第六話「夏休みのある日、しずくとひでりの関係が変わる!?」

 お互い腹に抱えているものがあっても、それをぶつけ合うために喧嘩をするわけにはいかない。


 だが、カードゲームならばお互いの頬に拳を入れることなく存分に殴り合いができ、何より今度はこちらから相手の土俵に上がるというのが良い。


 そんな動機でかなでと、遅れて美麗がカードゲームを始めることとなり、事情を理解した幽子はひでりと連絡先を交換してもえと二人がショップで鉢合わせしないように調整できる環境を確保。


 二人はひでりの指示を仰ぎながらデッキを組み、ルールを覚えて少しずつカードゲーマーとしての道を歩き始めた。


 カードゲームを始める際、自分達の始める動機が少し不純だということをひでりへ申し訳なさそうに語ったかなでと美麗。


 ひでりとしては否めない感があったものの、カードゲームをする友人が増やしたい思惑もあったのでスルー。


 そんなわけで夏休みのある日、二人がカードゲームを初めて一週間が経過したティーチング会だったのだが……、


「この期間でひでりお姉様を倒すなんて……流石はもえって感じですね」

「考えることが多すぎて頭がパンクしそうッスよ~。……いや、もうパンクしてるッス~」


 ――とまぁ、もえの飲み込みが異常に早いだけで、大抵の初心者はすぐにあのように慣れたプレイができるようにはならないこと。


 それをひでりは痛感させられ、今日のティーチング会はお開きとなった。


(……まぁ、慣れてないとカードゲームって難しいわよね。手札の数だけ選択肢を提示されるのだから。……とはいえ赤澤もえって、確かに飲み込みは早いのかもしれないけれど、教えてくれる人間に恵まれている感があるわね)


 ひでりはおそらくもえにカードゲームを指南したであろうしずく、そしてかなでと美麗を思い浮かべながら、気分的に迎えの車は呼ばずショップから自宅への帰路を歩んでいた。


 そんな時――思い浮かべていたのと同じ顔をした人物を見かけ、心臓が跳ねるような驚きを受けるひでり。


「……え!? 青山しずく!? 何でこんなところにいるのよ!?」


 夕暮れの商店街、飴色に染まる風景の中、ゲームセンターの入り口脇に設置されたUfOキャッチャーをプレイするしずくの姿がそこにはあった。


 大して長くもない髪を後ろで二つに括ってキャップを被っており、


(か、可愛い……! ……って私は何を!?)


 と、普段とは違ったしずくの姿に忙しく心が揺れるひでり。


 何故か頬を赤くするひでりだが話しかける話題が転がっているためか、すんなりとしずくの方へと歩み寄っていく。


 もしかすると、かなでに「真正面からぶつかれ」と言ったのが自分に跳ね返っていたのかも知れなかった。


「何やってんのよ、青山しずく」


 UFOキャッチャーのアームが力無く獲物を手放す光景に悔しそうな表情を向けていたしずくは、突如かけられた声に振り向き、驚くことなくひでりの存在を受け止めた。


「やぁ、ひでり。UFOキャッチャーをやってるんだよ。サイクリングの途中だったんだけど、可愛いぬいぐるみを見つけたから取って帰ろうかと思ってね」

「そうなんだ。……って、可愛い? これが?」


 しずくが取ろうとしたぬいぐるみはブタを模したものであるが、顔が致命的に不細工なためお世辞にも可愛いとは言えなかった。


 引き攣った表情でしずくの感性を疑うひでり。


「可愛くない?」

「あんたと対戦以外で話すことってほとんどなかったけど、いつだったか聞いたとおり変わってるのね……」


 過去に聞かされた幽子の声真似でしずくに「変なやつ疑惑」を持っていたひでりだが、それが確信に代わった瞬間だった。


 一方でしずく、UFOキャッチャーを眺めながら思案顔。


「しかし、どうやったら取れるんだろう……なかなか上手くいかないんだよね」

「今でいくらぐらいかかってるのよ?」

「7000円だよ」

「そうなの? 結構手間取ってるわね」

「いや、本当は700円だけど……」

「どういうボケなのよ。分かりにくくて気付かなかったわ」


 しずくとしては比較的分かりやすいボケのつもりだったが、普段から実家の金持ちパワーを惜しみなく使うひでりには金銭感覚がヒカリよりも壊れているので通用しなかったようだ。


 ガラスの向こう、なかなか取れないぬいぐるみに視線を送るしずく。

 そんな彼女を目の当たりにし、ひでりは肩を落として嘆息する。


「仕方ないわね。私が取ってあげる」

「取れるの?」

「当然じゃない。このひでり様にできないことなんてないのよ?」


 大口を叩いている割に目の前の人物からカードゲームで勝利をもぎ取ることはできていないひでりだが、そこは才女――UFOキャッチャーに対してもその豊かな才能を発揮する!


        ○


「100円で取っちゃうんだ……凄いね」


 あっさりとブサイクなぬいぐるみを捕獲し、ふんぞり返ってしずくへと渡すひでり。


 受け取ったしずくは女の子らしくそれを抱きしめる……のかと思いきや、ブタの頭部を鷲掴みに抱えていた。


「ふふん、ひでり様の手にかかればこんなものなのよ」

「本当に凄い……使った700円があれば余分に七つ取れてたね」

「いや、そんなにいらないでしょ……」

「でも、その七つをひでりにあげられたよ?」

「明らかに押し付けてるわよね、それ……」


 鷲掴みされてただでさえブサイクな顔がさらに歪んでいるぬいぐるみを見つめ、やはりしずくの感性が理解できず表情を引きつらせるひでり。


「まぁ、冗談はさておき――ありがとう、ひでり。大事にするよ」


 すでに扱いが大事にされていない感があるが、常にポーカーフェイスなしずくの表情が少しだけ笑みを含んだような気がして、ひでりの鼓動はドクンと大きな一発を鳴らした。


(な、な、何を私は緊張してるのよー!? 青山しずくにぬいぐるみを取ってあげただけよ!? ……とはいえ、あれが未来永劫大事にされ部屋に飾られると考えると……わ、悪くない気分ではあるわねっ!)


 随分スケールの大きな妄想ではあるが、ひでりは表情を少しニマニマとさせて上機嫌になった。


 ――さて、ゲームセンターでの用件も終わって歩き出した二人。


 しずくは愛用のロードバイクを押して歩き、ひでりが帰路を行くとついてくるため「同じ方角なのかしら?」と疑問を抱きつつ商店街を進む。


「それにしても本格的な自転車……ロードバイクっていうんだったかしら? まさかサイクリングが趣味だったとは思わなかったわ」

「考え事をする時とかは結構、走ったりするんだよね。カードゲームのことで悩んだりした時とかは特に走るかな」

「へぇ……青山しずく、あんたでも悩んだりするのね」

「当然だよ。それに今は地区予選も近いから」


 あっさりと肯定されたことに少し驚きつつ、ひでりは「地区予選か」と思う。


(私も出場するのよね。同じ会場で戦うことになるから、勝ち進んだら対戦するかも……。だとしたら今の内に私も出場するって言っておく? ……いや、内緒にしておくのも面白いかしら)


 しずくに気付かれないようにくすくすと笑うひでり。


「今年の地区予選は何がなんでも勝たないといけないんだよね。頑張らないと」

「えらく気合が入ってるのね」

「まぁね」


 隣を歩くしずくの真剣な横顔を見つめ、彼女の本気を改めて感じるひでり。


(ほんと、カードゲームへ真摯に向き合ってるのね……。とはいえ『何が何でも』か。青山しずくのモチベーションって何なのかしら? まぁ、問い返されたら困るから聞かないけど……)


 ひでりは自分のモチベーションを思って少し顔を赤くする。


 言うまでもなく、彼女のモチベーションは「青山しずく」だ。


(でも気になる……。青山しずくは一体何を目標にして、何を見つめてカードゲームをしてるのかしら? 私はずっと青山しずくばかり見てて……きっとあんたは私なんて眼中にないんでしょうね。いや、少しは……? ちょっとは見ていて欲しいものだけど)


 隣にしずくがいる状況で彼女のことばかりを考えている自分を客観視し、どうかしているのではないかと首を横に振って我に返るひでり。


 丁度、無言で歩み続ける時間が続いていたため話題を変えることに。


「そういえば赤澤もえって、あの子……どういう人物なの?」


 かなでと美麗の件が頭にあったひでり、しずくから見たもえの印象を聞いてみることに。


「突然どうしたのさ?」

「いえね、私を大会の初陣で負かしたわけだけど、あの子って始めたばかりにしては随分と飲み込みが早いなと思って」

「確かに早いよね。そこは葉月さんと話してたんだけど、もえって色々なことに興味を持つから視野が広いんだろうね。多趣味って話も聞いたことあるし、案外物事を始めることに慣れているからコツを掴むのが早かったりしてね」


 しずくの語った言葉に対してまず思うのは「葉月って誰?」なのだが、それはさておき興味深い話が聞けたとひでりは感じていた。


(なるほど、確かにそれはあるかも知れないわね。赤澤もえは興味が色んな所に向く癖をカードゲームでも発揮しているみたいだし。この間の大会ではコントロールタイプのデッキを使っていたものね)


 ならば、あらゆることに挑戦して飽きてきたもえは「物事を始める天才」と呼ぶことができるのかも知れない。なら、かなでや美麗が驚いた習得スピードのカラクリ――それはしずくの推測で正しそうだ。


 何となく赤澤もえという人間性が掴めてきたひでり。


 ――さて、そのようにして会話を重ねていく内に陽は沈み、夜の帳が下ろされる。そして、帰路を歩む二人はひでりの自宅へと至った。


 巨大な外壁に囲まれ、門をくぐったとしても自宅まで距離がある広大な敷地。


 そんな自宅の前に辿り着いて「じゃあ、私の家ここだから」と口にしたひでりだが、それに対して表情を変えることなくしずくは口にする。


「へぇ、ここがひでりの家なんだ。……で、私の家ってどっちの方角なのかな?」

「……え? あんたの家もこっちの方向なんじゃないの?」

「違うよ。何となくついて来ちゃったんだけど……どうしよう」

「何で自宅と関係ない方角にあっさりついて来ちゃってんのよ……」


 呆れて軽く頭を抱えるひでりだったが――そこから、しずくを送っていく名目で自宅までついていくことができ、その間に色々と会話をする時間は持てた。


 さらには家の場所を知ることもできたので、ひでり的には好都合だった!

 

          ○


 しずくとゲームセンターで出会った日の夜――就寝前、自室のベッドの上で掛け布団をギュッと抱いてひでりは今日を振り返る。


 思い返すのは、しずくと友人のように振る舞えたこと。


(あれはもう完全に友人だったわね……。青山しずくでさえカードゲームに大して悩むことがある……それが聞けたことも嬉しかった)


 一人となったからか、しずくと友達のように今日を過ごせたことを素直に喜ぶひでり。ちょっとしたきっかけをしっかりと掴み、大きな一歩を踏み出した自分を褒めてやりたい気持ちになっていた。


 ゆっくりと目を閉じ、意識が眠りの中へと落ちて行く中で思う。


(個人戦、青山しずくを追い抜き、優勝してみせる! そして、勝利した暁には……私を少しは見てもらうんだからっ!)

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