第39話

「えー、メアリー・ドゥさん」


「はい」


「傷の縫合は医者という観点からしても見事な物です、縫合医としてなら今すぐにでも認可を受けられる腕前です。熱湯と酒で殺菌を施したというのも素晴らしいと称賛します」


「どうも」


 現在メアリーは診察と言う名の尋問を受けている。

 蛇を辛くも打ち倒し街に逃げ込み満足な食事と睡眠をとったメアリーは傷口から菌が入ったのか、それとも過度の疲労、あるいは血を流しすぎたのか体調を崩していたため本人はそのうち治ると言ってきかなかった物の半ば無理やり診療を受けさせたからだ。

 僕ではなく、グリムが。

 すでに協力関係は終わっていたのだが、僕が街で生活をするにはお金が必要でありその援助をするという名目で新たな契約を結んだのだ。

 ならばとグリムが交換条件にメアリーの健康を管理するという話になり、こうして僕たちは病院に来ているのだ。

 それのどこが尋問なのかと言えばである。


「疲弊した内臓にいきなり大量の食糧と酒を詰め込み煙草を満喫したのは減点です。処置の点数全てが無にかえり、どころか0を下回るほどの大減点。これはお分かりですか? 」


「はい……」


「それと腕と腹、先程触診した所しこりがありました。まだ石のかけらなどが中に残っているのでしょう。切開して取り出します」


「うぇ……」


「何か文句でも? 」


「ありません……」


「そしてこれから三日は我々の管理下で過ごしていただきます。飲み物は水、食べ物は重湯、当然禁酒禁煙です」


 この言葉を見越していたからこそメアリーは顔をしかめて苦々しげな悲鳴を上げたのだろう。

 街について数日だが、メアリーの私生活と言うのは酷く……なんというべきだろうか。

 堕落とは違うが、随分と享楽的な物だと感じた。

 どこかに手紙を出してからは毎日のように酒を飲み、手持無沙汰となれば煙草を吸い始める。

 時折ふらっと出かけたかと思えば賭博で金を稼いできて、たまに生傷を作って帰ってくることもあった。

 見たところ人に殴られた跡だったため、ひと悶着起こした後だったのだろう。

 それを見て見ぬふりをするのは簡単な事だが、そうは問屋が、もといグリムが許さなかった。


 体調の芳しくないメアリーを魔法を使ってでも病院に担ぎ込めと気迫の表情、とはいえ顔は存在しないが思わず気圧されるほどの威圧感を放ちながら僕に命令したグリムに対する恐怖心はいまだに残っているのだ。

 あれは、恐ろしかった。


「早速処置に入ります、これを飲んでください」


「……これは? 」


 医師に差し出されたのは少し離れた位置にいる僕でも嗅ぎ取れるほどのアルコールの香りがする液体。

 よほど強い酒精なのだろう。

 火を近づければ燃え始めるだろうそれを医師は仏頂面のまま飲めとメアリーを見つめる。


「最後の晩餐……とかじゃないですよね」


「似たようなものです。麻酔薬を切らしているので古めかしい方法ですが酒で痛覚を麻痺させて切開します。はっきり言って、それは不味いですし処置は痛いですよ」


「うへぇ……せめて美味い酒で泥酔させてください……」


「駄目です」


 メアリーの懇願は一蹴されてしまった。

 当然と言えば、当然である。

 とはいえここで飲まないという選択肢は用意されていないのでメアリーはしばらくビーカーに満たされた液体を舐め始めた。


「うえ……本当にまずい……」


「それを一杯飲めば、まぁ痛みで死ぬことは無くなるでしょう」


「これ、全部飲まなきゃだめですか……? 」


「痛みで死にたいのなら構いませんよ。それにどの道この先一週間ほど禁酒ですが」


「うぅ……」


 珍しくたじたじのメアリーは僕の目には非常に珍しく映ったのだが、当の本人はそうもいくまい。

 チロチロとビーカーに満たされた液体を舐め続ける彼女の頬に赤みがさしていくのを見守りながらそれを舐め終えるのを待つことにしたのだが、医師の視線がメアリーから僕に移っていることに気づいた。


「あなたはメアリーさんの妹君でしたね、見たところ包帯を巻いていますが……? 」


 蛇との戦いでなぜか治癒が進まなかった肩の傷、そしてグリムが目覚めると同時に回復を始めた物だがまだ完全な回復ではなく傷跡が残っている程度だ。

 今着ているワンピースは研究所にいたころの物から比べれば装飾が増えているのだが、肩は服がずり落ちないようにという意味で紐で繋がれているだけである。

 あるいは肌を見せるタイプの、いわゆるおしゃれというやつなのかもしれないし、最近目にした本から得た情報ではこの手の服は上着を着るのが常らしいが動きやすいのでこのままにしてある。


 するとメアリーから傷跡が目立つからと包帯を巻かれたのだ。

 曰く、重傷者であるメアリーと傷跡だけの僕と言うのはアンバランスだとかなんだとか言う話だったか。

 ともかくそういった理由から右肩は包帯で隠しているのだ。


「大丈夫、もう治りかけ」


「ふむ……まぁせっかくですしおまけと言う事で診て差し上げます」


「……どうしよう」


 小さく漏らした言葉は苦い顔をしながらアルコールを舐めるメアリーと、肩からつるしたグリムに向けた物だったが二人からの返答はない。

 おそらく一般の医師が見たところで僕の正体に気付くことは無いだろうけれど、それでも危険が伴うのは事実。


「…………じゃあ、肩だけ」


「はい、じゃあ包帯取りますね」


 そう言ってするすると包帯をほどいた医者は右肩に残る傷跡をしげしげと眺め、少し触れてから再び包帯を巻きなおした。

 実に簡素な診察だが、無料ならばこの程度だろう。


「確かにほとんど完治していますね。異物が混ざっていることもないし傷跡が残るという事を除けば問題はなさそうでしょう。痛い思いをしなくて済むので安心してください」


「それは、よかった」


 そう答えた僕の隣でビーカーの中身を半分ほど飲んだメアリーが恨めし気に、しかし半ば朦朧としかけた視線で僕を見ていた。



 その後いざ治療となった時、医務室にはメアリーの絶叫が響き渡った。

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