第五話「何を使ったらいい? もえのデッキ決め!」
「このスターターデッキっていうやつじゃ駄目なんですか?」
店内を見て回っている中で、もえは見つけた商品を片手にカード同好会のメンバーへと問いかけた。
ちなみに接客という名目で幽子もカード同好会の面々と一緒にいる。業務として認められるかどうかは結構グレーらしいが、社長の娘であるヒカリのおかげでお咎めはない。
もえが手にしているデッキ。
おおよそ千円というお手頃価格で、カードゲームをプレイする必要枚数封入されているという夢のような商品。
しかし――。
「うーん、スターターデッキでスタートってできないんじゃないー?」
「正直、中級者や上級者が買うことのほうが多いよね」
「まぁ、確かに開封してすぐ遊ぶことはできますけどね」
「……とはいえ、値段相応の強さ……だと、思う。プレイしない……から知らないけ、ど」
メンバーの評価は芳しくないようで、もえは首を傾げる。
「スターターデッキを名乗っておいて初心者に向かないってどういうことなんですか!?」
「まぁ、カードゲームあるあるだよー」
「そのスターターデッキにはルールブックも入ってるから、初心者には確かにありがたい商品だけどね」
「とはいえ、カードゲームは二人で行うもの。仮に相手がルールを知っていれば教えてもらえばいいですし」
「……通用するのは……同じスターターを使ってる相手、くらい。……つまり、ゆくゆくは卒業しなきゃ……いけないデッキ……って、こと。……プレイしないから……知らない、けど」
もえは思案顔で四人の言葉を整理していく。
つまり、デッキとしてはあまり強くないためスターターデッキを買って始めるの微妙だということ。
初心者同士で遊ぶ分には使えるが、ヒカリやしずく……あと葉月と戦う上ではそもそも戦力として及ばないから、結局は違うデッキを用意することになる。
それじゃあ……、
「……あの、スターターデッキって何のために売ってるんですか?」
「基本的にはパーツ取りだよ。カードセットって感じかな」
「カードゲームによっては本当に初心者が使って楽しめるデッキもあるんですが、割とこういうスターターデッキは中級者、上級者が欲しがるカードをまとめたセット販売になってしまってることが多いです」
「……カードセット四十枚、商品名は……一応デッキって、こと」
「カードゲームの闇かもねー。スターターデッキはスタートをしてから買うこと。オーケー?」
「……わ、わかりましたっ!」
なぜか敬礼して葉月の言葉に同意するもえ。
だか、となるとまた新しい疑問が生まれてくる。
「じゃあ、どういったデッキがいいんですかね。……というか、皆さんはどういうデッキを使ってるんですか?」
身近な所からヒントをもらおうということで、メンバー愛用のデッキを語ってもらうことに。
まず口を開いたのはしずくだった。
「私は基本的にその時のゲーム環境で一番強いもの。分かりやすく言えば流行してるもの使ってるって感じなのかな」
「あ、そうなんですね。じゃあまずはしずくさんのデッキを参考にさせてもらう。それが一番よくないですか?」
カードゲームで競うのは勝敗。なら勝敗を決めるにおいて圧倒的に必要な「力」という点で、しずくのデッキを真似するのが最適に思える。
おそらく、誰もが頷く理屈。
しかし、カード同好会の面々は一様に表情を曇らせる。
「確かにもえの言うとおりなんだけど……流行してるデッキって高いんだよ」
「……高い、と言いますと?」
「カードってパックから出てくるんだけどね」
「パックっていうと……あれですか?」
もえは売り場の一ヶ所を指差して問う。
決まった枚数のカードが袋にランダム封入されているのがカードパック。五枚入りなら大抵、百五十円。
「そうそう。その中から時々レアリティの高いカードが出てくる。まぁ当たりってことだよね。そんなレアなカードが強かったらみんなデッキに入れたいし、欲しがるよね?」
「まぁ、そうですね」
「ただパックを買っても、狙って手に入るわけじゃない。封入はランダムだから。……となると、ショーケースに並んでいるみたいにカードをシングルで買うんだよ」
しずくは手で空を撫で、もえの視線を並ぶショーケースへ誘導する。
ショップのいくつも存在するショーケース、その中で貴重品のように扱われるそれらはシングルカードとも言う。
「このシングルカードはプレイヤーがパックから当てたレアなカードをお店が買い取って、中古として並べたもの。こうして欲しいカードをピックアップして購入できれば、パックからランダムに当てるリスクがなく手に入るわけ」
「なるほど。並んでるカードってお客さんが売ったものだったんですね。カードって売れるんですか」
「そう。で、このカードを見て」
そう語ってしずくが指差したショーケース内、彫刻のような加工がされ、まさに宝石のように輝くカード。
太陽の下で眺めたら反射で目が眩みそうなほどにキラキラと輝く一枚。しかし、そのカードに記載された値段にもえの目は思わず飛び出してしまいそうになる。
「え……これ、五千円もするんですか!」
「これがまず私のデッキでは四枚必要になる」
「四枚って……二万円ですよ!? しかもそれでデッキが完成してないってことは……」
「総額にするととんでもない額になるよね。強いカード、流行っているデッキに入るカードはみんなが欲しがるから値段が高くなるんだよ。こういうデッキをいきなり初心者に勧めるわけにはいかないよね」
「た、確かに……手が出ないですね、この値段は」
カードゲームという趣味に必要な資金の膨大さ。もえは打ちのめされた気持ちになる。
(……というか、こんな高額なカードを平気で複数枚持ってるって。しずくさんの家もお金持ちなのかな?)
とりあえず、しずくの真似をすることは諦めるもえ。
「じゃあ次、葉月さんのデッキも教えて下さいよ。体験として試合した時にはボコボコにされかけましたけど、正直あれが何をするデッキだったのかは分からなかったので」
「あれでもえを勧誘できると思った理由でもあるんだけど……私が使っているのはコンボを中心としたデッキだよー」
「……コンボ、ですか?」
言葉としては知っているが、カードゲームにおける意味はピンと来ないもえは首を傾げる。
「カードの能力を組み合わせて、個々では出せない力を発揮させる感じ……うーん、伝えるのは難しいけどねー」
「あー、なんかイメージできるかも。あの時の葉月さん、ぶつぶつ何を言ってるんだろうって思いましたもん。『こっちのカード能力であれがこうなって、だからそっちのカード能力が発動する』だとか……連鎖してる感じ?」
「あー、だいたいそれで合ってるかなー」
「ぷ○ぷよの連鎖みたいな感じですかね」
「ぷよぷ○の連鎖みたいな感じだねー」
漠然とではあるが、理解できた気がするもえ。
体験のため試合した時、もえが絶対絶命の状況に置かれたのは葉月が細かくとプレイを重ねた結果だった。
(……なるほど、あの細かいカードの連鎖を見せて面白いでしょって言いたかったのかぁ。……伝わらないって!)
もえからすると葉月の連鎖的なカードプレイは見ていてちょっと怖かったのだ。難しいゲーム感が演出されていて、やはり新人勧誘には向いていなかっただろう。
「……ちなみに、葉月さんがあんまり……強くないのは……コンボに固執してるせいなんだ、よ」
「そうなんですか?」
「別に葉月はカードゲームが下手とかじゃなく、勝ちに対して正直じゃないというか。コンボの連鎖していく感じが好きで、やりたいことができれば勝ち負けは二の次なんですよね」
「勝つことを目的としない……そんな遊び方もあるんですね」
「だから、決して葉月さんは勝てない言い訳でコンボをやってるんじゃないんだよ」
「こらこらー。敢えてそう言うことで、本当は私が言い訳でコンボやってるみたいじゃないかー!」
「だけど、葉月さんみたくコンボにこだわりがない限りは使うべきじゃないデッキタイプかもね。初心者はまず実直に勝つことを目指した方がいいから」
「無視するなー!」
葉月はもえを自分のプレイスタイルへ引き込みたそうにしていたが、しずくの助言もあって初心者であるもえはその道を丁重にお断りすることに。
とはいえ、勝つという明確な目的に縛られたゲームではないという自由さはもえの中でちょっと衝撃的で、ワクワクするものでもあった。
「じゃあ次にヒカリさんの使ってるデッキを教えてください」
「そうですね……私は基本的にコントロールデッキと呼ばれるタイプしか使いません。こだわりですので」
「コントロール……って何ですか? なんか怖い響き……」
「相手のカードを破壊して除去に専念。戦いを長引かせ、後半で一気に決めるデッキ……とでも言えばいいのかな」
「基本的に相手の動きを全部受けて、捌き切ります。耐久するデッキって感じですかね」
「へぇ……なるほど」
もえはヒカリとしずくの解説に相槌を打ちつつ、内心でもの凄く納得していた。
(そうか! 相手の動きを受けきる……ドMってそういう風にカードゲームをするんだ!)
答えを得て、もえは感動に近いものを感じる。
「とはいえ、ヒカリさんのデッキも初心者には向かないよね」
「……コントロールデッキも……結構高額なカード……必要とすることが、多いから、ね」
「相手のカードに対する知識もいるしねー。相手のやりたいことが分からないと受け止めきれないしー」
「……ヒカリさんは、カードの効果やルールに……詳しいんだ、よ?」
「歩く生き字引って言われてるからね」
「しずくちゃん、歩かない生き字引って見たことあります?」
ヒカリの指摘に対しても、相変わらず淡々としているしずく。
さて、三人のデッキが明らかになり、プレイスタイルも見えてきた。
しずくは強さをストイックに求めるアスリートタイプ。
葉月はアイデアを追い求める研究家タイプ
ヒカリはコントロール一筋の職人タイプ。
それらを踏まえて、もえは思案顔を浮かべる。
(うーん、どれもみんなの個性が出てて素敵だけれど、それだけに真似できるものじゃないなぁ。私は一体、どんなデッキを使えばいいんだろう……?)
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