止まった時計

「……駄目だ、あーあ……お気に入りなのにぃ……」


レフカがそう言って懐中時計をベッドに投げ出した。

彼女が気に入っていた懐中時計。

針が止まってしまったそれとかれこれ3時間ほど彼女は格闘していた。

ナギはそれを横目で見ていたがついに投げ出したのを見ると

一つ息を吐いてその時計を自分の尾で引き寄せる。

蓋が開いたまま、機械が覗くそれをじぃと見つめて調べた。

レフカが特別丁寧に手入れしていたとはいえもう何百年も使っているものだから、その懐中時計の歯車は一部削れて無くなってしまっていた。

確かにこの時計はもう駄目だ。


「……無理?」

「無理」

「そっか、残念。」


レフカは……シオンは集中するのが得意であった。

仕事による疲れは体力のなさから来るものである。

それもこれも、全て彼女を彼女として存在たらしめるものだ。

今も昔も変わらず彼女の時間は動いていない。


「……」


あの時から、彼女は何も変わらず、彼と周囲だけが変わっている。

しかしながら彼女は自分が変化していないことに気づいていない。

いつまでも彼女は純粋で美しく、ともすれば脆く儚いシオンのままで、

シオンに固執し敵の血に濡れるのを好んだレフカにはなりきれない。

もしも喰われたのがレフカでなくシオンであったのなら、

レフカは何の躊躇いもなくナギの首を刎ねただろう。

ところが、シオンはどうだ。

ただ苦しみ嘆きナギを恨むだけで、

しかし誰もいないのが苦しいとナギに縋った。

彼女は、弱い。


「……シオン」


本来の名で呼べば、ぴくり、と反応をする。

この部屋に、当たり前だがナギと彼女以外はいない。

ふらふらと気づけばいるような人物も、今はこの周辺にはいなかった。


「……ナギさん」

「おいで」


両手を広げれば彼女はおずおずとその腕の中へ身体を納めた。

優しく抱きしめ、髪を梳いて甘やかしてやれば彼女はすぐに警戒を解く。

ナギは片手で彼女の顎を上げ唇を触れ合わせた。

僅かに甘い彼女の唇を舌でこじ開け、シオンの力が抜けるまで愛撫をする。

何の抵抗もなく開かれたその口に、いつものように彼は自らの毒を流し込んだ。


彼女は孤独を恐れた。

父が死に、自分の片割れがいなくなり、その片割れを殺したのは密かに慕っていた相手。

元より脆かった彼女の精神は簡単に瓦解していった。

崩壊したまま、彼女は戻らない。

彼女が縋れる相手は、憎いはずの片割れを殺した相手しかいなかった。

自分が役立たずなばかりに死んでしまった大事な強い片割れに焦がれ続け、

自らがその片割れを演じて、その憎い相手に誓いの真似事をして、

そして永久に、彼の毒に騙され縋り続けて生きるのだ。

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