第九話「初大会白熱! もえの気持ちに変化!?」

 ひでりとの試合――ゲーム開始からフルスロットルでひたすら攻撃に専念したもえ。


 相手のデッキが得意とする中盤戦に至るまでは速攻デッキの時間。何とか捌いて自分の得意なターンまで戦いを引っ張ろうとするひでりだったが、一歩及ばなかった。


 ――結果、第一回戦はもえの勝利。


 練習試合で葉月に勝った時の感覚とは比べものにならない爽快感。体が打ち震え、そして電流が全身を駆け巡るみたいで。


 全身を使って喜びを表現したくなる衝動を抑え、もえはガッツポーズで勝った手ごたえを示した。


 沸々としていた復讐心も浄化されていき、


(私は今、カード同好会で元気にやってるよ。別々の学校に行ってもプリクラに落書きしたとおり、ずっと友達だからね!)


 清々しい気持ちで旧友を思い返すのだった。


 一方でひでり――トラウマを刻んでやると語った相手に瞬殺されてしまったショックで白目を向き、だらしなく開いた口からは魂が抜け出ていそうである。


 ひでりに八つ当たりしてすっきりとしたもえ。


「あ、えっと……対戦ありがとうございました!」


 試合が終わったらきちんと挨拶をする。


 カードゲームのマナーであるため、相手が白目を向いていようとやはり挨拶はしなくてはならない。


 結果として、子供扱いされた相手に返り討ちされ、自身がトラウマを刻まれることとなったひでりであった。


 その後、大会はどんどん試合を重ねていく。


 もえも勢いに乗って勝ち進み、準決勝――ヒカリと対戦することに。お互い、手の内が分かった上での戦いとなる。


 結果から言えば、ヒカリが勝利した。


 最初から後半戦へともつれ込むことが前提であるヒカリは、ひたすら相手の攻撃を捌くことに特化している。その上、戦術が知れているのだから経験の差もあって、あっさりともえの猛攻をいなしてしまった。


 もえ自身もプレイヤーとして一番強いのはしずくだという確信を持ちながら、戦っていて苦手なのはヒカリだった。


(悔しい~。ヒカリさんのデッキ、耐久力が凄すぎて勝てる気がしないなぁ……。どうやったらあの鉄壁を崩せるんだろう?)


 さて、決勝戦は別ブロックで準決勝を勝ち上がったしずくとヒカリの試合が決定した。


 このショップの決勝戦はしずくと、ヒカリかひでりのどちらかが戦う構図になることが常らしく、今回は同好会メンバー同士の対決となった。


 そんな二人の試合――序盤からしずくの手を潰して、試合を後半へともつれ込ませていくヒカリの戦術。しずく相手でも繰り広げられ、圧倒的な耐久と除去能力でしずくの攻撃を弾いていく。


 成す術を失くしていくしずくだったが--そこからの展開は、もえがずるずると負けていった先ほどの戦いと違っていた。


 もえはヒカリの手札が見える位置から観戦していたのだが、しずくはことごとく相手が困る手を繰り出していくのである。


 つまり、ヒカリが嫌がるであろう行動を的確に突いていく。


 まるで相手の手が全て見通せているかのように……一手一手でどんどんヒカリの表情を曇らせていく。


(……そうか、自分の手ばかり見てるんじゃ駄目なんだ。相手がやりたいことを予想して先回りする、そんなプレイも必要。……あぁ、それって難しいなぁ。でも、カードゲームの本質って相手が嫌がることをするものなのかも?)


 もえの速攻戦術も言ってみれば嫌がる相手がいるから通用する。


 飲み込みが早いとヒカリに褒められたもえだが、由縁はこういうコツの掴み方にあったりする。


 ……さて、しずくの一手一手で徐々に盤石と思われた牙城にヒビを刻まれていくヒカリ。相手にカードを切られるたび、ヒカリ自身にも変化が現れる。


 しずくの切るカードに呼応するように「あ、ダメ……っ」とか「やっ……♥」と、何だか艶めいた声が吐息を絡め、漏れるようになったのだ。


 周囲で観戦している人間は盤面に夢中で何とも思っていないようだが、ヒカリのどこか艶めかしいプレイは見ていて恥ずかしくなるものだった。


(……ひ、ヒカリさん。厳しい状況に置かれて気持ちよくなってる。うわぁ……うわぁ! 凄いよぉ! やっぱり本物の変態なんだぁ!)


 恥ずかしくなるが、見ていて何だか楽しくもなってくるもえ。ヒーローを応援する子供のように拳を握る。


 ちなみにヒカリのように困る一手を打たれるたび声を漏らすのは勝手だが、プレイの観点から言えば勿論悪手である。効いていると相手に教えているようなものだからだ。


 実は全く困らないのに厳しい一手を打たれているかのように振る舞うなら効果的だが、ヒカリは純粋に性癖から生まれる感覚に酔って声を漏らしているだけ。


 デッキの構築からプレイにおける選択肢の選び方、ヒカリは優秀なプレイヤーだ。しかし、こういった心理戦で相手に情報を与えてしまう弱点があり――、一方でそういう情報を逃さず捕まえ、読みの材料にする深い思慮を持つのがしずくなのである。


 普段は不思議ちゃんだが、プレイは超一流なのだ。


 試合は結局、しずくの勝利。


 ヒカリが勝って優勝したこともあるにはあるらしいが、やはり基本的にしずくが勝利を持っていく。


 カード同好会エースの面目躍如。


 ヒカリも敗北は流石に喜ばないのか、漫画なら目が不等号になっていそうな悔しい表情を浮かべていた。


 途中はヒカリのドMが発現している様を見て面白がっていたもえだが、試合は手に汗握った。優勢が転ぶ様は単なるゲームではなく、立派な競技然としていて白熱するものだった。


(すごい……すごい試合だったなぁ!)


 この日もえは勝つ喜びに身悶え、そしてヒカリに敗れて悔しい気持ちを味わいながらも、勝利の女神をしっかりと微笑ませるしずくの圧倒的なカード裁きを前にして……あの日感じたトキメキを再び、心の中に灯していた。


         ○


 大会はしずくの優勝で幕を閉じた。


 カードゲームの大会では優勝者に特別なカードが進呈される。大会優勝以外では手に入らない非売品のカードだ。


 能力によっては、デッキに入り得るのに大会優勝以外で手に入らないということで何千円という買い取り価格がつくこともある。


 そんな優勝賞品のカードが大会の進行役である幽子からしずくへ手渡された。


 しかし慣れた感じで表情を崩さず受け取ったしずくは、そのカードをそのまま幽子に差し出す。


「私は使う予定もないし幽子にあげるよ」

「……ほ、ほ、本当ですかぁ~!? いやぁ~、これ欲しかったんですよねぇ……♥ 最近の大会優勝賞品のカードって変に能力が強いせいでコレクターの私としてシングルで購入しにくくて。その上、在庫もなかなか入ってこないじゃないですかぁ~。なのにイラストレーターに超大御所を起用するものですから……あぁ、いいなぁ! 格好いい! この情報量の多いイラスト、ほんとス・テ・キ……♥」

「そっか、よかったね」


 我を忘れて盛り上がる幽子の膨大な情報量のセリフに、一言で返したしずく。


 陶酔したような表情で貰ったカードに頬ずりする幽子が微笑ましいような、やはり淡々としているしずくが恐ろしいような……もえは複雑な気持ちになった。


 その後、参加賞のカードが全員に配られた。優勝賞品のカードのような価値はないが、こちらも非売品のカードではある。


 大した能力を持たないカードということもあり、皆は受け取ると誰かにあげてしまう押し付け合戦が行われたりするのだが、もえは非売品のカードがもらえたというだけで嬉しくなっていた。


 さて、大会が終わったショップ内。


 その様相は始まる前に戻ったようだった。仲の良い者同士のグループが気ままに対戦して盛り上がっていたり、カードのことやそれ以外でも談笑して盛り上がっている光景。


 しずくは優勝もあって他のプレイヤーから対戦を申し込まれ、葉月は何やらコンボ好きのグループの中で熱く拳を握りしめて語っている。


(何かいいな、こういうの……私もこの風景の一員になれるかな?)


 そのように思い、誰かに声でもかけてみようかともえが考えていた時――、


「ちょっと! そこのえーっと……? 青山しずくの友人っ!」


 誰かを呼ぶその声は店中に響き渡るほど大きい。


 青山しずくの友人……呼ばれたのは自分なのだろうか、という疑問を抱きながら、もえはその声に呼応して振り向く。


 すると立っていたのはやはり、新井山ひでりだった。


「……あの、それって私のこと?」

「あんた以外に誰がいるのよ!」

「しずくさんの友人は私一人じゃないと思うけど」

「屁理屈はいらないのっ!」

「自分に都合悪い指摘を屁理屈って跳ね除けるのはよくないよ? あと、どうして人の名前をそんな大声で呼ぶの?」

「寧ろ、どうして大声で呼ばないのかと問いたいわね」

「ありゃ、これは予想外の返答」


 腕組みをして得意げにしているひでりに対して、もえは思わず後ろ頭を掻く。


「……で、何の用? もしかして、負けた仕返しとか……」

「馬鹿ね、真剣勝負に負けたんだからそんなことしないわよ。……それより、あんた名前は?」

「……え? 名前?」

「そうよ。あんたの名前を聞いてるの」

「赤澤もえ、だけど?」

「赤澤もえ、ね……覚えたわ!」


 もえを指差し、尊大に胸を張って語るひでり。


(幽子ちゃんより背は低いけど、胸は大きいなぁ……)


 関係ないことに気付き、思案顔で胸部を観察するもえ。


 そんな彼女を無視してひでりは不敵な笑みで――、


「あんた、初心者にしてはなかなかのもんよ。私、認めた相手は例え初心者であっても無視しない。きちんとライバルとして見ると決めてるから……赤澤もえ! 次はこのひでり様が勝つわ!」


 もえに手を差し出し、握手を求めたのだ。


 思わずもえは目を丸くし、その手をじっと見つめる。


(……そうか。試合で戦って、勝ち負けを争うけど……別に対戦相手は敵じゃないんだ。こうして大会が終われば同じ趣味を持つ友達。そういう風にしてこのショップにある光景は作られて、一員になっていくんだ!)


 もえは胸が熱くなるものを感じ、同じ表情でひでりの手を取った。


「君こそなかなかのもんだったよ。次だって私が勝つから!」

「んなっ! 生意気ねぇ! ……でもいいわ、来週の大会は青山しずくも含めてあんた達、まとめてコテンパンなんだからね!」

「……ん? 来週の大会?」


 ひでりと減らず口の叩き合いを楽しんでいたもえだったが、引っかかりを感じて思わず疑問を口にする。


 一方、もえの疑問にひでりは不思議そうな表情。


「何言ってんのよ。毎週日曜日は大会なんだから、来週こそ勝つって話でしょ?」

「え!? 大会って毎週あるの? 知らなかったよ!」


 カードゲーマーにおいては当然のことだが、つい最近までそうでなかった人間にとって、毎週気軽に参加できる大会があるというのは想像しにくいのかも知れない。


 ……だが、もえはそんな事実に胸が躍るのだ。


(毎週こんな賑やかな大会があって、まるでお祭りみたいに人が集まっては盛り上がるんだ……想像するだけで楽しくなっちゃうな!)


 カード同好会に入部した時は不安感に包まれていた心が、今は弾むような気持ちでいっぱい。もえの中にカード同好会に入ったことへの後悔は――微塵もなかった。

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