⬛第二章「強化合宿! カード同好会、大型大会へ!」

第一話「カード同好会、強化合宿を企画する!」

「私たちカード同好会はゴールデンウィークに強化合宿をしますっ!」


 カード同好会の部室内、ホワイトボードいっぱいに書き殴った「強化合宿」という文字を手で叩き付け、ヒカリは得意げな表情でメンバーの注目を集めた。


 ホワイトボードに文字を書いていく過程を見ていた面々は言われるまでもなく分かっていたのだが……とりあえず、もえが一言。


「な、なんでホワイトボードを叩くんですか?」

「様式美かなと思いまして」

「何の様式美なのさ」

「……ヒカリさん、意外とノリ……体育会系なの、かも?」


 ヒカリの提案に各々が困惑を示す本日はゴールデンウィーク一週間前。


 部室内には備品が運び込まれ、テーブルと椅子というカード同好会にとっての必需品が揃っていた。


 その他、ヒカリの私物として紅茶セットが部室内に用意され、これをもえは、


(さ、流石は萌え四コマにおける金持ち紅茶枠! 期待を裏切らないなぁ!)


 ――と、他の誰にも伝わらない感動を得ていた。


 さて、閑話休題。


「……で、強化合宿って何をするんですか?」

「よく聞いてくれました、もえちゃん! カード同好会もやはり部活動らしく合宿を行うべきだと考えまして、今日はピッタリのプランを用意しましたよ!」

「一体、何するの? 海辺で走り込みとバーベキュー?」

「しずくさんの合宿のイメージどうなってるんですか……。っていうかカード関係ないですし」

「……ヒカリさん、カード同好会らしい、合宿のアイデア……あるんです、か?」

「もっちろんです!」


 胸に手を当て、得意げに返事をするヒカリ。


 そんな光景を見つめ、もえは今日という日における違和感を覚える。


(何かが足りないような……まぁ、気のせいなのかな?)


 もえの違和感を他所に、強化合宿の詳細がヒカリから発表される。


 ヒカリは「ホワイトボード回転!」と言いながらしたり顔で指を鳴らす。


 瞬間的な静寂――を経て、ヒカリはホワイトボードを自力で回転させ、裏面に記載された文字を皆の眼前に触れさせる。


 ……理想としては指ぱっちんに呼応して自動でホワイトボードに回転してほしかったのだろう。


「はい、というわけでホワイトボードに書き殴られているように私たちカード同好会は非公認大会へ出場します!」

「ひ、非公認大会!? 何ですかそれ?」

「非公認かぁ、久しぶりだね。ゴールデンウィーク中に開催するところがあるんだ」

「ネットで検索してみましたら、行ける範囲で開催されるとのことでした。さて、もえちゃんのために非公認大会について説明しておく必要がありますね。幽子ちゃん、お願いします」


 突如として説明役を仰せつかった幽子は狼狽しながら「えーっと、えーっと」と呟きつつ、語るべきことをまとめる。


「……非公認大会は、カードゲームのメーカーが……主催していない大会のこと、だよ。……普段、ショップで開催しているのが……公認大会で、一個人のプレイヤーが開く大会を……非公認大会っていう、の」

「はーい、幽子ちゃん。説明ありがとうございましたー」


 幽子は役割を全うした安堵からか胸を撫で下ろす。


(何だろう……やっぱりこの光景、違和感があるんだよねぇ)


 ヒカリを見つめながら、払拭できない違和感を転がすもえ。


「知らずに聞いたら法律で認められてないブラックな大会なのかなって思っちゃうよね」

「いや、別に思わないですけど……」

「ん? そう?」


 なぜ、それで同意を得られると思ったのか。


 もえはそのような意図を込めたジト目で見つめるも、やはりしずくはいつものごとく特に気にした様子はなかった。


「もう少し詳しく説明しておくと、この非公認大会は個人主催ですので融通が効きます。参加人数も大きめの会場を押さえることでショップ大会とは比べものにならない百人越えが可能! 優勝賞品だって超豪華です!」

「ひゃ、百人越え! しかも超豪華賞品って……何がもらえるんでしょう?」

「前に優勝した時は最新のゲーム機をもらったよ」

「ゲーム機! っていうか、しずくさん優勝したことあるんですか!?」

「あの非公認でしずくちゃんはかなり名前を覚えられましたよね。……そんな感じで各地の強豪も集まります。つまりは普段の大会で培った実力を試す場と言えるでしょうか」

「へぇ……楽しそうですね! 出てみたいなぁ」

「幽子ちゃんは……どうしましょうか? プレイヤー中心のイベントを遠征合宿に据えてしまって申し訳ないのですが……」


 ヒカリの少しためらいがちの言葉に幽子は表情を曇らせる。


「……行きたい、けど」

「行きたいけど……何ですか?」

「……ゴールデンウィークに、休みが取れるとは……思えない、です」


 ヒカリは「なるほど」と呟き思案顔を浮かべると、閃いたのか古典的に手をポンと叩く。


「じゃあお店ごと休みにしましょうか」

「え、えぇ……!? ……ヒカリさん、それは流石に……無茶苦茶、じゃあ」

「うふふ、冗談です。ただ、明日にでも休みを申請してみて下さい。きっと通りますよ」

「いや、流石に通らな」

「通りますよ、ふふふ」


 ヒカリのどこか怖い笑みに幽子は渋々、「……はい」と首肯した。


(……ヒカリさん、何をする気なんだろう。幽子ちゃんとしても遠征には行きたいけど、自分のためにヒカリさんが我がまま言うことになるのは申し訳ないんだろうなぁ)


 とはいえ、もえも幽子と一緒に遠征したいので何も言わないことに。


 何だかんだで気付けば合宿に行くことは決定な空気になっていた。


 各々、特にゴールデンウィークに予定はなく、カードゲームのイベントがあるのなら二つ返事でオーケーということなのだろう。


 というわけで――、


「もう少し詳細な予定が知りたいです、ヒカリさん」

「そうですね……まず、大会の前日に現地入りしますのでゴールデンウィーク二日目の朝に電車で向かいます。詳細な集合時間なんかはあとで連絡しますので」

「前日に現地入りってことは泊まりになるんだよね?」

「はい。父の所有するマンションが会場の近くにありますので、そこで宿泊としましょう。なので宿泊費は考えなくていいですよ」

「そっか。なら安心だね」


 出発日時や宿泊場所も明瞭としていて、確かにしずくの言うとおり安心……というわけにはいかない引っかかりを感じるもえ。


 食い気味に挙手し、「はい、もえちゃんどうぞ」と促されたので問いかける。


「あ、あの……さっきさらっと言いましたが、マンションって……?」

「そのことですか、大丈夫ですよ。誰かが住んでいるわけではないですから。仕事の関係で寝泊まりできる場所があれば便利だと父が購入したマンションなので」

「そうじゃなくて……。カードショップ経営って普段住まないマンションを買えるくらい儲かるんですか?」

「違うよ、もえ。ヒカリさんのお父さんの会社は幅広く色々やってるから。カードショップ経営はその一つに過ぎないんだ」

「……日本経済、回してるの……白鷺グループだって、お店の人も言って、た」

「ちょ、ちょっと二人とも……そういう話はいいですから」


 実家がいかに儲けているかをいじられ、ヒカリは恥ずかしそうに二人の言葉を遮ろうとする。


 一方でもえは想像以上にお嬢様だったヒカリを見つめ、ゲスな笑みを浮かべる。


「おーおー、ほんまエエトコのお嬢さんでうらやましいですなぁー」

「もえちゃん!? いや、誰なんですかっ!」


 突如として下品な関西弁で話し始めるもえと、軽い恐怖心を覚えるヒカリ。


「……はぁ。ところでヒカリはん。庶民の食べ物の代表格、カップ麺……いくらするかご存知で?」

「え、え、……………………えーっと、四百円くらいでしょうか?」

「……へぇ、四百円ねぇ」


 蔑むように吐き捨て、嘲笑し、見下す視線をヒカリへと送るもえ。


 その辛辣な態度と軽蔑した視線で、体をゾクッとさせて気持ちよくなったヒカリは思わず身を抱き「やっ……♥」と艶めいた声を漏らす。


 そんな二人を傍から見ている幽子としずく。


「いや、どんなやりとりなのさ」

「……もえちゃんと、ヒカリさんのやりとり……なんか、独特?」


 もえの金持ちに対する謎のひがみによって話は大きく脱線したが――とりあえず、カード同好会の強化合宿は決行されることになった。


 さて、強化合宿の「強化」の部分である。


「まず今回はしずくちゃんが出場する全国大会個人戦、その地区予選のための練習。そして、冬に行われる団体戦へ向けて皆が大型大会を経験する目的があります」


 ヒカリが語った個人戦――それは各店舗から代表者一名を選出して地区予選大会へと駒を進め、最終的に全国一位を決める公認大会のこと。


 その代表者としての権利を先日獲得していたしずくは、夏に地区予選大会を控えていた。


 一つのお店から代表者は一名のみ選出される。なので、その座を争う大会が行われた際に優勝したしずくのみが地区予選へ進めるのだ。


(……っていうか、冬には団体戦なんてものもあるんだ。初めて知ったなぁ。複数人で出るってことになるんだろうし、しずくさんとヒカリさんは確定……葉月さんはどうなるんだろう?)


 ――と、そこまで思考してもえはようやく今日という日にまとわりつく違和感に気付く。


「あの、ヒカリさん……ちょっといいですか?」

「何でしょうか?」

「今日はまたどうしてヒカリさんが仕切ってるのかお聞きしても?」

「それは私が副部長だからですよ」

「なぜ副部長だと仕切るんですか?」

「それは部長が駄目になっているからです」


 ヒカリが笑みを浮かべ、指差したのは部室の隅。


 角に背中を預け、床に体育座りをする葉月は燃え尽きたように真っ白。ガクガクと震え、目からは光が失せてだらしなく口を開けている。


「へへ……へへへっ……へへ、へへへっ」


 そして奇妙な笑い声。


 ……確かに部長は駄目になっていた!


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