第四話「ひでりを慕うもう一人の後輩、森久保かなで登場!」
学校での昼休み――いつものように中庭の木陰にて優雅にランチタイムと考えていたひでり。偶然、会った自分を慕う後輩を途中で引き連れ、気持ちの良いそよ風に髪を揺らしながらサンドイッチを口にする。
今日、ひでりが昼食を共にするのは以前の影山美麗ではなく、彼女の友人であり同じくもえと因縁のある――森久保かなで。
女子生徒としては少し短め、男子生徒ならやや長めの外跳ねした髪が印象的な彼女。衣替えをして夏服姿なのだが、それでも暑いのか胸元のリボンを取り去って第一ボタンを外してしまっている。
少々、お嬢様学校には似つかわしくない人物だが、美麗と同じくひでりの目に留まった才女の一人なのだ。
そんなかなで、菓子パンと牛乳パックをそれぞれ手に持ちながらふとした疑問をひでりへと投げかける。
「ひでり先輩、そういえば夏休みってどうする予定なんスか? やっぱりひでり先輩クラスだと海外のリゾート地でバカンスとかなんスかね?」
美麗とは対照的にハキハキとした口調で語るかなで。
ひでりへの意識も異なるようであちらが「お姉様」であるのに対して、かなでは「先輩」呼び。
さて、かなでが語ったとおり夏休みを目前とする七月――金持ちが集う学校であるため皆が口々に海外の名前を旅行先に出す時期なのだが、一般的な家庭に育ったかなではそういった常識の外にいるのである。
なので、かなでがひでりに問いかけた口調にはどこか羨望が混じっていた。
「毎年のことだけど、私は海外に行ったりしないわ。両親は行くみたいだけど、私はカードゲームを中心に予定を立てるから日本で過ごすでしょうね」
意外そうな表情をするかなでに対し、ひでりは言い終えるや否や深い溜め息を吐き出す。
あれから――幽子より引き出した情報のおかげで非公認大会へ出場できたひでりだが、決勝戦で対戦したしずくに対して拮抗した勝負を繰り広げながら、最後は自分のミスによって敗北した。
そして、そこから今日までのショップ大会でもやはり決勝までは駒を進めても、しずくにはどうしたって勝てないまま。
結果として、打倒青山しずくに頭を悩ませる日々は間違いなく今年の夏休みにも食い込んでいくこととなった。
ちなみにひでりが使用するデッキは「ミッドレンジ」と呼ばれる中速のバランスを重視したものであり、しずくと同タイプ。
さらには完成された隙のない構築がSNS上で出回っており、改造の余地もないため、ひでりとしずくのデッキ内容は一枚も違わず同じなのである。
なので、負けたとしてデッキ相性を理由にすることはできない。
ならば、打倒しずくの究極的な方法として二人が使うミッドレンジの弱点を突くようなデッキを用意するというものがある。
弱点があまりないミッドレンジデッキではあるが、そもそも使い手であるため理解が深く、プレイングも高水準なひでりならば或いは――ピンポイントにしずくを下す、弱点となるデッキを組めるかも知れない。
……ただ、それをひでりが良しとしないのである。
(カードゲームを競技的にプレイするなら勝てるようにデッキを持ち変えるのも戦略。……でも、同じ土俵であの青山しずくを越えてからじゃないとそれはしたくないのよ! 逃げるような真似はできないっ!)
つまりは以前に出した答えへと帰結し、結局は普段からカードゲームをできる環境にあるしずくには差をつけられる一方。
詰まる所――仲間の有無が大きい、ということ。
それを思い、再び肩を落として嘆息するひでり。
「どうしたんスか、ひでり先輩? 悩み事ッスかね?」
「……まぁ、ちょっとね。ごめんなさい、他人の前で考えることではなかったわ」
暗に触れるなと言っているような雰囲気を感じ、「何かあったんスか?」を言いかけて寸前の所でやめたかなで。
何か話題を変えようと思案している最中、先ほど会話に出たワードでかなでは思い出す。
「あ、そうそう! そういえば美麗と話してたんスけど、自分達もひでり先輩のやってるカードゲームっていうのをやってみようかなって話になってて。どうなんスかね、気軽に始められるものなんスか?」
「あなた達がカードゲームを?」
カードゲームの世界を足を踏み入れようとする人間、葉月ならばハイテンションで歓迎する場面だが……ひでりは二人をよく知っているため、眉を顰める。
(……どうして美麗とかなでがカードゲームを? この子達にはそれぞれ打ち込める趣味があるのに……あ、もしかしてアレかしら? 赤澤もえと仲直りするきっかけとする気だったり?)
本人達の意志は分からないが、だとするなら何かあれば協力すると美麗に言ったひでりなので手を貸すことに躊躇う理由はない。
いや――それだけではない。
そこでひでりは閃いてしまったのだ。
二人がカードゲームを始めることは、自分の問題をも解決させ得ると!
「いいわよ。夏休み、予定を合わせましょう。カードショップに連れて行ってあげるわ」
唐突として満足気な笑みを浮かべたひでり。
そして、先輩の趣味に踏み込みたいという提案が好感触だったと感じたのか、かなでも釣られて快活な笑みを浮かべる。
(そうよ! 仲間がいないなら作ればいいのよね! かなでと美麗を育てて、私と同等まで引き上げれば練習相手にも困らないわ!)
○
夏休みのある日――美麗とはなかなか予定が合わなかったが、かなでとカードショップへ行く時間を持つことができたひでり。
かなでは電車で来るため駅で待ち合わせし、二人でカードショップへ向かう……のだが、その道中で奇妙な二人組を見かける。
上下ジャージという近所のコンビニへ行くときのような恰好をした人物と、白いワンピースを身に纏ったひまわり畑が似合いそうな少女の後ろ姿。
「え、えらく格好に差がある二人組ね……」
「気合入れ過ぎが悪いのか、手を抜き過ぎなのが罪なのか分からないッスね」
「そういえばあのジャージ、どこかの高校のものじゃなかったかしら……?」
「多分、そうだったと思うッスけど……まぁ、高校も一つじゃなんでどこのか分からないッスね」
あまり深く考えることはせずカードショップへ向かうひでりとかなでだったが、それでも少しワンピースを着た方の少女が軽い足取りで上機嫌に見えたのは気になった。
――さて、ショップへやってきたひでりとかなで。
店内に幽子以外のカード同好会メンバー、特にもえがいないことを確認してひでりはまずレジカウンターの方へ進み、かなでもそれに続く。
「……いらっしゃい」
「相変わらず風邪ひいてるみたいな話し口調だけど元気そうね、黒井幽子!」
軽く手を挙げて幽子に挨拶したひでり。
あの非公認での買収から幽子のノリの良さを気に入って名前を覚えたのだった。
一方、幽子は自分の話し口調をいじられて若干不愉快そうな表情を浮かべる――も、ひでりの隣にいる人物が目に留まると訝しむようにそちらを見つめる。
そして、警戒心を剥きだしにしている店員が既知の人物だったかなでは驚きに目を丸くする。
「あれ、黒井さんじゃん。ここでバイトしてんの?」
「……えっと、もえちゃんと、中学の時……仲良かった、森久保さん……だよね? ……今は、別の学校……みたいだけど」
「え? あ、うん……」
絡みこそなかったものの中学時代の同級生を見つけて少しテンションが上がっていたかなでだったが、あまり歓迎されていないムードを肌で感じ取る。
そして――幽子ともえが高校に上がってから仲が良くなったらしいこと。さらには自分の裏切りを何となく知られているということを察し、途端にかなでは萎縮する。
実際、幽子はかなでが自分の親友であるもえに裏切りを働いた人間だとして少し身構えていた。
気まずい空気が流れ始める。
互いが言葉を失っているため、咳払いをして間に入っていくひでり。
「黒井幽子、赤澤もえの事情は私も何となく知ってるわ。で、この子ともう一人、影山美麗の二人は決して『裏切り』って言われてる件について何も思ってないわけではないの」
「……そう、なんですか」
「えぇ。ちょっと込み入った事情があるみたいなのよ」
ひでりの言葉でとりあえず身構えるような態度を解いた幽子、そして気まずい空気に萎縮していたかなでも弁護によって少し楽になった様子。
「――で、かなで。あんたも今のままじゃ駄目だって思ってる。だからこそカードゲームってわけでしょ?」
「……え、いや。……どうして、そこでカードゲームが……出てくるんです、か?」
「あ、気付いてたんスね! 流石はひでり先輩」
「えぇ!? ……ついていけてないの、私だけ!?」
唐突に話題へ絡みだしたカードゲームというワードに困惑、両者を交互に見つめてついていけなさを表情に浮かべる幽子。
とはいえ、幽子としても「どうして森久保さんがカードショップに?」とは薄っすら思っていた。
(……理由は、分からないけど……森久保さん、カードゲーム始めるから……ここに来た、ってことかな?)
とりあえず、それで納得しておくことにした幽子はまず、一番の疑問をは問いかけることに。
「……そもそも、もえちゃんと……何があったんです、か? ……私、そこまでは……知らないんですけ、ど」
「そこに関しては私も聞かされてないのよ。美麗は何だか話しにくそうにしてたから触れてないし」
「あれ、美麗は話してないんスね……」
かなでは後ろ頭を掻いて申し訳なさそうに目線を二人から逸らす。
「言いにくいとはいえ、自分らの身勝手なのに。……まぁ、仕方ないッスね。……なら、代わりに自分が話しても?」
「あなただって言いにくいなら強制はしないわよ。無理に話さなくても問題は解決できるだろうし、私と黒井幽子は立場的には無関係なんだし」
ひでりの言葉にかなでは数秒、迷いを見せ――しかし、何かを決心したような表情で口を開く。
「いえ、出来れば聞いてもらいたいッス。ここまで話題にしておいて肝心な部分を秘密にされるっていうの……自分だったら嫌なんで」
かなでは美麗――そして、もえと共にいた中学時代を語り始める。
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