第30話
「【ヒートナイフ】……6連」
追加のナイフを作り出す、残存魔力、4割。
既に20本以上のナイフを作り、そしてそのすべてが破壊された。
コントロールのミス、蛇の長い舌にからめとられる、一声でかき消される。
眼前の蛇は僕の攻撃をまとわりつく虫程度にしか思っていないだろう。
ならば、魔法が虫ならば、僕はなんだ。
こいつの視線は僕を捕らえている。
それだけではない。
グリムもだ。
8つの頭、16の瞳は一度も僕から外れることはない。
それら全てが僕たちに向いて、一度もメアリーを見ていない。
彼女は腹部で奴の鱗を削り取っているにもかかわらずだ。
見る必要もないと断じているのだろうか、ならばなぜ僕達だけに意識を向けている。
大きさで言えばメアリーのほうが喰いごたえもありそうだ。
こちらは子供の身体に魔導書一冊……魔力量で言えばメアリーよりも多い。
けれどそれだけか?
違う、食事は味か効率を重視する物。
奴の視線は食欲とは違う何かだ。
なぜかそれが分かる。
奴の食欲に満ちた目を僕は知っている。
どこでそれを知った、何時知った、どうやって知った。
思い出せない。
いや、思い出す暇がない。
メアリーの助言は魔力量の温存、そして足元の注意。
それは囮として蛇の攻撃を回避しながら、注意を反らし、そしてとどめの一撃を加えろという意味なのだろう。
その助言が無ければ何度か足元をすくわれていたかもしれない、そんな場面もあった。
そして今もメアリーは逃げ出すことなく蛇の鱗を削り続けている。
逃げるだけなら、そう、僕たちが逃げるだけの手段なら両手でも足りない数を思いつく。
残存魔力が減っているからその方法も半分は使えなくなったが、それでもまだいくつか思いつくほどにある。
メアリーだって同様だ。
けれど、その方法はどちらかが生き残る方法でしかない。
そして、時間がたてばたつほどにその成功率が下がっていく手段だ。
裏切るならば早いほうがいい。
だというのに彼女は、この蛇を確実に殺そうと考えている。
僕を囮にして逃げるつもりではない。
そう判断を下したからこそ余裕がない。
はっきり言ってしまえば、余計なことを考える余裕はない。
残りの魔力を温存するためには、使用魔力の少ない魔法で注意を反らさなければいけない。
そのコントロールはわずかなミスも許されない。
蛇に当たらなければこちらに注意を引くことができず、当てれば魔法が霧散する。
いや、もしかしたら魔法を使わずとも蛇の興味がメアリーに向くことはないかもしれないが、それでも万が一を考えるとその戦法はとれない。
そして、狙うは眼前のみ。
蛇の首にはいまだにナイフが突き刺さっている。
さっき、突き刺したものだ。
それを狙えば、あるいはダメージを与えることができるかもしれないが、外したら無意味。
そしてそれが、致命的な失敗になることだってあり得る。
ならば無意味どころではない、無駄。
魔力の浪費だ、だから狙わない。
だからこそ、羽虫のようにナイフを飛び回らせることが僕にとっての最善手だ。
「【ヒートナイフ】……7連! 」
またナイフがかき消されて、そして新しいナイフを作り出す。
ナイフの形状、大きさ、すべてを作り出すたびにリファインしていく。
そのかいもあって少ない魔力で数を増やせるようになってきた。
学習、研究所ではさんざんやってきたことだったが……いや、やってきたと思っていたがこうしてみると、あの頃にやっていたことはただの遊びとしか言えない。
狙う位置、魔力の使い方、体捌き、命がけの学習というのは随分と効率がいい。
あぁ、まだ少し熱で浮かれていたのか、それとも疲労が残っていたのか。
徐々に冴えてきた。
覚めてきたともいえるし、冷めてきたともいえる。
ともかく、あの蛇をかく乱する方法は増えてきた。
奴の鱗を傷つけたのは炎の魔法のみだった。
けれど僕の得意な魔法は風と土、そして重点的に練習をしたのは土で炎はそれほど得意ではない。
そして精密な魔力コントロールは、僕の苦手分野だ。
それを学んでいる、こうして実践している。
一歩ずつ、自分に足りなかったものを補っていく。
あと少し、もう少し、今の冷えた脳味噌ならば奴の目をどこで見たのか、それを思い出す余裕もできる。
それは、余裕ではなく油断だと理解したのはメアリーの怒声と同時だった。
〈メアリーside〉
厄介なことになった、仕事で森に来たのはいい。
こんな住処を追われた猛獣魔獣の行き着く先である森に派遣されるというのはそれだけ実力を評価されているという事でもあるから。
そこで実験体を自称する妹の面影がある少女を拾ったのも、気まぐれでその子の師匠になったのも、その戦闘力が予想外に高かったことも大したことではない。
けれど、こんな化け物と戦わなければならないというのは、非常に面倒くさい。
けれど厄介という事もない。
この程度の相手なら何度もどうにかしている。
流石に正面から倒したことはなかったが、様々な方法で葬ってきたし逃げ出すこともできていた。
それでも、この蛇は異常すぎる。
その外観や巨躯の事ではない。
ローリーに向けられた視線がだ。
この蛇は一度も私を見ていない。
ローリーの魔法を打ち消す事はあるかもしれないが、私の攻撃は一切合切無視を決め込んでいる。
おかげで硬い鱗をはがし続けるという離れ業をすることができているが……不気味すぎる。
嵐の前の静けさというが、これは違う。
ローリー以外は眼中にないというのか。
だとしても私を一切無視しているのは……腹立たしい。
「【ヒートナイフ】……6連」
そしてローリーも、本人は魔力の温存をしているつもりなのだろう。
しかし無駄が多すぎる。
魔法は門外漢だが、それでも魔法の行使から操作まで力任せだ。
徐々に慣れてきているのか、洗練され始めていると言えなくもないが……それでも荒い。
そもそも使っている呪文の本質を理解していない。
【ヒートナイフ】という呪文の本質はその熱量で焼き切る事だ。
だというのに当てた端から霧散していくというのは、技量以前の問題だ。
せめて爆発させるくらいのことはできないのだろうか。
あぁまただ、6本のナイフが無駄に使われた。
「【ヒートナイフ】……7連」
もう魔法はいいから注意だけ引き付けていてくれないものか。
そんな事を考えてしまうほどにお粗末だ。
それに……何を考えているのか。
集中力が切れかけているのか知らないが周囲への警戒がおろそかになっている。
足元への注意は続けているが……。
追い詰められている。
森だから植物が多いのは当然だが、その中でも特に蔦や背の高い草が群生している方向に逃げている。
逃げ隠れには適した地形かもしれないが、囮が逃げ込む場所ではないだろう。
自分の役割を忘れているのかと思うが、そんな様子もない。
ならば、あの蛇が一枚上手という事だろうか。
まったくもって、魔力量やその威力以外は見た目相応ということか。
できればもう少し、制御の甘いローリーでも撃ち抜ける程度に穴をあけておきたかったが……。
「……っ! ローリー、よけなさい! 」
蛇の頭が持ち上げられ、力を込められていくのを見てしまったから。
攻撃の予備動作であろうそれを見て、思わず声を張り上げてしまった。
愚策、いくら蛇の注意がローリーに向いているとはいえこんなところで声を張り上げるなんて……。
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