第六話「安く、扱いやすくて、最強!? 速攻デッキ!」

「なんかお財布的に手が出しやすくて、でも最強! みたいな都合のいいのないもんですかねぇ。……まぁ、そんなのあったら苦労しないですよね」


 カード同好会の面々が愛用するデッキは参考にはできなかったため、どうしたものかと悩んでいたもえは不意にそんなことを呟く。


 ……まぁ、カードの知識がないもえが悩んだところで答えはでないのだが。


 もえを除いた四人も他のカードゲームを始める人間のサポートをしたことがないので、困り果てていた。


 ショップに来る人間のほとんどはすでにカードを始めている。皆どこからかカードゲームに興味を持って始めているものなのだ。


 だからどうしたものかと悩んでいるのはもえだけではなかったのだが――彼女の独り言にしずくが反応する。


「そっか、このメンバーの中で誰も使ってなかったから全く気付かなった……。あるよ。手が出しやすくて、でも最強なデッキ」

「え、本当ですか? そんな都合がいいデッキが?」

「うん。ちょっと待ってて」


 しずくはそう言ってポケットからスマホを取り出すと、どこかしらへと連絡を取るべく文字を打ち始める。


 そんなしずくの様子にピンときていないのは幽子と葉月。


 ヒカリだけは少しの間を持って、しずくのやろうとしていることが分かったのか「なるほど」と呟いた。


 そして、数分が経過――返事を受けたしずくはスマホの画面を皆に見えるように傾ける。


「これなら自信を持ってオススメできる。デッキレシピをもらったよ」


 皆の視線が注がれるスマホの画面にはしずくと誰かの会話履歴。


 デッキレシピを求めたしずくに対して、カードの枚数を羅列した返信が行われていた。


「デッキレシピ……あぁ、そういう意味ですか。料理のレシピみたいに、デッキをつくるための枚数を記したものってことですね」

「そうだよー。こういう風に文字で書く場合もあれば、実際のカードを並べて写真撮影することもあるんだよねー」

「SNSとかだと優勝したデッキのレシピを公開することで誰かに見てもらってプレイヤーとして有名になることもあるね」

「そういうところでカードゲーマーが繋がることもあるんですね」

「寧ろ、ネットで繋がる方が多いんじゃないー? ネットで知ってる人と大会で初めて会った、なんてこともあるからねー」

「俗に言う『リアルでは初めまして』ですか……」


 対人ゲームだけあって、人との繋がりも目まぐるしい印象を受けるもえ。


(インドアだから結構内向的な趣味かなってイメージもあったけど、寧ろ真逆かも。誰かと遊ぶんだから、コミュ力も必要なのかな)


 そういう意味で話しやすく、気さくな葉月はカードゲーム向きなのだろう。


「幽子ちゃん、このレシピのカードって在庫ありそうですか?」

「……えーっと、見てる感じ……どのカードも在庫はありそう、です」

「在庫があるなら組むのは問題なさそうだね。でもしずくさん、扱いやすいって言ってましたけど、これってどんなデッキなんですか?」

「速攻デッキだよ。アグロとかウィニーって呼び名もあるけど、とりあえず速攻って言っておけば通じる」

「はぁ。速攻デッキ、ですか……」


 もえはしずくの言葉を復唱して思案顔を浮かべる。

 そんな様子に四人の視線が集まる。


「つまり速いってことですよね。私、そんなに素早くプレイできるかな」


 もえの言葉に四人はきょとんとして瞬間、一斉に破顔する。


「あははー! 何もプレイを素早くすることが速攻じゃないよー。っていうか、そういう勘違いってしずくのお株だと思うけどねー」

「決着までのターン数が少ないから速いのであって、ゆっくりプレイして問題ないんですよ」

「……もえちゃん、意外と……しっかりしているようで、そういうことも言うんだ、ね」


 自分の勘違いを笑われてもえは顔が紅潮、熱を持ち始めるのを感じる。


 そのまま視線をしずくに滑らせると相変わらずのポーカーフェイス。しずくのお株だと言われていることも気にしていない風で淡々としている。


(すごいなぁ……、しずくさんって毎回こんな赤っ恥をものともしてないんだ)


 くすくすと笑うヒカリと幽子はすぐに大人しくなったものの、葉月は笑いの沸点が低いのかしばらくげらげらと笑い続け、沈静化を待つことに。


 そして、閑話休題。


「それにしても、速攻デッキっていうのはそんなに強くて財布に優しいんですか?」

「まぁ、格安で強いデッキの代名詞だねー。確かにしずくが言うとおり、誰も使ってないから気付かなかったよー」

「序盤からガンガンと攻撃していくデッキでして。最初の数ターンを中盤以降動くための準備に使ってしまうようなデッキは、速攻デッキの猛攻を捌ききれずにあっさりやられてしまいます」

「早い段階から猛攻をしかけて相手をパニックにさせる感じですか?」

「そういうイメージでいいと思うよ。質より量で攻めて、速さをアドバンテージとして戦う超攻撃的なデッキだからね」


 もえの中で速攻デッキのおおまかなイメージが具現し始めた。


 小難しいこと抜きで最初からフルスロットルで殴っていく。攻撃が最大の防御という感じもあるかも知れない。


 随分と前向きなデッキで……何というか、アニメの主人公が使っていたデッキもそんな感じだったんじゃないかと思わせる。


 決して守りに入らず、前に進む。


(……うん、なんかいいかも知れない。最初からテクニカルなんて考えてないし……私が最初に手にするデッキはこれなのかも!)


 となると気になるのは速攻デッキ、もう一つのメリットである。


「で、この速攻デッキが財布に優しい理由とは?」

「……このデッキに入ってるカードは……レアリティが総じて低い、の。……序盤から使えるカードには……低いレアリティがつくことが、多い。……後半を見据えた、ヒカリさんのデッキ……が高いのと対照的だ、ね」

「質より量だからねー。突貫工事のおかげでコストがかからないって感じじゃないー?」

「そうなんですね……。そっか安くて強いデッキがあるなら、あとは私がどうするかってだけですね」


 もえはカードゲームを始めるための一歩を踏み出そうとして考える。


 カード同好会への入部はちょっと懐疑的だった今日。葉月に少し勇気づけられて、しずくという頼れるけど不思議な先輩に会い、ヒカリという危ういドMを知り、自分の好きなことには一生懸命な幽子と友達になった。


 そのことを踏まえ、もえは葉月の言葉を思い出す。


『不安かもしれないけど、大丈夫だよ。カードゲームって絶対に一人ではできないんだよ。だから必ず誰かと競ったり、支えられたりもする。一人じゃないってだけで、大抵は何とかなったりするもんなんだよ』


 この四人と一緒なら――何とかなるのかも知れない。


 楽しめるかも知れない。

 今度こそ、ずっと続く趣味になるかも知れない!


 そう思って、もえは決心する。


「よしっ! 私、このデッキを組んでカードゲームを始めます! カード同好会のメンバーになるんですから……やっぱり私も自分のデッキが欲しいです!」


 ぐっと握った拳を携えて、もえの語った言葉。

 一同は微笑みを湛えて迎える。


「いいねー! やっぱり自分のデッキを持ってこそのカードゲーマーだからねー」

「もえがこのデッキを使ってくれたら私も嬉しいよ」

「分からないことがあったら何でも聞いてくださいね!」

「……じゃあ早速、必要なカードの在庫……見てこよ、っか?」

「ありがとう、幽子ちゃん。お願いするね!」


 幽子はデッキレシピの中からショーケースに入っているものを確認して、値段と在庫の数を見に向かった。


 とはいえ、速攻デッキに入っているカードのほとんどはショーケースに並ぶほどの値段がつかない安いカードだ。


 そういったカードに関してショップでは、ストレージと呼ばれる箱にまとめられて、客が自ら欲しいもの探して購入できるようになっている。


 値段も一律で三十円だ。


 なので、探す作業はカード同好会で初めての活動となるかも知れない。


 新しいことを始めるのに胸が高鳴るのを感じるもえ。これからカード同好会でプレイしていく上で、あの時のような――そう、葉月と戦って逆転した時のような高揚感をまた得られたら。そんな風に思うのだ。


 一方、ワクワクしているもえを他所に、葉月が二人へ速攻デッキに関してのちょっとした疑問を口にしていた。


「しずく、速攻デッキだけどさー……」

「ん? どうしたの?」

「確かに強いし、財布にも優しいけど……最強って表現は正しくなくないー? 対策できないわけじゃないし、弱点もあるといえばあるよねー?」

「まぁ、そうなんだけどね。でも、私の中で最強のデッキってアレなんだよ」

「そうなの?」


 不思議そうな表情を浮かべる葉月。

 するとヒカリは「大丈夫ですよ」と言って、会話に入る。


「しずくちゃんがそのレシピを誰からもらったのか分かるからこそ思いますけど、きっと大丈夫。もえちゃんなら、って思ったんですよね?」

「うん、なんかもえを重ねて見ちゃってたのかもね」

「そうですか……もえちゃん、楽しんでくれるといいですよね」

「うん、そうだね」


 ヒカリとしずくは互いに理解し合いうっすらと笑み、葉月だけが不思議そうな表情をしていた。

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