命題 愛とは何か

「ねえ、愛ってなんだろうね」


彼にしては随分唐突で脈略もない。

魔女は幾分か不思議に思いもしたが、けれどそんな意外性など求めていない。

青い瞳を何度か瞼の下へと逃がし、魔女は静かに彼を見た。

彼は、ナギは、いつも通りの浅葱色の瞳を彼女に向けている。


彼女は表情をゆがませ、口元を吊り上げた。

それは彼女が魔女になってから何度も浮かべるようになった、嘲笑という表情。

前の彼女では決して浮かべることはなかっただろう表情である。


それはもしかすると変化というべきなのだろうかとナギはぼんやり考える。


しかし、彼女がなった存在はそういう存在であり、それの真似をしているだけ。

真似という行動を変化と呼べるのか、彼はわからない。


「お前がそれを言うの?」


お前が壊したくせに、という言葉は彼女の喉の奥へと飲まれ溶けていく。


彼女の手は血に汚れている。

優しい父親が淹れてくれる紅茶も片割れがくれた愛情も……全てが揃っていたあの頃には戻らない。


そして、その全てを奪ったのは、魔女から愛という心を奪ったのは他でもない彼なのだ。


その返答にナギは目を伏せて、ずっと片手に持っていた球体を放る。


ぐちゃり。


粘着質な、あまり聞いていて楽しいものではない音が響く。

球体はボールのように弾むことはなく、ただその場所に沈んで赤い水溜りを作った。

魔女はそれを見てようやく機嫌を直し、自分の足元に転がっている間接が草食動物のように曲がっている男に目を向ける。


それはまだ生きていた。


途方もない痛みで呻き、しかし命を散らすには要因が足りていない。

魔女はまたゆがんだ笑みを浮かべる。

その手にはかつての魔女が使用していた薙刀があった。


ゆっくりと魔女は男の指に刃を差し込む。

持ち主の魔力で切れ味の変わるそれは、バターを切るように男の指の骨すら簡単に切断してしまった。

切り口から血がこぼれだし、男は更なる苦痛に悲鳴を上げる。


彼女はただ笑った。


ただただ楽しげに。


狂ったように笑う。


反応が鈍くなれば。


新しい苦痛を与え。


「……レフカ。」


それを繰り返していると、ナギがそうっと魔女の腕に触れた。


「もう死んでいるよ。」


なぜ止めるの、というような魔女の視線に、ナギは静かにそう答える。

魔女は少し前から男が呻きすらしなくなっていたので、下半身をぐちゃぐちゃのミンチにしていた。

最早臓器すらも細切れのひき肉と化している。

そこまでしてしまえば死んでしまう。

魔女はそこの配慮を忘れていた。


「ああ、ほんとだ。死んじゃった。」


彼女はどこか、赤子が覚束ない足取りで歩いているような、そんな不安定さを感じさせた。


「……そろそろ帰ろう。夜明けだ。」


それを感じながら、ナギはただそうとだけ言った。

彼女の血に濡れて冷えた手を暖めるように握り締めて。

けれど移動をする気配が見られない幼く小さな身体を抱き上げる。


「ねえ、ナギさん」


足が止まる。


「愛はねぇ、心臓を引き裂いたら会えますよぉ。

さっきの人で試してみますかぁ?」


少女は笑った。

あまりにも無邪気に笑った。

青年は何も言えない。

元から何かを言う権利など、彼にはないのだが。

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