第二話「ひでりを慕う後輩登場!? そしてひでりは遠征へ……!」
「ねぇ、赤澤もえって名前に聞き覚えないかしら?」
昼食のサンドイッチを口に運ぶ手を止め、ひでりはふとした疑問を隣に座る後輩――影山美麗に問いかけた。
昼休み、ここ近辺では有名なお嬢様学校に通うひでりは広大な敷地を持つ校内の庭園にある大きな樹木、その木陰で優雅に後輩とランチタイムを楽しんでいた。
文武両道、そして裕福な家庭のお嬢様が集うこの学校において抜きん出た優秀さで非凡な存在として扱われるひでり。彼女を慕う者は多く、美麗もその一人で昼食をご一緒させてもらっていたのだ。
さて、美麗は中等部からのエスカレーターではなく受験で高校からこの学校に入学という少数派な経緯を持つ生徒。
そのため「同じ中学の出身かも」ともえのことを問いかけたひでりに対し、美麗は図星を突かれたように体をビクつかせる。
「ひ、ひでりお姉様……ど、どうしてその名前を……?」
上品さを感じさせる控えめな声量をぎこちなく震わせ、美麗は問い返す。
影山美麗――気品あふれるストレートの黒髪を腰元まで流し、前髪は所謂ぱっつんの日本人形を思わせる外見の少女。
入学した際、出会ったひでりに心を奪われ、また一定の価値を持つ人間しか近くに寄せず、名前も覚えないとされるひでりに認められた才女だ。
そんな美麗が弁当を食べ進める手を止めたため、ひでりは訝しむように彼女を見つめる。
「最近ちょっと知り合ってね……どうやらこの学校の一年生に赤澤もえと友達だった子がいるみたいなのよ。で、美麗って受験組だから同じ中学だったりしないかと思って」
「た、確かに一緒の中学で名前も知ってますけど……それがどうかしました?」
「いえね、その友人だった子のことを赤澤もえが裏切り者って穏やかじゃない呼び方をするものだから、どんな事情があるのかと。……まぁ、興味本位だからどうしても知りたいわけじゃないんだけど」
「う、う、う、ううう、裏切り者……ですか」
視線を泳がせ、明らかに語り口調は焦っている美麗。
そんな光景を見つめ、ひでりは呆れるような気持ちに。
「……こんな近くに裏切り者がいたとはね」
「ひ、ひでりお姉様!? 何故それを!?」
「あら? 別にあんたのことだって明言してないけど……って、そんな意地悪はやめておくべきかしらね。美麗、あんたのそのあからさまな落ち着きのなさを見てれば誰だって分かるわよ」
ひでりのため息混じりな物言いに身を萎縮させる美麗。
さて、ひでりは先ほど語ったように自分の興味本位、そして一つの話題として振っただけであるため犯人探しがしたいわけではない。
それに、もえに対して行った裏切りが仮に本当で、かつどんなものだったとしても彼女にとって可愛い後輩であることは揺らがないだろう。
ただ、美麗はそのように考えていないようで。
……今にも死にそうな表情を浮かべ、顔中に汗を流している。
そんな彼女に嘆息してひでりは続ける。
「別に私はどんな事情であれ美麗に対する評価を変えることはないけど……でもきっとその裏切りって、赤澤もえに内緒でここを受験したことよね?」
「そうです。……ただ決して私達、もえが嫌いだったわけではなくて」
「私達? 他にも赤澤もえと仲がよかった人間がこの学校に来てるの?」
「かなでともえ、そして私の三人で中学時代は常に行動してました」
「なるほど、かなでも裏切り者なのね……」
美麗とひでりが語る「かなで」とは森久保かなでのこと。彼女は美麗と同じく一年生であり、ひでりを慕う後輩の一人だ。
「それで、裏切り者なんて赤澤もえに言われてる理由は、その……聞いてもいいのかしら?」
「そ、それは……」
俯く美麗にひでりは肩を落として嘆息する。
「まぁ、別に無理して言わなくてもいいわ。私も興味本位とか言っておきながら随分と踏み込みすぎたわね。その裏切りっていうのがどうであれ、私には関係ないから気にしないで頂戴」
「ありがとうございます、ひでりお姉様。……でも、間違いなく私達が悪いんです。話す勇気が持てなくて申し訳ないですが、いつか解決しなきゃいけない問題なんでしょうね」
「まぁ、協力できることがあったら言いなさい。私でよければ赤澤もえとの橋渡しくらいするから」
ひでりの言葉に表情を明るくして「はい!」と返事をする美麗。
さて、ひでりとしてはもえから感じた「ちょっと歪んだ性格」のせいで二人が同じ学校に進むことを避けたのではないか。
そんな予想もあったのだが、美麗の口ぶりだとあちらに非はないようでますます謎は深まる。
(……まぁ、解き明かされなくても本当に問題はないんだけど。でも、私に八つ当たりされた以上は妙に解決しなきゃスッキリしないというか)
とはいえ、美麗は事情を口にするのも躊躇してしまうほど重いものを抱えているらしく、本人から語られることはないだろう。
素直にもえを嫌ってこちらの学校に来ているわけではないらしく、それゆえに今ある情報で読み取れることは少ない。
どうでもいいと思いつつ、やはり気になってしまうひでり。
探偵のように悩むポーズで思案していると、美麗が小さく挙手をして「あのー」と申し訳なさそうに問いかけてくる。
「そもそもひでりお姉様はどうしてもえとお知り合いに?」
「あぁ、それは確かに美麗としても疑問よね。私がカードゲームをやってるってのは以前話したと思うけど、その大会に赤澤もえが出場してたのよ」
「も、もえがカードゲームの大会にですか!? あ、いや、まぁ……不思議ではないですかね」
驚きに目を丸くするも、すぐに納得したような態度を見せた美麗。
(……あれ? 赤澤もえっておそらくだけど、高校に入ってからカードゲームを始めたのよね? 多分、まだ始めて一週間くらい。なのにそんな短期間で大会に出てるのをすぐに納得するって……よく分からないけど、あの子はそういう人物ってこと?)
断片的には情報が出てくるも、イマイチ核心に行き当らない。
そんなモヤモヤを掻き消すようにサンドイッチを口に放り込むひでり。
一方で美麗は手を祈るように重ねてキラキラした瞳でお姉様を見つめる。
「それにしても、ひでりお姉様はこの学校でも名高い文武両道の才女……さぞかしカードゲームでも優秀な成績を収めておられるんでしょうね」
「いや、別にそうでもないわよ?」
「またまた、ご謙遜を」
柔和な笑みを浮かべてひでりの言葉を話半分に受け止める美麗。
一方、謙遜と思われた言葉が本当に現実であるため、ひでりは嘆息してしまう。
(本当にあのカード同好会とかいうグループには苦労させられるわね。青山しずくにはもちろん勝てないし、あの白鷺ヒカリさんとかいう目が合うだけで震えあがる威圧的なプレイヤーには怖くて正確なプレイを乱されるし、新人の赤澤もえも侮れない。……あれ? 非プレイヤーな店員の子の他にあのカード同好会、もう一人いたような……気のせいかしら?)
……まぁ、ともかくである。
延々としずくに負け続けているひでりとしては今のままでいても結果が変わらないと感じていて。
だからこそ――本格的に勝つための修行をしなければならないと考えているのだ!
○
というわけで日曜日――大見得を切って「来週は私が勝つ」ともえに言っておきながら、予定を変更して遠征をすることにしたひでり。
金持ちであるため移動手段には困らず、気まぐれに運転手をこき使って県を跨いだ大移動。
地元よりも規模の大きいショップへと赴き、実力を高めるべく強者を求めて大会に参加した……のだが。
席数が百を越える地域最大級のショップにてテーブルの上、先ほどまで試合で盤面に広げたカードを片付けることもなく、ひでりは休み時間をやり過ごすぼっちのようにうつ伏せとなって落ち込んでいた。
ちなみにひでりの名誉のために名言しておくが、彼女はこの遠征先の大会にて誰をも寄せ付けない圧倒的な実力であっさり優勝した。
そして、その力に衝撃を受けた地元のプレイヤー達がひでりに試合を挑もうとデッキを片手に興奮気味で彼女を遠巻きに見つめている……のだが、当の本人は惨敗したがごとく落ち込んでいるので声を掛けられない状況。
ちなみにこの日、全国大会の個人戦、その店舗代表を決める大会が行われており、優勝したひでりは地区予選大会へと駒を進めることができた。
だが、その事実がひでりとしてはあまり良くなかったようで……。
(うっかりしてたわ……今日、店舗代表決定戦だったのね。ということはあっちでは青山しずくがきっと獲得していて……一方、私は地元で優勝できないからって他の地域へ逃げた形になってるじゃないの)
そのような事情に加え、遠征先のプレイヤーがどれも仮想敵としているしずくの足元にも及ばない未熟なプレイヤーばかりだったので落胆しているのだ。
――そう、地元に最強プレイヤーがいる時点で遠征など無意味だったのだ!
しずくを攻略するならばしずくと戦わなければ意味がない……それを改めて理解させられたひでり。
なので、一を三で割れと言われているような無理難題に感じられるが、それでもじっくり「対しずく攻略法」を考えてみることに。
(何と言ってもプレイング……これに関して私は青山しずくと同程度であるという自負はある。でも、精度100%と99%の差というか……ミスが出るまでプレイを繰り返せばそりゃあ、私の必敗よね)
カードゲーマーのプレイングは失敗集めによって磨かれる。
一度やらかしたミスを二度としないと心に誓うことで、最適解を弾き出す力が養われていく。
コレクションした数だけミスを避けられる。
ならば、失敗の数がしずくを育てたはずで……?
(……あぁ、なんか私と青山しずくの差が分かったわ。つまり、私には普段から繰り返しカードゲームをプレイして、経験を積めるような相手がいないってことね? ぼっちの私には大会以外でカードゲームする機会がない。それが響いてるってことね?)
そこへ思考が至った刹那――ひでりの怒りは沸点に達し、テーブルを叩いて立ち上がり、激情に任せ髪を掻き毟る。
「だぁーっ! うるさいわねぇ! 友達がなんだっての!? 『一緒に遊びましょう』って素直に言えたら苦労しないのよ! バカヤロー!」
劣情を叫ぶひでり、そして情緒不安定な今日の優勝者に引き気味な周りの人間。
感情に任せて叫んでしまったため、後になって周囲で見ている人間がいたことに気付いて居心地が悪くなったひでり。速やかにテーブル上のカードを片付け、ショップを出ていくことに。
苛立ちに任せてズンズンと床を踏み、ショップをあとにする最中もひでりは考える。
(普段からカードゲームができればそりゃあ私だって……! でも、ショップの連中に私へ挑戦してくる骨のあるやつはいない。強くなるならやっぱり青山しずくと……)
それができないから今まで苦労しており、結果として一人きりで上達する道を選ぶしかない。
カードゲームは仲間が多い方が圧倒的に強くなるスピードが速いゲームである。自分には無い視点に気付かされたり、負けた対戦における正しかったプレイを一緒に相談することだってできるからだ。
それができない環境にあってここまでの実力を得たのだから、ひでりはやはり才女と言えるのだろうが……一番になれなければ意味はない。
(……まぁ、青山しずくの方から連絡先とか聞いてきてくれれば都合がいいんだろうけど。私からだとどうしてもいざとなると素直に行けないし)
そのような思考の派生として、ひでりはしずくと友達になった時のことを考える。
平日に何度もカードゲームで対戦。帰り道にはファストフード店へ寄り道して食事というのもあるだろうし、さらに仲良くなれば自宅に招いて泊まらせる展開も。眠くなるまでカードゲームの話をして、気付けば眠り……そして起きれば目の前にしずくの寝顔。
そこまでを思考し、顔が紅潮していく。
「って、どうして青山しずくが同じベッドで寝てるのよっ! 私にとって青山しずくはライバルであって……そ、そういうことじゃないんだからっ!」
最早叫んでいると表現しなければならないほどの声量に乗せた独り言を口にしながら、ひでりはとりあえず獲得した店舗代表の権利を手に遠征を終えた。
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