひでり的に重要な「友達っぽさ」であり、今まで心を許せる友人のいなかった彼女にとってこれは大事な初めての一つなのである。


 というわけでカード同好会の部室を訪ね、オリジナルカードの体験会に参加したひでり。ご存知のとおり彼女はここでプロプレイヤー、青山みなみと偶然にも鉢合わせした。


 お気に入りのプロプレイヤー、青山みなみが目の前にいる……ならば握手したいし、サインも欲しい。


 なので声をかけるタイミングを伺っていた――が、突如として妹だと発覚したしずくが部室に帰ってきたことによって、みなみは姉妹水入らずの状況でも作りたかったのか二人で部室を出ていってしまった。


 そんなわけでひでりはサインを貰い損ね、軽く落ち込んでいる状況なのである。


「まだ諦めるのは早いんじゃないかな、ひでり君! みなみさんは昼からの大会にも参加してくれるかも知れないし、もう一度会う機会はあるよ、きっと!」

「相手はプロプレイヤーよ……? 出てくるとは思えないんだけど」


 みなみからサインを貰えると興奮気味になったテンションが急落下したこと、そして全身緑の訳が分からない人物に慰められていることでトーンも低く言葉を発するひでり。


 しかし、落ち込むひでりに対して「大丈夫ですよ」とヒカリ。


「みなみさんはきっと大会に出場すると思います。私はあの人をプロになる前から知っていますけど、性格的に出ないわけがないかと」

「え? ほ、本当ですか? ……し、白鷺ヒカリさん」


 突然話しかけられて背筋が伸び、口調も固くなるひでり。


 何度か触れていることではあるが、ひでりはヒカリに対して苦手意識を持っている。


(この白鷺ヒカリって人、苦手なのよね……。対戦中にニヤニヤしてたり、徹底して相手をいたぶるようなデッキしか使わないし。しかも劣勢になったら顔を赤くして息が荒くなったり……一種の変態だったりするのかしら?)


 正解である。


(いやいや、何を言ってるのよ、私は! 他人を勝手に変態扱いだなんて失礼極まりないわ! どちらかというと変態なのは隣にいる緑色の変な奴でしょ!)


 あっさりと思考を矛盾させるひでり。


「それにしてもみなみさんが大会に必ず出てくるっていうのはどういうことなんだい、ヒカリくん」

「……ほんと、ここがリング上なら羽交い絞めにしてマスク剥ぎも辞さないのですが……まぁ、いいでしょう。みなみさんは勝負事からは逃げないし、率先して参加するバトルジャンキーなんですよ」

「なるほどね! 要するに、大会と聞いて出場しないはずがないというのは、みなみさんが戦いある所に必ず現れるバトルジャンキーだからなんだね!」

「要するに、と言った割には私が言ったこと繰り返しただけじゃないですか……」


 カード同好会としての正式な活動であるバトルマスター。


 ヒカリも同意した上で葉月に任せたはずだが、どうもイラつくようで言葉尻がキツめになっていた。


「……まぁ、そんなわけでみなみさんは必ず大会に来ますし、何か用事があっても『戦いから逃げるんですか?』って挑発すれば息切らして走ってくるでしょう。ですから、それまで文化祭でも見て回って下さいな」

「あ、ありがとうございます……ほんと、そこまで親身になってもらえるなんて」

「構いませんって。同じカードゲーマーのよしみということですよ」


 柔和な笑みを浮かべて語ってヒカリに対して、今までの彼女に対して抱いていた評価を思ってひでりは申し訳ない気持ちで後ろ頭を掻く。


(何で怖いとか、変な人ってイメージを持ってたのかしら……普通にいい人だわ。考えてみれば、青山しずくの友人だから当然よね。ほんと、変態とか失礼なことを考えて私ったら最低だわ)


 ヒカリに対するイメージは一新、今度ショップ大会で戦うことがあればビクつくことなく対戦を楽しめる予感がひでりの中で生まれていた。


 それはしずくと友達になったことで彼女に余裕が生まれたとか、そういうことも関係しているのかも知れないが……。


 ――しかし、白鷺ヒカリは実際に変態だし、対戦中に気持ちよくなって艶っぽくなるのはひでり側の気持ちの問題ではないので、結局はビクついて戦うことになるだろう。


        ○


 ひでりはヒカリから勧められたようにオリジナルカード大会までの時間、他の出店などを眺めたりして時間を潰すことに。


 教室によっては定番とも言える喫茶店を催し物としているところもあるので、そういった場所に入ってお茶でもしながら時間を潰すことはできるのだが……しかし、ひでりはどうやらそういった気分ではない様子。


 そわそわする気持ちを抱え、ひでりは思案顔を浮かべたまま腕組みをしながら人混みの中を縫うようにして歩む。


(ほんと衝撃よね……青山しずくの姉があのプロプレイヤー、青山みなみだったなんて。どうして気付かなかったのかしら? いや、ありふれた苗字だから仕方ないわよね)


 若干、仕方なくはない気もするが……とりあえず、ヒカリや葉月と会話していた時はサインを貰い損ねたショックが大きかったが、今になってはしずくの姉がプロプレイヤーということの衝撃がじわじわと湧いてきたのだった。


(ようやく分かった気がするわ……青山しずくが追いかけるほどの姉、それがプロプレイヤーだっていうんなら納得。地区予選を焦ったことも含めてね。そんな姉の背を追っているなら青山しずくも将来はプロプレイヤーに……?)


 もしそうなら、自分もその背を追いかけることで永遠に今のような日々を送ることができるのではないか、とひでりは思うのである。


(でも、今みたいな日々が続いて欲しいから、なんて理由でプロを目指すって……それは正しいのかしら?)


 モチベーションは憧れがいなければ維持できず、そのためには常にしずくが一歩前を走っていけなければならない。


 もし彼女がプロになるというのなら、同じ道へ進めば今のように何かを追う日々は続く。


 だが、追い続けたいという願望、それは誰かの下にあることを自覚的に認めているようなもの。


 勝つことを仕事にするプロがそんなモチベーションでいいのか?


 一番が好きなひでり。だからこそ――二番に甘んじ、自分より強い存在がいる競技でこそ燃える。そして、いつまでも燃えるような感情を胸に灯していたい。


 それは詰まる所、矛盾しているのだろうか――?

 そんな風にひでりが考えていた時のことだった。


 ふと通りかかった喫茶店をやっている教室から不意にしずくが出てきたのだ。


 連れ出したみなみと一緒に入り、先に姉が帰った形となっていたらしい。


 それだけなら大したことはないが教室を出るなりひでりを見つけたものだから声をかけようとして油断し、しずくは半分しか開けられていない扉に半身を激突――するも軽く手で額を押さえただけで、表情を変えず廊下まで出てきたのだ。


 呆気に取られ、口をポカンと開けるひでり。

 しかし――。


「あれ、ひでり? もしかしてもう帰る感じ? 昼からは大会もあるんだけど」


 しずくは何事もなかったかのように話題を放り込んでくる。


 だが、普通の人間は眼前で知り合いが扉に激突したのをスルーして会話に興じられるようにはできていない。


「あのさ……あんた、扉にぶつかってなかった?」

「ん? でも半分だけだよ?」

「もう半分は無事だからオッケーみたいに言ってんじゃないわよ……」


 誰かに禁止されているのかと思うほど、その表情に驚愕を描くことがないしずく。


 今も「何細かいこと言ってるのさ?」という感じでひでりを見つめている。


 ひでりとしても「普通はもっと激突したことに驚くものだ」などと普通を教育したいところだが、不毛と感じたので消化不良なままこの件は流すことに。


 二人は目的も定めず、何となくで校舎内を歩いていく。


「そういえばお姉さんはどうしたのよ? もう帰っちゃったの?」

「一旦、実家……まぁ、私の家に戻るってさ。でも大会には来るみたいだよ」

「そ、そうなんだ……」


 ヒカリの言っていたことが本当らしいことをしずくの言葉で確認し、内心でみなみのバトルジャンキーぶりに呆れるひでり。


「それにしても驚いたわ。あんたの姉があのプロプレイヤー、青山みなみだったなんてね」

「そういえば言ってなかったね」

「もっと早くに知ってたらサインを貰ってくれって頼んだのに。……いや、今日だってタイミングを伺ってたんだけど」


 ひでりの悔しそうな物言いに対して、しずくは探偵が悩むようなポーズで思案顔。


「姉さんのサイン……いいよね、私も欲しい。でも私にはくれないんだよね」

「なんで身内からサイン貰おうとしてんのよ……」


 ひでりは引き攣った表情でそのように言いながら、


(何かにつけて呆気に取られることばかり……流石姉妹って感じね)


 と、青山姉妹の独特なキャラクター性に圧倒されていた。


 ……さて、プロプレイヤー青山みなみの話題が出たのはひでりにとっては好都合である。


 姉を追いかけ、それをモチベーションとしているしずくならば将来的に目指しているものがあるはず。


 そしてひでりの予想は、姉の正体が分かってしまえばおそらく外れることはない。


 なので、この前のように問いかけることを躊躇する必要はなく、


「そんなお姉さんがいるってことはやっぱり、あんたも同じくプロプレイヤーになりたいって思う? お姉さんが憧れだって言ってたわよね?」


 ひでりは会話の流れで自然に問いかけることができ、そして――、


「もちろん。私もプロになりたい」


 いつものポーカーフェイスながらも、どこか強い信念を秘めた表情で即答したしずく。


 予想していた返事を受け、ひでりは嬉しそうに唇を曲げる。


「即答なのね。別に意外でもないけど」

「まぁ、姉さんがプロになった瞬間から決まった夢だからね。ただ、そういう話なら私も聞いてみたいって思ってたんだけど……ひでりはどうなの?」

「どう、というと?」

「プロプレイヤーになるつもりはないのかって話。カードゲームにかける熱で言えばひでりは私と同じくらいだって思ってるんだけど、考えたりはしない?」


 しずくの方からそういった話題を振られるとは思っていなかったため、目を丸くして体をビクつかせるひでり。


(前から聞いてみたいと思ってた……そうなんだ、そういう風に考えてくれてたのね。それってすっごく嬉しいわ!)


 思わず表情が緩みそうになるのを堪えつつ、ひでりは改めてプロについて向き合ってみる。


 無論、彼女は今日までプロの道を考えていた。しかし、それはしずくが進むかも知れない道だから、自分も選び取ることになりそうだという自意識的とは言い難い動機。


 ただ、ひでりは二年生だし、プロの道へ進むことは高校卒業と同時でなければならないなんて決まりはない。動機があとからついてくることもあるだろうし、ならば――ひでりが答えられるのはここまでである。


「プロになれば今みたいにあんたと競うことがずっと続く……それって凄く楽しそうだって何度も考えたわ。だから、もう少し……今までより前向きに検討してみることにするわ」

「いいね。……そうなると、本当にいいよね!」


 自分の中で温めていた将来のビジョン、それを赤裸々に語って視線を泳がせるひでりだが――その言葉を語った瞬間のしずくは見逃さなかった。


 あのしずくのポーカーフェイスが崩れ、無邪気な笑みへと変わったのだ。


 そんな表情に心を奪われ、鼓動が大きな一打を鳴らすのを聞いたひでり。耳が熱くなり、泳ぎかけていた視線は隣を歩くしずくから離せなくなってしまう。


 そんな彼女のちょっとしたときめきを他所に、しずくは楽しげに続ける。


「もしもプロになって今みたいにカードゲームをひでりと遊んでいけるなら、学校を卒業しようがどうなろうが、ずっと一緒だね」

「ず、ず、ず、ずっと一緒!?」


 しずくの意図を越えた解釈をしたのか、顔を真っ赤にして唇をパクパクとさせるひでり。


 ただ、しずくがキラキラとした瞳で楽しげに語った未来――それに伴うのはいつもなら友人と別れる夕方を越えて、お泊り会で夜遅くまで遊んでいられるワクワク感に似た感情で。


 恥ずかしそうに目線をそらしてしずくの隣を歩きながらも、ひでりはそんな未来こそを熱望してしまうのだった。

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