ライラック 【最後】
青年はあのときのようにあの町を歩く。
けれど彼の目的地は別のところにあった。
時折目に入る喫茶店にちらと目をやり、すぐに目を逸らす。
記憶の中にあるあの味のせいで、どうにも受け入れられないものになってしまった。
漸く目的を見つけると足を止め、口を開く。
「お前がうちの弟を誑かしたっていう聖女さん?」
金の髪に、夜明けの瞳。
可愛らしい丸い頬に、ふっくらとした赤い唇。
まだ子供らしい無邪気さを顔に浮かべたその聖女、ハルは小首を傾げた。
「弟?」
「そう、ハスターだよ。」
「ああ!こんにちは、お世話になってます」
「……お、おう。」
弟を誑かしたといわれても身に覚えがなかったようで、聖女は首をかしげる。
それに対しクトゥルフがそう返せば、ハルはようやく理解してぽん、と手を打った。
そのままお辞儀をする彼女に、クトゥルフは出鼻をくじかれ肩を落とす。
ふと少女の髪に花がついているのをみて、クトゥルフはそれを取ってやった。
それを見たハルは目を瞬かせる。
「ライラックの花だ」
「ライラック?」
「うん!いいなあ、でもそれ四枚ですね」
そういわれて手元を見てみれば、確かにそれの花びらは四枚だった。
何か意味があるのだろうかと少し興味が沸いたらしいクトゥルフはハルを見る。
その目から読み取ったらしい彼女はにぱっと笑った。
「五枚の花びらのものが稀にあるんですが、それを誰にも言わないで飲み込むと恋が成就するっていうおまじないがあるんですよ」
「ふーん……」
ただのおまじないか、と言いたげにクトゥルフは気の無い返事をする。
その反応にハルは気を悪くすることも無く、どこから降ってきたのかと周囲を見回した。
そうしている間も、クトゥルフはつまらないと言いそうな顔で自分の髪を弄っている。
「そういえば」
「うん?何か思い出した?用事でもあんの?」
「ライラックって私の故郷だと別の呼び名だったんです」
「へえ、なんていうんだ?」
手の中の花を弄りながら、興味の対象外である彼女に目を向けずに会話を続ける。
彼にとって花の名前だなんてどうでもよかったのだ。
この会話が終わったらさっさと帰ろう、彼はそう思いながら目を上げる。
聖女は年頃の少女らしい無邪気な笑顔を浮かべていた。
「リラっていうんですよ」
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