⬛特別編その一「新井山ひでりのひねくれな日々」
第一話「ひでりの隠された一面!? ひねくれ者の裏の顔!」
新井山ひでりは一番にならなければ気が済まない人間である。
学業においては常にトップの成績を維持。そして、スポーツでは些か……というかかなり小柄な体躯ではあるが、それを逆に利用した身軽な動きで運動系の部活動からも勧誘の声がかかる。
文武両道、まさに才女なのだが――そんな彼女、ひでりが趣味とするカードゲームでは打って変わって一位が取れない。
カードゲームの大会に毎週出場しては、準優勝の座に甘んじること数年。
常に優勝を飾る最強プレイヤー――青山しずくの存在によって一番でなければ気が済まないひでりは日々、地団太を踏むこととなっている。
しかし、逆に言えば新井山ひでりを夢中にさせるカードゲームの魅力はそこにある。
カードゲームをプレイすれば青山しずくに決まって負ける……それは新井山ひでりにとってカードゲームに情熱を燃やす原動力。
一位にならなければ気が済まない人間だからこそ、その座を掴めない競技に夢中というのは皮肉なもの。だが、一位が取れない競技から逃げるという考えが気に入らないひでりはひたすら、青山しずくに勝つべく鍛錬を続ける。
――そんな日々の最中であった。
ひでりは才女であると同時に裕福な家庭に生まれたお嬢様である。
規格外な金持ちである白鷺ヒカリと比べれば霞むが、それでも一般人とは比べものにならない日常生活を送れるほど彼女の環境は恵まれていた。
その一つとも言える専属の運転手による送迎。放課後となり迎えの車に乗って帰路を進んでいたひでり。窓際に片肘をついて外の光景を眺めつつ、青山しずくのことを考える。
(何とかあのポーカーフェイスを歪ませることはできないものかしら? ……とはいえ、どれだけデッキ構築を見直しても勝利には至らない。やっぱりプレイの精度よね)
素直な性格をしているわけではないひでりだが、自分のプレイを振り返って欠点を認めることはできる。
勝つことには貪欲なのである。
とはいえ、思考が行き着く先は結局、純粋な実力不足――その結論至って嘆息するまでがいつもの流れだ。
(でも、それでこそカードゲームをやる意味があるというものよ。この私にここまで情熱を燃やすものを与えてくれたって意味では感謝しないとね!)
脳裏にしずくのポーカーフェイスを思い浮かべ、不敵に笑むひでり。
すると、そんな時――窓の向こう、歩道を歩む女子高生の一団の中、鮮明に脳内で浮かんでいた倒すべき敵と合致する顔を見つけたひでり。
(青山しずくじゃない! 下校中よね……いつもの連中もいるし、カードショップに向かうのかしら?)
車道を走るひでりの車はあっという間にカード同好会の面々を置き去りに帰路を駆け抜けていく。
点ほどにしか目視できないほど走り去った車の中でしずく達を見つめ、混沌とした思考を抱えるひでり。
(こんな平日からカードショップで対戦とは羨まし……いえ、随分と暇なものね)
本心は隠せないのかひでりは親指を噛んで、表情を歪める。
(それにしても、知らない顔が一団にいたような……。いや、それはどうでもいいけれど、これって今まで幾度となく逃してきたチャンスなんじゃないの?)
その思考を合図としてひでりは心を決め、後部座席から身を乗り出して運転手へ命令する。
「車を止めなさいっ! 寄り道するから降りるわっ!」
ひでりの指示に従って運転手は車を路肩に寄せ停車、お嬢様が降ろすべく下車して扉を開く。
そして降車したひでりは髪を優雅に掻き上げてしたり顔。
ちなみにひでりが下校中、カード同好会の面々を見かけ、車を途中で降りる……この光景は今日に限ったことではなく、週に一度程度はある光景だった。
要件は一つ。
友達がおらず、週末の大会以外でカードゲームをプレイすることがないひでりは単刀直入に言って――しずくと遊びたいのだ。
しかし、今日が初めてでないにも関わらず、今をしずくと遊ぶ好機と捉えているのは未だに目的を果たしていないからに他ならない。
素直に遊ぼうと言えないから、しずくとの関係は進展しないまま。
新井山ひでり、才女でありお嬢様――そして、超がつくほどのひねくれものなのである!
○
「覚悟してなさいよ。――痛い目、見せてあげるから」
捨てセリフを吐き、カードショップをあとにするひでり。
つかつかとアーケードを歩み、颯爽と風を切る。まさにヒールというべき切れ味ある言葉。初心者らしいしずくの友人は早速、恐怖に慄いたことだろう。
(――って、なんでよぉぉおおおお! 私、青山しずくとカードゲームするべくショップにいったのに、どうしてその友人を脅して去ることになってんのよ!)
カードショップから数メートル、ひでりは後悔で頭を抱えていた。
ひでりは何度も語っているように頭脳明晰な才女――しかし、理知的な面がある一方で素直ではないため思ってもないことを考えず口にし、後々になって後悔に頭を抱えるおバカな部分が存在する。
ちなみにお気づきだろうが、しずくの友人――この時点でひでりは名前を聞いていないので彼女はそう表現するしかないが、先ほどの捨てセリフを吐かれたのはカード同好会に入部して初日の赤澤もえである。
(青山しずくの友達に失礼な態度を取ってしまったわ! き、嫌われたんじゃないかしら……?)
顔を真っ青にし、冷や汗をかくひでり。
先ほどまでの優雅な歩みはどこへやら、とぼとぼと歩きながら思考は巡る。
(で、でもあの子が私を子供扱いするのが悪いんだわ!)
口をへの字に曲げ、腕組みをするひでり。
確かに、先ほどもえは初対面のはずのひでりを子供扱いしてきた。
なら、怒るのは当然、
(……まぁ、私の身長が低いのだから子供と見紛うのも無理がないと言われたら、やっぱりこっちが全面的に悪なのかも知れないけど)
――と思いきや、自分を悪者に思考してへコむひでり。
友達がいないせいで人間関係が未熟なためビビるビビる。
(今度会ったらあの初心者の子にはきちんと謝らないといけないわね)
うんうんと頷き、自分に言い聞かせるひでり。
しかし、謝るとは言うものの、果たして何と口にする気なのか。
自分の背が低いせいで子供だと思われたことにキレてごめん、とでも言うのだろうか……。
ひねくれ者の彼女も「次こそは素直に」と心に決め、そこそこ距離のある帰路で反省会をしながら歩んでいくのだった。
○
「初戦で勝ったりしてカードゲームの楽しさを味わう前に、このひでり様というトラウマを刻んで卒業させてあげるわ」
結局、こうなることはひでり自身にも予測出来ていた。しかし、回避できないからこそ悪癖なのであって、ひでりのひねくれは絶好調だった。
もえに対して宣戦布告をした週のショップ大会。
偶然にももえと初戦から対戦することになったひでりは温めておいた「この間はごめんね」を土壇場になって払拭、いつものように高圧的な態度でもえに接する。
無論、ひでりの中では、
(あ、あかーん! ますます青山しずくの友人から悪評を買うようなこと言ってしまってるじゃないのっ!)
と、取り消せない自分の発言に狼狽している。
さて、ここまでは新井山ひでりという人間における「あるある」のような展開。
しかし、幸か不幸か相対した人間はこの時期でこそ新しい人間関係を形成していく時期であるため鳴りを潜めているが――あの毒舌家、赤澤もえなのである。
初心者相手にショップの強豪プレイヤー(永遠の準優勝)がぶっ潰す発言をしてきた状況。カードゲーマーに対して怖いイメージを持ち、逃げ出してしまいそうだが……ここでもえはその異常性の片鱗を見せる。
「いや、別にあなたに負けてもカードゲーム辞めたりしないけど」
「そ、そうなるようにボコボコにしてやるって言ってんのよ!」
「……ふーん。そっか、いいよ。私だってあなたには負けられない。私だけを除け者にしてお嬢様学校でズッ友やってる奴らへの八つ当たり、させてもらうからっ!」
「……へ? あ、あんた、何言ってんの…………?」
マズいと分かりつつ「ボコボコ」などとさらに暴力的な発言を重ねているひでりも、もえの堂々と「八つ当たり」を宣言してくる姿勢には困惑。
高圧的に言葉を投げかけていたひでりが引いた表情を浮かべるという、奇妙な光景になった。
(え、何? 突然、八つ当たりとかウチの学校とか変なキーワード出てきたんだけど……。もしかしてこの子、ちょっとおかしいのかしら?)
正解である。
(まぁ、冷静に考えてみようじゃない。ウチの学校には、この子を除け者にしてやってきた……つまり、黙って受験した裏切り者がいて。だから同じ学校である私に八つ当たりをするってこと? 滅茶苦茶な! ……でも、私は入学以来ずっと成績トップだから、ある意味学校の顔であり代表格と言える。なら、責任を求められるのも間違ってないのかしら?)
何だか自意識がどちらの方向に過剰なのか分からなくなる思考ではあるが、ひでりはこういった突発的な状況でもやはり自分を悪者に置いてしまうようだった。
さて、そのような会話もさておき――第一回戦が開始。
ここからはご存知の通り、ひでりが初心者に惨敗することとなる。
試合前の意味不明なもえの宣戦布告によって冷静さを乱されたひでりは思うように力を発揮できなかったのだ。
ただ、それが主な敗因ではあるのだが……それだけではないことをひでりは感じていた。
(プロプレイヤー青山みなみと同じ速攻タイプのデッキだったわよね……。あのタイプには有利なものを使っていたはず。捌ききれる自信もあった。だけど、始めて数日とは思えないカード捌き、そして絶妙なカードを引いてくる運)
流石は青山しずくの下でカードゲームを始めただけはある、と認めざるを得ない気持ちになるひでり。
ちなみにそのような思考をしているひでりだが、もえに大見得を切って敗北したショックで口をポカンと開けて放心状態。
羞恥心やら悔しさ、あらゆる感情が波のようになって押し寄せ、逆に無の表情を浮かべるのみとなってしまった。
さて、その後――ひでりはもえをライバルとして認めて握手。同時にひでりが認めた人間の証として、名前を聞いた。
こういう対戦相手へのリスペクトはノブリスオブリージュということなのか、ひでりは恥ずかしがらずにできるから不思議ではある。
というわけで、謎の初心者が「赤澤もえ」という名前であると認識したひでり。
(ウチの学校に裏切り者がいるとかいう話……別に知った所でどうということもないけれど、ちょっと気になるわね。慕ってくれる可愛い後輩もいることだし、ちょっと聞いてみようかしら?)
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