第三話「散財の錬金術師!? 緑川葉月!」

「へへっ……へへへっ……へへ、へへへへへっ……!」


 真っ青な顔で覚束ない足取りの葉月をゾンビと表現したが、改める必要があるかも知れない。


(……どっちかというと薬物中毒者に見えてきたかも)


 自分の所属する同好会の部長をそのように表現したくはなかったが、現在の葉月を鑑みれば仕方ないと言えた。


 プレイスペースに腰掛け、ハサミでゆっくりとパックを開封していく。


「駄目なのに……駄目なのに……この瞬間だけはやらんないよぉ……!」


 お尻に火でもつけられたような表情で、荒い吐息の絡めて危ないセリフを口走る葉月。


 ショップへやってくるまでは地面にめり込みそうなくらい落ち込んでいた葉月だったが、パックを購入していざ開封する段階になると徐々にテンションが上がっていた。


 そして一パック目。中身の五枚を取り出し、ゆっくりと手の上で滑らせ確認する。


 血走った眼が左右に動き、そして――首を絞められたみたいに目をギュッと閉じて苦悶の表情を描く。


「ぐぅ…………っくぅ~! ……あ、当たらない! 当たらないよぉ~!」


 手から五枚のカードが零れ、テーブルに散らばる。


 座ることもなく閉口して見守る四人。


(……うーん、正直最初は変な人なのかなって思ってて。でも、ヒカリさんやしずくさんを見てて常識枠扱いだったんだけど……やっぱ葉月さんも変な人だなぁ)


 慣れているのか、他の三人は無表情で葉月を見つめる。


 もえとしては葉月の奇行より、受け止めきっている三人の方が驚きかも知れなかった。


 一パック目、価値のつかないカードを百五十円で購入した事実が葉月の中で重く圧し掛かる。


(百五十円を無駄にした……無駄にしたぁー! 百五十円あったら、あと百円借りたら学食で何か食べられるのにー!)


 あったかも知れない可能性を思い苦しくなる葉月。

 成果も得られていないのに残りのパックが減っていく焦燥感。


 鼓動が高鳴り、徐々に後ずさりして崖っぷちへと自ら進んでいく。


「……はぁ……はぁ。……これで、当たらなかったら……ようやく、やめられるのかも?」


 葉月は二パック目にハサミを入れながらそのように口にした。


 ……そう、彼女が錬金術師と呼ばれているのは無論、この方法で何度もお金を得ているからである。


 成功体験が彼女に「錬金術があるから荒くお金使ってもいい」という発想にさせ、そして毎度本当に成功させてきたからこそ、やめられないのである。


 そう、成功体験の傀儡。


(……この人、絶対にギャンブルしちゃいけない人だっ!)


 二パック目、そして三パック目。

 ……四パック目、五パック目と。


 葉月はカードパックを開封して血走った目で栄光を脳裏に過ぎらせては裏切られ、そして手からカードを溢して次へと手を伸ばす。


 その繰り返しで望んだカードを引けない絶望で唇をパクパクと動かし、そして意味の分からないことを呟き始める。


「……うん、知ってたんだー。都合がいいことはずっと続かないってー。これで失敗したら真面目にバイトでもしようカナ。うん、それがいい。幽子の後輩としてこのお店で働いて、お給料もらって綺麗な体でカードゲームしよう。うん、そうしよう」


 早口で語り連ねながら、葉月は最後の六パック目にハサミを入れていた。


 今までの成功体験は夢であり、葉月はきっと霞を掴もうとしていた。


 心は疲弊し、教育され、もう二度と無謀な賭けはすまいと心に誓う。


 だからこそ清らかな心で最後のパックを開封して、ギャンブルから足を洗う。


 そのきっかけとしてなら、この千円は有意義な投資だったと。


 そのように物欲が洗い流された所に――ギャンブルの神は、飴でできた鞭を与えるっ!


「あっ――! あっ――! あっ――! 出た、出た、出た出た出た出た出た、出ちゃったよぉぉぉぉおおおお!」


 震える手で開封した、五枚。

 その中の一枚を取り出し、天へ掲げる――。


「出た、出た、出ちゃったぁ! やだっ……刻まれちゃう……! 歪んだ成功体験、また刻まれちゃうっ! こんなレアカード与えられたら私……やめられなくなっちゃうよぉ~~~~~~~~♥」


 最低な表現ではあるが快楽墜ちしたヒロインのようなトロ顔を浮かべ、投資した千円を遥かに超える買い取り金額を弾きだすカードと邂逅した葉月。


 安堵と達成感、逃れられない錬金術の魔の手に落ちていく背徳感に、さっきまで清らかだった心を溶かしていく。


 ヒカリは祝福するように拍手し、幽子はレジに立つ従業員にもうすぐ買い取りが入ることを告げ、しずくは「あ、当たったんだ」と冷静に受け止めた。


(………………………………な、何だこれぇー!?)


 語られていたとおり、三人にとっては毎月のイベントらしい葉月の錬金術。


 ただ、ヒカリへ無自覚に辛辣な言葉を投げかけてしまうような歪んだ心を持ったもえである。


 そんなカード同好会の部長を見て、思うことは一つ。


(何これ……何これ、何これ。この同好会、ヤバい人だらけで……面白過ぎる!)


 常識枠からあっさり離脱した葉月にもえは好奇の視線を送っていた。


 結果として葉月の当てたカードは四千円で売却することができた。所持金が四倍になったのだから成果としては十分過ぎる。


 ……にも関わらず、


「へへっ……へへへへへへっ! ひゃっほーい! 私、緑川葉月は欲望の奴隷でありまーすっ!」


 敬礼すると軽い足取りでレジへと向かい、手にした四千円をさらに増やそうとして追加のパック購入。勝った段階でやめないあたり、本当に葉月はギャンブルをしてはいけない人間なのだった。


        ○


(……で、欲に任せたもう一勝負で本当に勝つ人がいるとは思わなかったなぁ)


 葉月はその後、追加のパック購入でまた高額買い取りのカードを引き当て、合計で所持金は一万円ほどになっていた。


 すっかり元気を取り戻してニコニコとしている葉月を見て、もえは活発で行動的だったイメージの彼女の闇を見た気持ちになっていた。


 まぁ、見ていて面白いのだけれど。


「やっぱりカードゲームってお金がかかる趣味なんですね。あんな価格でカードを買い取るってことは、もっと高いお金を出してこのお店から買っていく人がいるってことですし」


 それは誰かに対して言ったのではない、もえの独り言。


 しかし――、


「そうかも知れませんね……。カード自体もそうですが、サプライなんかも含めるとカードゲームって安い趣味ではないです」

「まさかヒカリさんにそんな返事をされるとは……」


 一番カードゲームを高額な趣味だと受け止めていなさそうな人間が自分の言葉に反応したため、もえは少し複雑そうな表情を浮かべる。


「……とはいえ、そのサプライって何です?」

「スリーブやデッキケース、プレイマットなどのことですね。スリーブに関してはもえちゃんがデッキを組んだ日、一緒に購入を勧めましたよね?」

「あぁ、あれってスリーブっていうんですか」


 もえがデッキを完成させ、新井山ひでりに喧嘩を売って逆恨みした日――実はデッキと抱き合わせでスリーブと呼ばれるものを購入していた。


 これはカードをピッタリと収納する袋状の画面保護フィルターみたいなものであり、一枚一枚に装着することでカードを傷付けずにプレイできる。


「あのスリーブってすごい発明ですよねー。私、感動しましたよ」

「やっぱりカードが傷付くと悲しいですからね」

「でも、私が使ってるのって透明なスリーブじゃないですか? でも大会だと色がついたものとか、動物の写真が入ったスリーブの人もいたんですよね」

「そういう特殊なスリーブはサプライコーナーに売ってるんだよー。ほらあそこー」


 ヒカリと話し込んでいた所に突如、さっきまでトロ顔を晒していた葉月が割って入る。


「あぁ葉月さん、生き返ったんですね」

「私にまだ天国は早いのだよー」

「いや、どちらかというと地獄に落ちたみたいな顔してましたけどね、さっきまで」


 もえの揶揄を気にした風もない、上機嫌な葉月の指差す方にあるのはサプライコーナー。


 あらゆる絵柄のスリーブやデッキケース、組み立てるタイプの紙製カードケースなども売られている。こういったカードゲームをする上で役立つ商品をサプライと言う。


「わぁ、私の好きなアニメもスリーブになってる! カードゲーム関係ないのになぁ……まぁ、いいや。買っちゃおっ!」

「私もデッキケースを新調したいですね」

「あー、デッキケースもいいなぁ。私、今はデッキをお菓子の缶に入れてるんですよね」

「それはそれでお洒落だと思いますけどね」

「でもあんなぴったりなお菓子の缶、よくあったねー」


 もえがデッキケースにしているお菓子の缶は、外国のお土産ということで昔にもらったものを使っている。


 結構カードのサイズに近いのだが、どうしてもフィットはしておらず、缶の中で揺れて音がするのだ。


「ちなみにヒカリさんはどんなの使ってるんですか?」

「……あの、その、何と言いますか」

「どうしたんですか?」

 

 もじもじとするヒカリは意を決した表情をうかべ、


「か、革製の高級品なので……一個、三千円くらいしますっ!」


 大胆に気持ちを告白するようにして言った。


 この時、ヒカリは学習していたのだ。高額なものを使っていることを誇示すると、おそらくもえは蔑視で自分を見つめてくれるだろうと……!


 そして、それは案の定……、


「へぇ、流石はカップ麺四百円の女ですね。革製……いいですねぇ」


 もえの蔑むような視線と言葉で背筋がゾゾっとする感覚。


 表情が蕩ける様を見られたくないのか、ヒカリは両手で顔を覆って体を左右に揺らす。


 カード同好会――変態ばっかりである。


        ○


 その後、もえはアニメのキャラクターが描かれたスリーブを購入すると同時に、ちょっとした興味でカードパックを一つ買ってみることに。


 何気ない行動だが、運量がハンパではないもえが開封するということで皆が興味津々で彼女を囲んで見守る。


 新しい錬金術師が誕生するかも知れない。

 そんな予感を各々が胸に抱いて開封すると……、


「えー。何ですか、これ。イラストとカード名が全然合ってない。変わってるなぁ」

「こ、これってエラーカードなんじゃないー? い、印刷ミスだよねー?」

「カード名が合ってないですから間違いないですね……驚きです」

「もえの運だとこんなの引いちゃうんだ。すごいね」

「……エラーカードは、メーカーが意図して……制作したものじゃない。……それだけに超、貴重。……フリマアプリで出品すると、とんでもない額がつく、かも?」

「運がいいのは分かるんだけど、初パックでこれは何か複雑だなぁ……」

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