第38話
蛇を倒してから5日、捨てた食糧の補充をしながら、メアリーの怪我を気遣いながら森を抜けることができた。
蛇の肉を食料にできたらよかったのだけど……結局全部液体になって溶けてしまった。
僕達でいう核さえなかったのが不可解、というよりは気掛かりだけれど、弱った僕達を狙ってくる奴らは山ほどいたから肉には困らなかった。
……そろそろ野菜が食べたい。
そう思って木を見上げても、実はなっていない。
呪いあれとでも言ってやるべきだったかもしれないが、その時間さえも惜しんで森を突き進んで、今日、ようやく草原に出ることができた。
離れた場所に人が踏み固めてできた道が見える。
舗装されていない天然の道。
その先にあるのは人が住む場所。
メアリーが方位を見て、荷物は僕が持つ。
数日分の水と食料とグリム、この調子では疲労で倒れるかもしれないという場面が何度かあったが、不思議と一晩休むだけで済んだ。
もしかしたらあの時疲労で倒れたのも、蛇と関係があったのかもしれない。
「町……だ……」
傷から菌が入ったのか、メアリーの意識がもうろうとし始めている。
できるだけ早く医者に見せてやらなければという一心で肩を貸してきたが、僕もそろそろ限界だ。
町に入るとき、多少の警戒はされたがそれ以上に早く治療をという声を聞いて、安心したのか僕の意識も徐々に遠のいていった。
そして。
「おかわり! 」
「ぼくもおかわり」
意識を取り戻して最初にしたことは山盛りのサラダを平らげる事だった。
シャキシャキとした食感、瑞々しい味、食物繊維が五臓六腑に染み渡る、サラダ最高。
「スープ追加を! 」
「ぼくも」
ヤギの乳で作られた臭みの残るスープだが、優しい塩味がたまらない。
飲めば飲むほど、活力がみなぎってくる。
「パンよこせパン! それとチーズ! 」
「野菜とマヨネーズのサンドイッチ、大至急」
久しぶりに食べるサンドイッチ、長い事口にしていなかったからだろうか。
麦の香りが鼻を抜けていく。
焼きたてのパンが運ばれてきたときは思わず涙が流れた。
たまらない、本当にたまらない。
「肉! 臭みが少ない肉!」
「ヤギ! 鳥! 猪! 脂が甘い! 」
肉は移動中食べなれた物だったが、襲い掛かってくる肉食の猛獣を捌いて、痛む前に焼いて齧るだけという豪快なものだった。
そのため非常に硬く、筋張っていて、そして臭い。
そんな三重苦を乗り越えた先で出会った本当の肉というものに、僕は感動した。
今食べている肉が腐ったとしても、あの森で食べていた物より数段美味しく食べられる。
そう言い切れる自信がある。
「っぷは、生きててよかった」
「っぷは、ご飯が美味しい」
あぁそうか、これが嬉しいという感情なのか。
負の感情は、知る機会が多かったけれどこの手の感情を知る事は殆ど無かった。
けれどそれを得ることができたのは、運がいい。
なるほど、こういうのを幸せというのか。
「食後の紅茶を」
「僕も紅茶、ミルクと砂糖たっぷり」
料理を運び続けてくれた恰幅のいい女性が、飽きれ半分笑い半分と言った様子で食器を下げていった。
最初は瀕死の重傷と極度の疲労と診断された僕達も、後は体を休めるだけと告げられたことで晴れて自由の身となった。
そしてすぐに宿を取り、食堂へと駆け込んだ。
結果は見てのとおり、食べたいものを食べてひとしきり喜んで、そして最後は紅茶で〆る。
力が身体にみなぎってくる、隣に座っているメアリーも満足げにしている。
唯一食べ物を口にすることができない、魔導書のふりを続けているグリムの妬みが伝わってくる。
こういう時、人間なら何かしらの埋め合わせをするのだろうけれど……後でこっそりメアリーに聞いておこう。
ひとしきりの食事もティータイムも終えたことで、僕とメアリーはゆっくりと部屋に戻り、ベッドに倒れこんだ。
腹の皮が張れば瞼がたるむ、限界まで体力を使い果たし、限界まで食べ、そして寝る。
こんな幸せがあるだろうか。
固く異臭を放つベッドが、天使の羽根のように優しく感じる。
ごわごわとした肌触りでさえも愛おしい。
「ねぇ、ローリー」
「ん? 」
「最高ね」
「ん」
「まったくもって不便な奴らよ、睡眠や食事が必要などとは、俺を見習えとは言わんが休息が不要というのは実に便利なこと」
「訳、食べたい寝たい」
「流石ローリー、いい翻訳よ」
グリムは嫉妬している。
曰くそれは負の感情だが、だとしても、彼にも感情は芽生えているのだろう。
恐らく僕よりも人間に近い感性を持っているのだろうけれど、今この時、幸せを実感している間だけは彼に負けない自信がある。
だから、願わくばグリムもいつの日か、こうして一緒に幸せを享受できるようになれば……。
「こら、お前ら寝るならしっかり布団をかけんか。それとカーテンと鍵も閉めろ」
心地よい空気に包まれて、グリムの怒鳴り声が遠のいていく。
「あ、聞いていないなお前ら」
無限の落下、永遠の浮遊そんな感覚に身を任せて、ゆっくりと、ゆっくりと沈み込んでいく。
底なし沼のような安堵感。
ふわふわとした感覚のその奥で、小さな声を聞いた。
「よく頑張ったな、我が半身」
その声は、とても優しかった。
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