第四話「おどおど恥ずかしがり屋少女、黒井幽子!」

「こんなところにカードゲームのお店があったんですねぇ。私、ここの前通ったことあるんじゃないかな……」

「カードゲームやってない人は視界に入っても認識してないんじゃないかなー」


 カード同好会は学校から一駅離れた場所にある商店街へと向かった。

 その中にカードショップが出店されているのだ。


「このショップ自体は私が小学生の頃からありますし、歴史自体はそこそこなんですけどね」

「そうなんですか。……で、ここにあと一人の部員さんが?」

「そうだよ。ちなみにプレイするスペースもあって、同好会が発足する前なんかはここでずっとカードゲームしてたんだよ」

「へぇ、そうなんですねぇ」

 

 しずくの言葉に相槌を打ちつつ、もえは別のことを考えていた。


(あれ、カードゲームってお店でプレイできるものなんだ。じゃあ、カード同好会をわざわざ作る意味ってあったのかな?)


 自分の所属する同好会の存在意義を疑い始めたもえ。

 他の三人がお店の中へと入っていくため慌ててついていく。


 店内はショーケースが並んで通路を形成。

 壁にもずらりと並び、中にはもちろんカードが陳列されている。


 素材的には紙でしかないはずのカード。

 だが、まるで宝石のように扱われていて、もえには衝撃的だった。


 きょろきょろと店内を見回すもえ。

 違う学校の学生や、大人の姿もあった。


(……カードゲームはどこか子供のものって印象もあったけど、全然そんなことない。寧ろ、知的遊戯だから大人が夢中になって当然なのかも)


 もえは一気に認識を改めることとなった。


 さて、もえ達の前に一人の少女がやってきた。


「……あ、みんな。来てたん、だ……いらっしゃい」


 お店の店員としては少し基準を満たしていないように思われる声量。

 そして、たどたどしい口調で来客を迎えた人物。


 彼女こそカード同好会の五人目だともえは直感した。


 彼女の艶やかな黒髪はくしゃくしゃした質感でお尻まで至る。

 そして、前髪は睫毛に触れるほど長い。

 高校生としては小柄すぎる体型は彼女の気弱な性格の具現のよう。


 今はブラウス姿に店のエプロンをしているため高校生と判断がつく。

 だが、私服なら子供がバイトしているように思えただろう。


「幽子、お疲れー。今日は例の新入部員を連れてきたからねー」

「……前に言ってた、葉月さんに……勝った、っていう、人?」

「そうそう期待の新人だよー。ほら、もえもこっちきてー」


 葉月に手招きされ、もえは幽子の方へ歩み寄る。


 ――ちなみに。

 喋り方や名前から「ユウコ」が何者かをもえは何となく理解していた。


 もえが歩み寄ると、葉月が幽子を紹介する。


「こちら黒井幽子。もえと同じ一年生だよー。ここでバイトしてるのー」

「そうなんですか? 一年生でもうバイトって気合い入ってますね」

「まぁ、歴はあるから新人じゃないしねー」


 葉月がさらっと語った言葉にもえは疑問を抱く。


(え、じゃあ中学の頃から働いてるの? それって合法?)


 ものすごく引っ掛かるが、まずは挨拶。


「とりあえず初めましてじゃないよね、黒井さん」

「……カード同好会の、五人目って……赤澤さん、だったんだ?」

「あれ。もえと幽子、知り合いなの?」

「知り合いというか、同じクラスなんですよ。中学も同じで……そっか、やっぱり黒井さんだったんだ」

「……私も、赤澤さんが……同好会メンバーで、びっくり」


 もえと幽子は互いに同じことを考えていた。

 カードゲームをやっているイメージはなかった、と――


 そんなわけで不思議そうに見つめ合う二人。


 ちなみにもえと幽子は今日までほとんど会話したことがない。

 それだけに関わりが生まれたことは二人にとって正直驚きだった。


「でもよかったですよね、二人とも。まったく知らないよりはちょっとでも面識があるほうが打ち解けやすいんじゃないですか?」

「だねー。とりあえず、せっかく部員同士って縁もできたんだからもう少し砕けた感じでお互いを呼んでみようかー」

「そうですね。じゃあ……幽子ちゃん」

「……もえ、ちゃん。……よろしく、ね?」

「うん! こっちこそよろしくね!」


 握手を交わしてもえと幽子の顔合わせは無事に終了。


 見届けた葉月は満足気にぱちんと手を打ち鳴らし、注目を集める。


「はーい、というわけでカード同好会のメンバーがこうして五人揃いましたー」

「さてさて葉月、これからどうしましょうか」

「もえはデッキ持ってないから、その辺のこと考えたほうがいいんじゃない? 本人も自分のが欲しいみたいだし」

「そういえば葉月と戦った時のデッキは借りものだったんですよね」

「じゃあ、まずはもえに勧められるデッキでも考えよっかー」


 そのように先輩組三人が話を進めて行く中、幽子はもえに問う。


「……もえちゃん、葉月さんに……勝ったんだよ、ね?」

「あ、うん。多分、運がよかっただけなんだけどね」

「……デッキ借りたって、ことは……カードゲーム、やってたわけじゃないん、だ?」

「あの日、葉月さんに誘われて初めてやったんだよね」

「……それで勝つのは凄い、ね。葉月さんは……あんまり、強い方じゃないけど……それでも凄いと、思う」

「あ、やっぱり強い方じゃないんだ……」

「……負けてるとこしか……見ない、かも?」


 葉月の方をちらりと見ながら、幽子ともえは同じように笑う。


 それが、もえは何だか嬉しかった。


 中学の頃から名前は知っていたが、縁がなかった幽子と仲良くなれた。

 そして、同級生の友達ができたという部分もポイントが高い。


 ……だが、もえには疑問があった。


「幽子ちゃん、めちゃくちゃ絵が上手いのに美術部じゃないんだね」


 それは幽子が部員だと知る前の「黒井さん」に抱いていたイメージ。

 中学時代の黒井さんは絵の上手さで有名だった。


 描いた絵はコンクールで必ず何かしらの賞を獲得。

 修学旅行のしおりや卒業文集の表紙も任されていた。


 絵なら黒井さんに任せておけば問題ない。

 そんなクラスメイトみんなの中にあった。


 だからこそ、美術部に所属していないのが不思議だったのだ。


「……絵を描くこと、以前に……まず、カードゲームが好き、だから。……それに、高校入学したら……葉月さんが立ち上げる、カード同好会のメンバーになるって……決めて、たし」

「そんな前から葉月さんと知り合いなんだ」

「……うん、ここには中学の頃から……通ってる、からね。……あ、ちなみに私はカードゲーム、好きだけど……プレイするわけじゃない、よ?」

「え? カードゲームをプレイしないけど好きってどういうこと?」


 もえの純粋な問いかけに、少し臆したような幽子。


「……それ、聞いて……くれる?」

「うん、聞かせて聞かせて」


 快活に返事をしたもえ。

 しかし、幽子にとってそれはスイッチだった。


 常に伏し目がちな幽子は瞬間――もえを見上げ、キラキラと輝く瞳。

 そしてぎゅっと握りしめた両手をぶんぶんと振って喜びを体現。


 よくぞ聞いてくれました、とばかりの笑みまで浮かべ、語り始める。


「あのねっ! それはねっ! カードゲームのイラストが好きだってことっ! カードゲームって確かにプレイすることが正しい遊び方だけど、でも魅力はそれだけじゃないんだよ? カードゲームって一枚一枚に迫力満点、繊細で美麗なイラストが添えられてるでしょ? その効果的なイラストによって『能力が書いてある紙』以上の価値を生み出していると思わない? 思うよねぇ! 私はそんなカードを集めるのが好きなコレクター! プレイはしないけど、カードゲームのイラストとそれによって表現されている世界観が好き、いや…………愛してるんだぁ~♥」


 祈るように手を重ねて、うっとりと目を閉じて語った幽子。

 一方、唐突なキャラクター崩壊にもえはきょとんとしてしまう。


(そ、そっか! コレクションって楽しみ方もあるんだ。……しかし流石は個性豊かなカード同好会メンバーだけあってギャップあるなぁ。なんか葉月さんが常識人に見えてきたかも……?)


 もえの反応で我に返った幽子は体をビクつかせて我に返る。

 そして恥ずかしそうに表情で自分をリセットさせた。


「……ご、ごめん、ね。……好きなこと、話し始めると……止まらなくなっちゃう、から」


 体をもじもじさせ、時折もえのへと視線をちらちら送る幽子。

 そんな彼女にもえは好感を抱いていた。


「なんかいいよね、そういうの。幽子ちゃんが熱く語ってるの最初はびっくりしたけど、でも活き活きしてて素敵だった」

「…………ほんと、に?」

「うん、もちろんだよ。そっか、絵描くのが好きな人とカードゲーム……そういう風な接点もあるのかぁ」


 幽子は安堵して、ほっと息を吐く。


 一方でもえは納得したようで、ちょっと引っかかりを感じていた。


(でも、なんでわざわざカードゲームのイラストが好きなんだろう。他にイラストを扱った媒体はあるだろうに)


 そこまで踏み込んでいいのだろうか、と思案していたもえ。

 その時、葉月から呼ばれて思考は遮られる。


「ごめんごめんー、しずくが訳の分からないこと言うから熱中しちゃったー。ショップの中を見ながら、もえのデッキを考えて行こっかー」

「あ、はい! よろしくお願いします!」


 そのように返事をして、店内の奥へと進んでいく一同に続くもえ。

 するとヒカリが振り返り、いつもの優しい微笑みのまま語る。


「ゆっくり見ていってくださいね、もえちゃん」

「あはは、まるで自分のお店みたいに言いますね」

「ええ。私の父が経営しているお店なんですよ」

「……え、そうなんですか!?」


 ヒカリのさらっと語った言葉に驚くも、合点がいくもえ。


(なるほど。知り合いの店だから幽子ちゃん、バイトしてるんだ。中学時代は手伝いしてたとかそういう感じ? ……いやいや、それよりもヒカリさん、お嬢様とは聞いてたけど、よりにもよってカードショップ経営してる社長の娘なの!?)

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