第五話「明かされるもえの中学時代! 裏切りの真実!」

 森久保かなではひでりも通うお嬢様学校の軽音部にて入部してすぐ期待の新人として話題になった、非常に高い演奏技術を持ったギタリストである。


 そして、影山美麗も中学時代は黒井幽子の存在によってあまり目立ってはいなかったが、高校に上がってからは美術部にてかなでと同じように高い評価を受けている。


 二人共が一年生ながら三年を圧倒するような実力を持つ才女であり――だからこそ校内でも突出して才能豊かな新井山ひでりに一目置かれる存在となれた。


 そんな美麗とかなでは中学時代、もえと「仲良し三人組」で常に一緒。


 二人と違って明確な趣味や特技のないもえだったが、その差をそれぞれが表向きは特に気にすることなく中学生活を過ごしていた。


 ただ、そんなある日のこと――もえが美麗に語った一言から全ては始まる。


「私も美麗みたいに絵とか描いてみようかなぁ?」


 赤澤もえという人間の特徴にして悪癖――趣味をコロコロと変えては飽きる習性がたまたま美麗の領分である絵を描くことに踏み込んだのだ。


 それに対して美麗は、


「ほんと? だとしたら一緒に絵を描く仲間が増えて嬉しいなぁ」


 ――と、喜んで迎えた。


 この時、もえの飽き性が少し脳裏を過ぎったが、それでも友達が自分と同じ趣味を持つことが嬉しかったので「何とか自分が続けさせる」と美麗意気込む。


 ただ、美麗は彼女の飽き性は知っていたものの――もう一つ、その癖が繰り返すたびに生じるもえの能力に関しては理解していなかった。


 そこからは、かなでが自分の趣味に興味を示さなかったことを冗談めかして不満そうに言い、そして美麗がもえに絵の基礎を教える日々。


 美麗は、幽子のように写実的なイラストではなく漫画的な絵を得意としていたので、もえもそのスタイルを受け継ぐようにして教えられたことを吸収していく。


 この時に得た技術があの文化祭でのオリジナルカード制作で披露されたのだが……さて、あれほどの画力を持っていたもえだが、絵に取り組んだのはほんの一か月ほどであった。


 そう、もえはある日突然、絵を描くことをやらなくなった。

 つまり、その一か月ほどで――あのレベルの画力に達したのだ。


 始めて一週間でもえが描き上げたイラストを見て美麗は衝撃を受ける。


 友人である美麗でさえ知らなかったもえの才能――飲み込みの速さ。


 しかし、もえの才能の正体を知らない美麗。天性の画力だと思い込み、美麗はあっという間に自分のレベルまでもえが達するのではないかと怖くなってしまう。


 積み上げてきたもの全てを嘲笑うように上達していくもえに対して、いつものように「飽きてくれれば」と内心で願うほどに。


 ただ、もえの友人である美麗はこうも思うのである。


(もえちゃん、本人も気付かなかっただけで絵の才能があったんだ。でも、友達が本当に打ち込めることを見つけたんだとしたら、それは一緒に喜んであげないとね)


 自分の中で火がつきかけていた嫉妬心に、友情で打ち勝った美麗はもえと共に切磋琢磨する日々を思って前向きに考えるようになった。


 だが――絵を始めて一ヶ月、もえの悪癖は発現する。


「ん、絵を描かないのかって? うーん……なんか飽きちゃったというか、私にはそういう才能はなかったのかなって思うんだよね」


 もえが何かに飽きた時、決まって口にするセリフ。


 それを耳にして美麗は陰ながら願っていた「飽きてくれれば」が叶ったというのに、またもや落胆するような思いに心を染め上げられる。


(……え、どうして? あれだけの才能を見せつけておいて、何でそんな簡単にやめられるの? 私はそのレベルに達するまで、どれだけ時間を使ったか分からないよ? それで才能がないなんて言ったら……私はどうなるの?)


 あっさりと絵という趣味を投げ出してしまったもえに対し、複雑な感情を抱く美麗。


 それは嫉妬心に似ているが違い、嫌悪感とは等しくないが遠くもない。


 生半可な気持ちで自分の本気に足を踏み入れ、足跡を刻んで去っていかれたような。踏みにじられたような、そんな混在した感情に美麗はもえという人間に対する接し方を見失いかけていた。


 この件を美麗はかなでと共有したのだが、彼女は快活に笑い、


「もえがすぐに飽きるのなんていつものことだろ? あんま気にすんなよ」


 と、美麗の背中をバンバンと叩きながらいつもの調子で言った。


 かなでとしては美術の授業もあるのだから絵を描く機会は皆無じゃないし、そうでなくても先天的に結構絵が描けるやつはいたりする、と……そのようにこの一件を解釈した。


 しかし、もえの悪癖が今度はかなでの領域へ踏み込むことは容易に想像できたし、そんな時もすぐに訪れた。


「私もかなでみたいに楽器とかやってみようかなぁ?」


 気まぐれな友人の言葉にかなではいつもの快活な笑みで、


「いいぜ。楽器貸してやるからやってみろよ。まぁ、指が痛くてすぐに飽きちまわないように頑張れよ~?」


 と、軽い口調でもえにギターを貸すことを進んで提案し、音楽仲間が増えることを喜んだ。


 この時、美麗は当然ながら結末を思ってかなでに忠告をしようとした。


 しかし、それは美麗にとって、


「あの子は才能豊かですぐに上達するかも知れない。でも圧倒的な才能を見せつけたらすぐにやめるから、自分の無力感を悟らされるだけだよ」


 などと素直に言うことは何だか敗北を認めるようで、当時もえに対して良い感情を抱いていない彼女には口にできるはずなく、結果を見守るしかなかった。


 さて、かなでが言ったようにギターは弦を押さえることに指が慣れない内はなかなか上達しない。痛むのを我慢して練習し、指先が硬くなってからが本番の楽器である。


 それはもえも例外ではなく、始めて一週間は毎日指が痛いと泣き言を言い、自分の経験に照らし合わせてかなでが先輩風を吹かせたことを語る。


 そんな日々が続いていた。


 しかし――指が硬くなって弦を押さえることに抵抗を感じなくなってから、もえはその本領を発揮。


 ギターに関しても美麗の時と同じく、結局は一か月ほどで飽きることとなる。だが、その期間でもえが得た技術はとても一月で得たと思われるようなものではなく、かなでは上達の早すぎるもえが少し怖くなってしまう。


 それでもかなでは小学生の頃からミュージックスクールに通ってギターを学んだ経歴があり、それだけに実力がすぐ拮抗することはない。その事実で割と平静を保つこともできていた。


 しかし、もえの思いっきり音を出したいという欲求を叶えるべく放課後になってすぐ、まだ誰も来ていない軽音部の活動場所となる音楽室に彼女を連れて行き、その早熟な演奏を聞いていたかなでは美麗と同じ感情を胸に宿すことになる。


 部室へやってきた、かなでが組んでいるバンドのメンバーが入ってくるなりこう言ったのだ。


「あれ? 赤澤さんが弾いてたの? てっきり美麗の音かと思ったよ。びっくりだねー、赤澤さん。そんだけギター上手のにどうして軽音部に入ってないの?」


 普段からかなでの音を聞いているはずのメンバーが聞き紛うほどにもえの技術は向上している。


 しかも、視覚情報を排した部屋の外から聞こえた音を自分のものだと勘違いしたというのだから、それは?


(このままもえがギターを続けたら……どんな実力になっちまうんだろう? これが才能ってやつなのか。だとしたら、私はとてもじゃないけど敵わない。今、もえより上手かったとしても、一年後は、そのまた一年後は……どうなってるんだ?)


 美麗が「自分の領域に踏み込み、しかし飽いていくもえ」に不満を感じていた理由をあっさりと悟ったかなで。


 ならばもえは音楽もいずれ――?


 そんな予想はあっさりと的中し、音楽を始めてだいたい一か月くらいの頃、もえは借りていた楽器をかなでへと渡しながら、


「これ返すね! なーんか飽きちゃったというか、私にはこういう才能はなかったのかなって思うんだよね」


 ……そう、もえはかなでと美麗、二人の打ち込んでいるもの、その領域に踏み込んで才能を見せつけるも、あっさりと飽きて投げ出すということを行った。


 続ければ自分以上になったであろう才能を見せつけながら、飽きたという理由で投げ捨てていく。


 そんな彼女に対して、共通した嫌悪感を抱いた二人は表向きもえと仲良そうに付き合いながらも、


「一緒にいれば隠れた才能を思いながら過ごすことを強いられる」


 と感じ、そんな地獄のような日常から遠ざかるため、友を裏切って二人で違う学校へと進んだのだ。


        ○


 かなでから中学時代の過去を語られたひでりと幽子。


 確かにかなでと美麗のやったことはもえに対して勝手に抱いた劣等感のまま行動したもの。どんな趣味を始め、終わるのも他人の勝手だと言えた。


 しかし――もえの方も、二人が真剣に取り組んでいることに気まぐれで踏み込んで、教えてくれたにも関わらず簡単に投げ出したことは嫌われる要因としておかしくはない。


 だからこそ、聞かされたひでりと幽子はどのようにしてこの話に意見を組み立て、言葉を発すればいいのか分からなくなっていた。


(……もえちゃん達、三人が……そんな風になってたって……知らなかった。……ただ、カードゲームもそうだけど……確かに、もえちゃんって……飲み込みが、異常に早い)


 幽子はもえがカードゲームを始めてすぐの大会でひでりに勝ったことを思い出し、その想起はそのまま遠征した際の自由行動で交わした会話にも結び付く。


(……そういえば何か一個に、突出してるの……羨ましいって、もえちゃん言ってた。……そういうのって、森久保さんや、影山さんも……該当するよ、ね。……そこに、もえちゃんがすぐに……趣味を、投げ出す理由……あったりする、のかな?)


 かなでと美麗の事情は分かったものの、もえサイドの事情が分からないためモヤモヤが消えず、首を傾げて思案顔な幽子。


 一方で聞かされた話を整理していくと見えてきたものがあったひでり、深く嘆息して重く閉ざされていた口を開く。


「……まぁ、赤澤もえに対して抱くその不満、分からなくはないわ。でも、逃げてたんじゃ乗り越えられないわよね」

「それはまぁ……そのとおりッス。自分、そして美麗も今となっては馬鹿なことをしたって思ってるんスけど、当時はそういう選択をしてしまって」

「なるほどね、まぁだからこそ和解したいんだもんね。……とはいえ、そういう劣等感を抱かされる相手がいる、っていうのは私としても理解できる話なのよ」

「ひ、ひでり先輩にもそういう相手がいるんスか!?」


 学校では完全無欠の天才少女で通っているひでり、かなでとしてはイメージから受けるギャップもあるのか目を丸くして驚きで声を大にする。


「……もしかして、それ。……しずくさん、のこと……言ってま、す?」

「う、うるさいわねぇ! 合ってるけど……まぁ、合ってるけどっ!」


 ジト目でニヤニヤとした表情を浮かべる幽子、そしてあっさり当てられてしまい顔を赤く染めながら乱暴な口調で認めるひでり。


 調子が狂ってしまったので咳払いをして続ける。


「まぁ、そんなわけで青山しずくがいるから優勝できなくて、だから通うショップを変える……なんて、そういうことは私としては認められないの」

「……いつだったか、大会に顔……出してなかったけど、あれは……他のショップ、行ってたとか……そういうことじゃないん、ですか?」

「ち、違うわよっ! あの日は風邪を引いてて家で寝込んでたのよっ!」


 遠征と称して他所のショップに行き、結果としてしずくを避けて個人戦の店舗代表権利を取得しに行く形になったとは言えず、ぎこちなく嘘を吐くひでり。


「……で、話を戻すけど、私は結局そういう相手とは真正面からぶつかるしかないと思うわ。逃げて、その場所で相手を気にせず生きていけるならそれはアリなのかも知れないけど……気になるなら、正面から向き合わなきゃ!」


 ひでりの言葉にハッとさせられ、かなでは拳をギュッと握って決心を固める。


 かなでは基本的にはさっぱりした性格なので、熱い言葉にはすぐ感化されるのだ。


「分かったッス! 自分、そして美麗の二人でカードゲームを始めて……そして、もえとぶつかって行くッス!」

「えぇ!? ……カードゲーム、始める理由……ってそれ、なの!?」

「その意気よ! あんた達の不満は我慢する必要ない。ちゃんとぶつけてやりなさい! そしてあっちの言い分も受け止めるの!」

「了解ッス!」


 意気込みを感じてひでりは手を差し出し、かなでも興奮気味に鼻息を荒くして握手に応じる。


 そんな光景をジト目で見つめる幽子。


(……いや、ただ単にもえちゃんと……真正面から、話したらいいだけなんじゃあ? ……プレイヤーって、そういう……もの? ……戦わなきゃ、本当に……分かり合えないの、かな?)

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