第七話「地区予選、怒り狂ったひでり……の裏側!」
――ひでりは酷く落ち込んでいた。
家が所有する高級車の車内にて、専属の運転手をいつものようにこき使って県をいくつもまたぐ大移動。それはどこかへ向かうのではなく、これから帰るところ。
今日、ひでりは地区予選大会へと出場して見事優勝。決勝大会への切符を手に入れると同時に、宿敵である青山しずくに打ち勝って最高の瞬間を迎えた――はずだった。
しかし勝利の瞬間、ひでりの中にあったのはただひたすらな苛立ち。
決勝戦で戦ったしずくのプレイがいつものように正確無比なものではなく、ひでりが感じた言葉で表現するならば「雑」だったのだ。
経験に裏打ちされたプレイがそれほど定石を外さないため丁寧に見えるものの、与えられている思考時間を拒否するように早打ちでカードを切ってくる様からはいつものしずくらしい思慮深さが感じられなかった。
事実、ひでりが勝利したのはしずくが些細なミス――それも普段ならば絶対にしないであろう、致命的な悪手を打ってきたから。
そんな乱雑なプレイのしずくと戦い、ひでりは思った。
――いつも勝っているからナメたプレイをされたのだ、と。
そう思うと怒りが沸いてくるのだが、同時に自分など眼中にないのだということを思い知らされたようで悲しくもなった。
そして、そんな怒りと悲しみの二つが混在した心のまま、しずくに掴みかかって乱暴な言葉を吐き捨て……今へと至る。
……さて、その時は怒りと悲しみを感じたひでりだったが、今となっては違う。
彼女は落胆しているのである。
(あぁ、なんてことをしてしまったのかしら! なんてことを言ってしまったのかしら! もう青山しずくは私と口を聞いてくれないかも知れない! 会っても冷たい視線を向けるだけで、無視されるかも……!?)
後になって自分の行動に対して激しい後悔の念が吹き出し、車内で頭を抱えて死にそうになっているのだ。
(そもそもナメられているのなら普段のショップ大会からそういうプレイをされているはずじゃない! それに青山しずくは大会前、悩むことがあると言った。なら、あんな無敵に近いプレイヤーにだってプレッシャーとかあっておかしくないじゃない!)
思慮の浅さ、勢いだけで物を言ってしまう短絡さ……どうしていつも後にならないと気付けないのかと自分をひたすらに責めるひでり。
大会前、しずくとあれほど自然に会話をすることができたのに、今回の自分の発言で全てが壊れるのではないか……そう思うと怖くて仕方がなかった。
ひでりはしずくとの今の距離感を気に入っており、可能ならもっと親しくなりたいとさえ思っている。
だからこそ今は――結ばれかけた繋がりが切れるのを震えるほどに恐れているのだ。
(次会ったらきちんと話を聞いて、謝らなくちゃね……自分の愚行を素直に謝罪する憂鬱みたいなものもやっぱりあるけれど、過ちをほったらかしにして我が物顔で青山しずくに顔向けはできないわ)
そう心に決めたひでり。
だが、先ほどの推測が仮に正しいとすると――そのようにひでりは考える。
(あの青山しずくが『何がなんでも』と言うほど今回の大会に賭けていた理由みたいなものが、何かあるのかしら……? プレッシャーを感じるほどのことが?)
○
夏休み期間中であるため、大会翌日の月曜日から日中は毎日ショップに顔を出したがしずくが現れることはなく、結局彼女に会えたのは週末の大会となった。
ショップに姿を現したしずくの前に立ち、体をもじもじとさせ視線を泳がせながらも彼女に話があると言って外へと連れ出した。
二人はショップの入り口脇、利用客の自転車が数多駐輪され自販機が設置されている何でもない場所に立ち、並んで商店街を行く人へ視線を預けながら言葉を交わす。
第一声は自分から――そう思い、名前を呼んだひでりだったが、先に語り始めたのはしずくの方だった。
「ごめんね、ひでり」
「……え? なんであんたが謝るのよ」
自分の用意していた第一声を奪われ、拍子抜けするひでり。
しかし、もしもひでりが先に謝っていたらしずくが今の彼女と同じセリフを言っただろう。
「決勝戦の時さ、別に手を抜いたわけじゃないんだよ。私だって勝ちたかった……いや、あの場所にいる誰よりも勝ちに執着してた自覚さえあったくらい。でも、だからこそあんな感じになっちゃったのかな」
「……そうよね、手を抜かれたわけじゃないっていうのは後々考えて理解したわ。なのにあの時、私ったら乱暴に喚き散らして……こっちこそごめんなさい」
本当に心から謝りたいと思った時、ひでりの中のひねくれは鳴りを潜めるようで素直に言葉を紡ぐことができた。
「でも、勘違いさせるようなプレイをしたのは事実だからね」
「それ……どうしてあんな、焦った感じのプレイになったか聞いてもいいのかしら?」
「うん、別に構わないよ」
しずくはいつもの抑揚ない口調で続ける。
「私、姉さんがいるんだけどその姉が十七の時、個人戦を全国優勝しててさ。私にとって姉さんは憧れだから、同じ年齢になる今年はどうしても勝ちたいって思ったんだ」
「お姉さんが……なるほど、確かにそれは焦るでしょうね。憧れに近づきたいとか、同じ場所に行きたいって思うことは普通だものね」
ひでりはどこか重みのある裏打ちされた言葉で返す。
「まぁ、そんなわけで何がなんでも勝たなきゃって思って、気付けば乱れたプレイになった感じかな」
「でも、それくらい思い詰めてたなら、負けたことより冷静にプレイできなかったことの方がショックよね? もう大丈夫なの?」
「うん。カード同好会のみんなもいたし……それに、こうしてひでりと話すこともできたから、今はかなり気が楽だよ」
「え? あ……そう?」
立ち直るきっかけに自分の名前がカード同好会と並んで出てきたため、ちょっと嬉しくなるひでり。
支えてくれる人がいたから、しずくは手痛い失敗をしても折れなかった。
それが自分の場合だったら、今はまだ支え合うほどにかなでや美麗もカードゲーマーとして育っていない現状――どうなっていただろうと考えるひでり。
そんな思考の延長、こんな場の空気だからか普段は言わないであろうことをさらりと口にしてしまう。
「でも、なんかいいわね……そういうの。私にはカードゲーム仲間みたいなのがいないから、素直に羨ましく思うわ」
伏し目がちに寂しげなトーンで語ったひでりに対し、しずくは不思議そうな表情を浮かべる。
「何を言ってるのさ。私にとってひでりはこのショップで一緒にカードゲームをやる仲間だと思ってるんだけど」
「――え!? 私が!?」
「うん。私、ちゃんとひでりのこと見てる……ちゃんと見てるから。最強のプレイヤーっていうのは私の中で姉さんが一番なんだけど、二番目はまず真っ先にひでりが浮かぶ。ひでり相手に何度も勝ってはきたけど、楽だったことなんて一度もないもんね」
しずくの言葉は相変わらず抑揚なく、淡々と語られたものだった。
だが、それでも――いや、だからこそひでりには響いた。
目頭が熱くなり、溢れる感情を堪えようと唇をギュッと噛む。
何でも一番になってきたひでりがずっと二位に甘んじるゲーム。
そんな趣味において絶対に勝てない相手――青山しずくを追いかけてきたひでりにとって、彼女に認められるということは過去の全肯定。
そして、報われることに等しい。
一番が取れないから熱くなれて、勝てないからこそ追いかけられた。
ならば、今の胸の熱さも全ては――しずくがひでりにもたらしたもの。
そんな「目標」が自分を見ているという事実はひでりにとって、ずっと求めてきた繋がりを意味するのではないか?
よく言うではないか――、
「だからさ、私はもっとひでりと戦ってみたいんだよね。一緒に遊んでもみたい。私はライバルだって思ってるから。ショップで会った時、声をかけてくれるけどカードゲームしようって誘おうとした時にはいつもいなくなるから、なかなか機会がなかったんだけどね」
好敵手と書いて――友と読む、と。
(……今まで青山しずくに声をかけて、でもまともに喋れなかったのはある意味で逃げてたのかも知れないわね。自分より上の存在が下の者を見るもんですかって思い込んで、弱気になってたのかも。まったく、よくもまぁかなでと美麗に大きな口を叩いたものだわ。だけど、もう違うんだ……)
ひでりの心は今、温かい気持ちで満たされていた。
いや、溢れんばかりに満たされ、零れてしまいそうなほどに――。
そんな一切合切を押し殺して、したり顔を浮かべてひでりはしずくと向き合う。
「私だって同じようにあんたと戦ってみたかった。色んな話をして、考えに触れ、理解したいって思ってた。でもそれって、今からだって――遅くないわよね?」
そう言ってひでりが差し出した手を、笑みで少しポーカーフェイスを崩しながらしずくが取り、握手は交わされる。
こうして――長い間、乱雑にしずくへ絡んでいくだけだった日々は終わり、二人は互いの実力を認め合い、見つめ合う友達となった!
○
「そういえばさ、どうして地区予選大会にいたの? ……いや、待って。そういえば店舗代表決定戦の時、ショップに来てなかったよね?」
「そ、そんな細かいことはいいじゃない! 色々あったのよ、色々とっ!」
「どうせなら出場する地区予選会場をバラバラにしたら決勝大会へ二人共進めたかも知れないのにね」
「あら、私がいなかったら確実に優勝できたって言いたげねっ!」
「うん、できたと思うよ。そして、もちろんひでりも私がいない会場なら尚更、優勝は固いよね」
「く、くぅ~!」
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