第32話

〈???side〉


 文字で埋め尽くされた世界。

 それが俺の心象風景だ。

 俺の役割は補助、あいつが見聞きしたことを記憶し、記録する。

 初めて見たのは無限に広がる【白】、文字通りの意味で白知で白地だった。

 しばらくすると存在しない脳内に映像が現れた。

 水中、ガラス瓶の中から涙を流す人間を見ていた。


 その時は、それらが何かわからなかった。

 徐々に理解していき、そして俺たちは作られたと悟った。

 さらにしばらくの時間をおいて、俺は初めて自分の姿を知った。

 俺以外のだれか、だけど俺としか言えない別の俺。

 そいつが俺を手に取っていた。

 思わず声をかけようとして、ためらった。


 何を話せばいい、どうやって話せばいい。

 一瞬戸惑いを覚えたが、面倒くさくなった。

 相手は俺だぞ、何を遠慮する必要がある。

 そう思って本心をそのまま伝えたら、嫌われた。

 自分を嫌うなんて、酷いやつだと思った。

 けれど俺もそいつの事が嫌いだと気付いたのはすぐ後の事だった。


 俺には手も足もない。

 だというのにあいつは手足を持って自由に移動している。


 俺には目も耳もない。

 だというのにあいつはどちらも持って自由に見聞きしている。


 俺には何もない。

 なのに、それなのに、俺に無い物をすべて持っているのに、あいつも何もない。


 何もないままに知りたがり、そして窮地に陥って、危うく死にかけやがった。

 いや、俺のほうが先に死にかけたたのだが……俺に無い物を山ほど持っているあいつは俺よりも先に諦めやがった。

 それが許せない。

 だから皮肉をぶつけてやった。

 そして、格好つけて後を託して自分の自由を放棄して、心象風景の中でゆっくりと観察させてもらった。

 そうしたらあいつは俺の事ばかり考えていやがった。


 俺の事が嫌いだったんじゃないのか、そう思っていたのになんだこいつは。

 命を助けられたくらいで人を信用して、何が相棒だ。

 そんな事を思いながらも、俺はあいつの手助けをできない事に歯噛みしていた。

 あいつが追っ手から逃げているときも、猫と呼ぶ魔獣と戦っているときも、そして今こうして助けを求められている間も。


 鍵なんて似合わない? バカ言うな、俺ほど縛られている物は多くないぞ。

 寝坊するな? 阿呆、しっかり起きている。

 助けて?世の中にはどうしようもないことだってある。

 お前、今の状況で何ができるっていうんだ。

 右腕はちぎられて、左肩だってえぐられてグラグラしてるじゃねえか。

 ほら、もう体力も血も魔力も残っていないのに無理するからぶっ倒れちまったじゃねえか。

 ふざけやがって、このままじゃ二人そろって犬死じゃねえか。


 あの女、メアリーとかいったか。

 あいつのどこがお人よしだ、絶対何か企んでやがるだろう。

 人を見る目が無さすぎだ。

 だけど、あいつに助けられて、お前もあいつを助けたくて……おれはあんな女どうでもいいけど自分の事が大切で……だからつまり俺はお前の事を助けたくって……あぁ、面倒くさい。

 俺はこんな事でうじうじ悩むような奴じゃないっていうのに。

 ……まったくもって、世話の焼ける小娘だ。

 世の中にはどうしようもないことがある、まったく、どうしようもないことがある。

道理には従えと言いたいものだ。

以前から何の進歩もない。

 人のいう事に逆らうし、俺を枕にしやがる、助言を無視して突っ走って、勝手に人を危険に巻き込みやがるし、どうしようもない糞ガキだ。


 だからあいつの半身である俺も糞魔導書だ。

 世の中の道理を通すのが科学、道理を捻じ曲げるのが魔法だ。

 そんな魔法を記した魔導書が、道理に従うなんてとんだ自己矛盾だ。

 そもそも、俺たちホムンクルスという造られた存在自体が道理を捻じ曲げているというのに、今更世界の道理なんか気にする必要もないというのに何を悩んでいるのやら。

 あぁいいさ、道理を捻じ曲げて、俺は俺を助ける。

 俺が嫌いで俺が好きな俺を助ける。

 その道理だけは、貫かせてもらう。

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