第五話「遠征先での自由行動! もえ&幽子編」
目的地の街へ到着すると集合時間を決め、元の駅へ戻ってくることを確認してカード同好会のメンバーは自由行動ということで一旦別れることに。
時間のロスを気にし、荷物をマンションへ置きに行くことはせずに即行動。
……というわけで、地元にはない二階、三階とフロアが積み重なった本屋。建物を前にして幽子は祈るように両手を合わせ、キラキラと目を輝かせる。
さっそく店内へ入っていくことに。
店内は書店特有の物静かな空間。雰囲気づくりのジャズが流れ、その中で本のページを捲る音が微かに聞こえる。
そんな静寂を切り裂くようにコツコツと靴の音を鳴らし、足早に歩む幽子。鼻歌交じりで興奮気味の表情を浮かべ本棚が形成した通路を進んでいく。
最早、軽い暴走状態にある幽子のあとをもえは慌てて追いかける。
店内には地元の本屋でも売っているような雑誌のコーナーに、ベストセラーとなってる小説のコーナーなどという見慣れた顔ぶれも並んでいる。
それがもえを安心させた。
店の落ち着いた雰囲気に飲まれたのか、もえは飾り気のない背表紙の書籍が並ぶ書店へ連れてこられたのだとしたらどうしようかと不安になっていたのだ。
(私、ライトノベルはよく読むから本屋と親しい気でいたけど、何かお堅い文豪の作品が並ぶ所に連れて行かれたら「ヤバい」しか言えなくなっちゃうところだったよ)
店内をぐるぐると歩き回り、そして上の階層へも足を踏み入れてようやく幽子はお目当てのものを見つけ出したのか立ち止まる。
そこはイラストレーターの画集を集めたコーナー。幽子は並ぶ画集の背表紙を前にして「はわわわわ」と唇を震わせ狼狽する。
とりあえずで両手に画集を取り、慌てた視線を交互に送る。欲しかったものが一気に眼前へ押し寄せてどうしていいのか分からなくなっているようだった。
だが、そのような興奮もそこそこに幽子は画集を十冊ほど積みはじめる。まるで誰かに盗られることを恐れるように素早く。
そして両手で抱え、軽くよろけながらも移動しようとする。
「え、幽子ちゃん……も、もしかして、それ全部買うの?」
「……うん、買う。お給料、もらったし。……こういう画集、お店的に回転……悪いからなのか、仕入れてくれない。……だから地元じゃ、買えない」
「でもそんな荷物持ってたら大変じゃない? ヒカリさんのマンション、駅から結構距離あるって言ってたし」
「……じゃ、じゃあ、郵便局……行って家に、全部送る!」
「それならいいと思うけど……でも、家に送るくらいだったらいっそネット通販とかで買えばいいんじゃないの? だいたいの本って今の時代なら自宅にいながら手に入るもんじゃないの?」
「……まぁ、そうなんだけどね。……でも、目の前にすると衝動で、つい」
幽子の言葉でもえはアニメイラストのスリーブを見た瞬間、欲しくなって買ってしまったことを思い出した。
幽子ほどの熱量ではないが、もえもアニメ好きとして収集癖に理解は示せるのである。
「あー、確かにそれはあるかもね。やっぱりビジュアルのものはどうしたって実物がより良く見えたりするのかな」
「……そう、かも。……とりあえず買ってくる、ね。……ここ、カフェも入ってるから……ちょっと休んで、いこっか」
「いいねぇー。重いでしょ? ちょっと持つよ」
ずっしりと重みのあるハードカバーの画集を何冊か抱えるもえ。
レジへと向かい先を行く幽子の視線がないことを確認して裏返し、値段を確認してみる。
(二千円……! こっちは三千円……これを十冊も買ってるって幽子ちゃん、初めてのお給料弾け飛ぶんじゃないの、これ。……ヤバいね)
○
書店内に併設されたカフェで休憩することにした二人。四人掛けの椅子を利用して荷物を預けることで重みから解放されたため、ようやく一息つくことができた。
「……それにしても、意外。……もえちゃん、なんか甘いものとか……好きそうなイメージ、あった。珈琲飲めるの……ちょっと憧れちゃう」
幽子の言葉のとおり、もえの注文は珈琲のみ。それも砂糖やミルクを入れずブラックのまま飲むので、苦いものが得意ではない幽子からしてみれば驚きなのだった。
「中学校の時は友達に結構言われたなー、それ。私としては甘いものが好きな女の子って憧れちゃうけどなぁ。女の子然としてるというか」
もえは幽子が注文した、顔よりも大きいチョコレートパフェを見つめて言った。
「……相手の趣向が、羨ましいって……何か変なの。……そういえば中学校の頃、よく一緒にいた人達、って……」
「あの子達はみんな私を裏切って、ひでりちゃんが通ってるお嬢様学校に行ったよ」
心の底からの恨めしさを込めてもえは言った。
「……だから、ひでりちゃんに八つ当たり……してたん、だ」
幽子は以前から抱いていた疑問が一つ解消されて、すっきりとした気持ちになった。
(中学校時代は友達も多くて、明るい子ってイメージだったもえちゃんと今こうして一緒にいるって……何か変な気持ち)
パフェを口に運びながら、今という瞬間をどこか不思議に思う幽子。
口内に広がるコクのある甘み。思わず目をギュッと閉じて噛みしめてしまう。
すると頬に手を添えてパフェを楽しむ幽子にもえは「何かいいね」と穏やかな笑みを浮かべて語る。
「今日、幽子ちゃんが活き活きしてるの見てて……なんかいいなぁーって思った。中学の時は大人しい子ってイメージだったけど。本屋に来た時もそうだし、パフェ食べてる時にもそんな無邪気な感じになるの、なんか素敵だなって」
幽子はもえから直球でそのようなことを言われ、スプーンを口に含んだまま頬を赤らめて伏し目がちになってしまう。
「……め、迷惑じゃなか、った……!? ……私の用事、なのに」
「そんなことないよ! 私が好きでついてきたんだもん、楽しかったよ」
もえの素直な言葉に安堵する幽子。何だか妙に気恥ずかしくなって言葉を失ってしまう。
するともえは「前から聞きたかったんだけど」と言って口を開く。
「幽子ちゃんはどうしてカードゲームのイラストが好きなの? こう言ったら意地悪なのかもだけど……イラストって色んな媒体にあるよね?」
それは幽子とカード同好会のメンバーとして顔合わせした日に感じたことだ。
「……語っても……いい、の?」
「聞いてるんだからもちろんだよ」
すると幽子はキラキラと輝いた目を見開き、鼻の穴を大きく開いてテンションを急上昇させる。
(あ、やっぱりさっきの質問ってスイッチだったんだ。前もそうだったもんなぁ)
もえの予想は正しく、幽子はそわそわとした挙動を交えて語り始める。
「あのね、あのねっ! どこから話したらいいのか分からないけど……私、表現が薄いものが好きなんだぁ~。表現が薄いっていうのは映画やドラマ、アニメよりは小説や詩とかってことねっ!」
「小説や詩って、絵を描くのが好きなのにビジュアルがないものの方がいいの?」
「表現が薄いってことは自分で想像して補完するしかないでしょ? 小説や詩って言葉だけでビジュアルはない。だからイメージして絵を作り出すしかない……ってなると見たければ自分で描くしかないよね!」
「あぁ……それは考えたことなかったなぁ。確かに想像するしかないものの方が描く意味あるよね。ないものを形にするってことだもんね」
「でも逆にビジュアルしかない絵画も好きなんだぁ~。今日買った画集もそうなんだけど、こっちはイラストがあるけど物語がない。だから、描かれている情報から物語を想像せざるを得ない……そういう『本当は物語として読みたいっ!』とか『ビジュアルとして見たいっ!』っていう肝心なところを伏せられると……なーんかもどかしくて楽しくなっちゃうんだよね~♥」
うっとりとした表情のまま早口で語り連ねた幽子。
もえはそんな彼女の饒舌な様をやはり微笑ましく思うのだが……、
(要は全部を見せてもらえないことがもどかしくて堪らない。妄想するのが楽しくて仕方ないってことだよね……幽子ちゃんもカード同好会のメンバーだなぁ。なんか変態チックだ)
そのように幽子の評価を改め、もえはカード同好会最後の常識枠としての自覚を得るのだった。
「……で、どうしてカードゲームのイラストが好きなのかって話だったよね! まずカードゲームにもちゃんと世界観があって、物語があるんだよ! それはフレーバーテキストって形で一枚一枚に記載されてるんだけど……知ってた?」
「あ、あれフレーバーテキストっていうんだ!」
カードには一枚一枚にフレーバーテキストというものが、カード能力とは別に記載されている。キャラクターのセリフだったり、設定が書かれているのだ。
「そういえばこの前、それぞれのセリフが掛け合いになってるカード見つけたなぁ……」
「そう! もえちゃん、良い所に目をつけてるっ! イラストとフレーバーテキストの二つでカードは世界観を表現しているの。でもね、短いフレーバーテキストだけでは世界観を語りきれないし、一枚のイラストで描くには背景世界が広大すぎるのっ! これが表現の薄さとしていい塩梅なんだよねぇ~♥ だけどね、新しいカードと出会えばそのフレーバーテキストとイラストでまた世界が覗けるの! 視野が広がるの! それって、実際にカードゲームの背景世界を冒険してるみたいで素敵だよねぇ~♥」
祈るように手を合わせ、天を仰ぎ涙さえ流して独演会は終了――幽子の熱弁に、気付けばもえは自分の鼓動が高鳴っているのを感じていた。
それは幽子の熱量に影響されたからかも知れなかったし、別の理由でもあったと言えた。
絵を描くことに恋をして、カードゲームの世界観に恋をしているような……ひたすらに陶酔できる何かを持つ幽子を見て、薄っすらともえは焦りを感じたのかも知れない。
同年代の子が、そんな風に夢中になっているのに自分は……?
「幽子ちゃんのカードに対して抱いていること、そして絵を描いている理由もなんか分かった。……羨ましくなっちゃうなぁ、私にはそういうのないから」
いつの間にかクールダウンした幽子は咳払いをしてテンションの境目とする。
「……逆に言えば、私にはそれだけしか……ないんだけど、ね。絵を描くこと以外……何も特技がない。……あんまり器用じゃない、から」
「でも、いいなぁーって思うよ? 私、そういう何か一つでも突き抜けたものがある人って尊敬しちゃうな」
「……なら私が突き抜けた一個……持ってるように、もえちゃんだって……他の人にはないものがあるの、かも」
「そうかな。そうだといいなぁ」
「……きっとそう、だよ。……自分でも、気付いていないこと……何かある、よ」
優しく笑む幽子の言葉で、改めて自分を見つめ直すもえ。
色んなことに挑戦して――でも続かなかった過去がもえにはある。
幽子のように絵を描いたり、スポーツを始めてみたり、音楽に目覚めたり、ひたすら成績を上げることに必死になったり。
でも幽子のように「夢中」にはなれなくて、いつも思ったのだ。
もっと早く始めていれば――続いていれば、今頃は違った人生だったのかな、と。
そのような思い出を押し込むように、もえは珈琲を一気に胃へと流し込んだ。
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