第七話「デッキ完成! そして強豪、新井山ひでり登場!」

 レアリティが低いカードを多量に使用する速攻デッキ。その部品のほとんどはショップ内にあるストレージと呼ばれる箱、そこに収納された膨大な数のカードの中から探す必要がある。


 カードゲーマーが言うところの「ストレージを漁る」という作業である。


 というわけでショップ内、プレイスペースにカード同好会の四人は腰掛けている。


 幽子は休憩時間を利用してメンバーに付き合う。


 テーブルの上に各々がストレージを置き、一箱に何百枚と収められているカードの中から目的のものを探す。


 流れとしては、ストレージから一掴みカードを取り出しては目的のカードがないか確認。見終わった束をテーブルにとりあえず置いて、次の一掴みを箱から取り出す。


 見終わったら全てをストレージに戻す。これによって同じカードを見るという無駄を発生させないようにしているのだが……。


「しずくちゃん! さっきから私の見終わった束ばかり見てるじゃないですか!」

「ん? そう?」

「そうですよ。見終わった分をテーブルに置いてるんですから、ストレージの中のカードを見て下さい!」

「うん、分かった」


 どうやらしずくは皆と逆で、一度ストレージからカードを全てテーブルの上に出し、見たものから戻していくという独自のルールで行っていたらしい。そのため、ヒカリの見終えた束に間違って手を伸ばしてしまったようだった。


「しかしこれ賢い売り方ですよね。お客が自由に探せるっていうのもなんか楽しいですし、店はストレージに売りたいカードを突っ込むだけってことですよね?」

「……マナーが悪いお客さんはカード……上下逆さまに戻したり、雑に扱って……折ったりもするんだけど、ね」


 幽子の言葉は店員の立場もあってか、どこか刺々しく聞こえた。


 確かにもえもストレージのカードを漁っている間、上下が逆さまだったり、表裏がきちんと揃えられていなかったり、端がドッグイヤーのようになっているものも確認していた。


(一枚三十円だから雑に扱っちゃうのかな……。お店の商品なのに)


 反面教師的にもえは、丁寧にカードを扱うことを心に決めた。


「あれ、こんなカードがストレージに入ってたりするんだ」

「んー? どれどれー? あー、今だとちょっとビックリするねー」


 しずくが見つけ出した一枚に全員の視線が注がれる。


「何か特別なカードなんですか? 結局はこれも三十円なんですよね?」

「三十円には変わりないんですが、このカードはそこそこ古いカードでして。それでも特別価値があるわけではないんですが、最近発売されたカードとの組み合わせが評価されて少し値段がついてるんですよ」

「新しいカードとの組み合わせで評価が上がることもあるんですね。そういうのも葉月さんが言うコンボってことになるんですか?」

「うん、まさにそうだよー。組み合わせで足りなかった部分が補われて活躍できることもあるからねー。昔のカードは馬鹿にできないし、今は弱いとされるカードも化けることがあるんだよー」

「……ちなみにそのカード、買い取り価格は……今、若干の高騰で三百円。……でも、レジに持っていけばちゃんと……三十円で買える、よ?」

「え、買って売ったらお金増えるの!?」


 ストレージは買い取った価値の低いカードを仕分ける手間を省けるためショップは助かる。


 ……のだが、こういったカードの再評価には対応できないこともある。


 お店によっては従業員が高騰を察知して探し出すことがあるかも知れないが、基本的には素早く行動した客のものになる。


 ちょっとしたラッキーが潜んでいるのもショップのストレージであり、宝探し感覚で目的なく漁っても結構楽しめるのだ。


 ――その後、カード同好会は小一時間かけてもえのデッキに必要なカードを何とか探し出し、デッキの完成に漕ぎつけることとなった。


         ○


 レジでデッキに必要なカード、合計四十枚を購入して幽子から受け渡されたもえ。


 金額は財布に優しいデッキであるとはいえ、おおよそ五千円ほどになった。安いカードがデッキの大半を占めているが、全部がストレージの中身で作れるわけでもない。


 それでも、一線級のデッキ。そして趣味を始めるための初期投資としてはやはり安い方だと言えるだろう。


 ……というわけで、


「早速、戦ってみたいです! 誰でもいいから相手をして下さいよ!」


 自分のデッキを手にした高揚感で声が弾んでいるもえ。

 まるで尻尾を振って散歩をねだる犬のよう。


「まぁまぁ、焦らなくても対戦相手は逃げないよー。……よ、よーし、しずくくん。君が相手してあげたまえ」

「今まさに対戦相手が逃げてるよね?」

「葉月のデッキは速攻に弱いですからね。まぁ、私かしずくちゃんがお相手を」


 ――と、ヒカリが言いかけた時だった。


「また会ったわね! 青山しずくーーーーっ!」


 相手の名前を呼ぶだけであれば必要ないはずの声量が店内に響き渡り、カード同好会の面々は背後からの声に振り返る。


 そこに立っていたのは一人の少女だった。


 まず目を引くのは栗色の髪。ツーサイドアップにしているため、背丈から小学生ほどと思われる体躯と相まって可愛らしくまとまっている。


 だがそんな外見とは対照的に、釣り目と得意げに歪んだ口元で生意気な性格が前面に出ており、見るからに気が強そうである。


 そんな少女は腕組みをして不敵にしずくへと視線を送っている。


 ……見上げる形にはなっているが。


「あぁ、ひでり。どうしたの? 平日に会うのは珍しいよね?」

「たまたま寄っただけよ。ふっふっふ……それこそ青山しずく、今週こそは覚悟してなさいよ。勝つのはこのひでり様なんだからっ!」


 相変わらずポーカーフェイスなしずくに対し、指差して宣戦布告する人物――ひでり。


 もえは葉月に小声で問いかける。


「……誰なんですか、あの子?」

「あぁ、あの子は新井山ひでりだねー。いっつもあんな感じでしずくに絡む困った子なんだよー」

「へぇー、そうなんですね」


 そう納得するともえは、二人の間に入ってひでりの前で腰を屈め、彼女の頭を優しく撫でる。


「こらこらー、お姉ちゃんが困ってるでしょー? それに他人の名前を呼び捨てにしちゃ駄目。分かった?」


 割と年下への対応を弁えているもえの対応。


 その行動に葉月とヒカリ、そしてしずくでさえも珍しく噴き出し――一方、不当な扱いを受けたひでりは奥歯をギリギリと噛みしめて苛立ちを込め、もえを睨む。


 撫でられた手を乱暴に払いのける。


「やめなさいよっ! あたしはそんな扱いを受けるような歳じゃないわ! ちょっと……ちょっと背が低いからって舐めるなぁ!」


 怒りでどんどんと顔を紅潮させ、内部で湧き上がった感情の具現なのか地団太を踏んで乱暴に言葉を吐き連ねる。


「ごめんごめん、身長でつい小学生なのかなって……中学生だもんね?」

「高校生よ! そこの青山しずくと同じ二年生!」

「えぇ!? そんな身長で?」

「えぇ! こんな身長でよ!」


 身長をいじられるのが悔しかったのか、涙目になってもえを睨むひでり。


(……あ、よく見るとこの制服ってウチとは違う高校のだ。ワンピースタイプの制服だから私服に見えてた。でもこれ確か……私の友達がみんな裏切って行っちゃったお嬢様学校のだよね?)


 ようやくひでりが高校生であると認識したもえ。その制服から旧友を連想して表情をしかめる。


 一方でひでりは怒りに顔を真っ赤にして震えている。


「こ、こ、こんな屈辱を受けたのは久しぶりだわ……」

「初めてじゃないんだね」

「うるさいわねぇ! ……あんた、青山しずくと一緒にいるってことはもちろんカードやってるのよね? 見たことない顔だけど」

「今日、デッキを組んで始めたばっかりなんだよ」

「…………ふーん、へぇ。そうなんだ」


 ひでりは突如として怒り狂った本能的な表情を消し、その顔に理知的かつ邪悪なものを浮かべた。


 そして、舐めるようにもえの顔を見つめる。


「あんたの顔、覚えたから。カードをやってるんなら大会に出るんでしょう? なら、このひでり様が完膚なきまでに叩きのめして、カードゲームをトラウマにしてあげるわ。あはは。そうだ、それがいいわ!」


 意地悪な笑みを浮かべてもえを見つめると、ひでりは踵を返す。


 そして、ショップを出る間際――振り返ってひでりは、


「覚悟してなさいよ。――痛い目、見せてあげるから」


 と言い残し、去っていく。


 嵐のように現れては消えたひでりを見送るもえ。


(……やっぱり小学生にしか見えないなぁ)


 物騒な言葉をかけられた割には楽観的なもえ。


 そこへヒカリは言いにくそうに口を開く。


「もえちゃん……あのひでりさんという方はこのショップの常連で、強豪プレイヤーです。性格もあんな感じなので、次会った時はきっと……」

「ん!? あれれー、私マズイ人に目をつけられました!?」


 見た目でひでりを侮っていたのか、もえは少しだけ表情に不安を混じらせる。


「いやー、でもほんと笑わされたよー。ひでりに初対面からあの対応はほんと……あはははっ、今日は家に帰っても思い返して笑っちゃうかもー」

「そういえばあのひでりって子、なんか大会とか言ってましたけど……」

「今週末の日曜日、このショップで大会があるからね。そこでもえに復讐をしたいみたいだったね」

「大会、ですか……」


 カードゲームをまだ始めたとは言えないもえ。


 デッキも買って袋に入れられレジで受け取ったまま。カードゲーマーと言えるかも分からない立場だが――もうすでにプレイヤーとしての闘志がメラメラと燃えていた。


 もえはギュッと拳を握って決意を表明する。


 新井山ひでりの姿――主に制服を思い浮かべて。

 中学卒業の際に撮った、プリクラを思い出して。


「なら私、その大会に出ますっ! 大会に出て……あの新井山ひでりを倒したいです! 許せないんです……私、あの制服と学校が! だから――こっちだって復讐だぁ!」

「じ、事情は知らないけど……酷い逆恨みぃー!」

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