第22話

〈side メアリー〉


 その土地に人が立ち入ったかどうかを知る方法はいくつもある。

 土に残った足跡や、刃物で切り取られた枝葉、そう言った痕跡を見れば、ある程度ではあるが理解できるものだ


「……フィッシュ」

 河魚もしかり。

 何匹目だろうか、この川は良く釣れる。

 警戒心が薄すぎる。

 流れの穏やかな川で此処まで警戒心が薄いという事は、人はおろか野生動物や魔獣さえも近寄らないという事だろう。


 妙な話だ、水というのは生物にとって必要不可欠。

 だというのに、動物が立ち寄らない。

 ほかにも水場はあるのだろうが、何かが妙だ。

 例えば強い力を持った魔獣の縄張りだった場合、張り詰めた空気やマーキングが存在する。

 しかしここにはそんなものはない。

 街中にある噴水と変わらぬ穏やかな場所だ。


「……フィッシュ」


 まただ、竿を振ればそれだけで魚が喰いつく。

 適当に落ちていた枝と手持ちの糸で作った簡単な竿だというのに。

 釣った魚を見ても脂ののった上等なものだとわかる。

 少なくとも飢えている様子はない。

 だというのに……。


「……フィッ……あ? 」


 竿に引っかかった獲物を釣り上げようとした瞬間、だった。

 上流から流れてくる白い何か。

 赤色をにじませたそれは一見すると人形だった。

 なぜ人形がこんな川に、と考えて仕事を思い出す。

 技術大国パラノイアで発生した生物兵器の警戒。

 先日国境近くにある山岳で黄色いスライムが発生したという情報だ。

 知性を持たない最下級の魔獣、基本的に無害とされているが武器での攻撃が効かない存在。

 それが遠方からでも視認できるほどの大きさで現れた。


 たいていこういう事の裏ではパラノイアが糸を引いているが、その巨体は数時間も立たずに消失。

 時間をおいて軍隊の進行と森での火災があったという。

 それらの調査で、私はこの森で待機するように依頼を受けた。

 受けたのだが、釣りでもして時間をつぶしていればいい楽な仕事だと思っていたんだけどな……。

 ひとまず流れてきたソレを引き上げる。

 分かったことは、人形のように見えるそれは人間だった。

 衣類には血が滲んでおり、胸には本……おそらく魔導書だろう、見たことのないタイプだがそれを抱えていた。


「子供の死体……いや、息はしてないけど脈はあるのかな」


 胸に手を当ててみるとかすかな脈があった。

 しかし息をしていない、応急処置の方法は知っているが……あれ、どうやればいいんだっけ。

 ひとまず水を吐かせよう、そう思い彼女の腹を圧迫した。


「ぼげぁ! 」


 悲鳴というにはあまりにも醜い音と水を吐き出した少女。

 彼女はしばらく周囲を見渡していた。

 これがローリーと私の出会いだった。

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