第二話「クールでミステリアス!? 青山しずく!」
「君が葉月さんの言ってた五人目の子?」
「え? あ……多分、そうだと思います」
「そっか。私は青山しずく。二年生だよ」
「初めまして、一年生の赤澤もえです」
電話から一分もしない内に部室へとやってきた人物――青山しずく。
肩に毛先が触れる長さの髪は晴天のような青。
可愛いよりはカッコいいが似合う顔の造りは常にポーカーフェイス。
青山しずくにはクールさとミステリアスな雰囲気があった。
そんなしずくと挨拶を交わし、握手するもえ。
教室の壁に立てかけられたパイプ椅子を取りに歩むしずく。
その背を見つめながら、
(冷たい人なわけじゃないし、怖い人でもなさそう。ただ、クールで言葉数が多くないだけかな。……なんか女の子にモテそう)
もえはそんなことを思った。
「なんか殺風景だね。葉月さん、部室ってずっとこのままなの?」
「ずっとじゃないよー。机とか必要な備品はまた借りてくるから、とりあえず今日はヒカリが来るまでこの状態で我慢してねー」
「そっか、分かった」
三人のパイプ椅子は三角形を描くように配置された。
そしてしずくは腰掛けようとして「あ、そうだ」と座る挙動を止めた。
「そういえばさっき、アニメ研究会の人が文句言ってたよ。『ウチを見学しようとしてる子に通せんぼして、片っ端から声をかけてるちっこい三年生がいた』ってさ」
「ふ、ふーん。そうなんだー」
「どう考えても葉月さんだよね?」
「さ、さぁて……な、何のことだろうー?」
葉月は目線を泳がせ、鳴っていない口笛を吹く。
その挙動で語らずとも落ちている葉月。
もえを通せんぼしていた葉月の思惑は至ってシンプルだ。
アニメが好きな子ならカードゲームも好きになれるんじゃないか?
漠然とした葉月のイメージではあったが、確かにもえは釣れた。
無論、褒められた行為ではない。
(……まぁ、最終的に自分で入部を決めたのは私だけどね。ただ、何だか騙されたようでモヤモヤするなぁ)
もえはジト目で葉月を見つめる。
「なるほど、もえは葉月さんの通せんぼで捕まったんだ」
「あ、はい。というかしずくさん。……葉月さんってそういうズルいことする人なんですか?」
「葉月さんとは私が高校に上がる前からの知り合いなんだよ。リーダーシップもあるし、明るくて誰とでも仲良くなれるんだけど……ズルいっていうか、目的や欲望に忠実かもね」
「ひどい紹介だなぁー。せっかく挙げてもらった私の長所が台無しじゃないかー」
不満そうに嘆息する葉月。
対して、しずくは相変わらずのポーカーフェイス。
「もちろんお二人はカードゲーム繋がりで知り合ったんですよね?」
「うん、そうだよー」
「逆に葉月さん。しずくさんってどういう人なんですか?」
「しずくは言葉足らずだからよく分かんないよねー。……んーと、説明するならしずくは我が部のエースって感じかなー」
葉月の言葉に「ん?」と小首を傾げるもえ。
「エース? ……ってことはカードゲームが強いってことですか?」
「そうだねー。しずくはカードゲームの大会では優勝常連。去年なんかは全国大会の決勝トーナメントまで進出するような強豪プレイヤーだよー」
「全国! すごいですね!」
「いや、すごくないよ。結局、優勝できたわけじゃないから」
嫌味を感じない淡々としたしずくの謙遜。
優勝できたわけでなくとも、もえからすれば十分な戦績だと思えた。
(何かを極めたような人間……コロコロ趣味を変える自分と真逆だ。正直、憧れちゃうし格好いいな)
羨望の眼差しでしずくを見つめるもえ。
「逆にもえのことを説明しておこっかー。この子はちょっと話したけど、私と試合をして勝った凄まじい引きの持ち主だよ。……いやぁ、あの盤面で覆されるとはなぁー」
「でもよかったよね。その時葉月さんが勝ってたらもえは同好会に入ってないんじゃない?」
「初心者相手だと好き勝手にプレイできるから気持ちよくなっちゃって……ついつい。とりあえず、もえの運で覆ったからいいじゃない」
「まぁね。それにしても凄まじい引き、か……なんかいいね」
ほんの僅かだが微笑を含んだような気がするしずくの表情。
もえはちょっと誇らしいような、恥ずかしい気持ちになった。
「そういえば、もえは自分のカードとか持ってるの?」
「まだ持ってないんです。この前は葉月さんのデッキを借りたんですけど、やっぱり自分のを持った方がいいですよね?」
「そうだね。借りるのも悪くないけど、自分のを持った方が愛着とかもあるし、のめり込めるんじゃない?」
「なら思い切って買っちゃおうかな。どういうのがいいんでしょうか?」
「それもまた相談に乗るよ」
意外と面倒見のよいしずく。もえの言葉に的確な返事をする。
決して誰かと話すのが嫌いではなく、無駄なことを話さないだけ。
しずくにはカードゲームを愛するがゆえに、同じく始めようとしている人間に対して親身になれる先輩として必要な気質が存在していた。
……さて、ここで面白くないのが葉月である。
しずくはカード同好会のエース。
当然、葉月よりも強いのである。
そのため葉月にはカードゲームを教えられる後輩がいなかった。
だからこそもえを育てて可愛がろうと思っていた葉月は、しずくが良き先輩として振る舞えているのが気に入らなかったのだ。
ムスッとした表情でパイプ椅子に深く腰掛け、足を組む。
そして、咳払いを鳴らし注目を集める。
「えー、しずくくんー。聞きたいことがあるんだけどいいかねー?」
「ん? どうしたの?」
「なんか部下をいびろうとしてる上司みたいな喋り方ですね」
先輩風をびゅうびゅう吹かせるしずくが羨ましい葉月。
しずくの落ち度を探してマウントを取りにいく。
「ヒカリは遅れるって聞いてたけど、しずくくん……君はどうして部室に来るのが遅れたのかねー? まぁ、別に咎める気はないんだがねー。ただ、時間は守ってくれないと困るねー」
「咎めてるじゃないですか」
「咎めてるよね」
「う、うるさーいっ! しずく、答えなさいーっ! 遅刻は先輩として後輩に示しがつかないと思うよー!」
指摘が恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして大声で遮った葉月。
「ついさっきまで部屋で待ってたんだよ。中には誰もいなかったけど多分、鍵だけ開けて葉月さんどこかに行ってるんだと思って」
「……ん? 何の話? ……まぁ、いいや。続けてー」
「そしたら知らない子が部屋に入ってきたんだよ。だから『この子が言ってた一年生の子なのかな』って思ってね」
「何だかますます話が分からなくなってきたなぁー……」
「しばらくその子と話してたんだけど、なんか話が噛み合わないんだよ。で、葉月さんの電話で気付いた。あぁ、隣の部屋に入っちゃってたんだって」
「……は、はいー!? じゃあ、ずっと隣の部室にいたのー!?」
「まぁ、そうなるかな」
呆れ混じりに驚く葉月と、相変わらず淡々としているしずく。
もえもきょとんとしてしまい、我に返るとしずくを凝視する。
(……え? そんな超がいくつついても足りないドジっ子エピソードを、この人は何を事もなさげに語ってるんだろう?)
胸のざわつきを携えつつ、もえは気を取り直してもう少し踏み込む。
「こ、ここの隣って確か……アニメ研究会ですよね?」
「そう。通せんぼしてる三年生の話はそこで聞いたんだよね。なんかアニメのグッズとか多いなと思ったけど、部室が違うだけだったみたい」
「……ふーん、なるほどねー。この時期なら知らない人が部室にいても新入部員かなって思うだろうし、しずくみたいに堂々としてたら尚更…………って、そんなんで納得できるかぁー!」
パイプ椅子から跳ねるように立ち上がり、しずくを指差して叫ぶ葉月。
(は、葉月さんが他人にツッコんでる! ツッコまれる側だと思ってた葉月さんが――じゃなくて!)
しずくが一分もしない内に部室へやってきた謎は解けた。
隣にいたなら電話後、すぐに移動すれば数秒でここに到着するだろう。
もしアニメ同好会の部長が鍵を開けてどこかへ行っていたなら、しずくが一人で隣の部室にいたことも納得だ。
だけど――だけど!
(な、な、な、何でこの人は平然とした顔でこっちの部室に入ってこれるの!?)
もえの中でこういう場面は古来より『あはは、隣の部室に入っちゃってたよー! テヘペロでござんす☆』と、恥ずかしさを隠してとぼけるものと相場が決まっていた。
だが、今もしずくはポーカーフェイスのままなのである!
そんな光景を目の当たりにし、もえは確信する。
――そう。青山しずくという人物は強豪プレイヤーであり、クールかつミステリアスな雰囲気を携えてはいるが、実は超がつくほどの天然。
何かを引き起こしても恥ずかしいなどとは思わず、淡々と流してしまう不思議な人物でもあったのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます