第八話「初めての大会! 初戦の相手は……!」

 もえがカード同好会に入部してから、初めての日曜日を迎えた。


 それまでの日々は部室やショップで、何度も自分に与えられたデッキの使い方を覚えるため練習試合の繰り返し。


 カードゲームは運が絡む。そのためヒカリやしずくに勝利することも何度かあったが、勝率で考えると絶望的。とはいえ、始めて一週間も経たない人間ということを考えれば十分な戦績だと言えた。


 ちなみに勝つ楽しみはきちんと葉月から頂戴した。


 さて、今のもえにあるのは、憎きあのお嬢様学校の制服を着たひでりを倒すこと。


 憧れているカードゲームの主人公たちなら、まず抱かないモチベーションではあるが、もえの中でそれは高まっていた。


 そして日曜日――カードショップでは大会が行われる。


「……うん。それじゃあ……参加を受けた、よ。……頑張ってね!」

「ありがとう。幽子ちゃん、頑張るよ!」


 大会の進行を務めるのもショップ店員の仕事であるらしく、幽子に参加の登録を申し出たもえ。しずくやヒカリ、葉月もすでに済ませている。


 初めての大会参加、もえはショップの中を見渡してみる。


 あれから何度かショップには来たものの、今日ほどの人口密度になったのを見たことはなかった。


 プレイスペースでは大会の開始を待つプレイヤーと思われる者同士が対戦し、それを観戦する人達の盛り上がりで店内はちょっとしたお祭り騒ぎ。


 そんな中でもえはちょっと緊張していた。


 勝てるかどうかの懸念ではなく、きちんとルールの枠から出ないようにプレイできるだろうかと……。


 そんな不安を読み取ったのか、幽子は微笑を湛えて「大丈夫」と口にする。


「……もし、ルールで分からないこと……あったら審判役の私に、声をかけたらいいよ。……対戦相手に思い切って確認しても、大丈夫。みんな優しい、から」

「ごめん、表情にまで緊張出ちゃってた?」

「……表情が硬かった、から……大丈夫かなって。……違った?」

「ううん、違わない。緊張してたかも。練習したとおりにできるかなって。でも、もっと気楽にやればいいよね! 楽しくなきゃゲームじゃないし」

「……うん。その意気……だと思う、よ!」


 幽子がガッツポーズでもえに微笑みかけ、もえは同じように拳をギュッと握って返す。


 すると、ショップ内で誰かと話し込んでいた葉月が二人の所へやってくる。


「いやー、二人共ほんとに仲良くなったよねー。やっぱ同級生なのが大きいのかなー?」

「あ、葉月さん。同じクラスですからね。昼食とかも最近は一緒なんですよ?」

「……高校上がって、ぼっち飯だったから……本当に助かってる」

「さらっとコメントしづらいこと言ってくるねー……まぁ、それはさておき。もえは大会頑張ってねー。初めてで緊張するとは思うけど、私は個人的に結構善戦するんじゃないかと期待してるよー」

「もちろん頑張ります! 私には勝たなきゃいけない相手がいるんで」

「おーおー、頑張ってくれたまえー。私は多分、初戦敗退だー」


 楽観的に語りつつも、表情は泣きそうな葉月。


 とはいえ勝つためのデッキを使わず、自分の好きなコンボデッキにこだわるのは、葉月がそれだけ「勝つ以外の楽しみ方」に陶酔するほど素敵な経験があるからなのだろう。


 せっかくカードゲームをやるのだ、そういった楽しみ方もいつかは知りたいなと、もえは思うのだった。


「……それじゃあ、私は仕事も……あるから。最近は……ちょっとサボり気味、だし」

「私のデッキの件で付き合ってくれたもんね。ありがと!」

「……うん。それじゃあ、大会が始まる時間まで……ごゆっくり」


 手を振ってもえと別れ、業務へと戻っていく幽子。


 すると、隣にいたはずの葉月は、ショップにやってきた二十代くらいの女性二人組と親しげに挨拶を交わしたあと、プレイスペースの方へと行ってしまった。


 別の場所ではしずくが中学生くらいの子や、逆に大学生ほどに見える人から矢継ぎ早に声をかけられ、マイペースに返事をしていた。


 途中、会話の中から「ん? 違うの?」と聞こえたため、例によって天然を発現したのかなと思いもえは苦笑を浮かべる。


(それにしても……すごいなぁ。ほんと、年齢とか関係なくカードゲームが好きってだけで仲良くなって、集まってるんだなぁ)


 自分もゆくゆくはそうなれるだろうか、と不安と希望の入り混じった不思議な気持ちで佇むもえ。


 すると、視界にポツンと――ショップの端の方で一人、ショーケースを眺めるヒカリの姿を見つけたもえ。


 歩み寄って声をかけてみることに。


「ヒカリさんは一人なんですね」

「は、はひっ……!」


 失礼極まりない発言を無自覚に投げかけたもえ。背後からの痛烈な一言に体をビクつかせ、ヒカリは振り返る。


 表情を少し赤く染めたヒカリは照れた笑みを浮かべていた。要は心に刺さる言葉を投げかけられて、ちょっと嬉しかったのだ。


「幽子ちゃんは仕事、しずくさんと葉月さんは他の人と盛り上がっているので私も一人ぼっちになっちゃいまして……」

「……まったく、あの二人は初心者をほったらかしにして! 褒められたことではありませんね!」

「でも、ほったらかしにされてるのはヒカリさんも同じですよね」

「そ、そうなんです……。私、もえちゃんがショップに通うようになるまでは割とこの構図が多くて。葉月やしずくちゃんが誰かと仲良くしてる中、ぽつんと一人なんですっ!」


 セリフだけ聞けば「酷いと思いませんか?」という愚痴であるのだが、残念ながらヒカリが語った口調は「この境遇、ほんっとたまらないですぅ!」と言いたげな上擦ったもの。


 ……あぁ、ドMなんだなぁ。


 生暖かい目でヒカリを見つめるもえ。


「とはいえ、葉月さんは結構歳の離れてそうな人と仲良くしてたり、しずくさんも年齢バラバラな人達に話しかけられて……なんか、境界線ない感じでいいですね」

「葉月に関しては同じくコンボを研究してるグループがあって、いつも一緒ですね。しずくちゃんの周りにいるのは同じく、勝つことを突き詰めていてアドバイスなんかが欲しい人達なんですよ」

「そうなんですか……ヒカリさんにもそういう感じで同志とかいてもおかしくなさそうなのに。どうして浮いてるんですか?」


 もえのド直球デッドボールをヒカリは両頬に手を添え、体を嬉しそうに揺らして受け止める。


 ちなみに、先ほどからもえは痛烈な言葉を無自覚に吐いている。


 そもそも年上に失礼な物言いをするタイプではないもえだが、ヒカリの打てば響くいじめ甲斐のようなものに引き寄せられて毒を吐いているようだ。


 最近ではこれがもえとヒカリの普通になりつつあった。


「どうしてでしょうね……私、自分の父の経営ということもあって長年、このショップにいるんですが、特定のグループや人と仲良く談笑したことがあまりないんです。一歩踏み出せばそれもできるんでしょうけれど……どうにも踏み出す意思を持てないんです」

「そこは『勇気が持てない』っていうのが定番なんですけどね……」

「私、変わってるのかも知れません。クラスのグループ分けなんかではいつも余りにいってしまいますし」

「余りにいくって初めて聞きましたよ」

「やっぱり葉月が言うように私って抜けてるんでしょうか……」


 真剣なトーンで口にしたヒカリの言葉に、もえは困った表情で閉口する。


(ドMという意味では突き抜けてはいると思うけど……。それにしてもヒカリさん、自分がドMだって自覚はないみたい。教えてあげたほうがいいのかなぁ……?)


 とはいえ他所のお嬢さんに好き勝手吹き込むのはよくないと思い、もえは自粛した。


「それはそうと、もえちゃん。初大会頑張って下さいね!」

「あ、ありがとうございます! もちろん頑張りますよ!」

「もえちゃん、飲み込みが早くてビックリしました。今日までの練習の感じでいけば結構上の方まで……いえ、プレッシャーをかけるのはやめておきましょう。楽しんで下さいね!」

「はい!」


 変態めいていてもやはり先輩なヒカリの言葉にもえが元気よく返事を返した時――店内に微細ではあるが、声が響き渡る。


『……それでは今から大会……始め、ます! 参加登録された方……プレイスペースへ! プレイスペースを利用されている、大会に参加されない方……申し訳ありませんが、席を空けて下、さい!』


 耳を澄ませてもはっきりとは聞き取れない幽子のアナウンス。


 苦笑を浮かべ、顔を見合わせるもえとヒカリ。


 これもこのショップの名物らしく、その後――別の店員が店内に響き渡る声で幽子と同じアナウンスを行った。


         ○


 大会はトーナメント方式で行われる。


 まず番号の書かれたカードを参加者に配り、例えば番号の1と2を持っている人間が向かい合うように座る。目の前の人物が対戦相手となるのだ。


 そして、第二回戦はこの1と2のどちらかと、3と4の番号で戦って勝った者が……という風に決勝までの戦いを進めていく。


 その方式に従ってもえが着席すると、目の前に対戦相手がやってくる。


「あら、いきなりこのひでり様と当たるなんて運がいいわね」


 もえの初戦の対戦相手、目の前の席へと腰掛けたのは――新井山ひでりだった。


「初戦で勝ったりしてカードゲームの楽しさを味わう前に、このひでり様というトラウマを刻んで卒業させてあげるわ」

「いや、別にあなたに負けてもカードゲーム辞めたりしないけど」

「そ、そうなるようにボコボコにしてやるって言ってんのよ!」

「……ふーん。そっか、いいよ。私だってあなたには負けられない。私だけを除け者にしてお嬢様学校でズッ友やってる奴らに対する八つ当たり、させてもらうからっ!」

「……へ? あ、あんた、何言ってんの…………?」


 威勢よくもえに対して言葉を投げつけていたひでりが少し引き気味の表情を浮かべることになるという、奇妙な状況。


 八つ当たりとはっきり言っているあたり、やはりひでりに非はないし、あの時子供扱いしたもえに対して彼女が怒ることは正当なのだろうが――ともかく、である。


 勝ったものが復讐を成し遂げる、ただそれだけだ。


 デッキを取り出し、公平性のために相手にシャッフルをしてもらう。そして、準備が整うと幽子が最大出力にして--といってもせいぜい一般人の会話レベルの声量で宣言する。


「……それじゃあ、第一回戦。――始めて、下さい……っ!」

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