第三話「おっとり優しいお嬢様!? 白鷺ヒカリ!」
「なんかこの学校って変な人多いのかな……? まぁ、まだ二人しか会ってないのに判断するのは早計だけどさ」
部室から一旦抜け、お手洗いに行っていたもえ。
ハンカチで濡れた手を拭きながら廊下を歩き、ぶつぶつと呟きながらも部室に戻ろうとしていた道中――奇妙な人物を見つける。
壁に設置された火災報知機をじっと見つめる女子生徒。
ぼーっとした表情でひたすらに視線を送っている。
もえが傍から見ていることにも気付いていないようだった。
表情が思わず引き攣ってしまうもえ。
(この学校、ほんっっっっとに変な人ばっかりだなぁ! あんまり奇妙な知り合いを増やすのもタメにならないだろうし、ここは好奇心を抑えてスルーかな)
最早、何かの前振りにしか聞こえない決心をするもえ。
火災報知器を見つめる人物を無視して通り過ぎようとしていた。
しかし、すれ違う瞬間――もえは目撃してしまう。
その人物が火災報知機に人差し指を触れさせているのを。
しかも、何故か顔を赤らめているし、吐息も荒く艶めいている。
――いや、そんな思考をしている暇はない。
(この人、ほんとに押しちゃう……!)
結局、もえはその人物と関わることに。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 何やってるんですかっ!」
肩を掴んで、魔が差し掛けていた人物の身を火災報知器から遠ざける。
すると我に返り体をビクつかせ、周囲をきょろきょろと伺うその人物。
まず目を引くのは二つに分けゆったりと背中に流した白銀の髪。
すらっと長い背丈、丸みに凹凸、全てが豊かな体躯。
そして、優しそうな笑みが表情を彩る。
もう先ほどのように顔は赤くないし、呼吸も乱れてないようだった。
「ありがとうございます。もう少しで火災報知機を鳴らしてしまうところでした。火事の時にしか押してはいけませんからね」
「分かってるなら気をつけてくださいよ」
「すみません。……でも、火事の時ではないからこそ押したくなるんですよね」
頬に手を当て、上品な挙動でどうしようもない自分を語る人物。
もえはすくに確信した。
(……あ、危ない人だ。駄目だと言われたらやりたくなる危ない人だ)
そう結論付けると「それでは」と短く告げ、今度こそ謎の人物を置き去りに部室へと戻る。
……はずだった。
しかし、その人物はもえを追うようについてくるのである。
(どうしてついてくるんだろう? ……まぁ、たまたま同じ方向に用事ってこともあるのかな)
嫌な予感を払拭しようとするもえ。
だが、大抵そういう予感は現実になると相場が決まっているもの。
たまたま同じ方向に用事があるのではない。
――同じ場所に、用事があるのだ。
○
「初めまして、白鷺ヒカリです。葉月と同じ三年生で、一応カード同好会の副部長ということになってますので、どうぞよろしくお願いしますね」
上品にお辞儀をする危険人物もとい――白鷺ヒカリ。
そう、彼女もカード同好会のメンバーだったのだ。
「それにしても偶然だよねー。もえとヒカリが一緒に戻ってくるなんて。まだ面識はないはずでしょー?」
「まさか同じカード同好会のメンバーだとは……。あ、私は一年生の赤澤もえです」
「葉月が言っていた期待の新人さんですね。もえちゃんって呼んでいいですか?」
「あ、はい。私はヒカリさん、でいいですかね?」
「それで構いませんよ」
もえとヒカリは握手を交わす。
「……それにしてもさっきは本当に助かりました」
「ん? ヒカリさん、何かあったの?」
「火災報知機を押そうとしていたところを止めてもらいまして……」
「あ、そうなんだ」
あっさりとヒカリの言葉に納得を示したしずく。
(あれ? ヒカリさんが火災報知器やらかす常習犯で、だから珍しくないのか。それともしずくさんが常識外れな不思議ちゃんだから何とも思ってないのか……どっちなんだろ?)
難しそうな表情を浮かべてもえに葉月は気を遣って口を開く。
「もう少しヒカリのことを紹介しておくと、まずカード同好会の中ではしずくと肩を並べるくらいの実力者。まぁ、強いねー」
「あら、葉月に褒められるなんて珍しいですね」
「でもヒカリさんは強いよ。葉月さんとは比べものにならないくらいに」
「何でヒカリを褒めてたのに結果として私が貶められてるのか……まぁ、いいやー。あとヒカリは実家が超お金持ちだよ。大企業トップの娘で、お嬢様ってやつだねー」
「ちょ、ちょっと。やめて下さいよ、葉月」
「へぇー、お嬢様! 凄いですね」
もえは驚き混じりな相槌を打ちながら、
(やっぱりいいとこのお嬢様はどこかネジが外れてるものなのかな……。興味本位で火災報知器押して問題になっても、マネーパワーで何とかする的な?)
失礼極まりない思考をするもえ。
一方、葉月によるヒカリの紹介はさらに深い部分へと踏み込んでいく。
「ちなみにしずくほどじゃないけど、ヒカリも抜けてるんだよねー」
「え? そうでしょうか?」
「いつだったか、先生の『この問題分かる人?』に答え出てないのに挙手して、しかも当てられて怒られてたでしょー?」
「ヒカリさん、ちょっと変わってるもんね」
しずくを除く三人は「お前が言うのか」と閉口して互いの顔を見る。
しかし、しずくは自分が生んだ静寂に責任感は感じず淡々としていた。
なので葉月から閑話休題の咳払い。
「他にも色々あったよー。名前だけ書いて白紙のプリント提出したりさー」
「確かにそう言われると抜けているのを否定できないかも知れませんね。今日も先生に呼び出され、怒られていたので遅れましたし……」
「ヒカリももしかしたら天然なのかもねー」
葉月がからかい、ヒカリがちょっと困った表情で笑っている。
そんな光景を眺め、もえは何だか腑に落ちない気持ちになっていた。
(もしも……もしも天然が二人もいるならこの同好会は、ヤバい)
不思議ちゃんが倍いるだけでも、これからを思えば頭を抱える。
ただ、白鷺ヒカリ天然説には素直に頷けないもえだった。
何だかイメージにそぐわないヒカリの行動。
真面目そうなのに怒られるようなことばかりしているらしい。
(……ん? 怒られそうなことばかりしている?)
もえは不意に真実の尻尾を掴み、唾を飲む。
(あ――そうだ! 今聞かされたヒカリさんのエピソードはどれも破滅的。全て最終的に怒られることに繋がるし、正直言って意図してやらないと起きないようなことばかり……天然なんかじゃない!)
わざとやっているとしか思えない。
……なら、何故わざとやるのか?
その答えはヒカリと邂逅した瞬間に帰結した。
荒い吐息と赤らめた顔。
そして、叱られることに向かって行動しているようなエピソード。
(……あ、分かった。ヒカリさん、この人――無自覚なドMなんだ!)
もえは確信した。
ヒカリは――ドMなのだと!
火災報知器の件も、叱られる光景を想像して興奮していたのだ。
(なるほど……………………とんっでもない部活に所属してしまった!)
しかし、そんな性癖の人がカードゲームをやるとどうなるのか?
(負けて喜ぶ、みたいな歪んだ遊び方をするのかな? いや、さっき実力はあるって葉月さん言ってたしなぁ……)
色々とヒカリという人間へ思考を巡らせているもえ。
そんなもえを他所に葉月は手を打ち鳴らし、注目を集める。
「さて、四人集まったしそろそろ移動しよっかー」
「そうですね。いつまでもここで話してても仕方ないですし」
「そっか。今日、幽子はバイトなんだ」
口々に葉月の言葉へ疑いを向けずに納得して立ち上がる。
そんな光景にもえは混乱する。
「あれ? メンバーって全部で五人ですよね。あと一人待たなくていいんですか?」
「あと一人は別の場所にいて、ここには来ないよー」
「そうなんですか……でも、部活ってここでやるんじゃないんですか?」
「活動をここでする日もあるかと思いますが、部員が揃わない日は逆に揃えるべく移動するんです」
葉月、ヒカリから説明されたことが整理できず混乱するもえ。
……おそらく「ユウコ」という人物のいる場所に行き、合流して五人で活動するのだろう。
しかし、その人物は現在バイト中。
(仕事してるなら邪魔にならないのかな? ……っていうかユウコって聞いたことある名前。まぁ、そんなに珍しい名前ではないけど……どこかで?)
もえは疑問符を浮かべる。
しかし、それも行けば自ずと答えが出る。
「今からどこへ行くんですか?」
「もえはきっと初めて行くんだろうね」
「カードゲーマーにとって大事な場所ですよ」
そして、葉月が得意げな表情を浮かべてもえに語る。
「カード同好会は今から第二の活動拠点といえる場所――カードショップに行くよー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます