きぐるい 1-2

……吐き気がする。

一体どうしたんだろう。

なんだか息も苦しくなってきた。

少しお手洗いを借りようと思って顔を上げる。

声が出ない。


彼は獲物を狙う蛇のような目で私を見ていた。

瞳孔がかちあう。

体が動かない。

何一つ動かせない。


「……案外早く効果が出たね。

きみは毒に対する耐性が低いらしい」


かたん、と椅子が床にこすれて音を立てる。

もう目は合っていない、しかし動けない。

青年は私の隣まで来ると私の顔を覗き込んだ。

その目は面白そうにゆがんでいる。


「折角だし、どうして今こうなってるか教えてあげようか?」


彼は何かを知っている……いや、きっと彼は、


「僕がきみの探していたナギだよ」


やっぱり。

……ああ、気づくべきだった。

紅茶を飲んではいけなかった。

いくら後悔してももう遅い、私は彼の毒を摂取してしまった。


「まず、そうだね。

きみの妹さんの婚約者だけど。

あいつ、僕にシオンを解放しろと言い出してね。

彼女は自分の意思で僕といるのに……鬱陶しいやつだったよ」


ああ、なんてこと。

まさか魔女様に何かしたんだろうか。

それとも魔女様も共犯……?

いや、そんなはずない。

あの子は誰よりも優しいから、こんなこと指示するはずがない。


「それにきみの妹さんも負けず劣らずだったなあ。

ただナイフを振り回していただけから始末できたけど。

扱いの慣れていない武器なんて使うもんじゃないよね。

……彼女はシオンのお気に召してたよ、よかったね」


どうしてこいつはこんなに楽しそうなんだろう。

息がどんどん苦しくなっていく。

吐き気が治まらない、頭痛と腹痛までしてきた。

動けたら殺すまでは無理でも攻撃くらいはできたのに。


「寂しがる必要はないよ。

きみもすぐあの二人に会えるさ。

仲良くしなよ、家族だろ?」


初めて彼は笑顔を浮かべる。

それは背筋が凍るほど美しい笑みだった。

ぷつんと意識が暗転する。

私はもう目覚めることがないのだろう。

ああ、ごめんなさい。

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小話色々 ゆずねこ。 @Sitrus06

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