第八話「ひでりの決勝大会! そして考えるカードゲーマーの将来」

「いやぁ、助かったよ。車で会場へ行ける上に、家まで迎えに来てもらえるなんて」

「付き添ってくれる人間に対する当然のことをしたまでよ。どちらかというと一緒に来てくれることに私が助かってるんだから」


 後ろ頭を掻いて申し訳なさそうな仕草をするしずくに対し、ひでりは尊大な態度と口調で言った。


 しずくがひでりに付き添う用事――それは九月のとある週末の早朝。群青色の空を少し顔を出した陽の光が切り裂き、浮かぶ雲に輪郭を与える時間帯。


 今日は個人戦の決勝大会が行われる日であり、ひでりは出場すべく高速を用いても車で片道二時間はかかる大移動を経て、会場となる場所まで向かう。


 いつものように自宅専属の運転手に車を出させ、向かう途中で予め約束をしておいたしずくを拾ったところだったのだ。


 車内、金持ちの車らしく一般的な自家用車とは比べものにならない内装の中にあって、対面するように設置された座席に二人は向き合うように座る。


 ちなみに二人の間にはテーブルも設置されており、カードゲームも可能。急ブレーキがかかればテーブルからカードが滑り落ちそうではあるが。


 さて、今回の決勝大会へ二人で行くことになったのはひでりが頼んだのではなく、しずくからの提案だった。


 そして、しずくが語った「助かった」というのは、


「本当に決勝大会の会場って遠いよね。いや、私達の住んでるところが田舎なだけかな? だからさ、電車代も結構覚悟してたんだけどそれが浮いたのはやっぱり助かるよ」


 お小遣い事情は規格外の金持ちであるヒカリやひでりと違って一般的なしずく、万単位がかかるであろう交通費に少し躊躇はあったのだ。


「まぁ、私としては電車も未知の体験って意味で悪くなかったけど、見知らぬ他人と一緒より車の方が気は楽よね」

「あれ、ひでりって電車に乗ったことないの?」

「ないわよ。……っていうか、乗り物って意味で言えば家の車以外はほぼ乗ったことないんじゃないかしら。自転車だって乗ったことないもの」


 顎に手を触れさせ、振り返りつつ平然と語ったひでり。


 こういう場面でもえならばヒカリ相手に手慣れた金持ちいじりを繰り出すだろうし、葉月ならば「いいなぁー。ウチにはマイカーどころかマイチャリすらないんだけどー」と僻みを見せただろうが、相も変わらず淡々としているしずく。


 先ほど挙げた二人とは一味違った返しを口にする。


「だとしたら気を付けた方がいいよ、電車は。システムが複雑だし、乗り間違えだって日常茶飯事……乗りこなせる人間なんて一握りなんだよね。私なんて未だに電車を乗りこなせなくて自転車通学だし」


 乗り間違えを頻発させる自分が人より劣っているのではなく、正しく乗れる人間の方が凄いという解釈で己を正当化させるしずく。


 本来ならば呆れたり、馬鹿にしたりする場面なのだが……、


「そうなのね……。乗ったことなかったけど、そんなに難しいんだ。……確かにいつだったか見た路線図ってやつ、複雑で迷路みたいだったわ」

「あれって行き止まりあるよね。多分、ハズレを引いたらそこで降ろされるんだよ」

「恐ろしいわね……なんで当たりハズレを作るのかしら」


 終点を行き止まり扱いするしずくと、それに何の違和感も抱かず恐れ戦くひでり。


 ひでりもだんだんとしずくの人間性を理解してきたものの、まだ心の中では「クールなカードゲーマー像」が残っている。


 なのでしずくのわざとらしくない純粋な口調に、ひでりの金持ちからくる世間知らずが真実味を持たせたのかも知れない。


 ただ、それほどに電車を苦手とするなら……とひでりは思う。


「そういえば去年、あんたは確か決勝大会まで進んでたと思うけど、その時はどうやって会場まで行ったの? この距離よ? 電車ほどの乗り物に乗って無事だったとは思えないんだけど」


 しずくに対してなら合っているような……いや、間違っているような微妙なセリフを案じた表情で口にしたひでり。


「その時は姉さんに車を出してもらったんだよね。道中、ずっと文句言われ続けたの覚えてるよ」

「あんたの姉さんって確か、個人戦で優勝したっていう……?」

「そうだよ。だから、文句は言われながら大会に臨むにあたってのアドバイスなんかも混じってたから結構、心強かったかな」

「なるほどね。優勝経験者が身内にいる特権ね」


 ひでりはしずくの実力の高さを「仲間がいるから」と考えていたが、姉の存在を聞いてからはそれも「理由の一つ」だと考えるようになった。


 優秀な指導者がいたことに加え、憧れが目標を高く持たせ、結果としてモチベーションに繋がっている。だからこそ、研鑽が苦にならず強くなっていくのではないかと考えていた。


 さて、そんな考え事をするひでりを他所にしずくは続ける。


「で、だからさ……私もひでりに付き添って行こうかなって思ったんだよ。地区予戦の時にも感じたんだけどさ、個人戦だからって一人で戦う必要ってないんだよね。だから、今日の私は対戦相手じゃなくて、仲間ってことで」

「……それはつまり、私を支えてくれるために今日時間を使ってくれたってこと?」

「そんなの必要としないって言われたらそこまでだけど、でも私はそうしたいって思ったからね」


 さらりと語られたしずくの言葉、それがひでりにとっては心をがっしりと掴んで揺さぶられるような衝撃となって響いた。


 そして、しずくの強い理由を改めて思い返してみる。


 しずくには仲間がいて、だからこそ強い。

 ――だが、ひでりにも今はしずくという「仲間」がいる。


 姉という自分より上の実力を持った憧れが存在するから強い。

 ――ひでりには前からずっと追いかけてきた「目標」となる人物がいる。


 確かに今日、一人で会場に向かっていたならひでりは緊張したかも知れないし、カードゲーマーが本番の瞬間まで戦い続けるデッキ選択や、デッキ構築……それら全ての迷いを胸中で抱え、挑まなければならなかった。


 だが、今はあれだけ願った友人がいる――。


 ひでりは金持ちであるために一般常識が欠落している。電車賃を使ってまでひでりと共に会場へ行こうとしたしずくの優しさにはピンと来ない――が、今日という時間を使ってくれたことは染み入るように理解できる。


 もしかすると自分が出られない決勝大会に行くこと、そして行けなかった理由を思ってどこかで悔しさを感じているかも知れないしずくが、そのように行動してくれたのだから!


 だから――、


「素直に嬉しいわ、ありがと! 正直、私のカードゲームにおけるモチベーションってショップでいつも負かされるあんたを倒すこと……だから、今日は何のために戦うんだろうって思ってたわ。でも、応援されたら――勝たないわけにはいかないわね!」


 珍しく素直にお礼を言い、さらにはいつぞや恥ずかしがって口にしなかった自身のモチベーションすら明かして柔和に笑んだひでり。


 しずくの言葉でひでりの心は満たされていき、大会に対して挑む気持ちにいつもの執念――いや、それ以上のものが伴っていくの感じていた。


(行ける……行けるわ! 今日の私は何か違う! このまま優勝だって……!?)


        ○


 ――流石に優勝することはできなかった。結果はベスト8であり、去年のしずくの成績と同じに留まることに。


 一位をこよなく愛するひでりとしてはこの結果に対して、ただただ悔しさが募るのだが、目標であるしずくを変に超えてしまわなかったことに安堵している自分がいるのに気付き、感情は複雑だった。


 そんなわけで日帰りのため、観光する余裕もなく帰路を走る車内。


 車は大きな川の間に架かる橋の上を走る。窓からは沈みかけた夕陽がキラキラと水面を照らしており、対照的な逆光の影を伴ったビル群を含めて美しい光景が望む。


 だが、そんなものには目もくれずひでりは魂が抜けたような表情。車に乗り込んでからは嘆息ばかりを繰り返していたが、何もしゃべらないのも失礼だと思ったのか口を開く。


「……負けちゃったけど、ベスト8まで行けたってのは正直驚きだったかもね。それなりに自分の実力が通用するんだって確認にはなったし、良い経験だったわ」


 ひでりの言葉は負け惜しみなどではなく、実際に全国から集まった猛者達を相手に勝利を収めた……これは決勝大会でなければできない貴重な経験であり、何にも勝る自信となる。


「まぁ、私はひでりがベスト8にまで上がったこと、驚かないけどね。もっと上に行ってたっておかしくないと感じてたし」

「嬉しいことを言ってくれるわね。……でも、逆に言えば私があそこまで戦えるレベルの大会でもあったわけよ? 最終的に私が負けた相手って結果今年のチャンピオンだったわけだけど、あの人であんたと同程度って感じ。寧ろ、去年はなんであんたが優勝じゃないの、って話だわ」


 ひでりはどこか不貞腐れたような口調で言った。


 ……まぁ、カードゲームの上手い下手を誰と誰が同程度などと比較することは正直言って不可能。ひでりの体感でしかないのだが、しずくレベルのプレイヤーがゴロゴロと世間にはいるのかと言われれば、それはノーである。


「光栄な評価だね。でもまぁ、同程度と言ってもそれは今の私と、ってことじゃない? 去年の私は、今の青山しずくより弱かったから勝てないのは当たり前だよ」

「じゃあ、来年のあんたは確実に全国優勝ね。まだ成長を続けてるなんて、どんだけ伸びしろがあるのよ、あんたは……」


 呆れた物言いをするひでりだが、しずくは「でも」と言って語る。


「それはひでりだって同じだよね。何かをやり続ける限り、発見や気付きがあるんだから成長しないわけはないんだよ」

「だとしたら来年が楽しみだわ。そして、来年の今頃もこうして決勝大会にどちらかが駒を進めていればいいわね」

「そしたらまた一緒に会場へ行けるね。今みたいに」

「……そ、そうね。そうなるといいわね!」


 頬をポリポリと掻きながら、嬉し恥ずかしな表情で目線を逸らすひでり。


 今日、友人と一緒に遠出するということそのものがひでりにとっては一大イベントであったのに「来年もう一度」と言われてしまったのだから、今から一年後が楽しみで仕方ない。


 だが、それと同時にひでりは思う。


(来年で私と青山しずくは高校生活も最後。せっかく友達になったのに大学へ進んだりするとバラバラになって疎遠になるのかしら……? というか、青山しずくは……そして私はカードゲームをそこからどうしていくの?)


 それはしずくを抜きにしても、カードゲームというものに対してひでりが考えていたことだった。


 これほどまでに時間を投資して打ち込んだ趣味であるカードゲーム。それを高校生活の終わりと同時に辞めることはあり得ないわけで……なら、こんな趣味の行き着く先は何なのだろうかとひでりは考えるのである。


 その形の一つがプロプレイヤー。


 ひでりはプロの試合を観戦するのも楽しみの一つであり、選手たちを見る度に「趣味を趣味で終わらせられなかったら、この道しかないんだわ」と思い、自分はどうしたいのだろうかと考える。


 しかし――、


(目の前の青山しずくにも勝てない私がプロっていうのはおかしな話よね。これでもし、青山しずくに『プロになったりするの?』なんて聞いて、そんな気がないと明白になったら……私もきっと趣味で終わらせるんでしょうね)


 そのように思い、ずっと心の中で聞きたいと思いながら問いかけられなかったひでり。


 彼女のモチベーションはしずくであり、そんな存在がいなくなったら自分のカードゲームに対する熱はどうなるのかと不安になるのだ。


 だから、本当はずっと背中を追いかけていたい……それはベスト8という結果に安心したことにも繋がる。


 叶うなら青山しずくというライバルの背を追って、追って、追って――いつしか全力で打ち込んだ日々が報われるような場所へと連れて行ってほしい。


 そう、プロの舞台へ――。


 そんなことを思いながら、来年の話題をしながらも再来年のことをひでりは考えていた。

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