第四話「合宿当日! 出発からいきなりトラブル発生!?」

 ――強化合宿の当日。


 ゴールデンウィーク二日目、交通機関が混雑することを考慮して、早朝からの出発。集合場所となる駅までもえは電車で移動する。


 その駅からまた別の電車に乗り、県をまたいでの大移動。


 もえ達の地元からみれば都会と呼べる大きな街へと向かう。もえの同級生にとっては週末になれば買い物に出かけるくらい馴染みのある場所らしいが、カード同好会のメンバーは週末をショップで過ごすため無縁である。


 休日をカードゲームに費やした四月。そのため、今回の遠出はもえにとってちょっとしたリフレッシュという意味でも楽しみなものだった。


 ……まぁ、その遠出の目的もカードゲームなのであるが。


 そういうわけで、もえは電車でまず集合場所の駅へと向かう。


 群青色の空、輪郭だけをぼんやりと見せる影絵のような街並み。早朝の風景が流れていくのを腰かけた席の車窓から見つめ、もえは欠伸をする。


 遠足の前日には眠れないタイプなので睡眠不足なのだ。


 ぼんやりと車窓に視線を預けていると、こちらへと走ってくる電車の姿が見えてくる。


 そして電車同士がすれ違う瞬間。


 空席の多い向かい側の列車を眺めながらウトウトしているもえだったが、突如――目の前に飛び込んできた光景で睡魔は完全に払拭される。


「……え、なんで!? 私、寝惚けてる!?」


 もえは目を擦って再度現実を確認しようとするが、すれ違った電車はもう遠くへ走り去っている。


 ただ、もえは自分の記憶を疑う気はなかった。

 ――間違いない。




 向かいの電車にしずくが乗っていた。




 もえと同じようにぼんやりと窓の外へ視線を預けていたしずく。もえの姿を捉えた瞬間、口が「おはよう」と言おうとしていたような気もする。


「電車ですれ違うって……そんなことあるの?」


 もしかしたらしずくのことだ、間違って電車に乗ってしまったのだろう。そこまではもえも理解できる。


 ただ……、


(あの瞬間、乗り間違えに気付いて慌てるのが普通なのに、挨拶しようとしてた……)


 どれだけマイペースなのか……。


 もえはスマホで時間を確認する。眠れず気持ちが高ぶったせいで集合時間よりも早く到着するよう電車に乗ったため、しずくにも引き返してくる余裕があるだろう。


 朝から凄いものを見た感動が今日という日のワクワクを塗り替える奇妙な現象に混乱しつつ、もえは目的地に到着した。


 駅前で缶コーヒーを買って温まりながら待っていると数分で葉月がやってきた。駅のホームから出てこなかったあたり、自宅が近いのかもしれない。


「やー、おはよー。早いねー、もえ」

「あ、葉月さん。おはようございます……っていうか聞いて下さいよ!」

「ん、んー!? どうしたのかなー?」


 やってくるなり興奮気味で迫ってくるもえに若干物怖じする葉月。


 缶コーヒーで少し落ち着いていたもえの気持ちが再燃していた。


「さ、さ、さっき、しずくさんと電車ですれ違ったんですけど!」

「え!? ……あ、しまったなぁー。しずく、交通機関全般が向いてないからきちんと乗り方を教えておこうと思ったのに、忘れてたよー」

「交通機関向いてないって……そんな向き不向きなんてないでしょう!」

「とはいえ事実乗れてないもんねー。とりあえず、大丈夫か連絡しとくよー」


 葉月はスマホを取り出すと、しずくへ連絡すべく文字を入力する。


 缶コーヒーを口に運びつつ葉月が打つ文字を横目で見ると「またやったみたいだねー」と入力されていた。


(……あぁ、今回が初めてじゃないんだ)


 ちなみに集合場所と学校の間にもえの自宅から最寄りの駅がある。集合場所へと向かう最中にすれ違ったということは、学校からしずくの自宅はもえ以上に離れていることになる。


 実は五人の中でしずくだけが自転車通学。もえと違って電車で学校に通っていないのは、そういう理由なのかも知れない。


 そこから数十分待つと幽子、ヒカリにしずくが到着する。本来の集合時間の五分前だった。


 幽子はどこか引き気味にしずくを見つめ、ヒカリは困ったように笑っている。しずくはもちろんポーカーフェイス。


「あ、あの……しずくさん」

「やぁ、もえ。おはよう」

「お、おはようございます……さっきすれ違いましたよね?」

「だね。乗り間違えてたみたい」


 裏を返せばあそこですれ違っていなければどこまで行っていたのか、と恐ろしくなることを語るしずく。


 淡々としている本人の口調もあってもえは背筋が寒くなる。


「……電車待ってたら、違うホームから……しずくさんが、降りてきてビックリ、した」

「私なんか通り過ぎていくしずくちゃんを見送ったあと、幽子ちゃんとセットで戻ってくるところまで目撃してますからね」

「あれ、おかしいですね。それじゃあしずくさん、私とすれ違ってすぐに下車したわけじゃないってことですか?」

「まぁね。もえが乗り間違えてるんだと思ってそのまま進んだんだけど」

「自分を疑って下さい」

「何駅かしたら幽子がいてさ。そこで乗り間違えに気付けたよ。ヒカリさんのいる駅で降りてればよかったんだよね」

「いや、それだとセーフみたいに言ってるけど余裕でアウトだよー」

「しずくさん、そもそも何であんな時間に電車乗ったんですか?」

「間違って目覚ましを一時間早くかけてたの知らなくてさ」

「あ、だから変な時間の電車に乗っちゃったんですね」


 四人が呆れた表情を浮かべている中、やはり気にした感じはないしずく。この辺りの肝の座り方も強豪プレイヤーたる由縁なのかも知れない。


 ――さて、カード同好会のメンバーが全員揃ったということで遠征合宿へ出発である。


        ○


「ご存知のとおり非公認大会は明日です。なので、今日は自由行動でもいいんじゃないかと思いまして。土日はずっと大会ですから、たまには他の遊び方で羽を伸ばすっていうのもアリかなと」


 目的地へと向かう電車内、これもカード同好会の活動だと始まったババ抜きの最中にヒカリはふとそのようなことを口にした。


 明日は非公認で一日が終わるし、明後日は早朝から帰宅となる。つまり、予定が空いている今日、普段来れない大きな街で各々がやりたいことをやろうという提案だった。


 ちなみに電車は席を向かい合うようにしても四人掛け。もえの勧めもあってヒカリだけが通路を挟んで向かい側の席に腰掛けている。


 さて、ヒカリの提案にまず食い付いたのは幽子だった。


「……なら私は、大きな本屋……行ってみたい、です。……地元の本屋にはない本……売ってるかも知れない、し」

「あ、私も興味あるなぁ。結構、本好きだし。幽子ちゃん、一緒に行ってもいい?」

「……うん。もちろん、だよ」


 幽子の手札からカードを引き抜きつつもえが打診、街に着いてからの行動がとりあえず二人は確定した。


「私はやっぱりカードショップだねー。何軒もあるらしいし、全部回りたいなー。この前錬金したお金じゃちょっと心許ないけど……でも行かない選択肢はないねー」

「カードショップ、私も興味ありますね。葉月に同行したいです」

「じゃあ一緒に行こうかー」


 葉月からカードを取り、揃った数字の札を捨てながらヒカリも今日の予定を立てた。


「しずくはどうするー? 一緒に行く?」


 誘いの言葉にしずくは「うーん」と声を漏らしながらもえの手札を一枚一枚、触れて表情を確認する。


「自由行動ならちょっと行きたいところがあるんだよね。……私は単独でもいいかな?」


 もえのジョーカーを回避してカードを引き抜き、あっさりとアガリながら単独行動を申し出たしずく。


 一同はしずくが一番で抜けたことなど気にならず、嫌な予感を胸中に宿す。


「あー……あの、しずくー?」

「なに?」

「電車乗り間違えの興奮も冷めやらぬ、という感じだけどー……」

「あっちで電車には乗らないけど?」

「でも……何というか心配なんだよねー」

「……しずくさん、困ったら……交番です、よ?」

「ん? 分かったよ」

「しずくさん、警察のお世話になるようなことは駄目ですからね」

「どっちなのさ」


 一同の懸念にしずくはピンときていないようで相変わらずのポーカーフェイスながらも、若干首を傾げている。


 なんとか言って聞かせられないだろうかと思う一同だが、その中でヒカリだけがしずくの単独行動の内容が分かったのか「きっと大丈夫ですよ」と言って皆を宥めた。


 ――なので、カード同好会メンバーの予定が確定した。


 その後、ババ抜きはアガリを迎えたしずくを除いて続行。葉月と幽子がアガリ、ジョーカーはヒカリへと移り、もえと一騎打ちの状況まで進む。


 しかし、困ったことが起きた。


 しずくの真似をして手札を一枚一枚、触って表情を確認するもえ。しかし、ヒカリは全てのカードに対して苦悶の表情を浮かべる。


(ポーカーフェイスができないからヒカリさんは分かりやすいと思ってたけど……、この人の性癖を考えたらどういう意味で困った表情を浮かべているのか分からない!)

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