第33話

「グ…………ム……」


 腹の下でいまだに眠っているグリムに呼びかけるも、声が出ない。

 視界もぼやけて、指先から冷えていくのを感じる。

 呼吸さえままならない。

 それがどうした。

 あの時僕は諦めてもグリムは諦めなかった。

 メアリーだって諦めなかった。

 二人とも僕を信頼してくれた。

 だったら、それに答えないわけにはいかない。


「グリム‼ 」


 最後の声を絞り出した。

 もうこれ以上は何も出ない。

 あれだけ激しく噴き出していた血も、肺の中身も、魔力も。


「起こすのがいささか遅いぞ、相棒」


 幻聴だろうか。

 懐かしい声が聞こえた気がする。


「誰が幻聴だ、相も変わらず失礼な小娘だ」


 これが走馬灯か……不思議なことに割と見慣れている気がする。

 それにしても最後にグリムを思い出したのは、必死に助けを求めたからだろうか。


「勝手に人を思い出扱いするな、必要な時が来たらたたき起こすと言っていたくせに……叩いただけではないか」


 その結果起きたのならば問題ない。


「お前すでに気が付いているのだろう……土壇場で冗談を言える肝の太さ、その割に諦めが良すぎる性格、いくらつぎはぎで生まれた存在とはいえ一貫性が無さすぎるぞ」


 一貫性が無いのは成長し続けているから。

 意外と役に立つと思わせてぎりぎりまで寝ている程度の魔導書とは違って成長する。


「ふん、その憎まれ口も懐かしい。事有るごとに俺の事を考えていた寂しがりのくせによく吠える」


 考えてない。


「だが、俺が起きたからには寂しがる必要はないぞ」


 寂しがってない。


「さぁ、魔法を行使せよ。俺の持つ魔力を操りその身を癒し、ついでにメアリーとかいう恩人も救って、目の前の敵を内たとして見せろ。あと重いから早くどけ」


 ……このまま押しつぶしてやろうか、この遅刻魔。

 いやいや、それは当面の問題を解決してからにしよう。

 このままでは死か天国かだ。

 ともかく、グリムの魔力をもらい受ける。

 元は一つの核、一つの物、グリムが眠っている間魔力のやり取りはできなかったが、今ならそれもできる。

 腹の下にいるグリムの核と、僕の核、二つを強く認識して、魔力の流れをとどめている弁を開く。


「……ふぅ」


 心地よい、乾燥した地面が水を吸収するようにとはこのことだろう。

 先ほどまで枯渇していた魔力が、グリムに蓄えられた魔力を流し込んだことで満たされていく。

 腕はいまだに治らない、魔力以外の問題だろうか。

 それでも、関係ない。


「あらためて……おはよう、相棒」


「あぁ、改めて言おう、おはよう我が半身」


 短いやり取り、けれどそれで十分だ。

 満足した。

 だから後は心置きなく……。


「おい、ローリー。お前の恩人を助けてやるほうが先ではないのか? 」


「…………………………メアリーは頑丈だから」


「後で怒られても俺は知らんぞ」


 冷や汗が額から流れ落ちる。


「【ソイルロック】」


 メアリーの周囲に壁を作りだす。

 これで一応は守れるだろう。

 うん、大丈夫なはず。


「では、終わらせよう」


 相対する巨躯の蛇、8つの頭を持つそれは、6つ失ってもまだ2つ。

 こちらは右腕が使えず、左腕はグリムを抱えるだけで精一杯。

 さらに元々の体力が違いすぎる。

 あの巨体だ、頭が吹き飛ばされたとはいえ、力技で押し込まれることだってあり得る。

 事実メアリーはそれでリタイアした。


「【ヒートナイフ】」


「魔力の操作は任せろ」


 構成から維持、操作まですべてグリムに任せて僕は発射台に徹する。

 先ほどまで直線的な動きで飛んでいたナイフが、流動的に飛び、蛇の鱗を掠めて溶かしていく。

 7本のナイフでやっていた事を、対象の数が減ったとはいえ1本で行う技量、僕に無い物。

 それが今はこれほどに心強い。


「増やすよ」


「あぁ、やれ」


「【ヒートナイフ】14連 」


 一気に数を増やした、周囲い14本のナイフが浮かび上がり、そしてそれら全てが蛇に向かって射出される。

 流星群のように飛び交うナイフを、蛇は捕らえようともがいていた。

 僕が囮をしていた時は煩わしそうにしていただけなのに、今は危機感を覚えているのだろうか。

 先ほどまでの吐息とは違う、咆哮でかき消そうとしたのか大きく口を開いた蛇は、そのままの姿勢で動きを止める。


「俺の魔力は、美味いだろ」


 口内に侵入した15本のナイフが小規模な爆発を起こしたためだ。

 迂闊に口を開けばダメージが来る、そう蛇に認識させた。


「おら、ぼさっとするなローリー。追撃だ」


「わかってる、【ヒートサーベル】……8連」


 ナイフの代わりにサーベルを用意する。

 グリムならばできる、そう考えて魔法を行使したが、まだ余裕がありそうだ。

 サーベルはナイフと違った動きを見せている。

 曲芸師がジャグリングをするかのように、回転しながら蛇の鱗を切り刻んでいく。

 あぁ、なんという技量か。


「土と風も使え」


「あいつには炎が一番効くんだけど……」


「魔法の上手い使い方を見せてやる」


「……わかった、【エリアルナイフ】【ロックナイフ】……20連! 」


 合わせて40のナイフと8のサーベルが周囲を浮遊する。

 これだけの数を一度に操るのは、僕には不可能だろう。


「キヒヒ……ではローリー、お勉強の時間だ」


 グリムは君の悪い声で笑った後にそう言った。

 この魔導書は……僕の半身だけどなんというか性格が悪いな。


「お前の使う炎の魔法は、熱を凝縮しただけで燃えていない。だから攻撃には不向きだ」


 そうだったのか、魔法の勉強は割と適当だったから初めて知った。

 というよりも土の魔法ばかり練習していたし、魔法の詳細なんてほとんど知らなかった。


「土はよく練習していたからわかるだろうが魔法にしては珍しい、実態を操るものだ。だから魔力消費が激しい」


 それは知っていた。

 炎を使った時に比べるとその消費量は1.2倍くらいだろうか。


「風は万能だ、壁にもなるし攻撃にも使える、【ブースト】のように補助にも使えるからな」


 なるほど、便利だ。

 諜報としても重宝されるだけはある。


「それらの混合は、並みの相手では防げないぞ」


 混合……?

 何をする気だろう。


「土、まあ今回は岩だが熱すると融解する、溶岩だ」


 【ヒートサーベル】が【ロックナイフ】を炙ると赤熱していく。

 しかしそれだけだ、溶岩とは言えない、熱い岩程度だろう。


「だがお前の炎魔法ではそれほどの威力はない。だから風で後押しする」


 赤熱した【ロックナイフ】と【エリアルナイフ】が重なり合う。

 その瞬間、岩が燃え上がった。

 ボコンボコンと何かが弾けるような音が響く。


「そして、小さな溶岩ではダメージが分散してしまうからな……魔法はどでかく破壊力を持たせなければ……面白くない」


 その場にあった土と風の魔法がすべて合わさった。

 炎だけは数本残して遊撃を続けている。

 何という力技だろうか。

 先ほどまでの精錬された技巧とは真逆の、力押しともいえる手法。

 しかしそれを成し遂げるためにはどれほどの精密なコントロールが必要とされるのだろうか。


「さて……この魔法に名前を付けるとするかな」


「……オリジナル? 」


「同じようなことを考えた輩はいるだろうけれど、魔法なんてのは初級より先に行けばオリジナルばかりだ」


「そう……」


 魔法使いという人種は常識を捨てなければいけないという決まりでもあるのだろうか。

 錬金術師に対しても同じことが言えるかもしれないし、メアリーを見ていると傭兵という仕事も常識にとらわれていないようだ。

 ……常識って何だろう。


「なんにせよ名づけは後だ、やるぞ」


「うん」


 名づけはひとまず置いておく。

 ここまで来て全てをグリム任せというのも後味がよくないから、しっかり働かせてもらおう。

 美味しいとこどりともいうが。


「【ヒートサーベル】……16連」


「む? 」


「通り道、熱が拡散するなら逃がさなければいい」


 自力でサーベルを並べていく。

 上下左右、熱の逃げ場所を奪うように筒をイメージして配置する。

 これならば速度を上げようとも大丈夫だろう。


「ふっ、さすがだな半身。良い発射台だ」


「いくよ」


「おう! 」


 威勢よく答えた相棒を強く握りしめ、持ち上げることもつらい左腕を蛇の胴体に向ける。

 打ち出した溶岩隗を、サーベルのレール内に通した。


「【ブースト】」


 溶岩塊を加速させる。

 液状のそれは、球体のような形状をしていたが空気抵抗で引き伸ばされていく。


「もっとだ」


 グリムの声が小さく響く。


「【ブースト】」


 レールとして用意した【ヒートサーベル】が音もたてずに解けた。

 溶岩塊の熱は逃がさずとも、サーベルそのものは衝撃波の影響で熱を散らしてしまったのだろう。


「【ブースト】」


 もはや一つのルーチンのように【ブースト】を行使する。

 棒状に引き伸ばされた溶岩は、徐々に槍のように先端をとがらせていく。


「【ブースト】」


 それでも、加速は止めない。

 レール代わりに用意したサーベルが全て霧散した。


「グリム」


「おう」


「「【ブースト】」」


 ダメ押しと言わんばかりに最後のブーストをかけた。

 パァンと柏手を打つような子気味のいい音を周囲に響かせて、溶岩の槍は蛇の胴体を刺し貫き、伸ばしていた尾を弾き飛ばした。


「……制御が難しいものだ」


 グリムの声が小さく響く。

 蛇の胴体を突き抜けた槍は、牽制を続けていたナイフ共々胴体を失い地面に倒れていく蛇の頭に向かう。

 ナイフが一頭の蛇を地面にたたき落とした。

 槍がもう一頭を貫き、そのまま地面へと吸い込まれていった。


「外すなよ、恩人、俺は外さない」


「チッ……ローリーよりいい性格しているね」


 ガラリと音を立てて【ソイルロック】で作った壁が崩れた。

 その奥には右腕を持ち上げて、左腕でそれを支えるメアリーの姿があった。

 何をしているのかはわからない。

 けれど指を、人形を操るように動かすと手首につけられた革製の籠手から何かが、弱弱し気な声を漏らしている蛇に向けられた。


「ローリー! 」


「【ヒートサーベル】」


 グリムの声に合わせて魔法を射出する。

 それは蛇の頭部に当たり、鱗と骨を溶かし進む。

 そのわずかな隙間に、細く短い異物が侵入していった。

 メアリーの籠手に何か仕込みがあったのだろう、射出されたそれは小さな矢だった。

 その矢は吸い込まれるように蛇の頭部に突き刺さる。

 身を捩っていた蛇は、そのまま動きを止めた。


「いい腕だ」


「そりゃどうも」


 グリムの楽しそうなセリフに、メアリーは皮肉気に笑みを浮かべた。


「……おわ、った」


 思わず漏らした言葉とため息、非常に疲れた。

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