第二話「壊れた葉月! 逆転の一手はカードパック!?」

「……休みなのに、職場来てる。……まぁ、カード好きだから……いいけど」


 ――と幽子が言うように、バイトが休みということで部室に揃っていたカード同好会のメンバー五人は結局、ショップへ移動。


 その原因はヒカリが言うところの「駄目」になった葉月だった。


 葉月が駄目になる現象は、彼女と付き合いのある人間からすればいつものことであり、だからこそ部室の隅で放置されていた。


 そして葉月が駄目になっているからこそ、今日は結局のところショップに行くことになるともえ以外の三人は理解していた。


 駄目になった葉月に気付いた時、もえは一応声をかけたが、


「あ、葉月さんいたんですね」

「……うん。実は……いた、よ?」

「喋り方が幽子ちゃんみたいになってるじゃないですか」

「……そう、かな?」

「え、今どっちが言いました?」

「葉月さんみたいだよ」

「あ、そうなんだ……。葉月さん! 黒井葉月になってますよ」

「……もえちゃん、私……流石に、こんなお姉ちゃんは……いら、ない」


 ――と気力なく話すため、肝心な「駄目になった理由」を聞きだせないのだ。


 なのでよく知る人物に問いかけることに。


「ヒカリさん……どうして葉月さんは駄目になってしまったんでしょうか?」

「それはですね……葉月は月末から月初めにかけて、お小遣いがピンチになってこのように燃え尽きてしまうんです。お小遣いが尽きている間に新しいカードの発売があると、計画的にお金をつかえなかった自分を呪って駄目になるんですよ」

「それに加えて遠征の交通費もありますもんね。自業自得ってことですか」

「まぁ、自業自得なんですが……でも、葉月は自力でこの状況を解決するので放っておけばいいんですよ」

「……え? どうやって解決するんですか?」

「見てれば分かりますよ。葉月は――錬金術師なので」


 ――というヒカリの言葉でとりあえず事態に対する追及はやめておき、流れに身を任せたもえ。するとカードショップへ行くことになり、現在に至る。


 葉月は真っ青な顔をしてよろよろと店内を歩いている。正直、ゾンビにしか見えない。


 そんな葉月は幽子を手招きすると肩を強引に借りる。


 若干、嫌そうな顔をする幽子。


「……ゆ、幽子。……狙い目は何、かな?」

「……お姉ちゃん、大丈夫? ……狙いはやっぱり……最新弾、だね」


 意外とノリがよい幽子。黒井葉月なる謎の姉の出現を拒否していながらも、きちんと乗っかっていた。


 そんな二人を少し離れた場所から見ているのが三人である。


「葉月さん、狙い目とか言ってますけど……何をしようとしてるんですか?」

「まぁ、もえは分からないよね。……そうだなぁ、前に流行してるカードは高いって話はしたよね?」

「聞きましたね」

「逆にその高いカードを持ってて、手放すとなれば買い取り価格ってどうなると思う?」

「……え、それってもしかして?」


 しずくの語った言葉にもえは嫌な予感を抱く。


 カードはパックに封入して販売される。ならばシングルカードは誰かが売ってくれるから販売できるのだ。ただ、誰もが欲しいカードを売ってもらうためには店舗も工夫する必要がある。


 それは、高価買取である。


 つまり誰もが欲しがるようなカードもそもそもはパックから出てくる。そしてそのカードを引き当てることができれば、百五十円だったり三百円するパックから何千円ものお宝を得られるのだ。


 つまり、葉月の狙いは簡単である。


 その高価買取を行っているカードを当てて、売ろうとしているのだ。


(……た、確かに錬金術だなぁ。いつだったかストレージから買い取りが三百円のカードを三十円で買える話もしたけど、カードゲームって金銭感覚が別次元の遊びかも)


 とはいえ、成功するなら葉月の得。失敗する光景も面白いので止めることはしないでおこうと思うもえ。


(それにしてもカードのパックをみんなが買ってるところ、見たことないかも。何でなんだろう……せっかくだし聞いてみようかな)


 ――というわけでカードパックに関するインタビューが開始された。


 まずはしずく。


「パックを買わないのかって? 欲しいカードはまとめて通販で揃えるからパックを買う必要がないんだよね」

「お店で買わないんですか?」

「必要枚数が揃わないこともあるからね」

「しずくちゃん、たまにはウチで買い物してください……」


 普段から通うショップにお金を落とさないのは如何なものか、と言いたげな視線を送るヒカリ。


 ……いや、この表現はもえの勝手な脚色だが。


「あ、そういえば疑問だったんですけど、しずくさんってデッキに使う高額なカードとかどうやって揃えてるんですか?」

「ん? あぁ、高いカードって強い間は値段が高騰してるから、落ちる前に売っちゃうんだよ。値段が落ちるってことは旬じゃなくなるってことだからね」

「強いカードが弱くなるなんてことがあるんですか?」


 もえの問いかけにしずくは彼女を手招きしてショーケースの前へ。そして、ある一枚を指差して語る。


「このカード、今は五百円だけど一ヶ月くらい前には三千円してたんだよ?」

「えぇ!? 大暴落じゃないですか!」

「まぁ、当然ですよ。このカードは強すぎましたから」

「つ、強すぎた……? ならどうして値段が下がるんですか?」

「強すぎてカードゲームのメーカーから、大会ではデッキに一枚しか入れられないように指定されたんだよ」

「え、何ですか……その理不尽は」


 お金を出して手に入れるはずのカードを、メーカーから使用制限されるという恐るべき事実。


 それをヒカリとしずくが当然のように語ることも相俟って、もえは驚きに開いた口が塞がらない。


「つ、つまり……そういう扱いを受けたから値段が下がったんですか?」

「そういうことになりますね。その他、一枚も使ってはならないという禁止カードに指定されたものも中にはあります。他にも新しいカードにパワーが追いつかずに値段が下がったり……暴落の理由は色々ですよ」

「だからさっきの質問の答えは、枚数制限されて今のデッキが崩れる気配を感じたり、新しいカードで組めるデッキに負けそうだと思ったら、高いうちに売って次のデッキの資金にしてる――になるかな」

「ま、まるで株じゃないですか……」


 ますますカードゲームにおける特殊な金銭感覚事情に表情を引きつらせるもえ。


(強すぎたから一枚しか入れられないとか、禁止にするって……ちゃんとメーカーにはカードを作って欲しいなぁ)


 このもえの不満はカードゲーマーあるあるだったりする。


 ……まぁ、メーカーが想定していない使い方を思いついてしまったプレイヤーが、こういった一枚制限や禁止に追い込むケースもあったりするのだが。


 さて、次はヒカリである。


「カードパックですか? 新しいカードパックが出ると私室にカートンが運び込まれてますから、一パック単位では買わないですね」

「カートン?」

「えーっと、カードパックってそもそも箱に入ってるんですよね。数十パックとかで。一箱で四千円ほどになるんでしょうか」

「それが部屋に運び込まれてるんですか?」

「いえ、その箱がさらにいくつも入った段ボール……つまりカートンが部屋に置かれていて。あれ、開封が本当に大変なんですよね。出てくるカードも千枚越えるわけじゃないですか」

「……あぁ、そうでしたね。カップ麺四百円の女ですもんね」

「そ、その目で見られると……どうして息が荒くなってしまうんでしょう!」


 負け惜しみを吐き捨てるようなもえの言葉。ヒカリは頬を赤く染めて身を抱きながら荒くなった吐息を混じらせて語る。


 そんな二人のやりとりをいつもの表情でしずくが見つめていた。


 続いて幽子にも聞いてみる。


「……お給料、もらうようになるから……今度新しいカードパックが出たら……箱で買う、かな。……一箱に入ってるレアカードの数……決まってるから、箱で買うと確実でしょ?」


 幽子は姉……ではなく、葉月に肩を貸しているためか表情を歪めて苦しそうに語った。


 どうやら葉月はそこそこ重たいらしい。


「なるほど。箱から出したパックをお店に並べてるんなら、確かにバラバラに買うとレアカードが他のお客さんに引かれてるか分からないもんね。だからみんなパック単位では買わないんだ」


 そして、最後――問題の葉月である。


「……私は、今から……そのパック単位で、買い物するわけだけど、ね!」


 握りしめた千円札を震わせながら、葉月は息も絶え絶えに語った。


(……あ、流石に錬金術するくらいのお金は残ってるんだ。千円だと百五十円のパックで六つ、か……)


 もえはふとした疑問に思案顔を浮かべ――しかし、自分の中で答えも出ないので問いかける。


「しずくさん、レアなカードが出る確率ってどんなものなんでしょうね」

「出るか出ないかの二択なんだし、五分五分なんじゃない?」

「あ、言われてみればそうですか」

「そんなわけないじゃないですか……というか、しずくちゃん。試合中の確率計算とかそんな塩梅でやってるんですか」


 ヒカリの呆れに呆れたような口調の指摘に対しても、やはり無敵のポーカーフェイスなしずく。


 さて、そんなやりとりをしている間に葉月はレジにて六パックを購入。お店のハサミを借りてプレイスペースへと覚束ない足取りで向かう。


 これから――錬金術師のパック開封が始まるのだ!


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