第三話「諜報活動!? まさかのひでりVS幽子!」

 いつものように下校途中、車内からにてカードショップへ向かう同好会一行を見かけたひでり。


 運転手もカード同好会の一団を見つけると停車させられるのが分かってきたのか、何も言わず路肩に停車。


 持ち前の軽いフットワークで五人を追いかけてショップへ。


 そして、高らかに「青山しずくーっ!」と名前を叫ぶ――ことはせず、ショーケースの裏に隠れてプレイスペースにいるカード同好会の面々を観察していた。


 無論、ショーケースはガラス張りであるためあまり身を隠すことには向かない。


 しかし、ひでりが低身長であることによって、そもそも他人の視界に入りづらいこと。そして、今日はしずくの名を叫ばなかったひでりに代わるようにして同好会メンバーのある人物が悲鳴のような大声を上げ、注目を集めていたため見つかる可能性はかなり低いと言えた。


「出た、出た、出ちゃったぁ! やだっ……刻まれちゃう……! 歪んだ成功体験、また刻まれちゃうっ! こんなレアカード与えられたら私……やめられなくなっちゃうよぉ~~~~~~~~♥」


 今日は偶然にも葉月が錬金術を行う日だったのだ。


(また、あいつかぁ……。あの緑髪……名前は分からないけど、確かみんなから陰でエスカレーターって言われてる子よね?)


 眉を顰め、普段と違う葉月の様子を伺うひでり。


(温和で人畜無害そうな人かと思ってたけど……時々、ああやって狂ったようにパックを開けるくせがあるみたい。どうして切羽詰まったようにパック開封するのかしら……ストレス?)


 ひでりの表情はいつの間にか同情めいたものへと変わっていた。


 言うまでもなく錬金術は葉月が金欠の時に行う最終手段なのだが、お金持ちのひでりからしてみれば、何をしているのか微塵も想像がつかないのだ。


 そこからしばらく同好会メンバーを眺めていたひでり。


 その間に葉月の様子がいつもどおりに戻ったり、もえがサプライコーナーにて自分の好きなアニメ作品がスリーブになっていることで興奮したり。


 そんな光景を眺める最中――気になるワードが何度か話題に上がっていた。


 それは「遠征」、そして「非公認」である。


(……どこかで非公認大会があるのかしら? それに出場するための遠征? だとしたらその遠征ってきっとゴールデンウィークを使ったものよね……?)


 正直、しずくが出場するのならばその非公認に出場したい。


 そう思うひでりだが、大型連休ならば非公認もあちらこちらで開催されるだろう。そして、金持ちなために行動範囲が広く、常識が欠如しているひでりは一般家庭育ち(約一名を除く)が集うカード同好会の遠征先を絞り切れない。


 なら、本人達から聞き出す必要があるが……、


(まず青山しずくからは聞けない……そんなことできるならとっくに親友になってるもの。白鷺ヒカリさんは怖いし……赤澤もえも何故か直感的だけど素直に教えてくれる気はしない。あの緑髪は名前が分からない時点で話しかけられないし……)


 そのように行き詰った思考でひでりは癇癪を起こして髪を掻き毟りそうになる――も、五人の中に一人気の弱そうな人物がいることに気付いて意地悪な笑みを浮かべる。


(そうだわ、あの子に聞けばいいのよ……!)


 ひでりが狙いを定めた人物――それはショップ店員であるため客として自然に話かけられる上に、押しが弱そうな黒井幽子だった。


        ○


 ひでりは今までの経験から推測を立てて行動した。


 カード同好会は基本的に四人でショップへ移動し、幽子と合流することが多い。ただ、四人が学校内で揃うのが円滑ではないのか、放課後になってそこそこに時間が経過しないとショップには現れない。


 これをひでりは、


(きっと赤澤もえか、あの緑髪が遅れてる……そんな感じですぐショップに向かえないのね。青山しずくが可哀想だわ)


 と考えているが、放課後になってすぐ部室に来ないのは基本的にしずくである。


 とはいえ、このラグがひでりにとっては好都合で、つまるところ――カード同好会の面々が集まってショップへやってくるまで、幽子は店に一人ということ。


 他のメンバーがいる中、声をかけて幽子とだけ話すというようなことはそもそもできないし、できれば隠密に非公認の情報を引き出したいひでりとしては願ってもない状況。


 放課後になるといつものように可愛い後輩達と談笑したりすることもなく、すぐに送迎の車へと乗り、ショップ付近で下車して諜報任務を遂行するひでり。


 さて、ショップへ入ると幽子が頼りない声量で「いらっしゃいませ」を言うものだから、もうすでに心の中では、


(ひ弱そうな挨拶……その程度なら私でも十分に話しかけられるわよ!)


 と、なかなかに残念なことを考えている。


 だがしかし、幽子が佇むレジの方へと歩んでいくにつれて、ひでりの中に緊張感が生まれていく。


 心拍数が上がり、緊張で体全体がふわふわとし、額にうっすらと汗をかく。


(……あら? おかしいわね。私、緊張してる……? いやいや、こんなことでは駄目よ。相手は確か一年生……学校では後輩相手に臆することなく喋れてるのに、どうしてこうも怖気づいてるのよ?)


 下唇をギュッと噛み、勇ましい目つきで覚悟を決めるひでり。


 ちなみにひでりが学校で問題なく会話できるのは、彼女のコミュ障が発揮されない条件が整っているからである。


 自分を好いていることを曝け出し、慕ってくれる後輩。


 そしてあちらから積極的に話しかけてくれる状況……これらが揃っているために、ひでりはなかなか自身をコミュ障とは自覚しない。


(大丈夫……簡単なことよ。ただ一言『あなた達が出場する非公認ってどこで開催するの?』って聞けばいいの)


 その一言を投げかけられると幽子に「そもそも遠征するってソースはどこから?」と返されると思われるが――しかし、今の緊張しきったひでりにそんな思慮深さはないらしい。


 幽子の前、レジカウンターを挟んで立ち止まり……ひでりは口を開く!



「ま、また会ったわねーっ、青山しずくーっ!」



 ビシッと指を差し、幽子に対して不敵な笑みで叫んで告げたひでり。


(――って、ちがーう! 違う違う違う! 緊張のあまり普段の常套句がポロっと口から出てしまったわっ!)


 自分でしずくの名前を叫んでおきながら驚愕し、慌てふためくひでり。


 視線が泳ぎ、顔中にだらだらと汗をかき、落ち着きのない手の動きをしつつ誤解を解こうと言葉を探すも、パニックとなった頭は何も捻りださない。


 一方で自分が「青山しずくである」という可能性を提示された幽子。


 驚きに目を丸くしながらも、何か思い至ったのか咳払いをしてひでりの言葉に対して返事をする。


「やぁ、ひでり。元気そうだね」


 普段のモソモソとした話し口調を捨て、しずくの物真似をして喋り始めた幽子。


 カード同好会でも随一のノリの良さを持つ幽子、伊達ではない!


 できればスルーして欲しかった自分の失敗にまさかの乗っかるという選択肢を取った幽子に対し、先ほどとは違う意味で狼狽しつつひでりは少しずつ落ち着きを取り戻す。


「あ、あんた……面白いわね。しかも、青山しずくの声そっくり……器用だわ」

「そっくりって……私が青山しずくなんだから当たり前の話だよね」


 あくまでしずくになりきって受け答えをする幽子。


 絵以外に特技はないと語っていた幽子だが、実はこういった声真似が上手いという一面もあったりする。


「そういえば賽は投げられたの『サイ』って動物のことじゃないんだよね。凄い怪力の持ち主が現れた時に使う言葉かと思ってたよ」

「普段の青山しずくってそんなキャラなの!?」


 対戦以外ではほとんどしずくと絡まないため、本性を知らず驚くひでり。


(青山しずくって結構、天然なのかしら……? だとしたら可愛いかも――って私は何を!?)


 首を横にぶんぶんと振って思考を払拭、ひでりは本題を進めていくことに。


「それよりあんた達、今度遠征をするそうだけど……どこの非公認に出るの?」

「……え、何でそれ……知ってるの?」


 しずくの声真似でペースを崩されたことが幸いして素直に本題へ入れたひでりと、口調を元に戻した幽子。


 さて、本題に入ったはいいが案の定、情報のソースを問われて「ぐぬぬ」という表情を浮かべるひでり。


「い、言えないけど……確かな情報網から得たのよ」

「……この前、ショーケースの裏に隠れて……こっちを見てた時……聞いたんじゃない、の?」

「なっ! 見てたの!?」

「……しずくさんしか……見てない、から……私の視線に気付けないんだ、よ?」


 悔しそうな表情をさらに深め、顔を真っ赤にするひでり。


 葉月が錬金術を行い、騒いでいる最中も確かにひでりはしずくばかり見ていて……そして、そんな彼女を幽子が見ていた。


 幽子は挑発的な笑みを浮かべ、ひでりは涙目になる。


「う、うるさいわねぇ! そんなことはどうでもよくて……とにかく、遠征について教えてもらうわよ!」


 自暴自棄気味に叫んだひでりに対し、幽子は腕組みをして斜め上へ視線を滑らせて思考する。


(……別に話しても問題、なさそうだけど……どうして私、なんだろう? ……いつもより、早い時間に来てるし……私を狙って? ……一番、聞きやすいって……思われたとしたら……ナメられて、る?)


 ムッとした表情を浮かべた幽子に、ひでりは僅かなビビりを表情へ混じらせる。


「……話せない」

「て、抵抗するっていうの!? な、ならカードゲーマーらしく試合で決着といこうじゃないの!」

「……私、プレイヤーじゃない……けど」

「あっ! そうだったわね……っていうか、じゃああんたって何なのよ!」

「……コレクター……だと思う、けど?」


 武力行使が通用しないということでひでりは幽子から情報を出させる術を失ったと感じ、親指を噛む――も、すぐに閃きを得て表情を不敵な笑みへと変える。


「コレクターだというなら提案よ。もし遠征について話してくれるというのなら、あんたが欲しいカードを何でも一枚、用意しようじゃない。私の家は大金持ちだから遠慮なく言っていいわよ?」

「……っ! ……そんなヒカリさんでも……言わないような成金発言を……あっさり、と!」


 幽子のコレクター魂が強烈に感情を揺さぶり、苦悶の表情を浮かべさせる。


(……こんなに美味い話……なかなか、ない! ……条件を飲めば……欲しかったあんなカードや……こんなカードがどっさりと、手に入る!)


 一枚と言われていることは聞き逃している幽子。


(……でも、そもそも秘密にする必要が、ないこと……話すのに対価……もらっていいの、かな?)


 表情が歪む幽子を見て、自分の一手が有効だったと悟ったひでり。


 そして――決断の時が訪れる!


        ○


 上機嫌に手を振ってショップから去っていくひでり、そしてそんな姿を見送って虚無感に満ちた表情を浮かべる幽子。


 しかし、よく見ると薄っすら笑みが含まれていたりする。


(……みんな、ごめんね。……欲望には……勝てなかった、よ。……でも、バレなければ……きっと、大丈夫だよね?)


 こうして、ひでりはカード同好会が遠征先に選んだ非公認大会へと出場することになった。

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