第六話「遠征先での自由行動! 葉月&ヒカリ+しずく編」

「最近、もえちゃんのことが気になって仕方ないんです……」


 自由行動中――宣言通りカードショップ巡りをしていた葉月は、同行者であるヒカリから衝撃的な告白を受ける。


 しゃがんでショーケースの中のカード、記載された金額と財布の残高で思案していた葉月はその告白によって表情がこわばる。


 ギギギと鈍い音でもしそうなぎこちない動きでヒカリの方を向く。


「き、気になるってどういうことー……?」


 葉月の問いにヒカリはためらいがちな表情を浮かべ、ゆっくりと自分の気持ちを確かめながら言葉を紡ぐ。


「そうですね……もえちゃんといると胸がキュンとなったり、嬉しくなったり、気持ちよくなったり。……そんな瞬間があるんですよね」


 ヒカリの言葉に葉月は立ち上がり、後ろ頭を掻きながら困惑した脳内を整理する。


(えー!? なんか胸キュンとか言ってるよー!? まず何でこのタイミングでそんなことを相談してくるの!? そして、カードショップ三軒目で相談することなの!? しゃがんでショーケース見てる人間に話す内容なの!? 残高4989円の私に扱える内容なの!?)


 言いたいことは色々あるが、まずはこれだと葉月は判断。


「えーっと、よく分からないけど……もえのこと好きってことなのかなー?」

「あぁ……言われてみればそういう感情にも似ている気がします」

「似てるって……はっきり分からないものなの?」

「分からない、ですね……。葉月は誰かを好きになったら、はっきりと分かるものですか?」

「は、は、葉月は!? だ、だ、誰かを好きになったことは……ないからなぁー!?」


 ヒカリの言葉に困惑しっぱなしの葉月だったが、ここにきて慌てている意味が変化していた。


 葉月はこの手の恋バナ的なものに滅法弱く、恋愛幼稚園児というべき耐性のなさなのである。


 一方でヒカリ――彼女も困ったもので、ヒカリがもえに感じているのは無論、ドMとしての悦びであって恋心ではない。


 しかし、一人娘だからと大事に大事に育てられてきたヒカリは「ドM」などという俗な表現も、文化も知らないのである。


 だからこそ、自分の感情に名前がつけられず――さらには葉月の言葉によってヒカリは、


(確かにもえちゃんと一緒にいるとドキドキするあの感じ……恋心以外に説明がつかないような気がしますね。私、知らない内にもえちゃんのこと……)


 ――と、間違った芽が出始めていた。


「一体、何なんでしょうね……あの、もえちゃんといる時の気持ちは」

「うーん……もえを新しい友達と受け止めて、その新鮮さで心が躍ってる説は?」

「それで胸がキュンとするものなのでしょうか? 気持ちよくなってしまうものなんでしょうか?」

「……そ、その気持ちよくなるっていうのはよく分からないけど、でも確かに友達に向けるものじゃないのかもねー」


 二人は腕組みをし、首を傾げて謎の感情に対して考察を行う。


 ……カードショップの店内、ど真ん中で。


「例えばキスできるか、って考えてみたら……それはイエスな気がします」

「き、き、き、き、キスぅ~~~~!?」


 触れれば火傷しそうなほどに顔を赤くし、漫画であれば目がバッテンになっていそうなパニックを表情に描く恋愛保育園児の葉月。


 流石に高校三年生でこの反応は葉月の将来を心配してしまう。


 ちなみにヒカリはキスできると自覚しているが、もえに助走をつけて殴られることも、羽交い絞めにされることも、さらには都合のよいATMにされることもおそらく受け入れられる……たぶん。

 

 ドMであるために何でも許容できる状態にあり、字面ほどロマンチックなものでもない。


「そ、そっかー、き、ち、き、チッスできるかぁー。じゃあ好きってことなのかねー。でも確かにもえって、ヒカリに対してはちょっと接し方違う感じだし、あっちとしても何か特別なのかなー?」


 恋愛乳幼児である葉月はもえのサディスティックな物言いを上手く表現できず、違和感として口にした。


「ですよね。……私もどう表現したらいいのか分かりませんが」

「砕けた感じ、でいいのかなー?」

「今のところはそのように表現する以外、正しい表現が思いつかないですね……」


 葉月とヒカリはそれぞれ、赤澤もえという一人の少女について改めて考えていた。


 四月、強引な体験プレイによってカードゲームの道に踏み込み、初めての大会で新井山ひでりを下した飲み込みの早さ。


 そして、圧倒的な運量。


「もえってさ、最初は数合わせのために私も声をかけたんだけど……カードゲームを好きになってくれて、みんなとも仲良くなってくれて。本当によかったよねー」

「そうですよね。幽子ちゃんなんかは自分の話を楽しそうに聞いてくれる同級生がいてくれるからか前よりも明るくなりましたし、しずくちゃんも何だかんだで先輩してて微笑ましいです」

「カードゲームの飲み込みも早いしねー。これなら冬の団体戦は強いチームで挑めそうだし、カード同好会として華々しい結果を残せそうだね」


 ギュッと拳を握って、葉月は感じている手応えを態度に示す。


 そんな挙動を見てか、ヒカリはふとあることを思い出した。


「そうでした、葉月。ちょっと機会があったら聞いてみようと思っていたことがありまして……」

「一体何だろー?」

「こう言っては葉月を怒らせるかも知れないですけど……カード同好会を発足させる意味って何かあったんですか? カードはショップがあればできますし、冬季団体戦も学校から出場するものではないです。あって悪い部活ではもちろんないですけど……どうしてこの三年間、設立させたがっていたのかなと」


 ヒカリの問いに葉月は一瞬、きょとんとした表情を浮かべ、しかし笑み変わる。


 明確な理由が葉月にあるのはその表情で明らかだった。

 そして、葉月は語る。


「話しておいていいかもねー。うん、それはね――」


         ○


 さて……一方その頃、青山しずくは案の定、迷子になっていた。


 誰もが予想できた展開。交通機関を乗りこなせないことに加えて、圧倒的な方向音痴。


 しずくにはできることなら卒業後も地元で暮らして、見知った土地で迷子とは無縁でいてほしいものだが……しかし、ヒカリはそんな彼女を大丈夫だといった。


 しずくの今日の予定を思えば、心配する必要はないと――。


 だが、しずくは思うのである。


(ん? おかしいな……どれだけ進んでも同じ場所に戻ってくる。似た景色が続いてるだけかな?)


 しずくは方向音痴だ。そして、迷った時にはがむしゃらにとりあえず歩いて何とか現状を好転させようとするデンジャラスなタイプなのである。


(真っ直ぐ進むだけだと引き返すのが大変になるから、全部右折してみたけど決まって同じ場所に戻ってくるんだな。不思議)


 軽く溜め息をつくもしずくは焦っていない。

 心拍数を測れば平常値だろう。


 ちなみに出発地点であり、集合場所でもある駅にすらもう戻れないことはしずくも理解している。だが、そんなことでペースを乱す青山しずくではないのである。


 しずくは立ち止まってしばらく考え、電話をかける。


 すると、数コールで電話の相手は「はいはいー?」と応答する。

 それはハスキーな女性の声だった。


「あ、もしもし? 突然で悪いんだけど、サプライズで会いに行こうと思ってて」

『サプライズを突然で悪いって謝るやつがどこにいんのよ……ってか、たった今盛大なネタバレ食らったし』


 溜め息混じりに語る電話の相手。

 しずくは珍しく後ろ頭を掻く挙動を見せつつ、話を進める。


「まぁ、サプライズは諦めたんだけどね。……で、道が分からなくなったんだ。教えてくれない?」

『……ん? アンタこっちに来てるの?』

「うん。だけど歩いてたら道が分からなくてさ」

『何で分からない道を歩くのよ。あと、教えてくれって……どこにいるのよ?』

「ん? それが分からないから電話してるんだけど」

『あんまりにも堂々というから一瞬、正論に聞こえたわ……』


 電話相手は声しか聞こえないながらも、頭を抱えていることが予想できるような呆れっぷりを見せる。


 それから大きなため息を吐き出して、相手は語る。


『……とりあえず、今日アタシがオフだった偶然に感謝することね。迎えに……というか探しに行くからそこを動かないでよ。ほんと……アタシが仕事だったらと思うとゾッとするわ』

「ありがとう。どこで待ってたらいい?」

『だからそこで待ってろって言ってんでしょうがっ!』


 通話口から聞こえる怒鳴り声に思わずスマホを耳から遠ざけ、ギュッと目を閉じて堪えるような表情を浮かべるしずく。


 そして電話相手は話を纏めて切ろうとするも、「あ、そうだ」と言って続ける。


『そういえばこの間、デッキレシピが欲しいとか言ってきたじゃない? 突然どうしたの? アンタが使うんだとしたらちょっと驚きなんだけど……』

「ん? あぁ、私じゃないよ。部活の後輩の初めてのデッキにと思ってね」

『アンタ部活なんか入ってたっけ?』

「カード同好会だよ。今年できてさ」

『へぇ、そうなんだー。ってか、そういえばアンタもうすぐ全国大会の地区予選だよね……って、まぁ色々と話は会った時にすればいっか。じゃあ切るよ』


 そう言って電話の相手は通話を切った。

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