私たちカード同好会ですっ!
あさままさA
⬛第一章「カード同好会の発足ともえの初大会!」
第一話「赤澤もえ、カード同好会に入部!」
「というわけで今日からカード同好会発足ー! はい拍手ー!」
促されるまま拍手するのは今年この高校に入学してきた赤澤もえ。
鮮やかな花弁を思わせる薄紅色の髪はショートボブ。
幼さを脱ぎ捨てつつもどこかあどけなさが残った顔立ちの少女だ。
「はい、拍手やめー。さてさて、この前も自己紹介したけど改めてー。私はこのカード同好会の部長、緑川葉月です。ってわけでよろしくねー、もえ」
「あ、はい……よろしくお願いします」
カード同好会部長――緑川葉月の歌うように弾んだ言葉。
対するもえの声にはどこか不安が滲んでいた。
四月――あらゆる部活動が新入部員を歓迎する時期。
もえは葉月に誘われてまだ部室もなかったカード同好会へと入部。
これによりカード同好会が発足。
同好会設立には五人の部員が必要で、もえは最後の一人だったのだ。
「……にしてもヒカリは遅れるって聞いてるけど、しずくはまだこないのかなぁー」
もえの知らない人物の名前を口にした葉月。
(すでに集めてた部員の名前かな? ……それにしてもカード同好会かぁ)
もえは緊張で周囲を落ち着きなく見回す。
今日からカード同好会の部室となったまだ飾り気のない部屋。
その真ん中でパイプ椅子に腰掛け、浮かない表情のもえ。
実はもえ、入部に関してまだ迷いがあったのだ。
「勢いで入部しちゃいましたけど……冷静になってみれば、本当にこれでよかったのかと思ってまして」
俯き、ため息混じりに語ったもえ。
すると葉月がもえの前にパイプ椅子を置き、ドカッと座る。
そして不安そうな後輩の肩をバシバシ叩く。
「あっはっは、大丈夫だってー。もえにはカード同好会でやっていくための……えーっと。なんだ、アレだ」
「安心させるためのセリフなのにスッと出てこないんですか!?」
「そう! 適正みたいのがあるからー!」
そのように語り、葉月はもえと出会った日のことを改めて回想する。
○
――もえは高校に進んだ時点ですでに不安だった。
友人が皆、別の高校に進学しており話せる友人がいなかったのだ。
ちなみに友人達が進学したのはこの辺では有名なお嬢様学校。
(中学を卒業した日、「友情は不滅」だとか「ずっと友達!」とプリクラに落書きしたアレは一体何だったんだろう……。というか受験の時、皆の姿を見ないと思ったらそういうことだったんだ!)
絶望したもえではあったが、いつまでもくよくよしてはいられない。
共通の趣味を持つ友達を見つけて、高校生活を楽しみたいのだ。
そんなもえの趣味はアニメ鑑賞。
実はころころと趣味を変えるのがもえという人間の特徴。
だが、このアニメ鑑賞は長い間彼女の中でブームだった。
(アニメ好きな人は各クラスに一人はきっといる。なら最低でも五クラスで五人。私含めて三学年で十五人か。それだけ友達がいれば一気にリア充街道へ出られそうだなぁ)
謎理論な計算だが、もえはそんな期待を胸にアニメ研究会に入部する予定でいたのだ。
この学校には旧校舎を利用した部活棟というものがあり、文科系の部室はこの建物に集中している。
校門付近で盛り上がっている部活勧誘の声を聞きながら、もえはアニメ研究会の部室を見学しに向かっていた。
そんな時、もえは邂逅する。
――緑川葉月と。
紺色のブレザー、その胸元を飾るリボンの色。
三年生であることはすぐに分かった。
一くくりにした髪は生命力を感じさせる若葉のような緑色。
少し低めの背丈は小さくて可愛らしい、というよりは身軽で活動的。
そんな緑川葉月は部活棟の廊下にて仁王立ちでもえに告げる。
「あのさ、あのさ、一年生ちゃん。突然だけどトレーディングカードゲームってやつ、興味ないー?」
「か、カードゲーム、ですか……?」
上級生のディフェンスによって足止めを食らったもえ。
問いかけられた言葉にとりあえず思考するしかなかった。
――トレーディングカードゲーム。
「カードゲームって確か、個々に能力やイラストの違うカードを使って勝敗を決めるゲームのことですよね?」
「そうだよー、よく知ってるねー。チェスや将棋のように決まった駒で戦うのではなく、自分の選んだカードで戦う。だから、自分と相手で「駒」が全く違うこともあるのが特徴のゲームって感じかなー」
「あと『俺のターン、ドロー!』ってやるやつですよね」
「うんうん、それそれー」
もえはカードゲームに具体的なイメージを持っていた。
カードゲームを題材にしたアニメも見ていたからだ。
「あー興味がないかと言われれば、完全にノーと言えないかも知れないですね。カードゲームを全く知らないわけではないので。面白いのかなぁとは思いますけど……」
「お! 丁度いいやー。ならさ、カード同好会に入部して私たちと指の皮がめくれるまでカードゲームしまくろうよー」
「気持ち悪い誘い文句ですね」
「誘い文句に気持ちいいも悪いもないよー」
「いや、あるでしょ! ノーじゃないとは言いましたが、イエスでもないんで。すみません」
軽く頭を下げ、とおせんぼする葉月の横を通り過ぎようとする。
だが、もえの行動に合わせて葉月はスライド。
反復横飛びの要領で立ちはだかる葉月のせいで、もえは進むことができなくなる。
「あの……どいてもらえませんか」
「悪いねー。今の私はゲームによくいるイベントを消化しないとどいてくれないキャラだからさー」
「あぁ、面倒ですよねアレ。剣で切り捨てられたらって何度思ったか。でも今なら」
「待って待ってー! 暴力はいけないよー!」
ファイティングポーズを取るもえに葉月は両手を突き出し、静止を呼びかける。
もえは「冗談ですよ」と言って臨戦体勢を解いた。
「……で、一体何のイベントをこなせって言うんですか?」
「入部はとりあえず置いといて、カードゲームを体験してみないー? それで何も感じなかったら私も諦めるからさー」
「体験だけ……本当にそれでどいてくれるんですか?」
「もっちろんさー!」
アニメのおかげでもえにはカードゲームへの興味が僅かながら存在していた。
それが困った先輩の我がままに付き合うという優しさに繋がり、そして――カード同好会への入部を決める結果に繋がっていったのだ。
○
「だからあの時も言ったけどさー、もえはカードゲームをやるべくして生まれてきた人間だと思うんだよねー」
「確かにあの瞬間は私、カード同好会への入部を迷う気持ちは全くありませんでした。けど……なんか冷静になってみると、ねぇ」
葉月ともえのカードゲーム体験と題した試合。
それはまだ部室がなかったため校内の食堂で行われた。
ちなみにもえはカードゲームを子供の玩具と認識していた。
なので、カードを広げる葉月と同席するのが少し恥ずかしかった。
とはいえ、偶然にも食堂に誰も生徒がおらず、その羞恥心を口にすることはできなかった。
さて、もえはまず「デッキ」と呼ばれるカードの束を渡された。
ルールによって決められた枚数のカードを束にしたもの。
これをデッキ、と呼ぶのである。
その辺りの知識はアニメの影響でもえにもあった。
ルール説明のためにゆっくりと手順を確認しながらもプレイ。
それを経て、もえは葉月と試合を行うことになった。
「正直、絶対絶命の状況に追い込んだと思ったよー。華麗な私のカード捌きでカッコいいと思わせて、憧れをきっかけにカード同好会へ誘う作戦だったからねー」
「いや、カッコ悪かったですよ。『あっはっは! 成す術はないようだね。諦めて降参するがいいー!』って高笑いしてたじゃないですか。する人いるんですね、高笑い」
「ごめんごめん、気分が乗ってたんだよー。あの時はー」
「正直、あれが入部をお願いしている人間がとるべき態度なのだろうかと思いましたけどね」
――そう、葉月はもえとの試合で彼女を圧倒。
悪い言い方をすれば初心者いじめ。
もえを敗北寸前まで一方的に追い詰めたのだ。
全力でもえに襲い掛かった葉月。
このような方法で部員の勧誘ができると本気で思い込んでいるなら緑川葉月という人間の常識を疑ってしまうが、とにかく――状況は最悪。
葉月の勝利は誰がみても明らか。
もえは王将単騎で無傷の相手布陣と戦っているような盤面だった。
しかし、カードゲームにはランダム要素が存在する。
自分の手番、ターンを迎えるとデッキの一番上からカードを引ける。
これをドロー、と言う。
このドローは新しい駒となるカードを引き当てる行為。
ピンチであっても無視できない。
逆転の一手を、引くかも知れないからだ。
(私、緊張してるんだ……。そして、勝ち負けがこの一枚にかかってるからかな……何だかワクワクする!)
まるでアニメの主人公たちが繰り広げた逆転劇の前触れ。
もえはその時気分が激しく高揚していた。
緊張と期待で手が震えるもえ!
ゲスな笑みを浮かべ、勝ちを確信する葉月!
全てはこの引きにかかっている――!
『わ、私のターン…………ど、ドローっ!』
デッキから勢いよく引き抜いたカード、それによって――、
「いやぁ、一気に勝負がひっくり返ったよねー。カードゲームの最も楽しい瞬間だったんじゃないかなー? お見事、お見事。もえ、君は持ってるねー」
回想を終え、言葉の最後を拍手と共に締めくくった葉月。
劣勢を引っくり返し、攻勢に転じる一枚をもえは引き当てたのだ。
アニメの主人公さながらに。
その瞬間――トキメキのようなものがもえの心を満たした。
体中に電流が駆け巡るような刺激に酔いしれたのだ。
本当にアニメの主人公になったみたいだ、と!
どこかアニメの主人公たちに憧れる気持ちがあったもえ。
この成功体験は冷静な判断など蹴とばしてしまった。
そして、もえはアニメ研究会のことなど忘れて入部を決めたのだ。
つまり、入部は勢いだった。
だが、冷静になった今も、もえはあの高揚感の傀儡。
「やっぱり入部はやめます」などとは言い出せないのだった。
とはいえ――、
「あの時、たまたま運がよかっただけですよね。私、カードゲームみたいな頭を使ってプレイする遊びってやってこなかったから、ちゃんと続くのかな」
もえは「趣味をコロコロ変えてきた経歴」を思いながら語った。
すると葉月は優しく笑んで口を開く。
「不安かもしれないけど、大丈夫だよー。カードゲームって絶対に一人ではできないんだー。だから必ず誰かと競ったり、支えられたりもする。一人じゃないってだけで、大抵は何とかなったりするもんなんだよー?」
急に真面目な言葉を放つ葉月に、もえは認識を改める。
(へぇ……。廊下で反復横飛びして行く手を阻んでくるわ、相手は初心者なのにマウント取って高笑いするわ、イタい人だけど……やっぱり先輩なんだなぁ)
少し励まされて気持ちが軽くなったもえ。
「うーん……分かりました。とりあえず私、頑張ってみます!」
「お、そうこなくちゃねー! そんでもってもえ、カード同好会に入部してくれてありがとねー」
「え? あ……はい」
突然、お礼を口にした葉月。
(雑な人かと思っていたけど、そういう所は意外と丁寧なんだ……)
意外な一面に驚きを感じるもえ。
そんな感心を他所に葉月はスマホを取り出し、電話をかける。
「あ、もしもしー? しずく、今どこにいるのさー? ……え? 何を言ってるのー? 私はもう部室で待ってるんだけど。うん、早く来てねー」
「しずく」なる人物と葉月の会話。
もえは取り戻した緊張であれやこれやと思考を巡らせる。
(あ、もうすぐ葉月さん以外の部員がここに来るんだ。しずくさんって、どんな人なんだろう……?)
しずくがこちらに向かっている間に自己紹介を考えたいもえ。
――しかし、その猶予は一切与えられなかった。
葉月が電話を終えて数秒、部室の扉が開かれる。
入ってきたのはカード同好会のメンバーの一人。
――青山しずくだった。
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